59 交渉だからね
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シドによるグレイ伯爵の日程調整も済み、ディオたちはグレイ伯爵家の領地であるグリヴェールに向かう。
馬車の中で寝ていたディオはグレイ伯爵家が近く頃フランに起こされて髪を整えられていた。
ディオは比較的安全だと荷台の方にいるシルクを呼ぶと、胸ポケットに入るように言う。
少々歪な形のポケットにシルクは露骨に嫌そうな顔をしていたが、ディオと何かやり取りがあったようでため息をついてポケットの中に入った。
フランではなくトリスがつけたポケットのために形は悪く、それがシルクにはあまりにも不恰好に見えたようだ。
今ディオが着ている服はそれでも形になるのでフランも練習としてトリスをやってもらったのだが、やはりトリスは苦手らしい。
伯爵家に着き玄関の戸を叩く前にディオはシルクに声をかけた。
「シルク、手は出しちゃダメだからね。人間のルールでやるから」
ディオは怒りを露わにするシルクに妖精は手出し無用だと言った。
まだカトリーヌに会ったことのないシルクではあるが、あの髪飾りの中にいる妖精はシルクにとっては友人らしく、その友人が手を貸したくなるほど好いている人間が虐げられているとなれば、シルクが怒るには十分だった。
まあ、パーティーであった偽カトリーヌが気に入らないというのもあるようだが。
ただシルクは、ベアトリーチェたちを叩いていた力のない妖精と違う。
それなりに力のある妖精であり、ベアトリーチェたちをどうにかしようと思えば出来てしまう。
なのでディオはシルクが何かをする前に釘を刺すと気合いを入れる。
「さてと、頑張りますか」
「脅しを?」
「脅しじゃないってば、交渉」
気合いを入れるための一言にアルドがツッコミをを入れ、ディオは否定するが、それに賛同してくれるメンバーはいない。
「ひどいよ、みんな」
若干涙目のディオは、シドたちをジト目で一度見たあとグレイ伯爵家のベルを鳴らした。
来客対応に当たったのはカトリーヌで、彼女はディオたちがいることに驚いた様子で目を丸くてしていたがすぐにディオたちの対応を始める。
「ようこそお越しくださいました」
「どうも、今日はカトリーがお出迎えなんだ」
先触れは出していたので、いつものように他の使用人が出てくると思っていたディオは軽い調子で言った。
「はい。今日は買いも――皆さん手が空いていないとのことで」
他の使用人たちは、今日ディオたちが商売ではなく商談に来ていることを知っていたようだ。
というより、おそらくだが自分たちに益のある相手が訪れた時しか来客の対応はしないのだろう。
そんなことを客人に言えるわけもなく、手が空いていないというしか出来ないようだ。
「そっか。個人的には嬉しいけどね」
「あ、ありがとうございます」
ここでカトリーヌの姿が見れたのはディオにとっては好都合だ。いないと嘘をつかれる心配もない。
それにやる気のない使用人の歓迎を受けるよりは、カトリーヌに対応してもらった方が嬉しいものだ。
ディオの言葉に照れたように礼を言うカトリーヌに、ディオは商売ではなく商談のためにグレイ伯爵に会いに来たと説明をして客間に通された。
「お会いできて光栄です、伯爵」
グレイ伯爵は婦人然としたベアトリーチェと共にやって来た。
ニコニコと笑みを浮かべてディオは右手を差し出しグレイ伯爵と握手を交わす。
ソファに座りなおすとディオは商談を始める。
この商談自体は成功する必要もなく、ディオは自分の方にまだ視線が向かないようにと説明はシドに任せていた。
途中、カトリーヌがお茶を運んで来てくれたのだが、ディオたちの前に並べられている綺麗な水色のお茶と比べて、グレイ伯爵たちの前に並べられたお茶は黒に近い水色をしているように見えた。
もしかするとグレイ伯爵たちの影のせいでそう見えるだけなのかも知れないが。
カトリーヌが部屋を去ると、シドは商談を早々に切り上げて話の主導権をディオに譲った。
ディオは先ほどまでの話は前座だとでも言うように静かに笑った。それはまるで貴族がするような探るような心の内を見せない笑みだった。
「それで本題なんですが、十日ほど今の見習いの子をお貸し願えませんか」
「――何を」
言葉を疑うように訝しげな顔するグレイ伯爵とベアトリーチェを気にせずにディオは話を進めた。
「実は知り合いの方が近々パーティーを開くらしいのですが、人手が足りないようで即戦力を集めているんです」
人懐っこい笑みを浮かべたディオに、グレイ伯爵は感情をしまいこんで紹介所を使えばいいのではと提案する。
ベアトリーチェはよほどカトリーヌを外に出したくないのか、あんなトロイ子が戦力になるわけがないと言葉を吐いた。
ディオは気軽に紹介所を使える家ではなく、開催までの時間を考えると時間をさがないと返した。
初めて会う商人のおかしな願いに、グレイ伯爵は不信感を覚えてディオたちにお引き取り願おうと口を開こうとして、視界に妖精の姿を捉えグレイ伯爵は言葉を失った。
突然の顔色が悪くなったグレイ伯爵に、ベアトリーチェは怪訝な顔をして首をかしげ、
ディオはゆっくりとグレイ伯爵に声をかけた。
「どうかしましたか」
「いえ……」
グレイ伯爵は気持ちを落ち着かせようとしたのか、カトリーヌが運んできたカップを掴むと口をつけ、飲んだ瞬間に咳き込んでしまいディオたちに謝る。
「すみません」
「いえ、構わないですよ。ただ、急ぎなので体調が優れないところ申し訳ございませんが今すぐに返事を」
ディオは決してペースを崩さず、顔色の悪くなり老け込んだように見えるグレイ伯爵に返事を急かした。
弱々しい口調になったグレイ伯爵は、すぐに支度をさせると言うと近くにいた使用人にカトリーヌの荷造りの準備を頼み、自分はカトリーヌを呼びに行った。
ベアトリーチェはなぜ商人相手に断らないのかと、グレイ伯爵を止めようしていたがそれは聞き入れられなかった。
作戦が上手くいったとちょっぴり自慢げな顔をするディオだが、左右からは冷たい視線が突き刺さる。
しばらくするとカトリーヌが何が起きているのが分からないといった風に、簡素なワンピースを着てやって来た。
「お、きたきた。一週間ほどよろしく」
「えっと、あの、どういうことですか。なにも聞いていないんです」
説明をしたのはシドで、ディオがグレイ伯爵にしたのことを簡潔に伝える。
カトリーヌはグレイ伯爵の方をチラリと見たが何も言われず、ベアトリーチェが苛立った様子をみて、これは決定事項なのだと大人しく従うことにする。
この家にいるよりも安全だろうと思うということもある。
カトリーヌは家を出る前に庭師たちに伝えておきたいといい、ディオが一緒について行った。
シドがついていこうとしたが、ディオは問題ないと断り、シドたちはそれに従い出発の準備を向かった。
ディオ自身も自衛の術を持つこともあるが、何より今日はシルクと一緒なのでそうそうディオに手に手を出せる人間はいないからだ。
ディオはカトリーヌがトムに説明をするのを簡単にだけ補足をして、トムをまっすぐに見て言った。
「大切なお嬢様をしばらくお預かりしますね」
ふわりと笑みを浮かべたディオは、ディオの言葉を反芻し固まるトムをその場に残しカトリーヌとともにシドたちの待つ馬車へと向かった。




