9 その商人は
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アルドの両頬を掴んで無理やり笑みを作らせるディオはいつもより真面目な顔をしていた。
商人としているときのディオだ。
「なにするんだよ、ディオ!」
ディオの手を払いのけたアルドはムスッとした表情に戻り、ディオが頬を膨らませる。
「だぁって、アルド笑わないんだもん」
「嫌いなやつらの前で笑えるわけない」
これから商売に行くのは貴族の家だ。
貴族全般が嫌いなアルドからすれば会いたくもない相手で嫌いだというのを顔が物語ってしまっている。
そろそろこのやりとりも辞めるべきとディオは荷物を取り出しているフランの方に視線を向けて言う。
大体は穏やかで、営業スマイルというか愛想よく振る舞えるのがフランだ。
「あそこまで笑えとは言わないよ。けどせめて――」
といって、ディオは視線をトリスのほうに動かす。
あまり表情が変わらないトリスのようにせめて表情を出すなと言うことらしい。
「じゃあ、あれは」
「あれはいいの。顔で売ってるから」
アルドが指し示したのは大抵眉間にしわを寄せているシドで、あれは特別だと流した。
極力表情を出さないように気を使いながら、アルドも軽い荷物を運んでディオたちの手伝いする。
屋敷の移動中から使用人、特に女性のため息聞こえる。
見慣れてしまったアルドにはそれぞれの欠点などで見た目の良さは霞んでしまっていたが、この四人は人目を惹くような顔はしてるのだ。
「こんなに早く来てもらえるとは思わなかったよ」
「ロウズ子爵、お呼びいただきありがとうございます」
お互いが和やかに挨拶をかわし、世間話を交えながらディオたちは商売を始める。
「いやー、妻が友人から君たちのことを聞いて呼んでくれとせがまれてね」
「そうでしたか。ありがとうございます。新参者ですから、皆さんのお力が頼りなので」
ニコニコと笑顔を崩さないディオはそう言って、子爵に商品の説明をし始める。
トリスとフランが接客している子爵の妻は、装飾品を前に友人から聞いた通りだと年甲斐もなくはしゃいでいた。
「なんだ、騒がしい」
そこに年季の入った杖をついた老人の男がやってきて、ソファにどかっと腰掛けた。
鋭い眼光や蓄えたヒゲはそこそこ威圧感があり、一言で表すのなら頑固ジジイといったふうだ。
「腕のいい商人と聞いたがとんだ若僧じゃないか。見た目だけはいいようだが」
「父上!」
どうやら老人は先代の子爵のようだ。
一瞬にして静まりかえった部屋で、子爵だけが声をあげた。
ディオは怒るわけでもなく、まるでその会話が耳に入っていないかのように前子爵の杖を見つめて、近づいた。
「それ、とても大事に使われてるものなんですね。それこそ、何代にもまたがって」
「分かるのか、若僧」
「はい」
杖から顔を上げたディオは勉強中の身ですがと言いながらコクリと頷いた。
「スネークウッド、ですよね」
「ああ、そうだ」
「こだわりのある方だったんですね」
そういってからディオは、シドの近くにある手のひらサイズの薄い缶を取ってもらうと前子爵の前にだす。
「いいものを見せて頂きました。お礼に」
缶は木材の手入れ用のワックスで、前子爵はそれを断ると口角を上げた。
「いや、買わせてもらう。久々に杖の価値がわかるやつに会ったんだ。他のも見せてもらおうか」
「ありがとうございます!」
親子二代を相手にディオはシドと接客をしていくのだが、ディオはとにかく博識でシドが尋ねられてつかえるようなことも簡単に答えてみせる。
それには前子爵も現子爵も舌を巻いていた。
その様子を見ていたアルドは、ディオが大抵のことなら聞けばなんでも教えてくれていたことを思い出す。
知識量が途方もなく多いのだろう。
帰り際今後も贔屓させてもらうと子爵に言われ、礼をいったディオたちは馬車に乗り込みシドが御者の馬車はゆっくりと走り出す。
「そういえば、ディオ様。あの杖のことよく分かったね」
僕には古いだけにしか見えなかったとフランが言い、トリスもあれは見たことがないと零し、ディオは軽食用に作られていたサンドイッチを一気の飲み込む。
「オレも名前しか知らなかったんだけど、妖精に自慢されたから」
「なるほど。他国からきたのなら調べて見たいなぁ」
アルドは何を言っているのか分からないといったふうだ。
たとえ孤児だったとしてもこの国で生まれ育てば一度は耳にする建国物語に精霊の使いとして妖精が出てくるが誰も信じている人間なんていなかった。
「ディオ様は妖精が見えるんです」
「は?」
トリスは当然のようにいうがいきなりすぐ信じられるほどアルドの頭はお花畑ではない。
「信じられないよね。これは無理やり納得してもらうしかないんだけど」
見えないものを信じろというものほど難しいものもない。
まあでも、ディオたちが嘘をつくだけの理由もないと、否定をするわけでもなくアルドはただ聞き流すのだった。