婚約破棄から始まる婚約を 外伝:ハンゾとの出会い編
私は馬車に乗っている。
アルケイナス王国の宮殿に向けて移動中なのである。
「はぁ……鬱だわ。お父様との約束もあるから行かないというのもね」
そもそも私がキグオス陛下に気に入られてしまった事が事の発端だった。
お父様も今のうちに殿下と仲良くしておくようにと乗り気だから、仕方なく向かっているような状況だ。
私が我慢すれば済む話だからいいんだけど、ジフル殿下を相手にするのがダルいのよね。だけど、アリツ殿下にもお会いできるから……マイナス5000兆くらいで済んでる感じよね。直接会う訳じゃなくて、ジフル殿下にしつこく迫られたりするとアリツ殿下が現れてくれるのよね。まさに王子って感じで。
ジフル殿下とは適度に距離を保ちつつ、普通にお話をするくらいにしておきたい。
何かと近寄って来ようとするのよね。
「でも、毎回会うとは約束はしていないわ。今日は行かなくてもいい気がする。ねぇ、そう思わない?」
私の目の前で欠伸をしている精霊に声をかけても、無視される。どうでもいい事だと、本当に反応ないのよね。
この水滴を人姿にした親指くらいの大きさの精霊が国を導いてくれるという伝説があった。
そして、精霊が見える存在を『聖女』と呼ぶみたい。
お父様に相談したら、今すぐにでも王国に私が聖女ですと伝えに行こうとしたから「そんな事したら家出する」と伝えたらすぐ大人しくなった。
その代わりとしてジフル殿下と仲良くしておくようにって事になったんだけど……。
「はぁ……何か言いなさいよ。導いてくれるんじゃないの?」
と、そんな事を話していると黒装束の二人組が辺りをキョロキョロと見回している。
二人とも目の色は黒く、口元は黒い布で覆われていて顔があまり見えない。
近頃、このライオハイン領の周辺に盗賊の集団を見かけるようになったと聞いたけど、この子たち……じゃないわよね。
何だかとても気になる。探し物でもしているのだろうか。
私は御者に止まる様に伝えると、二人のいる方へ歩いて行った。
「ねえ、そこのお二人さん? さっきから何か探しているのかしら?」
すると少し背丈の小さい子のほうが答える。
「兄様が落とし物をしてしまいまして、探している所なんです」
あら、女の子だったのね。
しかも、随分と可愛らしい声をしているわね。
何故だか分からないけど、負けたような気がして変な事を口走ってしまった。
「でも、こっちの部分は私の勝ちかしら」
謎に胸を張りドヤ顔する私を、キョトンとした顔で相手は見返していた。
何でこんな無意味な張り合いをしてしまったのだろうと反省をしていると、もう一人の子が声をかけてくる。
「よく分からぬが、其方は?」
「私は、アリエル・ライオハインよ。ここの領主の娘ですわ」
ドレスの裾を持ち礼をする。
これでも私の一礼は、一目置かれているのよ。
「……」
一瞬だけ鋭い視線で私を見ると、身なりを整えてピシッと身を正している。
この子、ちゃんと見ているわね。
「そうでござったか、これは失礼。某はハンゾと申す。そして、この隣の者は妹のクノーでござる、デュフッ!」
最後の「デュフッ」って何。その抓りたくなる顔は何なの?
この子、癖が強いわね……。変なのに話かけてしまったかしら。
私の表情に気付いて、クノーがすかさずフォローをする。
「申し訳ありません、アリエル様。兄様は、ほんの少しだけクセが強いだけで、とても頼りになるので誤解なさらないでください」
「別にいいわ。そういえば、探し物をしているのよね。何を無くしたのかしら?」
「某が修行をしていた時の事、突然の強風に煽られ地面に落下したのでござる。そして、気付けば『巻物』が無くなってたという話でござる、デュフッ!」
「なるほど。要するに、どこで無くしたのか分からないって事よね。この辺りはもう探していたみたいだし」
「左様でござる。この辺りは探し尽くして、どうしたものかと途方に暮れているところなのでござる、コポポッ」
「それで、その巻物はどのくらいの大きさなのかしら?」
「この短刀の大きさくらいの巻物でござる、デュフッ!」
ハンゾが見せた物は鞘に収まったままの鍔は小さすぎて無いも同然な珍しい物だった。短刀って言ってたけど、握る部分の編み込み模様が綺麗ね。
とにかく、この短刀くらいの大きさのものが落ちた、ね。
私はあたりを見回す。
無駄に生い茂る草で視界が悪い。
落ち葉や枯れ木が邪魔で落ちていたとしたら探すとなると気が遠くなる。
川の流れる音……川に落とした可能性も考えられる。
巻物を探すためとはいえ、こんな厄介な場所はないわね。
困ったな。軽い気持ちで首を突っ込んだものの、探す手がかりがない。
「二人がこの辺りを探しても無いのは分かったわ。でも、闇雲に探しても仕方がないから少し考えさせて」
私が少し考えているとクノーが申し訳なさそうに言ってくる。
「アリエル様にまで探してもらうなんて、とんでもないです。兄様が自分で探すので大丈夫ですから」
「いやしかしでござるな、某も少々行き詰って……」
「兄様は黙っていてもらえます?」
「はい、コポッ」
まだ本格的に探してもいないのに、はいそうですかと引き下がれないわね。
今日の宮殿への訪問は体調不良で辞退の旨を手紙で送らないとね。
「少し待っていて。手紙書いて送らないといけないから、そうしたら一緒に探しましょう」
こんな時の為に、筆記用具一式を持っていてよかったわ。
「手紙は拙者が届けるでござるよ、デュフッ」
「ここから宮殿まで馬車でも結構かかるのよ。とりあえず書いてくるけど……」
いくら何でもここから届けに行くとか、さすがに時間がかかりすぎるわ。
たぶん、ハンゾなりの冗談だったのよね。
私は手紙を書き終えると、ハンゾが待っていた。
「本当に届けに行くつもりなの? ジフル殿下宛てなのよ?」
「某、冗談は苦手でござる。宮殿までであれば、少々お待ちいただければ行ってくるでござるよ、デュフッ!」
「うーん……じゃあ、アリエル・ライオハインからの手紙だと門衛に伝えて渡せばいいから。本当に大丈夫なの?」
私はハンゾに手紙を渡すと、大事そうに懐にしまいこむ。
「承知いたした。では、行って参るでござる、デュフフゥーーッ!」
クセの強い声を残して、ハンゾは一瞬で消えてしまった。
あれさえなければ、ちょっとだけいい感じなのに。
周りを見てもどこにもいない。本当に行ったみたいだった。
「アリエル様、兄様であれば問題ありません。戻ってくるまでお待ちしますか?」
「え、ええ……どうしようかしら……」
クノーは、ハンゾが消えた所を見ていたのに普通に話してくるけど、私は消えたのが謎すぎて少し戸惑っていた。
まあ、ハンゾの事は深く考えない様にしよう。
「いつ帰ってくるか分からないから、目星だけでも付けておきたいわね」
正直、こんな森みたいな場所で短刀くらいの大きさの巻物を見つけるのは難しい。
「突然の突風に煽られ」って言ってたわね。
この平地では突風なんて感じるはずもないわ。
つまり、ある程度高い場所……。
私が頭を悩ましていると、精霊が何かを伝えてくる。
「ん? ついて来いってこと?」
勝手に森の中に入って行く精霊。
いなくなられるのも困るし、追いかけるしかないわよね。
もう見えなくなったけど、淡い光が残っているからこれを追えば見失う事はないはず。
「どうしたのですか、アリエル様」
「えーっと、アレよ。こっちの森のほうが気になるのよね」
精霊を追いかけて森に入ったものの、歩きにくいこと。
本来なら精霊を見逃してもおかしくないけど、私には見えるから心配はしていない。
精霊を見れる事は、その時点で仮契約みたいなものだとお父様から聞いたのよね。
奥に進むにつれて、ドレスや靴が少しずつ汚れてしまう。
せっかくのお気に入りのドレスなのに、でも行かないで放置しておくこともできないから泣く泣く追いかけるしかなかった。
「アリエル様は何か見えているのですか? こんな森の中をまるで分かっているかのようにお進みになっていらっしゃいます」
「見えている……と言えば、見えているかもしれないわね。ちょっと気になっていたんだけど、クノーの黒ずくめの衣装は一体何なの?」
クノーは少し返事をためらっているように見えたけど、決心したのか話し出した。
「これは、シノビの黒装束でございます。主を影より支える者。シノビは影に生き、影に死す。それが我等一族でございます」
「それがどうしてここにいるの? その主はどうしたのかしら?」
「もう我々シノビが生きる時代は終わったと。追い出されて東の国よりここまで来たのです」
東の国は本当に遠方の国で、あまり外との交流を行わないからあまり情報がないのよね。ただ、小国ながらも大国と渡り合える強さを持つ国という話だけは聞いているのよね。
「随分と遠い所から来たのね。私には、ここから出て幸せに暮らしなさいって二人を思っての行動だと感じるわ」
「……その通りだと思います。アリエル様は、何でもお見通しなのですね」
お父様の部下にも、口では言えないような仕事をするカゲという部隊がいる。
カゲの名の通り、光の当たらない裏の汚れた仕事を行う者たちだ。
綺麗ごとじゃ済まない事もあるのは仕方ないとは思のだけれど、どうにかならないかしらね。クノーの言っていたシノビも同じような種類の部隊みたいなものなのでしょう。
公爵ともなると、裏では敵対しているような勢力も多い。
だから、そういう部隊もいるのは分かるんだけど、遠い国でも同じって事なのかしらね。
そんな事を考えながら歩いていると、随分と森の奥深くまで歩いていた。
普段の私ならとっくにバテて歩けなくなっているはずなのに、精霊を追っていて集中しているからなのか疲れをあまり感じない。
「アリエル様、歩き詰めで疲れませんか? 休憩いたしましょうか」
「お気遣いありがとう。でも休んでいたら真っ暗になってしまうわ。私は大丈夫だから行きましょう」
「承知いたしました。疲れたらお申し付け下さい」
精霊の進んだ道を歩いていると、水を打ち付けるような音が聞こえて来た。
そこは小さな滝になっていて、川の流れの音はこれが元だったのね。
精霊は滝の上のほうを見ている。
いくつかの岩の出っ張りの上に棒状の何かが引っかかていた。
「あーーーー!! あんなところにあったわ!」
見つけて思わず大きな声を出してしまったわ。
私の指差す場所をクノーが見ると、嬉しそうに声を上げる。
「まさか見つかるだなんて! 凄いです、アリエル様!」
でも、あんな場所どうやって取ればいいのかしら。
大人が5人くらい肩車しても届かないくらいの場所にあるのよね。
「取って参ります!」
そのまま飛ぶと、岩を駆けるように走って巻物を手に取ると何事も無かったように戻ってきた。
何かもう、クノーについてもあまり考えないほうがいいわね、うん。
「よ、良かったわね。探していた巻物はそれで合ってる?」
「はい。これに間違いありません」
巻物をひらくと、良く分からない蛇みたいな文字が延々と描かれていて何が書かれているのかさっぱり分からない。
巻物は最後の部分のほうだけ大きな空白ができていた。
何か不自然なくらい長い空白ね。
「この空白は、これで大丈夫なの?」
「はい。師匠からいただいた時からこのままですから大丈夫です」
「ふーん。そうなのね。でも、そういうものなのかしら?」
私が首を傾げていると、精霊が空白の部分を指さしている。
何? 空白の部分をなぞれってこと?
精霊はただ頷いている。
「こんな事してもどうにもならないでしょ」
巻物の上を手でなぞっていくと、水に濡れたように染みができてしまった。
「アリエル様! それは大切な巻物なので濡れてしまう……と?」
濡れた部分がすぐに乾いていくと、蛇みたいな文字が浮かび上がってきた。
巻物には続きがあったのね。
私には読めないけれど、クノーが驚きながら読んでいるわ。
「こ、これはっ! ふんふん……間違いない、隠された秘術の部分だわ! まさか、こんな事があるなんて。ありがとうございます、アリエル様!」
「探し物が見つかって良かったわ」
そう思ったら、少しだけ疲れが襲ってきた。
思わず座り込むと、頭の上を何かがかすめた。
「何奴!」
クノーが私をかばうように前にでて短刀を構える。
「いやいや、まさか今のを避けるとは。当たらなかった事に後悔しますよ、アリエル・ライオハイン!」
木の影から人がぞろぞろと出てくる。
頭がつるつるの人相の悪い男が前に出て来た。
こいつが話していたのね。この男以外は全員口元を隠している。
「何なの、貴方たちは! 当たったらどうするつもりかしら、危ないでしょう!」
私はクノーに隠れるようにして文句を言う。
話をしている間に撃たれてるのはごめんだわ。
「ハハハッ! 当たったほうが楽だったのにな!」
「私がライオハインだと知りながら攻撃するという事は、貴方たちはその他の公爵家の手の者って事よね。そんなバレバレな事しても大丈夫なのかしら?」
「そ、そんな事はないだろう! 公爵家と言っても4つもある」
「まず、私、ライオハイン。はい、お次は?」
「ヴァンガリン、マルシーダ、アルテルシーっと、そんなのはここの人間なら誰でも知ってるわ!」
こんなに口が軽いなんて、これはイケるかもしれないわ。
このハゲ頭、絶対に気付いてないわよね。
「それじゃ、この中で一番の公爵家は誰かしら?」
もちろん、この4つの公爵家に上下関係はない。
ただ友好的かどうかの話はあるけど。
そしてライオハインはアルテルシー家と仲が悪い。
私が王家と深く関係を持つ様になってからは特に。
「はははっ! バカな事を言うやつだ。もちろんアルテルシー公爵家に決まっている!」
このハゲ頭、よく言ったわ。
偉い! と頭を叩きたくなる衝動を抑えて私は言う。
「そうですわね。でしたら、そのアルテルシー公爵家が目の敵にしている公爵家をご存じかしら?」
「はっは……何を言うかと思えば。2人を生かしておくな、やってしまえ!」
次々に弓矢が放たれる。
数本どころじゃない大量の矢が飛んでくる。嘘でしょ。
こんなに沢山の矢をどうすれば。
「ご安心下さい、アリエル様。この程度の矢、クノーがお守りします。
風遁、矢返しの術!」
涼しげな顔で片手を天に突き出すと、突風が起きた。
その風が弓矢を絡め取り、相手側に全て返す。
「うわあああ!! 矢を射るのをやめろ、全部返ってくるぞ!」
私はクノーの後ろから見ているだけでお気楽なのだけれど……もし1人だったらと思うと少しゾッとしていた。
向こう側で上がってくる悲鳴をハゲ頭がどうにかして治めていた。
「落ち着け! 返ってくる矢はさほど強くはない! こうなったら接近戦で仕留めるぞ!」
男たちが刃物を抜くと、その鋭い刀身が見える。
そして握っている鍔の装飾に見覚えがあった。
やっぱりそういう事だったのね。
ハゲ男が一歩踏み出した瞬間、手から武器が消えていた。
そして、突然現れたハンゾがその武器を手にして歩いてくる。
「いやはや、少し遅れたでござるよ。申し訳ないでござる。デュフッ!」
奪い取った剣を眺めながらハンゾは話す。
「ざっと100人程度でござるか。手紙を届け終わり、宮殿内で面白い話を聞いて急いで戻ったでござるよ。何やら道中、とある人物の警備が薄手になった所を連れ去りこの世から消し去ると」
「何だ、てめえは急に出てきて!」
ハゲ頭が殴りにいくと、ハンゾはその手を取って相手の集団に投げ込んだ。
「で、でござる。その実行犯はハゲ頭であると。そして主犯格は……」
ハンゾが手にした剣を木に向けて投げると深々と根元まで突き刺さる。
「分かるでござるか、アリエル嬢?」
「もちろん、とっくに答えは出ているわ。ガイオ・アルテルシー公爵閣下ね」
「さすがでござるな。それでこそ、我が主でござる、デュフッ!」
「え? 主って、何を言ってるの?」
ハンゾが突拍子もない事を言うから驚いた。
そんな私の驚きをよそに、ハゲ頭が立ち上がって怒り狂っていた。
「この野郎、この俺を無視して話してるんじゃねえ! こっちは100人だ、やっちまえ!」
「いやいや、ハゲ頭には無理な話。何故なら、このハンゾが来た時点で詰みなのでござる。たかだか100程度が何でござるか、こちらは万の軍勢なり!」
「何をワケのわか……」
「見るが良い。これが奥義『万軍、分身の術』! デュフフゥー!」
あの調子の狂う声と共に木の葉が舞い落ちるかのように、辺りに幾つもの影が現れる。 奥義の意味がそのままだとすれば、その数は1万。
ハンゾと同じ実体が周囲を埋め尽くし、人影を落としていた。
「我等、万の軍勢を相手にするか、降伏するか選ぶといいでござる、デュフッ!」
「ひ、ひぃぃ! こんなの無理だ、俺は降参する!」
ハゲ頭が土下座すると、残りも全員あっさりと土下座していった。
武器をハンゾに没収されて、分身に連れられてハゲ頭たちは連行されていった。
証拠もそろったし、後はお父様にお任せしようかしら。
国王であるキグオス陛下は私を孫娘かのように接してくれている。その陛下に気に入られている私を暗殺しようとするなんて、最低でも公爵はく奪でしょうね。
「ハンゾが来てくれたおかげで助かったわ。ありがとう」
「いやいや、某の巻物を見つけただけでなく、新たな秘術まで発見しているのでござる。某の主として申し分ないでござるよ、デュフフ」
「さっきから主って言ってたけど何なの?」
「仕えるという事でござる。よろしく頼むでござる、デュフッ!」
「私も決めました。兄様と共にお仕えいたします」
「え? クノーも? うーん、別に構わないけど、お父様に許可をもらわないと」
「はい。問題ありません。お仕えするのに相応しいお方だと認識しております。
ですが……兄様!」
クノーがハンゾを見る目が冷たい。
あのハンゾが一歩後ずさっている。
「ど、どうしたでござるか、クノー」
「敵が矢を射た時に、既に兄様の気配を感じましたよ!
ど・う・し・て早く出てこなかったんですか!」
クノーがハンゾのこめかみを片手で掴むと、ミシミシと音が聞こえる。
少しずつだけどハンゾの身体が宙に浮き始めた。
「アダダダ! ごご、ごめんでござる! だから、その手を、手をーーーー、コポポポポーーーゥ!」
クノーは大人しそうに見えて、中々やるわね。
ハンゾが何かした場合はクノーに任せましょう。
こんな感じではあるけど、暗殺の主犯格を見つけてくれていたし。
そして、さっきのすごい数の分身を出して、相手を制圧している。
普通に考えて有能よね。ちょっと問題もあるけど。
そんな事を考えていると遠くから馬の足音が聞こえて来た。
近くで馬の嘶きが聞こえると、今度は人の足音が大きくなってくる。
「おーい、アリエル嬢! あ……、ここにいらしたのですね!」
ここに来たのは何とアリツ殿下だった。
「アリツ殿下! どうしてここに?」
「今日は宮殿までいらっしゃると聞いていたので、時間になってもアリエル嬢が来ず心配になって来たのです!」
「そ、そうでしたか。ご心配おかけしましたアリツ殿下。えーと、少々調子が悪くて、今日はライオハインの邸宅まで戻るところでしたの。使いの者に手紙も届けさせたのですが」
「入れ違いだったようですね。体調が優れないのであれば、私がお送りします」
アリツ殿下の申し出に、内心喜んでいるとハンゾが横から出て来た。
「ふむふむ。アルケイナス王国の第二王子でるアリツ・トス・アルケイナス殿下がわざわざこの様な場所に大丈夫なのですかな」
「君は一体?」
「これは失礼いたした。某はハンゾと申す者。アリエル嬢の従者でござる、デュフッ!」
少し固まっていた様に見えたけど、負けじと返すアリツ殿下。
「そ、そうか。君の様な人が従者とは……」
「人は見かけによらぬもの。このハンゾをお見知りおきを」
ハンゾが手を出すと、ハリツ殿下はその手を取り握り返す。
しばらくそのままの状態で、二人の繋いだ手が震えだしていた。
「ハ、ハンゾと言ったね。もう分かっただろう。その手を放したらどうだ?」
「な、何を申すか。殿下が手を離せば終わる事でござるぞ、デュフフッ」
「「ムムムムッ!!」」
たぶん、いや絶対にこの二人は全力で握り合っているんだろうけど、なんでそんな事をしているんだろう。
何だか止めなくてもよさそうだから、見守る事にするわ。
「ああ! 駄目だ、私の負けだ!」
アリツ殿下がその場でもう駄目だとばかりに倒れた。
私が駆け寄ろうとすると、ハンゾが殿下の手を取り起き上がらせた。
「……どうやら某のほうが、殿下を見誤っていたようですな。お嬢を頼みますぞ、デュフッ!」
「なっ! しかし、アリエル嬢には兄上が……いや、見守る事であれば問題ないか。分かった! ハンゾもアリエル嬢の事、頼んだよ!」
「某にお任せを!」
殿下とハンゾが謎に盛り上がっていた。
私はジフル殿下と会わなくてよくなった事に安堵している。
クノーが少しため息をつくとこう言った。
「アリエルお嬢様、あんな兄様ですけどもよろしくお願いいたします」
クセの強いハンゾに対して、礼儀正しく深々とお辞儀するクノー。
それでも心強い従者ではあるけど、少しだけ心配。
お父様にどう説明しようかしら……。
悩んでいるとアリツ殿下が意を決した様に口を開く。
「ア、アリエル嬢! その……とてもお疲れの様子だ。だから私が公爵家までお送りしますよ」
「で、でも……ドレスも汚れていますし……」
遠い所から来てアリツ殿下も疲れているだろうから、私は悪いと思い言い淀む。
アリツ殿下の気遣いのおかげで、また気が緩んだせいか一気に身体が重く感じてフラついた。
「ほら、やっぱり疲れている。よっと、このまま馬車まで送りますよ」
その掛け声と同時に私はアリツ殿下に両腕で抱きかかえられた。
初めての経験なのに何故か安心してしていた。
「あ、あの! 汚れていますから」
「気にしないで。私が好きでやっているのです」
何か話しかけられている気がする。
どうしてここにいたのか。何をしていたのか。今は気分はどうなのかと。
「……はい。……そう。……はい……」
返事をしないと悪いと思って返事をしたものの、心地よさと意識が朦朧として何を返したのか記憶にない。今日は宮殿に行かなくて正解だったなと思いながらいつの間にか眠りについたのだった。
そして、私は目を覚ました。
見慣れた天蓋が見える。
コンコンとノックする音が聞こえる。
「失礼します。お嬢様、お目覚めのようですね」
ドアが開くと、そこにはメイド姿のクノーがいた。
真っ黒な綺麗な髪を三つ編みされていて、血色の良い綺麗な顔にスタイルまで良い。
少し童顔なのが、また似合っているじゃない……。
ま、まあ、負けていない部分もありますし? と謎の自己弁護を心の中してしまう私。
「本日よりメイドとして仕えるクノーと申します。よろしくお願いいたします」
「まさか、昨日の今日で本当に仕えるとは思わなかったわ」
「はい。お嬢様がお眠りになった後、アリツ殿下の口添えもありすぐにお仕えできることになりました」
「そう……。アリツ殿下にお礼言わないとね」
クノーが入れた紅茶を受け取り、ゆっくりと飲む。
何だか普通に受け入れてしまったれけど、あまりに自然にこなすから違和感が全くなかったわ。
「ところで、ハンゾはどうしたの?」
「お呼びでござるかな、お嬢。改めてよろしくでござる、デュフッ!」
クノーの隣に現れるハンゾ。相変わらずの黒装束だった。
「ハンゾは黒装束のままなのね?」
「色々試着させてもらった結果、これが一番しっくりくるのでござるよ」
「そう言えば、あのハゲ頭たちはどうなったのかしら」
「あの者たちは、やはりアルテルシー公爵家からの依頼を受けていたようでござる。詳細はルーファス様は既に承知済みで、こちらで処理するとのことでござるよ。さすがはお嬢の父君でござるな、デュフッ」
「じゃあ、もう安心ね。まさか命を狙われるとは思わなかったわ」
「そうでござるな。某、心配になりお嬢の近辺を調査していて面白い情報を聞けたのでござる」
「面白い情報?」
「それは、お嬢の幼少の頃の話でござる。朝からいつもの紅茶を自分で入れたところ、何故かベッドにこぼし……」
「わーーー! あーーー! ハンゾ、その話をやめなさい!」
「さてさて、お嬢。この話の何がお気になさらないのでござるか、デュフゥ―!」
こうして、ハンゾと妹のクノーが私の下で働く事になった。
しばらくして私はジフル第一王子と婚約となり、その2年後に婚約破棄を言い渡されるのであった。
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