1 初対面から嫌われて
よろしくお願いします。
反対を押し切って外の世界に飛び出したのは、大切で、大切だといってくれる人たちから、少しだけ逃げたくなったから――。
誰かの役に立ちたいと思ったのは、自分になんの力もなかったから――。
だから、目の前で倒れている子供な手を差し伸べた。
無力だと感じてしまう自分の幻想を振り払いたくて――。
「後は目を覚ましてくれるのを待つだけ、かな」
目覚めない子供の診察を終えた女性のような外見の青年が言った。
「うん。ありがと、フラン」
「ううん、僕の役割だから。正確な診断とまではいかないけどね」
人懐っこい大型犬を彷彿とさせる青年はホッと息をついて、フランにお礼を言う。
無事だとわかっただけでも安心できる。
医者というわけではないが、それに準じた知識は叩き込まれているフランは一応、薬師なのでそれなりに症状くらいは診断できる。
フランは救急箱を手にとって開くと、調合済みの薬の包み紙を一つ一つ確認してその一つを取り出すと、それを人懐っこそうな青年の額に当てる。
「ディオ様はちゃんと寝れてる?いくら妖精のせいでしょっちゅう寝れるとはいってもさ、浅い眠りが続けばそれこそだよ」
「う〜、間隔が短くなってるのはわかってるけど……」
ディオは小さく唸りながら、フランから薬の包みを受け取ると水と一緒にそれを流し込んだ。
リラックス効果のある薬で、元気いっぱいのディオには落ち着かせるために使用される。
「シド、怒ってるのかなぁ」
ディオはグラスの水を飲み干してから馬車の外を見る。
視線の先には青い髪の顔を整っているが真面目そうな男女がいて、夕食を作るための準備をしている。
この二人は兄妹で、兄のシドはよく眉間にシワを寄せている。妹のトリスはあまり感情が顔に出ない。
ディオのつぶやきに同じようにシドとトリスに視線を向けたフランはどうだろうと返す。
倒れていた少年を助けようとディオが先頭をきっていたことにシドは怒った。
それからその日から二日間、シドもトリスもいつもよりも静かで小言が飛んでこない。
「どうだろうね、怒ってるならゲンコツの一つでも落としてきそうじゃない?」
「それはまあ、そうなんだけど……」
フランの言葉を肯定するディオは心配と不安を混ぜたような視線をシドとトリスに向ける。
「なんかさ、ショック受けてるっていう方がしっくりくる気もするけど」
「ショック?シドたちが? 」
「うん。だってほら、二人は見たことないわけでしょ」
聞いたことはあっても実際の孤児の暮らしぶりまでは見たことがないのだからと、フランは言う。
フランの家は研究者ばかりでフィールドワークに出た際に、そういった場所に足を踏み入れることもあるため見慣れているし、時折、家で雇うこともあるのでわりと慣れている。
ディオも幼少の頃に誘拐事件に巻き込まれて知っていて、フランとは友人でもあるので少なくとも初めて見るわけではなかった。
「分からなくはないけど」
「あくまで推測だけどね」
そう言ってフランは笑った。
やがて夕食を食べ終えたディオは寝息をたてて眠ってしまったので、馬車の中を組み替えてベッドにするとディオを少年から一人分空けて寝かせる。
シドはすぐそばに座って、毛布にくるまると周囲を警戒しながら眠りについた。
馬車の外ではトリスが見張りをしていて、途中でフランと交代をする。そのため、フランは適当な場所を見つけて寝ている。
何事もなく月が沈んで日が昇る頃、少年がゆっくりと目を開ける。
まず視界に入ったのは天井。青い空ではないことを不審に思い、右手をついて起き上がろうとして走った痛みに小さく声をあげて顔をしかめた。
わずかなきぬ擦れの音、少年があげた声にシドはすぐに目を開けて意識を覚醒させる。
「目が覚めたのか」
「――っ」
「動いたら」
シドの存在に驚き距離を取ろうとして少年は、全身に走る痛みに声にならない悲鳴をあげた。
シドはフランがしばらくは介助なしには動けないかもと言っていたのを思い出す。
少年は満身創痍だったので仕方ないのだが、それでも一人で起き上がれたのは助けを求めらない環境にいたからだろう。
慌てて少年に駆け寄ったシドを、少年は痛みに顔をしかめながら睨みつける。警戒をして自分に近寄るなと言外に語っている。
シドは少年の訴えを無視をして、少年を座らせ、その直後少年はシドを両手で突き飛ばし、その反動の腕の痛みに呼吸を荒くする。
「お、れに……近づくな。貴族なん、か、大嫌いだ」
憎しみを込めた視線をシドに送る少年は、それ以上何も言わず、痛みを堪え黙っている。
シドは一瞬だけバランスを崩し、そばにあった水差しが音を立てて割れた。
大きな音にそばで眠るディオが目を覚まし、見張りをトリスと交代したフランが馬車の中に駆け込んでくる。
「なにごと?」
「シド? あ、目が覚めたんだ」
少年が目を覚ましたことに安堵はしたが、雰囲気は異様だ。
状況の説明を目でシドに訴えると、シドは簡潔に伝える。
「貴族が嫌いだってよ」
「え、なんで?あ〜、あれか」
どうして貴族だと分かったのかと、一瞬だけ疑問が浮かんだがディオは視界に入ったシドの毛布に答えを見つける。
王家の紋とその家を表す家紋が入っているからだ。
家紋を持てるのは王家と貴族だけなのだ。
「ん〜、オレは貴族じゃないから大丈夫かな?」
少年の貴族嫌い発言を知ったディオはのんきにそんなことを言うのだった。
ディオたちをどうぞよろしくお願いします!
また、彼らが登場する『明るい復讐計画』(完結済み)の方もよろしければ読んでみてください。