サリーちゃんとの再会
姿見が欲しい。
とっても切実に、姿見が欲しい。
私は一体、どんな姿をしているのかしら。全身を見て確認したい。
「白沢果林は返事をしないし、サリーはどこかに行ってしまったし」
一体この子はどんな生活を送っていたのかしらね。
窮屈な服を脱いだ私は、見れる範囲で自分の体を見下ろしてみた。
たぷたぷのお腹で、臍が隠れていて見えない。
更に言えば、お腹のせいで下着が見えない。
胸はたわわだけれど、胸とお腹が同じぐらいの大きさだ。
「なんなの、この下着は……!」
私の国では、どれほどふくよかであっても、コルセットをはめて腰の括れを作っていたものだけれど、白沢果林は胸当てのようなものをはめているだけだった。
この胸当て――ブラジャーも、なんというのかしらね。色はベージュで、多少のレースはあるけれど、若々しさがない。
シャーロット・ロストワンの姿だった私は、下着まで気を配っていたものだ。
繊細なレースの下着が恋しい。極限まで腰をしめるコルセットが恋しい。
「まあでも、このままでは駄目ね。ひとまず身支度を整えて、部屋からでましょう」
私はクローゼットらしき場所を漁った。
狭い部屋なので、何がどこにあるのかがすぐわかるのが良い。
部屋にある引き戸をあけると、そこには洋服がごちゃごちゃと詰め込まれていた。
下着だの、上着だの、洋服だの、鞄だのが、曇り硝子で出来ているような入れ物の中やら、上やらに、雑然と積み上げられている。
「ああもう!」
私は思わず、声を上げた。
声を上げて、苛々と爪を噛んだ。
ぷにぷにのパンみたいな私の手にはえている爪は、無駄に長い。オシャレで長いというわけではない。単純に、手入れをしていない。
「どういうことなの、白沢果林。どれほど愚図なの、白沢果林。天井に紐をぶら下げる暇があったら、クローゼットを整理しなさいよ。これでは服が皺だらけよ。それに、春も夏も、秋も冬もあったものではないわ。鞄と服を重ねるんじゃないわよ。怠惰だわ……!」
私はどすどす地団駄を踏みながら怒った。
私の地団駄で、家がギシギシ鳴った。この屋敷は、私の地団駄で壊れるのではないかしら。
「とりあえず、まともな服を探さないといけないわね。まともな服があればの話だけれど!」
私はクローゼットの服を、全部引っ張り出すことにした。
今まで、私の服の準備や着替えは侍女たちが行っていたので、自分でクローゼットを漁るのははじめてのことだ。
「なんなの、この体……! い、息が、きれるわよ……!」
私は服を脱いで、下着姿になって、クローゼットを見て怒り、クローゼットから服をひっぱりだす、しかしていない。
それなのに、服を引っ張って床に放り投げているだけなのに、ものすごく息が切れる。
はあはあ、ぜえぜえ、ひゅーひゅーするわよ。
こんな経験ははじめてだ。
小一時間以上ダンスを踊っても、息切れとは無縁だった私なのに!
「……シャーロット。白沢果林となった感想は?」
私は、酸欠で顔を真っ赤にしながら、ついでにふくよかな体にじっとりと汗をかきながら、山積みになった床の上の服の上に倒れ込んだ。
目を閉じて息を整えながらぼんやりしていると、サリエルの声が聞こえた。
「どこにいたのよ、サリー。あなた、私の監視役なのでしょう? それなのに、遅れてくるとかどういうつもりなの。責務を果たしなさいな」
倒れ込んだ私を覗き込んでいるサリエルを、私は睨みつける。
サリエルは、最後に会ったときと同じ姿をしていた。
黒髪オールバックに、銀縁眼鏡。それから、黒い――これは、スーツ、というのね。
「元気そうでなによりだ。シャーロット。いや、果林と呼ぶべきかな」
「シャーロットよ。私は、シャーロット。体は白沢果林のものだけれどね。白沢は、苗字。果林が名前ね。果林の記憶はないけれど、この国の言語や、物の名前や、生活様式は理解できる。これは、果林の経験の記憶ね」
「そのようだ」
「そしてなんと無様なことに、体の欲求というものも、この体の記憶の通りよ。つまり私は、今すぐ寝たい。ついでにいうと、甘いジュースとお菓子が食べたい。信じられない。これが、飢え、というものね」
「……シャーロットは、お菓子を我慢したことは?」
サリエルは私を覗き込むのをやめて、部屋の中央に置きっぱなしだった椅子を部屋の端に移動すると、足を組んで座った。
ものすごく優雅だ。すらりとして細身の男性なので、その仕草が良く似合う。
かつては私も、とても似合っていたと思うのだけれど――今は太腿が太すぎて、足が組めそうにないわね。
「お菓子を我慢する、食事を我慢する。そういったことは、しないわよ。私は私の好きなものを食べる。けれど、必要な分だけね。そうして必要な分運動するのよ。我慢というのは馬鹿げている。馬鹿げているけれど、どうにも、今の私には我慢が必要らしいわね」
「とりあえず、着替えたらどうだろうか、シャーロット」
「動けないのよ。果林はふくよかなのに、貧弱だわ。貧弱で愚図で怠惰なのに、死のうとする根性は立派なものよ。何があったか知らないし、興味もないけれど」
私は床の上でごろごろしながら言った。
床の上でごろごろするなど私の中では許されない行為なのに、異様に気持ち良かった。正直もう動きたくないと思うぐらいには、床の上というのは、非常に快適だった。