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榊紅樹(さかきこうじゅ)


 予鈴が鳴ってしばらくしてから、先生と思しき方が教室に入ってきた。

 教科書を閉じて教壇に視線を向けた私は、頭を机に打ち付けそうになった。

 それはさきほど別れたばかりの、サリエルだったからだ。

 眼鏡に黒髪オールバックにスーツ姿なので、先生に見えなくはないけれど。

 いつでも私を見張れる立場と言っていたけれど、あからさますぎじゃないかしら。


「みなさんの担任の前島温子先生は、突然結婚が決まって、辞めることになってしまったの。こちらは、新任の沙里衛士先生よ。今日からよろしくね」


 サリエルの後から教室に入ってきた、ベテラン教師という風貌のおばさまが言った。

 さり、えいじ。

 誰よ。

 黒板に書かれた名前を、私は睨み付けるようにして見ていた。

 まさかの担任。

 すごく見張られている気がするわね。

 どうでも良いけど。


「沙里衛士です。よろしくお願いします」


 サリエルが挨拶をすると、女生徒たちからざわめきが湧きあがった。

 サリエルは、まぁ、美形なのだろう。

 若い女子たちにとっては目の毒ね、きっと。

 私が貴族学校に通っていた頃、確かに先生に憧れるという風潮はあった。

 年頃の少女たちにとって、先生というのは大人の男性に見えるのだろう。

 それはどこの国でも同じなのね。

 あれは恋愛感情が理解できない天使のサリエルなのだから、憧れるだけ無駄というものだけれど。


「それでは、沙里先生。よろしくお願いしますね」


 ベテラン教師はサリエルを残して去っていった。

 教師なんて職業についたこともないだろうに、大丈夫かしら。

 なんとなく落ち着かない気持ちでサリエルを見守っていると、サリエルは私の方をチラリと見て、大丈夫だというように微笑んだ。

 私はなんとなくイライラしたので、サリエルの心配をするのはやめることにした。

 そもそも私がサリエルを心配してあげる義理なんてないのよ。あれは私を勝手に見張っているだけなんだから。



 私の心配をよそに、サリエルはそつなく教師という役割をこなしているように見えた。

 担当科目は数学らしい。

 そんなことより、午前の授業を真面目に受けた私は、昼休みになると筋肉痛と空腹で死にそうだった。

 夜も朝も食事をとっていない。

 昼は食べておきたい。

 空腹のまま授業をうけたせいか、若干ふらふらする。


「昼食は、お弁当か、食堂か、購買で購入するのね」


 果林は学校がある日は、自分でお弁当を作っていたようだ。

 裏庭の片隅などでこっそり食べた後は、図書室などで時間を潰していた記憶がある。

 まるで誰かから逃げ回っていたような。

 誰かというのは、多分、相原三月さん。

 果林は相原さんを怖がっていたみたいだ。会うたびに揶揄われたり小馬鹿にされたりしたら、逃げたり隠れたりしたくなるものなのかしらね。

 私も、かつてシャーロットとして生きていた頃は、陰で悪口を言われていたものだけれど。

 その度に陰口を言っていた方達を呼び出して詰問していたせいで、聞こえよがしに私の陰口を言ったりはむかってくる方々はいなくなったものだけれど。


「そんなことより、お昼ご飯よ。でも、ダイエットをしているのにお昼ご飯。悩みどころね」


 ぶつぶつ言いながらとりあえず食堂に向かって足を進めていく。


「購買で売っているのは、唐揚げだの、菓子パンだの、高カロリーハイリスク低リターン食品ばかり。いえ、リターンが少ないわけではないわね。ちゃんとあるわよ、リターン。美味しいとか、幸福とか、食欲中枢が満たされて幸せな気持ちになれるという、リターンが」


 果林のお弁当というのは、結構小さくて、そんなに体に悪そうなものでもなかった。

 果林は学校ではそんなには食べていない。

 学校で溜まったストレスが、帰り道で食欲として爆発してしまうタイプだったみたいだ。

 コンビニの肉まんやおにぎりや、唐揚げといった非常に幸せそうな食品に、お小遣いを費やしていたらしい。


「食堂では、定食が選べるわね。定食の他に、麺類と、定番のカレーライス。私が選ぶべきなものは、……まぁ、そうね、サラダよね」


「君は……」


 ぶつぶつ呟きながら歩き続ける私の横を、良い香りのする青年が通り過ぎた。

 通りすがりざまに話しかけてくるので、私は顔をあげる。

 そこにいたのは、私の婚約者だったセルジュ様ぐらいに艶やかで煌めいている青年だった。

 濡れたような黒髪に、色を失った宇宙の果てのような黒い瞳に、白い肌。

 すらりと背は高く、唇は紅を刺したように赤い。

 この国にも煌びやかな男性はいるのね。私は感心しながら、その方をまじまじと眺めた。


「……すまない。知り合いに、似ていたものだから」


「いえ、構いませんわ。私、急いでおりますの。それでは、ごきげんよう」


 私はそつのない挨拶をして、食堂に向かった。

 知り合いに似ているなんて、随分特徴的な知り合いを持ったものね。

 煌びやかな青年の知り合いは、きっと果林のようにふくよかなのだろう。

 よくわからないけれど、構っていられない。私は忙しいのだ。主にお昼ご飯について。

 青年は何かいいたげにしていたけれど、私を追いかけてくることはなかった。

 その代わりに、廊下の先には朝挨拶を交わした相原さんが、数人の女生徒とともに腕を組んで立っていた。


「なんであんたみたいな不細工が、榊先輩に話しかけられてんのよ」


 相原さんたちの前を通り過ぎようとすると、相原さんは私に向かって足を差し出したらしい。

 運動神経の皆無なこの体ではその足を避けきれず、私は見事に転んだ。

 べしゃっと廊下の真ん中で転がる私を見て、相原さん御一行がげらげら笑っている。

 子供である。子供だけど。


「白沢さん、あんたみたいなのがどんなに頑張ったって、榊先輩と付き合えるわけないんだから。鏡見て出直してきたら?」


 なるほど、先程の煌びやかな青年は榊先輩と言うらしい。

 煌びやかなだけあって、女生徒には人気のようだ。

 セルジュ様もそれから私のお兄様も貴族女性たちから大人気だったものね。煌びやかな男性の宿命のようなものだ。

 私は立ち上がると、制服をぱんぱんとはらって整えた。

 それから私に積極的に話しかけにくる相原さんを上から下まで眺める。

 相原さんはそれなりに可愛らしい見た目をしている。そして、スタイルが良いわね。ほっそりしている。


「あなた。相原三月さん」


「なんなのよ、今日のあんた。ちょっとおかしいんじゃない?」


「スタイルが良いわね。合格よ。決めたわ」


「人の話を聞きなさいよ」


「あなた、私のダイエット生活の手助けをなさい。さぁ、食堂に行くわよ。私がなにを食べるべきかを、一緒に考えなさいな。それから、どういった生活を送っているかを私に教えなさい」


「はぁ? なに言ってんの。どうしてあたしがあんたなんかを手伝わなきゃいけないのよ」


「御託は良いから、さっさと手伝いなさい。私は忙しいの。食事をすませたら、運動をしなければいけないのよ」


「馬鹿じゃないの。あたしがあんたなんかと仲良くするわけがないでしょ!」


 相原さんは私のお願いを断って、ぷんすか怒りながらどこかに行ってしまった。

 話したいのか話したくないのかよくわからない子ね。


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