8 お祭りに浮かれたんだって
お読みくださりありがとうございます!
ディオたちが訪れた町はその日、祭りを開催していて賑わっていた。
大きな町なので祭りの規模も大きく、はぐれないように歩くのは至難の技だと言ってしまえるほどの人の多さだ。
なかなか進まない馬車から祭りの様子を眺めるディオは、いつものように騒ぎ立てることもワガママを言うこともせずにずっと大人しくしていた。
その横ではフランが腹を空かせて様子で屋台を眺めている。
見に行きたいと言い出しそうなディオが大人しいと思いながらディオを見ていたアルドは、視線を感じて振り向いたディオと目があった。
「どうしたの?」
「祭りをみたいって騒がないから驚いてるだけ」
アルドの言葉にディオは納得して笑う。
「そうしたいのは山々だけど、シドとトリスの負担が大きいし、さすがに行くわけにはね」
ディオは一瞬だけ暗い顔をしてすぐに自分を納得させるように一度だけ頷くとすぐに明るさを取り戻す。
「あ、でも、時間はあるからアルドは見に行ってもいいからね。シドかトリスと一緒ならだけど」
「いいの」
「うん。オレは行くわけにいかないけど、せっかくだし楽しまないと、ね」
横ではフランが期待してディオを見ていたが、ディオはダメとあっさり禁止した。
フランははぐれた後なかなか帰ってこなくなるのは目に見えているので行かせるわけにもいかないらしい。
ディオが一眠りした頃、馬車はやっと宿に着き辺りはオレンジ色に染まっていた。
今日はもう予定もなく、夕食まで時間があるのでアルドは祭りをみて回るため外に出た。
ディオに楽しんでこいと追い出されたともいうが。
同行するのはシドだ。
トリスが一緒に行こうとしたのだが、こういう日は美人だったり可愛い娘に声をかけてくる輩が多いので面倒が増えるとシドが行くことになった。
目的があるわけではないので、ふらふらとみて歩くアルドは感動こそないが物珍しいものを見ている風だ。
「どこもそんなに変わらないんだ。浮かれてるのばっかり」
「まあ、そうだろうな。何かあったらその金を使えよ」
「わかってる」
アルドにとって祭りの日は盗みが働きやすい日で、ご馳走の食べられる日と言った認識しかなく、こういう日だけは似た境遇の奴らと手を組むこともあった。
商会の見習いとしての給料とディオから渡された特別手当があるのでシドはアルドに釘を刺しておく。
「別に欲しいものってないんだけど」
時々屋台の人から声をかけられるのだがアルドはその全てを断っていた。
今までが生きるのに精一杯だったこともあり、いまは必要なものは全てディオたちから出してもらっているのでそこまで欲しいものはないのだ。
「それなら貯めておけばいい」
「そうする」
一通り店を見て回ったアルドとシドはそろそろいい時間だと宿に向かうとして、視界に迷子の子供が母親と再会するところが入って、アルドの足が止まった。
親子が羨ましいわけではなく、子供の沈んだ表情が一瞬ディオと重なり思わず疑問をアルドは口にした。
「なんでディオは行けないって……」
「あいつなりに気を使ったんだろ。護衛するにしたってこの人混みだと難しいものがあるからな」
「護衛って……」
ディオが気を使っただけにしてはひどくディオは暗い顔をしていたが、それよりもと護衛という言葉にアルドは疑問符を浮かべる。
アルドが知る限りディオの商会に護衛はいない。
「俺とトリスはもともとディオの護衛を兼ねてるからな」
「貴族なんでしょ」
貴族が領地経営以外で働いていると思っていないアルドは不思議そうにしている。
「何も領地経営だけじゃ仕事ってわけじゃない。家を継がないならどこかしらで働く必要がある」
「なんか大変そう」
家庭の問題とかけ離れた暮らしをしていたアルドにはイマイチ伝わりきらないが、貴族なりに大変なようだとは伝わったらしい。
宿の近くまで戻ってきて、アルドは一番多く出ていたクッキーを売っている屋台の前でシドを止める。
「あれ、買う」
「定番だな」
「なら、いいか。――シド」
名前を呼ばれたことに驚くシドは、わずかに反応が遅れて返事をした。
「……なんだ」
「ディオが、食べそうなのってどれ」
さらに予想外のことを言うアルドは、そっぽを向いて言った。
「なんか、あれだし……」
「そうだな、あいつは妖精以外の形ならなんでも食べると思うが」
「じゃあ、犬の形を……四枚」
「犬を四枚ね」
屋台の店主はアルドから代金をもらうとすぐに袋に詰めながらアルドに声をかける。
シドとの会話を聞いていたのだろう。
「坊主、お使いか?」
「そん、なとこ」
「そうか、偉いな。おまけつけとく」
そう言って店主は一口サイズのクッキーが入った小袋もアルドに渡し、アルドの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
ムッとしたアルドだが、シドがそばまできて店主に礼を言って、アルドはシドに習うように礼を言い宿に戻った。
「おっかえりー‼︎」
「お祭りは楽しめた?」
宿に戻ると元気よくディオとフランが出迎えてくれる。
トリスはシドを見て何かあったのかと不思議そうに首を傾げた。
「面白いものはなかったけど……これ」
「ん、なに?」
アルドが目をそらしてディオに紙袋を差し出し、ディオはよくわからないまま受け取って袋を開ける。
シドがなにも言わないので問題はなさそうだ。まあ一緒いたわけなので確認もなにもないのだろう。
袋から一つだけ中身を取り出したディオはキョトンとした顔をする。
「クッキー?」
「お祭りといえば定番だよね」
「これはお土産として受け取っていいのでしょうか」
アルドではなくシドがそうだと返事をして、ディオは心底嬉しそうに笑うとアルドに飛びついた。
「――わっ」
アルドの身体ではディオを受け止めきれず尻餅をつき、ぱきっという音が聞こえた。
ディオが手にしたままのクッキーは無事で、アルドはディオから紙袋をひったくり中を確認する。
「あ〜〜‼︎」
「ディオ、お前は……」
アルドの後ろから覗き込んだシドは怒る気にもならない様子で額に手を当てる。
袋の中を除いたままワナワナと震えるアルドに、トリスは心配になって声をかける。フランは珍しく静かにしている。
「アルドさん?」
「トリスとフランにも買ってたのに……」
「――あ」
トリスとフランの顔が驚きに染まっていく。
それは初めてアルドに名前を呼ばれたことだけではなく、アルドからのプレゼントに信じられないと思ってしまう驚きがあってだ。
トリスは驚きを微笑に変えてアルドの手から紙袋を引き取り、フランは何の躊躇いもなく割れたクッキーを口に放り込んで咀嚼した。
「ありがとね、アルド君」
「ありがとうございます、アルドさん」
フランはトリスから紙袋を受け取って机上に置くと、取りやすいようにと袋を破いた。
「割って食べるから手間は省けたってね」
「そうともいうが……」
ディオは手にしたままのクッキーと割れたクッキーを交互に見た後、自分のクッキーを真っ二つに割ると、半分をアルドに渡す。
その顔はニコニコとしていて反省してないかのように笑っている。
「はい、アルド。自分の分入ってないでしょ」
「そうだけど」
クッキーを一口かじったディオは、味を噛みしめるように咀嚼して飲み込むとアルドにしっかりと目を合わせる。
「オレ、嬉しかったんだ。お祭りで売ってるの初めて食べられたし、何よりアルドがオレたちに買ってきてくれたのが!」
わずかに目をそらしてディオはしょげる。
「嬉しさのあまり、その、悪いことしちゃったけど……」
「いい、別に。買わなきゃよかったとは思ってないし」
アルドの言葉にディオはすぐに元気になると、とびきり明るい声を出してシドに視線を向ける。
「シド、今日はお祝い!ご飯は豪華にしよう!」
「それは構わないがこの宿でだぞ」
「うー、そうだった。じゃあ、一番高いの!」
宿から出ないようにしているのを思い出したディオはそれならこの宿で一番高いものを注文すると言い出し、アルド一人がそれを止めようとする。
「いいから、そういうの。金のむ――」
「無駄じゃないよ。だってお祝いだもん」
ディオはアルドを引っ張り宿の食堂に向かい、シドたちが慌てて追いかける。
どうにもディオには勝てそうもないと思うアルドだった。
Q.妖精の形はダメだって言われたんだけど?
A.その形だけは食べる気にならないんだ。なんか、すごくと怒られる気がして。