表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/37

紅樹先輩の事情



 何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのかしら。

 しばらくの沈黙に、時計の針の音がやけにうるさく響いた。


 紅樹先輩は伏せていた瞼を開く。

 宇宙の果てのような黒い瞳が、じっと私を見つめている。


「……両親は、いないんだ」


「あまり、話したくないことなら聞きませんわ。気になったから尋ねただけで、無理に聞き出したいとは思っていませんのよ」


「いや、隠しているわけじゃないから大丈夫。結構有名な話だと思っていたけれど、果林さんは知らない?」


「紅樹先輩のことを? 知りませんわ」


 私は首を振った。

 そもそも果林には、友人がいない。三月と仲違いしてしまってから、ずっと孤独に過ごしていた。


 だから、果林の耳には噂なども入ってこなかったのだろう。


「俺の両親は、結構大きな会社を経営していてね。このあたりに住んでいる人たちなら、みんな知っているような。……もともと、俺の父は、祖父の経営していたこの花屋を継ぐのが嫌で、家を出て、祖父とは絶縁状態にあったんだ」


「お花屋さん、素敵ですのに」


「俺も好きだよ、花。でも、父は男が花の世話をするなんて情けない、なんて言っていた。たいして儲からないって。その父の会社、俺が高校一年生の時倒産してしまって」


「倒産……うまくいかなかった、ということですのね」


「そう。なんとかしようとして、借金だらけになって、両親は、俺を連れて……車ごと湖に飛び込んだんだ」


「…………え?」


 間抜けな声が出てしまった。

 私としたことが、うまく頭がまわらない。


 それは、どういうことなのかしら。


 つまり、それは。


「心中したってこと。でも、俺は生き残った。どうやって生きのびたのかよく覚えていないけど、死にたくなかったんじゃないかな。必死に、窓を割って、車から外に出て。水面が、遠くて。俺は水面に向かって必死に泳いでいるのに、両親の乗った車は、水底にどんどん沈んでいくんだ。……すごく変な感じ、だったよ」


「そうですの……」


 それしか言えなかった。


 私は手にしていたカップを、机においた。

 ことりと、硬い音が場違いに響いた。


「ごめん。こんな話、するつもりはなかったんだけど。……これ、ニュースになったし、有名だからみんな知っていると思ってた。それで、俺は祖父に引き取られて、一緒に住むようになってね。迷惑かけたくなくて、アルバイトをしたりしていたんだけど、その祖父もつい最近病気だとわかって」


「それで、紅樹先輩はここで働くようになりましたのね」


「そう。祖父が無理をしていたのは、俺に不自由をさせないためだろうし。高校も辞めるって言ったんだけどね。それも聞いてもらえなくて。……親しかったと思っていた友人たちも、俺の家が裕福じゃなくなった途端に、よそよそしくなって。陰口も、言われたりしたよ」


「それはひどい話ですわね。そのような方々は、友人とは呼べませんわ」


「うん。そうなんだろうね。……だからね、果林さん。俺にとって、果林さんは眩しいし、同時に心配なんだよ」


「私は強いので問題ありませんわ」


「頑張りすぎることは、強いとは言えない。祖父はそれで、病気に。……たまには手を抜いたり、気を抜いたり、こうして一緒に珈琲を飲んだり、お菓子を食べても良いんじゃないかな」


 私は眉を寄せた。

 頑張りすぎるのは、強いとは言えない。


 よくわからないわね。


「……植物に囲まれていると、落ち着く気がするんだ。だから、俺はこの場所が好きだよ。果林さんも好きになってくれると嬉しい。ゆっくり、仕事を覚えてくれたら良いし。……君がいてくれると、俺は、一人ではない気がするから」


 紅樹先輩が、穏やかな声音で言う。


 その言葉を、私は――どこかで聞いたことがある気がした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ