シャーロット様は自分の体型が許せない
私ははっとして、がばっと起き上がった。
「なんたること……! この私としたことが、このまま床で寝ころんでいたいなんて思ってしまったわ。完全に果林に毒されているわね。このままでは私は果林になってしまう。これでは子豚よ。子豚のまま成長したら、母豚になってしまうわ」
しかも下着姿である。
シャーロット・ロストワンは誰に見せても恥ずかしくない、完璧な造形美の持ち主だった。
胸は小さめだったけれど、腰はくびれていて腹は薄く、足はしなやかですらりとしていた。
金糸のような艶のある癖のない金色の髪に、アクアマリンのような大きな瞳。
睫毛は長く、鼻筋は通っていて、小さな口と、ふっくらした唇。
天が一物も二物も与えたとしか思えない、この私。
とはいえ、私が何の努力もなく、美しく可憐な私を維持していたというわけではない。
私は私の強い意志でもって、自分の姿はかくあるべき、と選択していたにすぎないのだ。
このまま果林の体が訴えてくる生理的欲求に流されてしまっては、シャーロット・ロストワンとしての私の何かが損なわれてしまう。
ありていに言って、そんな自分は許せない。
「シャーロット、君は体型に厳しいのだね。どんな姿かたちをしていても、内面が美しければそれで良いのでは?」
サリエルがあまり感情の籠らない声で言った。
私は床に散らばった服を漁りながら、サリエルをぎろりと睨みつける。
「あなた、何も理解していないのね、天使の癖に」
「君は造形の美しくない者を、馬鹿にし蔑んでいると理解している」
「なんて馬鹿なの。なんて愚かなの。天使の癖に」
「……シャーロット、私は君の協力者だ。君と、それなりに良好な関係でいたいと思っている」
サリエルは、少し苛立ったように言った。
天使も怒るのね。天使なのに。
大きな黒い布をくりぬいたような、なんの飾り気もないワンピースを発見した私は、ひとまずそれを着ることにした。
ただ着替えただけなのに、異様に疲れる。
人間とは、これほど疲れやすいものだったのかしら。よく思い出せないわね。
シャーロットの体だったときは、ダンスをしたりストレッチをしたり、乗馬のあと、心地良い疲労感があった気がするのだけれど。
服を着た私は、床に散らばる服の山から目をそらした。
どれもこれもダサい。色は、黒か、灰色しかない。あと一着一着がとても大きい。これは私の体型が大きいのだから仕方ないのだけれど。
「私もあなたと喧嘩をしたいわけではないわよ。というか、私は喧嘩なんてしないの。だって私がこの世で一番偉いのだから、いくらあなたが怒ろうが、どうでも良いのよ。そもそも私はあなたを怒らせたいとも思っていないもの。私の言葉であなたが怒るのは、あなたの勝手よ、サリー」
「それでは、不必要な罵倒をやめてもらおうか」
「罵倒? 罵倒などしていないわ。私はそう思ったから、そう言っただけ。私は思ったことしか言わないの」
「……なおのこと、腹立たしいな、シャーロット。そういった態度がいけない。だから君は王妃になれなかったのに、反省をしないのか」
「反省? どうして私がそんなものをしなければいけないの。私は私の思うように生きているのよ? 私を嫌うのは、セルジュ様の勝手だわ。王妃にしないのもね。愚かな事だと思うけれど、どうでも良いの。だって私の価値を理解しない人なんて、私には必要ないもの」
「……困ったことだ」
「そんなことより先程の話よ。サリー、あなたは私が造形の醜いものに冷たいと言ったわね。それは違うわ」
「どこが違うんだ? シャーロット、君は白沢果林を馬鹿にしているだろう。だから、君の中の白沢果林は、君と話をしなくなったのではないのか?」
「知らないわ。果林が話したくなければそれで良いし、話したければそれも良い。私は拒絶もしないし、追いかけもしない。それだけの話よ。美醜の話について言わせてもらえば、美醜などもまた、どうでも良いことなのよ」
意味が分からないという顔で、サリエルは眼鏡を指先で押し上げた。
天使と言うのは、造形について悩んだことは一度もないのかもしれない。
そもそも人間の美醜について、サリエルがどう理解しているのかさえ良く分からない。
私はサリエルにひとさし指をつきつけた。
扇があれば、扇をつきつけていたのだけれど、ないのだから仕方ない。
「ふくよかな女が好きな男もいるでしょう。そして、痩せた女が好きな男もいるでしょうし、若い女が好きな男も、年を重ねた女が好きな男もいるでしょう。美しいか、美しくないかなどは、誰が誰を見るかによって、変わるものよ。醜い女も醜い男も、私にとってはどうでも良いの。自分の姿は自分で決める。誰かが決めるものではないわ。私は単純に、私が求める美しさを、私の造形や服装、髪型やアクセサリーで表現しているの」
「つまり、今の君は、今の体が許せない」
「そうよ。果林はこの体を気に入っていたかもしれないけれど、私は気に入っていない。部屋も、洋服も、センスの欠片も感じない。果林はこの体を私に明け渡したのだから、私は私の好きにする。それだけのこと」
『……私も、私の体が、大嫌いです』
頭の中で果林の声が聞こえた。
私は憤慨した。「だったら努力なさい!」と怒ると、果林はまためそめそしながらどこかに消えてしまった。