白沢果林inシャーロット・ロストワン
ふと息苦しさを感じて、目を覚ました。
「――――っ!」
首に縄が巻かれている。
私は踏み台の上に立っていて、今まさに、踏み台を蹴り倒そうとしていた。
「待って、私、早まるんじゃないわよ、私……!」
太陽の光が窓から燦燦と降り注いでいる、良く晴れた小春日和の真昼間から、なんてことなの。
一瞬あわてた私は持ち前の冷静さを取り戻し、慎重に縄から首を外した。そして、恐る恐る踏み台から降りた。
「あぁもう、馬鹿じゃないの、馬鹿じゃないのかしら、私……!」
私?
私が死のうとしているの?
良く分からないけれど、首に縄が食い込んだら死んでしまう。空が青いのと同じように、人は首を絞められると死ぬのだ。人間は強いけれど、同時に脆い。
道を歩いていたら流れ矢に当たる確率よりも、馬車が暴漢に襲われる確率の方が高いかもしれないけれど、縄によって自分の命を絶とうとする確率は未知数である。
だってそれは自分自身で自分の命を思うがままに扱うということだし。つまり、その確率は、ゼロか百しかないもの。
私はやれやれ、と首をさすった。
妙にぽよんぽよんしている。
「……ん?」
狭い部屋である。
ロストワン公爵家の衣裳部屋よりも狭ければ、物置小屋よりも狭い。裏庭の東屋程度の広さしかない、狭い部屋だ。
敷かれた絨毯はこれでもかと色のくすんだ薄桃色で、中央には、踏み台に使っていた椅子がある。
四角い木製の椅子は、小さな文机のような木製の机とセットになっているようだ。
木製の机の上には、本が数冊山積みになっている。
それ以外にあるのは、これは一体何かしらと首を傾げたくなるような、小さなベッド。
趣味の悪い花柄のシーツと、掛布がかかっている。
縄は天井から蔓下げられていた。
天井には円形のランプのような何かがあり、そこから縄がのびている。
壁には数字が書かれた紙がはってあって、その隣に姿見がある。
姿見といっても、一体この小ささで何を見るつもりなのかと言うほどの、小さなものだけれど。
「……うわ」
私は姿見を覗き込んだ。
そこに居たのは――ぽよぽよの顔立ちをした、なんともふくよかな少女だったのである。
なんたる、無様な姿だろう。
私は自分の体を、尻尾を追いかける犬のように、同じ場所でぐるぐると回って確認した。
これは寝起きだ。
黒いぱさついた髪はぼさぼさで、とかしているんだかいないんだか、所々毛玉のようになって絡んでいる。
前髪が目にかかっているのが邪魔くさくてしかたない。
ルームウェアとしては及第点どころか落第点な、ものすごくダサい、くすんだ紅色の上下の衣服。
その衣服の下の体ははちきれんばかりに、ぱっつんぱっつんに育っている。
「どういうことなの、これは。このシャーロット・ロストワンが、このような体型をしているなど……!」
私は頭を抱えた。
一体誰なの、これは。
いえ、私なのだけれど。
私は限りなくおダサくていらっしゃる服の上から、自分の腹の肉を掴んだ。
むんずと掴めるほどに、とてもよく育っている。
「ちょっと待ちなさい、おまちなさい、シロサワカリン。あなた、死にたがっているんでしょう? 死にたがる女というのは、私の国では大抵の場合、生気のない薄暗い、幸の薄そうな瘦せこけた女と相場が決まっていたのよ? ものすごく、豊かな体型をしているわ……!」
私はシロサワカリン。
頭の中で呟くと、頭の中に、白沢果林という、妙にかくかくした文字が浮かんだ。
私はどうやらそれを読むことができるようだ。
白沢果林の記憶が、私にはあるらしい。
「どこにいるの、白沢果林。挨拶をなさい。このシャーロット・ロストワンが、あなたに会いに来てあげたのよ。どうしてこんなに良く育っているのか、私に教えなさい。あとこの服、死ぬほどダサいわよ」
白沢果林こと私が喋っているのだけれど、白沢果林は生きているのだから、本来の白沢果林もどこかにいるはずだ。
ややこしいのだけれど、私はシャーロットであって、白沢果林ではないのである。
『……ごめんなさい』
虫の鳴くような小さな声が、頭の奥で聞こえた。
めそめそしている。とてもめそめそしているわね。
私は苛々した。