35 再びのグレイ伯爵家
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建国祭を過ぎて、数日のうちに完全復活を果たしたディオたちは、途中一度別小さな町を経由して再びグリヴェールに向かうことにする。
グリヴェールに着いたディオたちは宿に到着すると、ディオは遅れながら建国祭の祝いだと豪勢な食事にすると言い張り、次々と料理を注文していく。
まあ、食堂付き宿屋の料理なんて高価な料理でもなく庶民料理や郷土料理なので、単純に品数が増えただけでいつもと大して変わらないのだが。
それでもディオはいいようで頬張っていたが、シドとトリスは呆れたような顔をしながらディオの皿に取り分けていた。
翌日、グレイ伯爵家に向かったディオたちは趣味の悪さが前面に押し出された色だけが豪華な調度品を持ち込んだ。
これは事前にフランに頼んでいたもので途中立ち寄った町でパーチメント商会から引き取ったものだ。
というか、ほとんどそんな変なものばかりなのでアルドはしかめっ面をしていてトリスとフランに小声で注意をされた。
やることもなく退屈なアルドは、ディオたちの仕事ぶりを見ながらこの家の人間たちを観察していた。
「あら、どれも素敵じゃない」
「気に入って頂けたようでなによりです」
ベアトリーチェはディオが持ち込んだ品をどれも気に入ったようで、値段も安いことから次々と買い込んでいく。
「どうしてよ!」
「貴族なのだから、そんな低俗なものは読む必要はないわ」
そのすぐ横では娘のシーダが恋愛小説を買ってもらえないことに駄々をこねていた。
貴族の中には恋愛小説をよく思わない人も多く、もっぱら読まれるのは騎士の英雄譚が多いのだが、娯楽に飢えた少女たちにはやはり恋愛小説の方が人気がある。
親が禁止していようと、年若い庶民の使用人たちとの会話で令嬢の耳に入るためにコソコソと呼んでいる少女もいたりするらしい。
ディオはシーダにネックレスを見せると何やら彼女にだけ聞こえるように話をして、ネックレスならいいとベアトリーチェが買うことを許可した。
「これならいいでしょ」
「ええ、低俗な本ではないのなら」
ベアトリーチェたちの買い物が終わると、使用人たちも買い物を始める。
今日は子供使用人の姿は見えない。
ディオは使用人たちの接客をシドたちに任せると自身はベアトリーチェたちと世間話をしていた。
「へぇ、出身はそこなんですね。あそこは確か大樹が有名でしたよね」
「そうね。ただ大きいだけ木よ」
「そうなんですか」
ずっとそこで暮らしていればそんなものなのだろうとディオは話を切り替える。
当たり前になってしまえば、何の変哲もないものであって特別自慢が出来るというものではないということだろう。
「今度、そこの方に足を伸ばすつもりなんですけど、オススメの店とかってあります?出来れば飲食店だと助かります」
自分たちで美味しいだろう店を探すのも一興ではあるが、忙しい時はそうも言ってられない。
それに情報は旅をする人間にとって大事なものだ。
「そうね、大通りにあるカフェのサンドイッチかしら。よく家に届けさせてたわ」
「へぇ、サンドイッチですか」
「ケーキも美味しいのよ」
ディオはベアトリーチェたちからさらに詳しい話を聞いていき、シドたちが使用人への商売を終えて片付けが出来たのを見計らって会話を切り上げた。
「ありがとうございます。教えて頂いたおかげで美味しいご飯にありつけそうです」
「美味しいから絶対に行った方がいいわ」
「うん。そうする」
短い時間の中でシーダはそれなりにディオに懐いたらしい。
まあ、例え商売のためだとしても話をしっかり聞いてくれるというのはシーダからすれば嬉しいものなのだろう。ベアトリーチェでは思い通りにならないことも多々あるだろうから。
誰も見送りをしないグレイ伯爵家の屋敷の中を、ディオたちは荷物を持って玄関まで向かう。すると、前回ジェーンと呼ばれていた子供使用人の少女がいて、ディオたちに気がつくと頭を下げた。
顔を上げた少女が何かを言いたそうにしていることに気がついたトリスは外で話しましょうとジェスチャーをして、ディオたちは外に出た。
「なにかご入用ですか?」
「えっと、信じて、もらえないと思うのですが……」
トリスが尋ねると、少女はおずおずと口を開いて、手にしたハンカチを商人たちの前に広げる。
中にあったのは宝石のような石が複数。
それを見たディオは口元をひきつらせるが、気がついたのはシドだけだった。
少女は戸惑うに続ける。
「この前頂いた髪飾りにキラキラ光るものが止まった後、花の上に止まって――」
「宝石になった」
続きを紡いだディオにカトリーは驚きに目を見開く。
「な、んで……」
「あれは妖精にまつわるものだから」
なんてことないようにディオは言うが、当たり前に妖精を信じているディオは異端だ。
ほとんどの人は妖精なんて空想上の存在だと認識しているのが一般的で、見えないものを信じるような人なんて滅多にいない。
「信じられないよね。僕たちには見えないんだから」
フランがフォローを入れた後で、ディオは宝石のことを誰かに見せたり話したりしたかを少女に尋ねた。
少女は幼馴染の庭師の息子にだけと答える。
少女にとって信頼出来る人かどうか尋ねて、それからディオは少女の名前を聞いた。
「君、名前は?」
「カトリーです」
ディオはカトリーが持つ宝石を指差して、言い聞かせるように言い、問いかける。
「カトリー。本当に信頼信用できる人以外に、これを見せたり喋らない事。特別な石ってことは抜きしても、カトリーが願うだけで宝石を無限に作れたとして、悪い大人、欲張りな人がそれを知ったらどうすると思う?」
「えっと……」
急な質問に頭が回らないが、カトリーが答えなければならないものなのだろう。
ディオたちは静かにカトリーの答えを待った。
カトリーの出した答えは、道具として閉じ込めるというものだった。
ディオはそれでいいと頷いた。
「そう。妖精がいるってわかる人はただのウワサ話とは思わないだろうから、気をつけた方がいい」
「わかりました」
怯えたふうなカトリーに、怖がらせ過ぎたかなとディオは困ったように笑い、シドがため息をついてフォローを入れた。
それからカトリーにこの前のお金で買える花の種を次回持って来て欲しいとお願いされ、ディオは了承すると馬車に乗り込み、シドが予約した宿屋に向かった。




