51 庭師の親子
お読みくださりありがとうございます!
三度目の来訪ととなった今回は、グレイ伯爵家の庭師に会うためと言う明確な目的があった。
おそらく本物のカトリーヌ・メル・グレイのある子供使用人の味方であろう庭師が、ディオたちにとって信頼出来るかどうか知りたいのだ。
今、あの家でまともに話を聞けるとしたら庭師くらいなのだろう。
他の使用人たちはカトリーヌをよく思っていない風で、時折蔑んだ視線を向けていて、夫人として居座っているベアトリーチェを主人と定め動いているようなので、カトリーヌについて知るにはいい相手ではない。
ということで、なんとか庭師との対面を果たしたいのだが――。
一応、貴族に商売をしに来ているのでグレイ伯爵が留守のいま、偽夫人ベアトリーチェの許可を得る必要があるのだが、偽夫人であるベアトリーチェもその娘のシーダも庭が好きではないようで、さりげなく庭について触れてみるがいい反応は返ってこない。
むしろ、ここでそんなものを出したらすぐに追い出されそうなほどで、前途は多難というべき他ない。
その難しさにディオがしょげた顔をしていると、後ろからシドの平手打ちが飛んでくる。
痛みに顔をしかめながらシドの方を振り返れば、シドは表情を出さず怒っているようだった。
いつも通り、ディオは自由にやれ、対処、フォローは俺がやると、ディオはその視線の意味をしっかりと理解して、営業スマイルを浮かべて、ベアトリーチェと対峙をする。
ディオがとった行動はベアトリーチェを褒めること。
ベアトリーチェのおかげであれほど美しい庭があるのだと、褒め称えた。
フランが余計なことを口にしないように注意をして、ディオにフォローはトリスが動いていた。
そうして、なんとか庭師と直接会って販売をする許可を得ることができた。
「けれど、あの泥まみれを上げるわけにいかないわ」
家が汚れてしまうとベアトリーチェは家に上げたくはないと冷たい声でいった。
どうやらカトリーヌの味方だからだけで嫌っているわけではなさそうで、土仕事ゆえ汚れて薄汚いすがたもベアトリーチェにとっては目に入れたくないもののようだ。
「誰か、案内を――」
ベアトリーチェは使用人たちに視線を向けるが、使用人たちはそんな場所に行きたくないとベアトリーチェに目を合わせず、互いに目線だけで押し付け合いをしていた。
「まぁいいわ。それなら、ジェーン、あなたが案内なさい」
冷たい目をしたベアトリーチェは、愉快そうにジェーンと呼んで命令を出した。
ジェーンと呼ばれ、カトリーと名乗った少女は返事をせずベアトリーチェを一瞥するとディオたちに声をかけて庭に案内をする。
カトリーの案内で外に出ると、ディオは庭師のところに行く前にと立ち止まるとカトリーに尋ねる。
「カトリー、この前頼まれた花の種は今選んでく、それとも庭師さんたちと一緒に選ぶ?」
なんとなくだが、贈りものとしてのような気がしたディオはそう尋ねた。
「それなら、今見せていただいてもいいですか。プレゼントにしたいので」
「もちろん」
種や球根、名前だけではピンとこないかもしれないと、シドは花の絵と名前が描かれた紙をカトリーに見せる。
カトリーは少し悩みながら、それでも時間をかけずに選びお金を払うと、ディオはカトリーが選んだものは庭師の前に並べないようにとシドたちに伝える。
庭の中に入るとディオは視線をキョロキョロとさせて少し落ち着かない様子だ。
ただし視線は花の咲いている位置ではなく、それよりも上の方に向いているが、前を歩くカトリーは気づかない。
カトリーの案内でたどり着いたのは、庭師のために用意されているのだろう小屋で、ここの庭師が住み込みで働いているのだと予測がついた。
ノックもせずにカトリーは扉を開けて、中にいる人物の名前を呼んだ。
中にいたのは庭師とその息子だろうか顔のよく似た少年の二人がいて、少年はカトリーより少し年上のように見える。
「トム、ディラン、お客様よ」
「俺たちに?」
カトリーが突然入って来たことに疑問はないのか突っ込むことはせず、少年はカトリーの言葉に訝しげな顔をした。
「ええ。前に話した商人さん」
「商人?」
なぜここに商人が来たのか不思議だと少年はわずかに固まり、男はカトリーの後ろに立つディオたちを家の中に招きいれる。
カトリーは戻らないとベアトリーチェがうるさくなると、庭師の元には留まらず屋敷に戻っていった。
互いに簡単な自己紹介を済ませる。
男はトムと言いこの家の庭師として働いているという。
少年はトムの息子で正式にこの家で働いているわけではないが、見習いとしてトムの仕事を手伝っているとのことだ。
家の狭い場所で商品を並べるよりということで、まだ広くスペースのとれる東屋に移動することになった。
「本当に素敵な庭ですね」
「ありがとうございます。今はあの子しか見てくださる方がいませんから、嬉しいものです」
――見てくださる方。
トムの同じ使用人に使うには少々丁寧すぎる言葉に、ディオは気づかないふりをして会話を続ける。
少なくとも彼はカトリーを目上の存在として認識しているようだ。
カトリーがいた時、本人は隠そうとしていたが妙に畏まっていた。
「質もそうですが、滅多に出回らないものまで……」
「伯爵さまでも見つけられなかったものだ」
並べられた商品を前にトムもディランも驚きを隠せず、以前ディオが仕入れたガーデニングバサミを見てからそれをじっと見つめてそうこぼした。
そんなトムたち親子にシドが値段を伝え始めると、トムは驚きを通り越して表情がなくなった。
「………………」
信じられないとトムの視線が泳ぐ。
隣にいるディランは疑っているようで、探るような視線をディオたちに向いて、フランが困ったとこぼして安い理由を説明する。
すぐそばではシドとトリスが静かにフランを見つめていた。
「これはご本人ではなくそのお弟子さんの作品なので安いんです。もちろん、合格点が出されたものなので質については保証します」
「よくこんな小さな商会が……。あ、貶してるわけじゃなくて、大きな商会でも手に出来ないって聞いていたから、すいません」
ディランは失言をしたとすぐに謝る。
もっともディランの言うことは確かで、エニシダという職人は商人を見れば門前払い、自分の高い技術を安売りする人ではなく、相手にもそれ相応の実力を求めている。
「気にしなくていいよ。実際その通りだったからさ。商人だって分かると門前払いだったし」
あんなことは初めての経験だったと思い出して笑い、まあでもとディオは続けた。
「顔の広さが売りだからね。大抵のものなら揃えてみせるよ」
「それなら、人を紹介してもらうことは出来ませんか」
ひどく決意の滲み出たディランの声音は、彼がカトリーヌの味方であると認識できる。
理由を予測は出来たが、口に出すことはせずにディランにディオは尋ねた。
「どんな人を?」
「伯爵家よりも上の家です。助けたい友人がいるんです」
ディランの言葉にディオは残念ながらと首を横に振り、店と違って家を紹介するわけにいかないとディオは伝える。
そうですかと肩を落としたディランは切り替えが早いようで、すぐに顔を上げるとすぐ横で固まったままの父を我に返す。
せめて自分が出来ることをとカトリーの好きだと言う花の種を選んでいく。
ディランはこの家の庭師ではないからと自分のお金を出そうとしていたのだが、トムは全て経費で落とすと言って結構大量に買い込んだ。
大量に買い込んだと言っても、ベアトリーチェたちの買い物からしたら可愛い金額ではあるが。
「こちらのハサミだけは個人的に買わせて頂きます」
急いで家に戻ったトムは今の全財産が入っているというビンを持ってくるとそれでガーデニングバサミを買った。
そうすれば、完全なる自分の所有物になるからだ。
10枚ずつの束になっているお札を正確さが売りのシドとトリスが数えていると、トムがディオに声をかけてくる。
「案内をした子から先日妖精にまつわるものをあなたから頂いたと伺ったのですが」
「はい。あの子なら、妖精が力を貸すのではは思って」
ディオにとっての当たり前の世界も、他人からすればやはり奇異に映る。妖精がいるだなんて信じているというのは小さな子供でもなければ反応に困るのだろう。
トムとディランもすぐには返事が返せないようだ。
その間にトリスは経費ということで支払いを求めに屋敷に向かい、ディオの後ろでシドたちは片付けを済ませる。
返答に困っているトムとディランをおかしそうにクスッと笑ったディオは信じられないかもしれないけどと前置きをしていった。
「なんとなく分かるんです。妖精がいること」
妖精が見える人なんて滅多にいないから仕方がない。
シドやトリスだって妖精を信じるのに時間がかかったし、アルドはまだ疑っているだろう。これが正常な反応だ。
庭師への商売も終わった屋敷に戻ろうとトムたちに背を向けたディオは一度立ち止まると振り返った。
そして、まるで言い忘れていたという風にディオはトムたちに言葉を残す。
「庭に妖精がいると証明できたなら、陛下とお会いする機会ができるでしょう」
妖精はこの国を守護する精霊の遣い。
そんな精霊たちの居場所を作れる人間がいると分かれば、妖精の声が聞ける陛下は確かめにくる。
今は一介の商人で、これ以上は何も伝える気も、伝えることもできないと、ディオは一方的な言葉だけを押し付けて庭を出た。




