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4. 耐えに耐え抜いて

 朝食後、二人はリビングのテーブルに向かい合ったまま、今後の作戦会議を開いた。


「今日中に当座、君が必要な服や生活雑貨・日用品を揃えよう。ところで、銀行カードやクレカは無事なの?」

「はい。お財布に入れてあります。それにスマホは無事ですから、スマホ決済も出来ますし」

「由加梨ちゃんの貯金で足りない分は俺も出すから、遠慮なく言ってくれよ。くれぐれも気安くカードローンは使わないように」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあ、支度して出かけよう」


 そうして、由加梨は着の身着のまま、昨日と同じ格好で相原と共に買い物へと出かけた。


 由加梨が銀行で残高を確認している間に、相原も当座の資金を纏まった額、密かに下ろし、預金残高を確かめた。

 相原は高給取りではないが、それなりに貯蓄はある。就職して無駄遣いせずにやってきて良かったと、相原はしみじみ思った。


 二人は朝九時開店の大型商業施設の店舗を回り、由加梨の外出着、部屋着、下着の替え、化粧品、文房具など必要と思われるモノを買った。

 品数は最低限に抑えたが、それでも買う物は二人で持ちきれないほどあり、買った物は宅急便で相原宅に送る手はずを整えた。



 ◇◆◇



「疲れたね」


 一通りの買い物を終え、二人はファミレスで遅いランチを摂りながら、更に今後のことを話し合うことにした。


「後はノーパソくらいかな。あ、スマホの充電器も要るね。それに、銀行で通帳の再発行の手続きか」

「こうしてみると、人一人暮らすのってやっぱり大変な出費ですね」 

「火災保険は入ってないの?」

「いえ。アパートの契約の時に」

「その請求処理や大家さんとの交渉も、か」


 ふうっと思わずため息が漏れた。


「それに、大学の講義の本やテキストも……」


 由加梨は心なしか肩を落としている。やはり食も進まない様子で、パスタの皿半分を残してフォークを置いた。


「今後のことは君の友達や大学の先生にも相談すればなんとかなるよ。何度でも言うけど、俺も精一杯力になるから」


 相原は懸命に由加梨を励ます。


「由加梨ちゃん、食べないと。ランチが無理なら、デザートだけでも。アイスクリームやパフェなんか食べやすいんじゃないの?」

「そうですね……。チョコレートパフェなら」

「うん。食べて食べて」

 

 破顔一笑した相原に、由加梨の表情も心なしか柔らかく緩んだ。



 ◇◆◇



 それから。

 生活ルールも徹底して二人は話し合った。


 まず、お互いの仕事と大学に通う生活スタイルには、干渉しない。

 相原のマンションは、約10畳のリビング・ダイニングキッチンと四畳半の1LDK。

 結局、四畳半の寝室を由加梨が使い、新しい布団を一式買い、リビングで相原が寝泊りすることにした。トイレ・風呂・洗面所・洗濯機は自由に使う。

 由加梨の洗濯物は寝室に部屋干しすることにし、その為にハンガーを吊り下げられるよう、壁にロープも通した。

 リビングも相原が居るとは言え、好きなように過ごすよう、リビングにあるテレビ・オーディオ機器なども好きに使うように言った。

 しかし、家にいる時はほとんど真面目に勉強している由加梨は、テレビを観ることはあまりなく、その代わりにテーブルを勉強机として貸してもらうことにした。それは由加梨にとってとても有難いことだった。


 そういう風に、相原と由加梨の『共同生活』が始まったのだった。



 ◇◆◇



「お帰りなさい」


 その日も相原が仕事から帰ると、由加梨が手作りの夕食を用意して待っていた。 


「今日は冷や奴と茄子の煮浸しを作りました。相原さんがお風呂から上がるまでにお素麺、茹でますね」


 暑い盛りでも食べやすい献立に相原は由加梨の気遣いを感じる。


「嬉しいけど由加梨ちゃん、無理してるんじゃないか?」

「いえ。一人分も二人分も作る手間は変わりませんから」

「食費は俺が出すからね」

「それは折半でしょう?」

「いや、作ってもらってるんだから、手間賃だと思って。少ないけどとりあえず一ヶ月分」


 相原は財布から五万円取り出した。


「これだけ頂ければ十分です! 余りはお返ししますね」

「余れば日用品とか買ってくれればいいよ。俺も今まで通りトレペとかティッシュ買ってくるけど、そこらへんまだ曖昧だったよね」

「買い物は全てレシートをもらって家計簿つけてますから」

「由加梨ちゃんはいい奥さんになるなあ。あ、こういう言い方、今時NGなんだっけ」


 すこぶる真面目に呟いた相原は、慌てて言葉を付け足した。

 確かに昨今の風潮ではNGワードかもしれず、それ以前に由加梨を『奥さん』と表現したことに相原は一人で動揺した。


「俺、風呂入ってくるね」


 そう言うと、そそくさと相原は下着とパジャマを持って浴室へ入った。

 タオルとバスタオルは洗い立てが用意してある。

 辛うじて下着だけは自分で洗っているが、由加梨は洗濯も嫌がらずに請け負ってくれている。


(なんか……これって……)


 温めのシャワーを浴びながら、相原は思う。


 いやいや!

 自分はまだ由加梨に手を出してはいない。

 相原は自分で自分に言い聞かせる。


(どこまで俺の理性、保つのかなあ……)


 はあっと相原は深い深いため息をついた。



 ◇◆◇



 それからも相原の忍耐の日々は続いた。


 普段着以外の部屋着やパジャマ姿を見られるだけでも恥ずかしかった。

 入浴中やトイレでも必要以上に緊張し、又、どうしても自分の私生活を見られることには気を遣った。

 男女が一つ屋根の下に暮らすのだから、それはかなりの覚悟がいった。


 しかし、それは由加梨とて同じ、いやそれ以上であるのは想像に難くない。

 なのに、そんな緊張を強いられる生活の中でも由加梨は何かと家事を担った。

 部屋の掃除機がけや風呂場・トイレの掃除など、相原は分担すると主張したが、相原の知らない間にいつの間にか綺麗に掃除されている。

 そして、朝、目が醒めると必ず朝食が用意されており、由加梨の帰宅が早い日は夕食も由加梨が作った。

 相原にできることと言えば、せめて由加梨が勉強している間は、好きなバラエティ番組を観るのも我慢して、静寂を保つことくらいだった。


 そうして緊張の日々が過ぎていく。

 相原は耐えに耐え抜いていたのだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 真面目な相原さん。 忍耐力勝負ですね。頑張ってください! 
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