84 偽カトリー改め
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「それじゃ、今日もやりますか」
ディオは大きく息を吐き出すと腕を上に突き出して元気良く声を出した。
今日もアルドをお供にして、現グレイ家の使用人たちと話をするつもりらしい。
アルドからすると退屈凌ぎというのでやる必要もないと思えるのだが、ディオはそれでも必要もことなのだと言って毎日、休憩を挟みながら続けている。
シドのストップがかかっていないので問題はないのだろうけど。
「今日はどこの人?」
「うーん、今日は偽カトリーのところにね」
「今日も?」
大きく頷いたディオは、呆れたふうなアルドの頰を潰してそんな顔しないのと笑う。
「うん。だってまだ名前教えてもらってないから。ずっと門前払いだからね」
何度か軟禁されている彼女の元に足を運んでいるのだが、毎回冷たくあしらわれている。
にもかかわらず、ディオはめげずに足を運んでは声をかけている。
「また追い返されるだけじゃない」
「今日は秘策を用意したからきっと大丈夫」
そう言ってディオが自慢げに取り出したのは色とりどりの果物の入ったカゴで、お皿やフォークなどのカゴの中に入れられていた。
「それが秘策?」
「そうだよ。食事は健康のためにも提供されてるけど、デザートはでないから。甘いものは食べたいんじゃないかなぁ」
アルドはそんなものでと首を傾げたが効果はてきめんで、偽カトリーはディオの取り引きに応じて渋々ながらもディオたちを部屋に入れた。
「ありがと。まずは君の名前を教えて?いつまでも偽カトリーじゃオレも嫌だし」
「知ってるんじゃないの?」
「つれないなぁ、もう」
事情聴取もされているので、目の前の王子が何も知らないはずがないと冷たく返される。王子の権力があればなんだって聞き出すことはできるだろうから。
ディオはもちろんここにいる見張りの騎士たちから聞いていると言った後で続ける。
「それでもオレは、ちゃんと君の口から聞くべきだって思ってる。だから、ここに初めて来た時にも名乗ったでしょ。カトリーの振りした君じゃなくて本当の君に」
ディオは真っ直ぐに言ってそれで自分にとって名前が大切なものなのかと語る。
自分だけを指し示す大事なもので、だからこそ名前で呼ぶのは相手の存在を認知していることなのだと。
「……シーダ。シーダよ」
「シーダね。うん、よろしく、シーダ」
仕方ないとでも言ったふうに偽カトリーヌがシーダと名乗ると、ディオは嬉しそうに笑ってからリンゴを手に取って、右手にナイフを持った。
「ストップ、ディオ。何する気?」
「何って切らないと食べられないでしょ」
何を言ってるのだとディオは不思議そうな顔をして首を傾げるが、アルドからすればこっちのセリフである。
そのせいで慣れない敬称をつけるのを忘れてしまった。
「いや、そんなことしなくても食べられるしっていうか、なにディオ、様がやろうしてるわけ?」
昨日、シドとそのことでやり取りをしたのではなかったか。
あの場では怒られずに終わったが、確かシドが先輩にあるとクラークに報告させてもらうと言われて焦っていたはずなのだが。
昨日はお咎めこそなかったが、クラークに会う日が恐ろしいとかなんとか言っていたはずだ。
「おれがやるから」
アルドはディオからリンゴとナイフを取り上げるとリンゴを切り始め、ディオは待つ間にシーダと話を始める。
「シーダはさ、将来の夢とかある?オレは少しだけ普通になりたいんだ」
理由について堂々と話すわけにはいかないのだが、それはディオにとって昔からの夢である。
「別にないわ」
「そっか」
「出来たよ」
アルドが切ったリンゴを皿に置く。最近フランから教わったといううさぎにされていた。
「オレ小さい夢があったんだけど、この前アルドが叶えてくれたんだ」
まぁ、ちょっと悪いことしちゃったけどとディオは付け足し、アルドにも夢を尋ねてアルドは食いっぱぐれないことと淡々と答えた。
再び聞かれたシーダは贅沢な暮らしが夢だと言い、ディオは小さく頷いた。
妖精からもなんとなくシーダの話は聞いているので驚くこともない。
一切れだけリンゴを食べたディオは今日はここで引き上げると、アルドを連れて部屋を出ていく。
それからディオは数日に一度、シーダの元を訪れてはどうでもいいような話をしながら、この家の使用人たちに対してと同じようにシーダの情報を集めていた。




