11 ムリだから
お読みくださりありがとうございます。
「今日はここまでにするか」
シドが言った。
アルドは持ち慣れないペンをケースに戻すとブラブラと手を振った。
字を習いたいと言ってから始めについた町についた当日、アルドの練習用のノートがすぐに買われ、ディオからは金に困ったら売ればいいとペンをプレゼントされた。
手の空いている者の有効活用ですと、ディオがノートに書いたお手本の文字は丁寧かつ綺麗で、それに比べるとアルドの字はミミズがのたうちまわっているようだ。
インクが乾かないノートを開いたままアルドは、隣で小さな袋にサラサラと文字を書いていくフランの字と自分の字を見比べてため息をついた。
意外にもフランは達筆だった。
読み間違えるような文字を書いて、別の薬を飲まれたら大変とのことだ。
「よく姉さんたちに注意されたからね。実際、それで大変なことになりかけたし」
「そうなんだ」
その話を聞くのはなんだか怖いので、アルドは深くは尋ねずに相槌だけを打って終わりにする。
道中に聞くフランの薬についての話は大抵、家族や知り合いが被害者になっていることが多い。
「ちょっと外に出てくるが――」
シドはそう言って、フランとアルドの二人を交互に見た。
まるで究極の二択を迫られているようにも見える。
トリスは荷物の整理中でこの場にはおらず、ディオは一棟貸切の宿だというのにベッドではなくこのリビングのソファで眠ってしまっている。
シドは数秒悩み、アルドの名を呼んだ。
「アルド、ディオを起こさないように留守番を頼む。特に人為的なものは止めてくれ」
「え?」
理解の追いつかないアルドはシドの言葉を聞きなおそうとしたが、シドは頼んだとだけ言い残し部屋を出て行ってしまった。
ノートをたたんだアルドはフランの邪魔にならないような場所にノートとペンを片付けて、フランが文字を書いた袋を重ならないように並べていく。
全ての袋に何かを書き終えたフランは伸びをしてからアルドに礼を言うと、少し休憩をしようとお茶を入れ始める。
薬作りの延長らしいハーブティーはフラン調合で、アルドの好みに合うようにフランが淹れてくれている。
キッキンでカチャカチャと音がなっていたがディオは起きる様子もなく、アルドはカップに息を吹きかけながらチビチビとお茶を飲む。
フランはトリスにも渡してくると、ポットにお茶を入れて少しだけ席を外した。
戻ってきたフランはその手に薬作りの道具を持って戻ってきた。
「………………」
両手で持ったカップに口をつけたままアルドはじぃっとフランを見つめる。
フランは薬草が入った箱を机に広げると、床にマットをひいてその上に薬作りの器材を置いた。
確かそれは結構音が響くものではなかったか。
ただ持ってきただけの可能性もあるとアルドはフランの観察を続ける。
フランは薬草の入った箱を三つほど取ると量を加減しながら器材に入れたので、アルドはおそるおそるといったふうにフランに尋ねる。
「フラン、なにするの?」
「在庫が少なくなってきたから薬作り」
「ディオ、寝てるんだけど」
アルドはディオが寝てしまっていることをフランも知っているはずなのにと思いながら、ディオが寝ているソファを指差す。
シドが自分に留守番を頼んだわけがだんだんとわかってくる。
多分、フランがディオを起こすことをすると予測していて、止められる被害を止めるべくアルドに頼んで行ったのだろう。
指のさされた方に視線を送ったフランは時計を出して時間を確かめるとひとつ頷き、平然と言う。
「多分、大丈夫だと思うよ。ここに着く前が忙しかったから」
「そーゆー問題?」
「うーん、まぁそんな感じ」
そう言ってフランは薬を作り始める。
ゴリゴリという音が部屋全体に響き始めた。
「ねぇ、フラン。別の部屋でやる気はないの」
「ないかな。一応、安全が確保されてわけでもないし、非戦闘員二人じゃ助けを呼ぶ必要もあるからね」
どうしてそこまでのことをディオにしているのかアルドには分からないが、他の部屋で薬をフランが作ったとしてもディオとセットということになるようだ。
つまり、目の前にいるフランを止める必要があるということになる。
以前馬車の中で薬作りをしていたフランはシドに怒られていたのを思い出すと、なかなかに難しそうだ。
ため息を吐いたアルドはあの手この手でフランを止めようと試みるが叶わず、そうこうしているうちにシドが帰ってくる。
戻ったシドは部屋の惨状に眉間のシワを深くしてため息を吐いた。
ゴリゴリと部屋に響く音、部屋に散らばった薬の材料の入った容器、鼻歌まじりに薬を作るフランに、半ば投げやりな感じでフランを手伝うアルド。
フランの薬作りを即刻やめさせたシドがアルドに話を聞けば、手におえないフランの薬作りを早く終わらせるしかないとアルドは考えてようだ。
「そうか。トリスを頼る考えはなかったか」
シドはそう呟いてから、アルドを労った。
一人呑気なフランは鼻歌を歌いながらゆっくりと片付けていると、そこでディオが伸びをしながら起きてきた。
「う〜ん。また、やったの」
ディオが誰にでもなく問いかける。
机上に置かれていた薬の材料が入った容器の大半は床にひいたマットの上に、散らばすわりには片付けるときは種類ごとにまとめて片付けるので時間がかかる。
この時の片付けは楽しそうなフランも、フランに呆れるシドもいつものことではあるのだが、違和感があった。
理由を探せば、アルドが心なしやつれているからとすぐにたどり着き、ディオが心配そうに声をかけると、アルドから疲れたような声で返事が返ってきた。
「だれの、誰のせいだと……」
ワナワナと震えるアルドの頭をシドは両手で拳を作り挟んだ。
その先は言わせない。たとえ本人が気にせずに笑うとしても、シドたちにとってはディオが傷つく言葉だと知っているからせめて耳に入るのを防ぎたいのだ。
「――っ」
痛みに顔をしかめたアルドはしゃがみこみ、シドの手から逃れる。痛みはシドの手から離れたというのにじんじんと続く。
ディオはシドの行動にクスクスと声をあげて笑った。
ああやってシドが怒るのは、シドにとって身内と言えるような相手にだけだ。滅多にやることはないが、ディオは行動が目に余るときと判断されたときによくやられる。
「ありがとね、アルド。それにシドも」
微笑んだディオはアルドとシドに礼を言って、アルドがそっぽを向くとただ静かに笑って、お腹が空いたと腹の音を鳴らした。
シドは苦労人ですね。




