102 友人なら
「何かありましたか?」
静かな時間がしばらく流れ、耐えきれなくなったダニエルが口を開いた。
今日はアルドの様子がおかしい。
短い時間とは言えグレイ伯爵家で一緒に過ごしそれなりは仲良くなった。だから、ダニエルはアルドが無理に取り繕っているのが感じ取れた。
「……ディオから聞いた」
口にしてもいいものかと躊躇うようにしてアルドは1度口を噤んだが、1人で抱えきれないとポツリとこぼした。
その言葉の意味にダニエルはすぐに辿り着いた。さっきの会話を考えれば行きつくのは妖精のことだ。
「妖精のことですか。それでそばにいるのがつら――」
辛くなったのかとダニエルが言葉を紡ごうとして、アルドはすぐに否定をする。
ディオを怖がらないで欲しい、ダニエルが言った言葉の意味を理解したアルドはハッキリとそうじゃないと告げる。
「違う。ディオはディオで、別に苦手になったりはしない」
時にあるディオの過剰なスキンシップとか苦手なことはあるが別に嫌じゃない。たぶん、そんな場所にいなかったから馴れてなくて苦手なだけ。
どんな風に考えても結局のところアルドにとってのディオはこの世界のどこにも居場所がなかった自分に居場所をくれた人でしかない。
簡単に嫌いになれるような人じゃなくて、きっとアルドにとって初めて出来た大切な人だ。
だから、ディオに妖精の力が入っているとかそんな秘密打ち明けられたところでアルドには気にするようなものはない。知ったところでどうだっていい。
ただ――。
「あいつに庇われて、自分が傷ついてんのに平気な顔してさ、みんな平然としすぎてて、なんか……ああ、もう」
ポツリポツリと話し始めたアルドは、思っていることを上手く言葉に出来なくていらだちが募る。
本来ダニエルの前で見せるべきではない態度だと分かっていても抑えきれない。堪えきれない。
そんなアルドの話を静かに聞いていたダニエルは一度間を置いてから口を開いた。
「ディオ兄さんのこと心配してくれてありがとう、アルド。たぶん、それはディオ兄さんが唯一みんなに約束させたことだから」
「約束?」
いつも好き勝手にやっていいとシドたちに言うディオが、一つだけ譲れないものだと自分に仕える相手に約束させるのだとダニエルは言う。
それから言ってもいいものかと躊躇いながらダニエルは約束の内容をアルドに伝える。
「ディオ兄さんは自分を庇って大怪我して動けなくなるくらいなら、オレのことは放置して自分たちの身を守れって。もちろん、シドさんたちは反対してたみたいだけど」
「そう、だったんだ……」
いつの間にかそばに来ていたシドの手がアルドの頭に置かれる。
ややあって難しい顔をしたシドが言う。
「オレは一人じゃ何も出来ないから、シドたちがいてくれなきゃ困る。この身体だからできることだけどね、と」
怪我をしても割とすぐに治ってしまうからこそ、わざわざ身を呈してまで守るなと、そうするくらいなら自分の身を守って全員で生き延びろと言うことらしい。
それが王子として間違っているとしても、守るべき主に怪我を負わせるという騎士にとって恥ずべきことだとしてもそれでも――。
「まだまだ俺も力不足だったってことだ。行くぞアルド。ダニエル様も明日は早いんだ」
アルドを部屋から出るように促しながらシドはダニエルの方を見た。咎めるわけではないけれど、複雑そうな顔をして。
ダニエルはそれをしっかりと受け止めてから、小さく笑ってハッキリとシドに向かって告げる。
「信頼できる親友であれば、問題はないですよね」
「――だな」
ダニエルにそう言われては何も言えない。それに私情を挟むならダニエルが打ち解けられる存在としてアルドをそう呼んだことが嬉しい。
ダニエルの部屋を出たアルドはシドに向かって顔を上げ客間に続く廊下を歩きながら言った。
「おれも強くなれる、かな」
「さぁな」
シドはそれ以上何も言わず、ディオが寝ている部屋の扉を開けたのだった。
「戦い方も勉強してみるか?」
「少しくらいなら。あ、でもフランよりは強くなりたいかも」




