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シャワーだけで疲れるという衝撃



 頭から降り注ぐシャワーを全身に受けながら、私は首を捻る。

 自分で頭を洗うのははじめてだ。

 シャーロットだった時は、私の体の手入れは侍女たちの仕事だった。私はじっとしているだけで、全身を艶々ぴかぴかにしてもらえたのだ。

 そう思うと、今の生活というのはとても不自由ね。

 私はため息をついた。

 素直に、シャーロットとして死んでいれば良かったわね。いえ、私にほぼ拒否権はなかったのだけれど。


「部屋に帰ったらサリーを殴りましょう」


 そうしましょう。それが良いわね。

 生きているだけで兄に罵倒される生活を送らなければならないなんて、そして自分で頭を洗わなければいけないなんて。


「面倒だわ……」


 そう呟いて、私はびっくりして口をぱくぱくさせた。


「この私が、面倒と言うなんて……! 完璧な生活を送ってきたこの私が、面倒、ですって。ありえないわ。体に精神が引っ張られているのね、これは」


 私は気合を入れるために、両の頬をつねった。

 肉厚すぎて、つねるだけでも一苦労だった。

 シャンプーを泡立てて、丁寧に髪を洗う。コンディショナーをつけて、すすいだ。

 そして体を、泡立てたボディーソープで隅々まで洗う。

 それだけなのに、ひいひいするわね。もう正直、体とか拭かないで寝たい。

 それぐらい疲れる。


「た、体力が、ない……なんて貧弱なの……見てなさい、一ヶ月で腰にくびれをつくってみせるわよ」


 徹底的に、自分を磨きましょう。

 お風呂に入ったぐらいで疲れるようでは、駄目だ。


「いいこと、聞きなさい。私の中の、あなた。体の脂肪は心の脂肪。あなたが頑張れないと言うのなら、私があなたの代わりに生きてあげる。けれど、私はいなくなる。そのうちね。……だからそれまで、心の奥で私を見ていなさい。あなたが一人になった時に、もう二度と死にたいと思わないようにね」


 果林から返事はなかったけれど、きっと聞いているだろう。

 疲れ果てながら髪を乾かして、丁寧にとかした。

 真っ直ぐな黒髪は、これはいつ切ったのかしらと思うぐらいに伸びっぱなしだったけれど、髪をとかすだけで少しだけ若々しさを取り戻すことができた気がした。

 肌艶も、悪くない。だって十六歳だものね、この子も。

 顔立ちも、良く見るとそんなに悪くない。お肉に埋もれているけれど、結構まつ毛は長いのではないかしら。


 何か体や顔のケアのためのオイルを塗りたかったけれど、何もなかったので諦めた。


 灰色のすとんとしたワンピースに着替えて、部屋に戻る。

 やることはたくさんあるわね。

 今日から忙しくなりそうだ。

 リビングを横切る時に、再び眼鏡とすれ違った。

 眼鏡は私を無視していたし、私も眼鏡と特に話すことはなかったので、声をかけなかった。


「サリー、戻ったわよ。すごいわ、この体。お風呂に入っただけなのに、疲れるのよ」


「それは、お疲れ様。シャーロット、君の言う通り、調べておいた」


「ダイエットについて」


「そう」


 サリエルは、私の部屋のベッドの上に座っている。

 ノートパソコンはもうない。そのかわり、ノートとペンを手にしている。

 そして、ノートを開いて私に見せてくれた。

 ノートには、『食事、運動』と大きく書かれていた。


「……それぐらい知っているわよ」


 私は大きく肩をすくめた。

 サリエル、ベッドからどいてくれないかしら。正直、横になりたい。

 そういえば、私はサリエルを殴るんだった。

 私のベッドで足を組んで「食事と運動は基本らしいが」などと言っているサリエルの前に、私は足を開いて立った。


「サリー、気が済まないから一発良いかしら」


「いっぱつとは?」


「なぜこの私が死んだあとに、ミジンコみたいなメンタルの女の相手をしたり、ゴミみたいな兄のような者の相手をしなくてはいけないの! あと眼鏡をかけすぎ。眼鏡率が高すぎるのよ!」


 私はサリエルの頬を容赦なく叩いた。

 ぱしん、という音がするかな、と思ったのだけれど、フニャッという感じだった。

 なにこれ。


「非力だな、シャーロット。可愛い」


 サリエルは、全く痛みを感じていないようだった。


「ぅきぃぃいいぇぇぇ!」


 私としたことが、あまりの腹立たしさに奇声をあげてしまったわ。

 可愛いですって。

 なんて屈辱的なの。

 今まで数々の侍従たちや、失礼な令嬢たちを黙らせてきた私の平手打ちが、きかないなんて。


「猿かな」


「覚えてなさい、サリー! 鍛えに鍛えて鍛えまくって、あなたなんてそのうち鞭打ちにして、ひいひい言わせてやるわよ」


「この世界では、滅多なことでは鞭は手に入らないが」


「鞭も売っていないの? 不自由なんだか便利なんだか!」


 私は肩で息をした。

 息切れがすごい。せっかくシャワーを浴びたのに、汗ばんでくるわよ。


「うぅ、なんなの、この体。今すぐ寝たい……立っているのが辛いわよ……」


「シャーロット、散らかした服をたたむことを提案する」


「嫌よ。なぜこの私が、そのようなことをしなくてはいけないの? それは使用人の仕事よ。サリー、やっておいて」


「ダイエットは、運動が大切だ。風呂に入っただけで一休みとは、大きな口をたたいた割に、情けないな」


 こいつ、このやろう。

 私は頼んでいないのよ、シャーロットのまま死んで終わりで別によかったのに。

 でも、そうね。

 サリエルの言うことにも一理ある。


「整理するわよ、サリー。手伝いなさい」


「俺は今日からの君の運動メニューについて考えるから、忙しい」


「ああもう、わかったわよ」


 私は床に座って、一枚一枚服を畳んだ。

 私が鍛えて強くなったら、あらためてサリエルを殴ろう。それが良いわね。





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