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49 氷姫

お読みくださりありがとうございます!

「頼んだからね」


 そう言ってディオは名残惜しそうにパーティー会場を後にする。


 本人の意思とは裏腹にそろそろ眠ってしまう頃なので仕方がない。

 幼い子供ではないのでこんなところで眠るわけには行かず、突然倒れて騒ぎになってしまうのも避けたい。

 第三王子は興味を持たれない嫌われ者がベストなのだ。


「任された以上は成果を出さなければなりませんね」


 トリスは今いる会場の端からパーティーの中心地を視線を向けた。

 市井でしか入らない情報もあれば、貴族でしか入らない情報もある。

 しばらくの間参加してこなかった貴族社会だ。知らない話の方が多くなっているのだろう。


「………………」

「何か言いたそうだけど」


 やる気十分のトリスに見上げるダニエルは何か言いだけで、アルドは言いたいことがあるならハッキリ言えと冷たく言う。


 アルドの視線に耐えかねたダニエルは迷った末に躊躇いながらアルドだけに聞こえるように口を開いた。


「いえ、情報を集めると言ってもトリスさんでは難しいのではないかと思って」

「?適任じゃ――」


 アルドは疑問符を浮かべる。

 シド同様、真面目でやるべきことはしっかりとやるトリスはこの場に置いて適任だと思うのだが、ダニエルはそうは感じていないらしい。


「さ、参りましょう」


 中心地に向かってトリスが歩き出すのでアルドとダニエルもついて行く。


 先ほどまでのかなり不快な視線は消えたが、なんというかアルドにとって不快な視線は決して消えたわけではなかった。

 決して自分に向けられている視線ではないものの、まるでトリスが見世物のようでなんだか嫌な感じだ。


「なに、これ?」


 憧れや羨望といった風な視線にアルドが大きく戸惑っていると、隣を歩くダニエルが小声でアルドに理由を教えてくれる。


「社交界でトリスさんは氷姫と呼ばれていて、高嶺の――近寄りがたい方と有名なんです」

「トリスが?」


 あまり表情が表に出ず、時にディオやフランに対しては毒舌だったりするトリスがとアルドは信じられないといった風だが、ダニエルが嘘をつく理由もなくトリスに向けられる視線から本当のことなのだろう。


 アルドからトリスの評価はさておき、トリスは貴族の中でもとりわけ美人で、立ち居振る舞いも素晴らしく、侯爵家の令嬢という事もあり高嶺の花扱いされている。

 ポーカーフェイスなところも相まって氷姫と名がついた。


「はい。トリスさんはお綺麗ですから」

「ふーん、そっか」


 祭りの時にシドが面倒ごとが増えるとトリスを歩かせなかったのはそういうことかとアルドは納得する。

 それにしても鬱陶しいとしか言いようがない。


 当のトリスは気にする様子もなく平然と歩き、誰かを探している。


「デボラ夫人なら招待されていると思ったのですが」

「彼女ならトリスさんたちと合流する前に会いましたよ」

「ならもう少し探してみましょう。彼女は情報通ですから」


 デボラ夫人がわからないアルドは二人について行くだけだが、トリスとダニエルはいるはずの夫人を探し、ふくよかな女性を見つけてトリスが声をかけた。


「まぁ、トリス様!声をかけてくださるなんて嬉しいわぁ。最近お見かけしないから心配していたのよ」

「ありがとうございます、デボラ夫人」


 ディオの旅が始まってからはこういった行事に顔を出す機会は減ったため、多少なりとも噂になっているのだろう。

 トリスは余計なことは言わずに心配していることへの感謝だけを口にして、世間話を聞いていく。

 大抵は根も葉もない噂なのだが時に面白い話も聞けたりする。


「――ということがあって、もう少し前まで大騒ぎだったのよ」

「そうでしたか。お話ありがとうございます、デボラ夫人」

「いいのよぉ。トリス様とお話が出来るなんて光栄だもの」


 デボラ夫人の周りにはよく人が集まり、最近の社交界に上がる話題など多く情報が手に入った。

 大体話は聞けたとデボラ夫人たちの輪から外れ、一息をついているとトリスの肩をトントンと叩く女性が一人。


「や、トリス。今日はダニエル様の子――お守りなの」

「言葉を選んで下さい、アビー」

「アハハ、そうね」


 太陽のごとく明るい女性はダニエルに自分の非礼を詫びると、ダニエルとアルドに自分はトリスの親友だと名乗った。


「トリスの親友、アビゲイルよ。気軽にアビーって呼んでちょうだい」


 トリスとは正反対に思えるが、即座に否定しそうなトリスが何も言わないので事実は事実は事実なのだろう。


 アルドがアビゲイルを窺うようじっとみていると目があってアビゲイルはニコリと笑みを浮かべてアルドの肩に手を置いた。

 アルドは警戒をしている。


「で、この子は誰なの?もしかしてトリスの――」

「ディオ様付きの新しい使用人のアルドです。アルドさん、彼女は馴れ馴れしいですが害はないので安心を」


 アビゲイルの冗談に淡々とトリスは返し、アルドはトリスがそう言うのならと少しだけ警戒心を解いた。


「わかった」

「これで距離が離れたらアビーのせいですからね」

「はーい、気をつけまーす」


 トリスとアビゲイルは他愛ない会話をして、ダニエルはそれをアルドに説明をしていて退屈はしなかった。


 それからしばらくして、アビゲイルを探していたアビゲイルの夫が来たので会話を終わらせる。


「またね、トリス。クラウディオ様にもありがとうって伝えといて」

「もう十分に伝わっていると思いますが」

「それでもよ」


 こうしてトリスに会えるのはクラウディオ様のおかげなのだからと、アビゲイルは微笑むとトリスに軽くハグをして去っていった。


 その背中をトリスは見つめて、小さく笑う。


「その通りですね、アビー」

「トリス?」


 呟いた言葉は誰にも聞こえず風に消え、じっと動かないトリスにアルドは不思議そうに名前を呼んだ。


「当たり前ではないと言うことです」


 あまり答えるがないのか、トリスはそれだけ言って口を閉ざし、アルドがダニエルを見れば自分からは話せないとでもいうように首を横に振った。


「どういうことか分かんないけど、ディオがなんかやったんだってことは分かった」

「まだ私も返しきれてないのです」


 トリスはアルドにそう返した。

 何がかはすぐに分かった。助けられて、救われたことへの恩だ。

 きっとディオは自分のやりたいように動いただけで気にする必要はないと言うのだろうけど。


「これは私の自己満足ですけどね」


 まるでディオへの返答のようにトリスは言って、もうすぐお開きになるパーティー会場を後にした。

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