62 カトリーヌと道中
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静かな馬車の中、ディオだけが誰かと会話をしていた。
「ううん。そうじゃなくて、カトレアの方」
ディオが第三王子クラウディオだと知ったカトリーヌはガチガチに固まっていて、あまり会話もままならない。
庶民じみてるフランと貴族社会とは無縁だったアルドはいいとしても、侯爵家の中でも上の位置にいるレグホーン侯爵家のシドとトリスもカトリーヌにとって緊張のタネである。
そういう事態には慣れているので大した問題はないのだが、また打ち解けてもらうには何かきっかけが必要だろうとトリスたちは糸口を探していた。
そんな中、ディオ1人だけ平然として言葉を発する。しかし、誰も返事はしないがディオの会話は続いていく。
「なら、あっちは?」
ディオの会話の相手は妖精なので誰も視えることも声を聞くことも出来ない。
カトリーヌは不思議そうに、アルドは不審気味にディオを眺めていて、フランは興味深いようで聞こえもしないシルクの声を聞こうと必死だ。
トリスはフランが暴走しすぎないように止めていた。
休息兼昼食のために馬車を止めると元気よくディオは馬車から飛び降り、すぐさまシドに注意をされる。
「――クラウディオ様」
「何、シド?」
「馬車から飛び降りるなど、子供のような振る舞いは自重してください」
いくら商人として振る舞っていても王子だと気付いたカトリーヌがいる手前、いつも通りの対応をするわけにもいかないシドの口調は硬い。
う〜と唸りしょげたディオは、シルクを連れて馬車にもたれかかるようにして地面に座るとそのまま寝てしまう。ふて寝のつもりらしいが、おそらく眠気が差しているのだろう。
シドはため息こそついたものの、何も言わずトリスに毛布を取って来るように頼むと、ディオの上にひさしを作った。
今回の食事当番はシドとトリスらしく、何か手伝わなくてはとそわそわしているカトリーヌに、折りたたみのイスを二つ持ってきたフランは、カトリーヌにイスを進めながら自身もイスに座る。
「ありがとうございます、フランさん」
お礼を言うものの躊躇って座ろうとしないカトリーヌにフランはマイペースに口を開いた。
「カトリーちゃんはお客様だからゆっくりしてて。今はレグホーン侯爵のシドとトリスじゃなくて、ディオ様の専属使用人のシドとトリスだから問題ないし」
「そう、ですね」
「そうそう。お客様に手伝ってもらうわけにはいないからね」
そう言いながらフランはカトリーヌの横でりんごの皮を剥いていく。
その手つきは料理人たち顔負けで、まな板の上で食材を切っていくシドやトリスよりも手際がいい。
「食べる?まだ時間かかりそうだし」
「……いただきます」
少し悩んだ末に、空腹には勝てずカトリーヌはフランが切り分けたりんごを一切れもらう。
フランは自主的にシドたちの手伝いをしているアルドに声をかけてりんごを食べさせる。
アルドは二切れほど口に突っ込むとシドのところに戻って行った。
昼食が完成したため、シドはディオを叩き起こす。
ディオはすぐに目を開けて、フランたちの近くまで移動しすでに配膳された食事を手に取る。フランはもう食べ始めていたがシドは何も言わなかった。
「ありがと、トリス」
食べ始めたディオの手が途中で止まり、それに気がついたシドが声をかける。
「どうかされましたか、クラウディオ様?」
「うーん、なんでもない。シルクに声をかけられただけ」
「そう、か。それならいい」
シルクに関してはディオにしか分からないので信じるしかないため、シドもそれで納得をする。
なんだかんだでディオとシルクの関係性は悪いものではないことをシドは知っているので放置しておく。彼らにしか分からない世界というものあるのだ。
昼食を食べ終えた後、洗い物を手伝おうとするディオをシドは止めると、ディオの相手をアルドに任せた。
ディオは休んでいるカトリーヌのそばまで行くと、アルドを巻き込んで会話を始める。
コロコロと表情の変わるディオは王族や貴族らしからぬといった風であり、そのすぐそばではアルドがディオにツッコミを入れていた。
話題は野営についてになり、カトリーヌはあまり経験がないと答えた。
家族でどこかへ出かけるということは滅多になかったという。
社交の場には基本1人で父は参加して、母は体があまり丈夫ではなかったため旅行に行った記憶がないとカトリーヌ。
出かけてもそのほとんどが日帰り出来る領地内だったらしい。
「そっか。かくゆうオレも、商人になるするまでは基本留守番ばっかりだったから、そんなに慣れてないんだよね」
「その割にはグッスリ寝てるみたいだけど?」
「まあね。でもフランには負けるよ」
ディオはフランのいる方角に顔を向けて言った。
事情によりどこでも強制的に寝てしるまうことのあるディオと違い、フランは旅自体に慣れているためかこの旅にも始めから順応していいたらしい。
「シドはなかなか寝れないってよく見張りやってたよ。ね、シド」
片付けを終えてやってきたシドにディオが賛同を求めると、シドは呆れたような顔をして答える。
「たった3人の使用人でまともに寝られるわけがないだろ、ディオ――っと」
ついいつも通りにしてしまいシドは慌てて喋りをやめたが、滅多にしないシドの失敗にディオは笑って失礼だと堪えるために身体を小刻みに震わしている。
触れていけないと今の出来事を聞かなかったことにしようとしているカトリーヌをよそに、アルドは浮かんだ疑問を口にした。
「疑問なんだけど、なんでシドはディオ、様じゃなくてクラウディオ様って呼んでるの?」
ディオが城に戻った際もシドがディオと呼ぶ時は必ず呼び捨てで、敬称をつけるときはクラウディオと呼んでいた。
そもそもディオがいくらゆるいと言っても、王子を呼び捨てにするのはかなり不敬なことである。友人ではなく使用人という立場上余計に。
「フランならともかく、シドがディオって呼んでるのはずっと疑問だったんだけど」
「あー、それはだな」
今聞くべきことではないと怒られるかと思えば、意外にもシドは答えるくれる気でいるらしい。
この気まずい空気が変わるならとでも思っているのだろうか。
「それは、アルに――アルフ兄様と同じことをシドが言うからだよ」
一応ディオもカトリーヌがいるため、アルフレッドの呼び方に気をつけるが、シドが答えるより先にディオが答える。
「そのつもりはないんだがな」
「血が繋がってるんじゃないかってほど同じことばっかりだよ」
シドはため息をつくとディオに向かって静かに言った。
「それはお前が非常識なことばかりするからだろうが」
「そんなことないよ」
「例えば?」
話が進まなくなりそうだと、アルドは例えを聞くことにして続きを促した。
「庭で護衛も付けず昼寝をするなとか、木登りをするなーとか、妖精には敬意を持って接しなさいとかね」
「当たり前だ」
逃げるようにシドの話を切ったディオは困ったような顔をする。
「その話は今度ね、シド。で、そういうこともあってオレが耐えきれなくなって、シドに頼んだってわけなんだ」
「さすがに俺もどうかとは思ったが、周囲からの声も多くてな」
静かに話を聞いているアルドとカトリーヌを前に、ディオがアルフレッドとシドの真似をして見せると、2人はクスクスと堪えきれずに笑い始めた。
確かにこれでは嫌になるかもしれない。
長く一緒にいるアルフレッドと同じ言葉でシドも注意の言葉を口にするようだが、それで敬称で呼ばれるというのもなんとなく気持ちが悪いというのも分かる気がする。
これに関してはジークベルトやロザリア、他に数人からの指摘もあったようで今の形に落ち着いたと言う。
また馬車に乗り込み先へ進むのだが、ディオに振り回されるシドたちを見ていると僅か緊張はあるものの、カトリーヌはディオたちと打ち解けていた。




