29 トレンカの町
お読みくださりありがとうございます!
「調査、よろしく頼むね」
おう任せとけとウォルグは拳を突き出し、ディオもそれに拳を作ってぶつけた。
キビタキ村の調査はウォルグとその仲間たちに任せて、ディオたちは商品の仕入れのためにウォルグと離れ別の町に向かう。
今回向かう場所は、比較的ウォルグたちがいた町と近いところで馬車を使っても二、三日で辿り着く。
「トレンカの町はレンガ造りの建物が多く、少々見慣れない町並みに映るかもしれません」
騒がしいディオが眠いと寝てしまうと、もう一人の問題児であるフランも走る馬車の中ではやることがないのか大人しい。
もっとも、最近はシドやトリスに怒られすぎて大人しいだけなのかもしれないが。
トリスはその時間を利用してこれから行くトレンカの町についてを、アルドとついでだとフランに説明していた。
そもそもフランは知っていてもおかしくはない。というより、歴史など学んでいれば一般常識の一つとして知っているはずである。
「この国は木造――木で出来た建物が多いですから珍しい町です」
「ふーん。そんなに珍しいの」
アルドはトリスの話を聞きながら、分からないことを尋ねていく。
普通に暮らしていれば不自由なく分かるはずの言葉でも、アルドにとっては今の分からないものも多いため、普段の日常会話すらアルドにとっては学びの場だ。
「はい。レンガは作り手も少なく、木が手に入りやすいこともあってそれほど定着、浸透しなかったんです」
「そうなんだ」
正直覚えていられる自信はないが、トリスの話を真面目に聞いているアルドの隣ではフランが遠い目をして流れる景色を眺めていた。
「なので他の場所と比べると町並みにはガラリと変わっています」
少しでも建物を気にして見てくださいとトリスが言う。
その言葉はアルドだけではなく、聞かないふりをしているフランにも向けられていた。
馬車が町の中に入り、アルドは見たこともない町の景色に目を丸くした。
同じ国の中だというのにまるで異国の地に来たみたいだ。
「ここがトレンカの町……」
呟いたアルドは馬車が止まるまでずっとその景色を眺めていてトリスもフランもその様子を見守っていた。
馬を預けるころに目を覚ましたディオを連れて、今日の宿に向かうと明日の予定について話し合う。
明日はいくつかの工房を訪ねるつもりで、ディオが寝てしまうことも計算に入れて向かう時間を調整しなければならない。
これは当日のコンディションにもよるのだが、ディオはシドとフランが出した計算よりも短めの時間を提示した。
建国祭が迫っているため、いつも通りでいくとおそらくズレが出てくるとディオは言う。
翌日、交渉はスムーズに進み、ディオはレンガではなく同じ素材を使った鉢植えを買い付けた。
それと同時にディオは個人的に鉢植えの形についてのリクエストもしていた。
僅かな休憩を挟んで本日ラストの工房に向かう。
シドに起こされて寝起きのディオは大きなあくびをしてから工房の中に入った。
扱っているのは主に食器類で、何をモチーフにしたのかわからない抽象的なデザインの一点ものばかりだ。
ディオたちはゆっくりと作品を一つずつ眺めていると、一人しかいない工房の男がビクビクしながら声をかけをかけてくる。
「す、すいません。こんな、こんなおかしなものばかりで……」
この工房を一人でやっている男はえらく自信がなく、自分の作った作品への評価を聞くのも心配しているほどだ。
作品がそれほど売れているわけでもないようなので、それが自信のなさにも繋がっているのだろう。
「ううん、どれも買っていきたいけどそういうわけにはいかないから、絞らないといけなくて」
顔を上げたディオは男にそう言ってニコリと笑ったが、男はその評価を素直に受け取ってはいない。
「そんなことをしたら、あなた方が損するだけです。売れもしない作品ですから」
「これは売れる作品です」
「王都の方や貴族なら喜んで買うと思いますよ」
量産品を嫌う貴族や少なくとも王都の店に並べられていれば、その芸術性は認められる可能性が高い。
小さな町や村と違って、大きな町はなんでも受け入れられやすく、意外なものが流行ったりもする。
「よし、この十点を下さい」
迷いながらディオは並べられた食器類から十個だけ選ぶと、何も置かれていない机の上に運んだ。
男はほとんどタダ同然の値段を提示するので、ディオは困った顔をしてシドたちの方を向くと自分たちの適正だと思う料金を支払った。
男はこんなに頂けませんと断るが、ディオは先行投資だと笑って工房を後にした。
「ディオ、ホントに売れるの?」
宿へと戻る道を歩きながらアルドがそう言った。
アルドには物の良し悪しは対して分からないが、なんだかよく分からないものに買い手がいるほど価値があるとは思えないのだ。
「売れるよ。こういうのはマニアがいるからね」
「パトロンなんかもつくんじゃないか」
「パトロン?」
意味が分からないとアルドが首を傾げると、フランがそばで意味を教えている。
「お金を出したりして支援してくれる人。歴史に残る芸術家にはそういう人がいたりするんだよ」
「ふーん」
「作り手には色々お金がかかるからね」
アルドは理解はしたがそこまで思うことはないようでそれ以上何も言わなかった。
そんなアルドをクスリと笑ったディオは、アルドに向けてイタズラっぽく笑いかけた。
「次の貴族の家で出してみよっか。多分、いい反応が返ってくるよ」
「だといいけど」
全く予想がつかないとアルドは一人呟いた。
 




