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白沢果林の事情



 どうやら白沢果林は、私の中にいるらしい。

 私の中というか、白沢果林の頭の中に。


「説明なさい、白沢果林。まずは、この体型について」


 真昼間である。

 薄いカーテンのかけられた部屋には、太陽の日差しが降り注いでいる。

 窓の外に広がる光景は、なんだか良く分からない。

 円柱形の柱が色々なところに建てられていて、線がつながっている。

 なんだろう。――ええと、あれは電柱。

 一瞬混乱したけれど、頭の中に知識がねじ込まれる感じがした。これも白沢果林の記憶なのだろう。


「私とあなたは一心同体。つまりは運命共同体。私は、説明を求めているわよ、白沢果林。このふくよかな体型を、ダサくて窮屈な服にぎゅうぎゅうに詰め込んだあなた。天井に縄をはっている暇があったら、他にやることがあるでしょう」


『ごめんなさい……』


 また同じ言葉がかえってきた。

 私は謝って欲しいわけじゃない。説明を知ろと言っているのだ。

 うろうろと部屋を歩き回ると、どすどすと音がした。

 ふくよかなので、仕方ない。

 シャーロット・ロストワンの完璧な体型であったなら、こんな音はしなかったと思う。

 この屋敷は、もしかしたら作りが脆いのではないかしら。どすどす、だけなら良いのだけれど、ギシギシいうわね。

 私が床を歩くだけで、家が壊れるのではないかしら。


「そもそも、あのような心許ない作りの……ランプね、あれは、ランプ。天上のランプに縄をひっかけただけで、あなたの体重が支えられると思っているの? 天井の方が負けるわよ。よって、あなたは死なない。つまり私は、サリエルに騙されたということね。あの詐欺師め……!」


 私の監視をすると言いながら、サリエルの姿は部屋にはなかった。

 流石に成人男性が私のような少女と一緒に暮らすのは良くないと理解しているのかもしれない。


「まぁ良いわ。サリーのことはあとで考えるとして、今は白沢果林よ。何故あなたは、ふくよかなの? 胸が大きいわ。それだけは、素晴らしいと褒めてあげるわよ」


『……あなたは、誰ですか?』


 なるほど、私は白沢果林を知っているけれど、白沢果林は私を知らないのね。

 私は腰に手を当てて、胸をそらせた。

 白沢果林はいつも姿勢が悪いのだろうか。腰が、ぐぎぎ、と軋んだ。

 なんて柔軟性のない体なの。

 ちょっと腰をそらせただけなのに、これじゃあまるでご老体じゃない。


「私は、シャーロット・ロストワン。ロストワン家の長女で、公爵令嬢だった者よ。でもまぁ、死んでしまったから、公爵令嬢もなにもないわね」


 私は両手をあげて、やれやれと、首を振った。

 この名乗りは、もうできないわね。

 私はもう公爵令嬢ではないのだから。

 でも、シャーロット・ロストワンであることは変わりない。身分がなんだろうが、私は私だ。


『シャーロット……悪女の……』


「気が弱いかと思ったのに、見どころがあるじゃない。この私に悪女などと言える人間は、私の周りにはいなかったわよ。なかなか気骨があるわね、白沢果林。で、あなたはどうしてふくよかなの? 死にたいと、ふくよかは、成立しないのよ」


 白沢果林は、私を知らないかと思ったのに。

 名前を聞いて私のことを思い出したらしい。

 この国がいったいどこなのか分からないけれど、私の名前は国境を越えて轟いているということね。

 そうでしょう。私ほど完璧な淑女はいないのだから。


『……食べている時だけ、全部、忘れられたんです』


「……そうなの」


 あらまぁ、と、私は嘆息した。

 まあ確かに、そういうこともあるかもしれないわね。

 美味しいご飯やお菓子を食べると、嫌なことを忘れられたりするのかもしれない。私はしないけれど。


「忘れるために暴飲暴食をする努力をして、死ぬために縄を天井から垂らす努力もできるのに、あなたときたら。その努力を別の方向へとむけられなかったのかしら」


『わ、私は……ごめんなさい』


「あなた、何度謝れば気が済むの? 謝れとは、一言も言っていないのよ。私の威光にひれ伏したくなる気持ちはわかるけれど」


 それきり、白沢果林は黙り込んでしまった。


「ちょっと、白沢果林。返事をなさい。これはあなたの人生なのよ。白沢果林!」


 白沢果林は完全にだんまりを決め込んで、頭の中に引きこもってしまったらしい。

 ちょっと質問しただけなのに、めそめそして情けないわね。

 これでは私が今まで泣かせてきた数々の令嬢や侍女たちと同じだ。


「まぁ、良いわ」


 私はひとまず、あまりにもダサい衣服を脱ぐことにした。

 物や景色など、生活に困らない程度の記憶はあるようだけれど、私には白沢果林が死にたがっている理由が、いまひとつ分からなかった。

 白沢果林がどのような生活をしていたのか思い出そうにも、そこには空白しかなかったからだ。



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