58 初めてのおつかい?
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今日は朝からシドとトリスが忙しくしていた。
なんでも、グレイ伯爵が確実に家にいる時に行けるようにと、グレイ伯爵のスケジュールを調整しているらしい。
そのために陛下やアルフレッド、公爵たちにも頼んで自然にそうなるように仕組んでいるとか。
そうそうにフランは戦力外通告をされ、忙しくするシドたちを横目で見ながら大変そうだと他人事で、何やら薬を作っている。
「フラン、それは何の薬?」
同じく戦力外通告されているアルドは退屈になって、フランに訊ねた。
もっとも、同じ戦力外通告でも書類仕事ばかりなので、アルドにほとんど任せられる仕事がないからであってフランとは理由が違う。
フランは基本、こういった時は役に立たない。
ちなみにディオは隣の部屋で寝ているが、ディオにはシルクとの意思疎通をするという仕事がある。
これは妖精の視えるディオにしか出来ない。
「胃薬だよー。ほら、この前実家に戻ったから」
「えっと、王様と会った日だっけ?」
「多分その日。珍しい薬草取りにいってたんだ」
いつも作っている胃薬よりも効果の高いものがこれで作れるとフランは言う。
シドにはその方がいいらしいのだが、市場にあまり出回らないようで買い足すことが難しいため、ストックを大量に作っておきたいのだと言う。
「胃もたれとは違うから、取り扱う店も少ないんだよね」
「ふーん。で、それを惜しみなく使うと」
「育てるのはそう難しくないし、家で育ててるから遠慮なく持って来た」
そういってフランはニコニコと薬草入れをアルドに見せてきた。
容器が壊れるんじゃないかと思うほどぎゅうぎゅうに押し込まれている薬草は、フランが持てるだけ持ち込んだことがよくわかる。
それにしても、容器を分ければいいのにとは思うが。
フランの薬作りを退屈そうにアルドが見つめていると、シドから声がかかった。
「アルド、これをアルフ様に届けてくれ」
そう言ってシドは今終わったばかりの書類をアルドに渡す。
「今は執務室にいらっしゃるはずだ」
「執務室?」
首をかしげるアルドにシドは教えてなかったかと場所を教えようとして、そこにフランが薬を作る手を止めて口を挟む。
「それなら、これをバートさんに届けるついで案内してもらえばいいよ」
フランは作ったばかりの胃薬を掲げて揺らしながら言い、シドは渋い顔をする。
「え〜、だって喜んでやってくれると思うけどな」
「否定はしない」
迷いなくキッパリと言い切ったシドは、頭をかいた。
戦力外通告されているフランがアルドを案内すればいいだけのような気もするのだが、フランにそうするつもりはないらしく、再び薬を作り始めた。
「フランの薬を頼まれたのは確かだが……」
おそらくではなく確実にジークベルトを置いて優先してくれるという確信があるために、シドとしては気軽に頼みにくいということがあり葛藤をしていた。
彼らからすれば、むしろ遠慮する方が嫌がられるのではあるが、生真面目な部分のあるシドやトリスからすると他の人の使用人という点で線引きはしている。
ディオが起きていたなら、迷うことなくフランの案を推奨しただろう。
彼らがディオの力になりたいと思ってくれていることも知っているから。広義で言ってしまえばシドたちと遜色ない家族なのである。
だから、手の空いているような時であればディオは遠慮なく頼ることにしている。
しばらくの葛藤の後、フランの案を採用したシドはフランの作った薬と、アルフレッドに渡す書類をアルドに渡すとお使いを任せた。
アルドはシドに教わった通りに、たどたどしい口調でジークベルトの部屋にいた使用人に用件を伝える。
対応してくれた使用人は優しく見守るように笑ってアルドの話を聞いて、すぐにバートを呼んでくれた。
バートを待つ間、かなり好奇な視線に晒されていた気もするがアルドは気にしないことにする。
きっと自分が子供で、慣れない話し方に苦労して悪目立ちしているからだと思うせいにして――。
「お待たせしてすいません、アルド君」
「えっと、待って、はいないので……」
シドに教わったような丁寧な話し方にしようとするとつっかえながらになってしまう。
その様子をバートは小さく笑っていたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「それで薬の配達代はアルフ様の執務室までの案内でしたよね。喜んで承りますよ」
「――はいはーい!案内なら、私がやりますよ?」
挙手をしてイアナが立候補をすると、その場にいた他の使用人たちも挙手をする。ノリでやっているのかと思ったが目が真剣なのでおそらく本気なのだろう。
「誰を選びます?」
イアナが言うが、鬼気迫る感じに恐怖を感じたアルドは使用人然とした笑みを浮かべてアルドの側にいるバートの服の裾を掴んだ。
「さぁ行きましょうか」
クスクスと笑ったバートはアルドを先に部屋から出すと、扉を閉める際に勝ち誇った笑みをイアナたちに見せて、音を出さないように扉を閉めた。
「アルフ様の――いえ、皆様の執務室自体このフロアではないので、少し歩きますね」
バートについて歩いていくと階段を降りて、下の階に行く。意外と距離はありそうだ。
「ここからは背筋を伸ばして格好良く見せましょうか、クラウディオ王子の専属として」
茶目っ気を交えたバートはそう言って、自らも襟を正す。
王子たちの専属使用人としているだから、例え見栄であっても堂々ということらしい。
「憧れの的としてもの立場もありますし、素でいるところみせるわけにいかないんですよ」
あくまでも世間的にみせる姿はジークベルト王子に相応しいと思われるような姿だ。
ジークベルト同様、実際の姿をみせるわけにはいかないため一歩外に出れば仮面をつける。
「覚えられないうちは、腕に腕章をつけた人について行くと大抵はたどり着けます。まぁ、たまにあらぬ場所につきますが」
そう言ってバートは立ち止まった扉をノックをして、アルドと一緒に中に入る。
一瞬、ベネディクトたちから鋭い視線が向けられた気がしたが二度見した時には特に変わった様子はなかった。
「ん?アルドとバートか」
「はい」
バートはそっとアルドの背に手を当てて書類を渡すように促して笑った。
大丈夫だと言われているようだった。
「えと、シドからです」
「シドからか。ありがとう」
アルドから書類を受け取ったアルフレッドは、簡単にだけ目を通すとアルドに礼を言い、別の書類を取り出してバートに声をかける。
「バート、これをシリルの元に届けて欲しい。アルドはこっちで帰すから届けたらジークの元に戻っていい」
「かしこまりました。アルド君のこと、よろしくお願いします」
「もちろんだ」
バートは部屋を出る前に、ここの誰かがディオの部屋まで送ってくれるから安心していいとアルドに伝えて部屋を出た。
「ベネディクト、ティファナ。手の空いている方がアルドを送ってきてくれ」
「はい」
「はい」
ベネディクトとティファナは同時に返事をして、顔を合わせた2人からは一瞬火花が散った気がした。
「でしたら、私が送りますね。今は比較的余裕がありますから」
「いえ、私が。ちょうどひと段落ついたところです」
「すぐに決めなくては迷惑がかかってしまいますね。こういうときは……」
なんとなく1人でも戻れそうなのだが、とてもじゃないが言い出せる雰囲気ではなく、アルドは黙って様子を窺っている。
たぶん、こういう時は口を出すと余計にややこしくなる。
じゃんけんをして勝敗を決めていたため、アルドは先ほどと違って巻き込まれることなく安全であることにほっとする。
どうやら勝ったのはベネディクトのようで、アルフレッドに一声かけると、アルドを連れてディオの部屋に行くべく部屋を出た。
大して会話をするわけでもなく連れ立って歩くが、ベネディクトに注がれる視線にアルドは慣れず妙に居心地は悪い。
憧れのような視線は、アルドにとってみれば慣れないもので、嫌悪を含んだ視線の方がまだマシというものだ。
「おかえりー、アルド」
ディオの部屋に戻ると、ディオは起きていてアルドを一番に出迎えてくれる。
「……た、だいま」
言い慣れない言葉でつっかえながらアルドは返す。自分の居場所だと認識できるように。
「うん。お使いありがと。ベネディクトもありがと、アルドのこと送ってくれたんだよね」
ディオはアルドに礼を言ったあと、ベネディクトにも礼を伝える。
「はい。アルフ様のご配慮です」
「そっか。アルドはまだ慣れないから助かったよ」
ベネディクトはディオに一礼すると失礼しますとアルフレッドの下に帰って行く。
ソファにアルドを座らせたディオは、ハーブティーの入ったカップをアルドを渡すと、自分はその隣に座るとお使いの感想をアルドに訊ねる。
ジークベルトの部屋での出来事を聞いたディオは苦笑いをして、アルドに礼を伝えに来たシドはバートも大概だけどなと零しアルドは首を傾げるのだった。
フランの薬は城内でも評判です。




