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ラクエンプロジェクトをもう一度  作者: カラフルジャックは死にました
第一章 赤ずきんは夢を見ない
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至天と獣 11 砂金と廃棄物の違いは?

イカ楽しい......


「アドハが、設定?」

 無意識の疑問に言葉が零れ落ちる。

「このゲームは紙月とお前たちで作ったんじゃないの?」

「えぇ、それはもう。でも……」

 リーリがアドハを飛び越えちらりとミルハへ。続きを引き継ぐミ

ルハがさらに意味を持つ音を重ねる。

「先ほどアドハが少し話したように、私達がこのプロジェクトに参加したのは、この世界の基盤、骨子が出来てから。それも紙月の各代表者に協力する形で……つまり、私たちはこの世界の何一つとしてデザインしていないのですわ。けれど」

 とん。指を弾く。苛立ちのような、無感情のような。事実を述べるにしては感情的で、感情を表すには無表情な顔つき。


「アドハは違う。そいつは最初から紙月に関わり、設計から世界観、スキルに魔法、拝領品。黒の海に浮かぶ星空を、生い茂る草花を撫でる風を……この仮想現実の全てを監督した。私たちの世界を繋ぎ合わせたのも、アドハ。わかるかしら? この世界の全てが、貴女の隣にいる怪物によって描かれているのよ!」

「だから、不思議なのよぉ。言うなれば、アルプロはぜぇんぶ君の世界。君の知らないものなんてない……なのに、何を求めるのぉ?」


 ミルハの声は歌うように綴られて、聞き心地のいい声に、誹りの色が混じる。リーリの声は跳ねるように。純粋な疑問が声の形をしていた。

 少し、間を置いて。

 アドハが口を開いた。


「……全部知ってなんてないさ。『極限(リミット)』『失敗作(ルーザーズ)』……『神至災禍(ハザード)』。君たちの世界由来のモノを、僕は完全に知ってるわけじゃない」

「全部、終わったものよ。知る必要なんてないわ、あれは、廃棄物なのだから」

 ミルハの言葉に、ピクリとリーリが眉を動かした。横目で隣の少女を見る。欠色の少女は、やはり沈黙と無感情を保ったまま動かない。人形のような在り方だった。

「何に価値を求めるかは視点によって変わるものだろ? 誰かにとっての道端の石が、誰かにとっての金塊になる」

「何故、お前の目にはあれが金塊に映るのかと、そう、聞いているのよ、『無形』」


 アドハとミルハの視線が交錯する。


「…………君たちは疑っているんだろう。『極限』に、『失敗作』に……君たちさえ知り得ない何かが秘められているのではないかって。でも残念だったね、本当に僕に他意はない。ただ純粋に、僕は彼らを知りたいだけだ」

「嘘。知るだけならいくらでもデータがあるでしょう? 数値とにらめっこすればよろしくて?」

「それじゃ意味がないだろ。ただの数値の羅列と、生の痕跡には目に見えない程の違いがある」

「随分と人間らしい考えをするのねぇ。それも、隣の子の影響? 手なんて繋いじゃってぇ」

「愚かだわ、愚かだわ。まさか、感情や悔恨が数値化できないとお思いで?」

「疑うなって方が無理なのよぉ、わかるでしょ。アド君の作った世界の中で、アド君が把握している森羅万象の中でぇ、アド君だけが執着しているモノがある。じゃあ、そこにぃ、私達の知らない何かがあるって考えるのは当然でしょぉ?」

「その答えなら、もう、夜が言ったよ。僕たちは救いを探してる。救われなかった誰かを知って、僕たちの救いを見つける。……アンドレイと相対するのはそのためだ、それ以上でも、それ以下でもない」

「信じられない」

「ふん……結局、そこに行き着くんだ」


 他の誰かと、本当の意味で分かりあうことなんてできやしない。みんな、なぁなぁだとか経験談とかで分かり合った気になっているだけで、その骨と内臓と脳を引き裂いて中身を地面にぶちまけたって、何を考えているかわかりはしない。

 相手が何を言ったとしたって判断するのは自分の心だ。そして心の底は見えないのだから……言われた言葉を信じられないのなら、それは自分にとっての真実ではなくなる。

 会話は、信頼の上に成り立っている。

 その根幹が、揺らぐのならば。


「平行線だ。僕は僕の言葉を曲げない。僕は、嘘は言っていない」

「平行線ね。私はお前の言葉を疑うわ。お前は、本当のことを言っていない」


「僕たちの意見が交わるところはないね。ほら、さっさと仕事に戻りなよ。なんなら後始末くらいはしてやろうか?」

「あら、お忘れかしら、私の手元には未だ二匹の子羊があるのよ」

「やってみなよ」

「ちょ、アドハ!」

「あの二人の価値は、君にはもうないだろ。僕はこうして君の前に出てきて、君の前で分かり合えないことを確認した。あの二人がPMギアの事故に巻き込まれたって僕が話すことは変わらないぞ。……結果、意味のない犠牲が出るだけだ。それも紙月の一族に。紙月は勿論、『海月』と『竜』だって君に噛みついてくんじゃないかい?」

「…………」

「何を企んでるのか知らないけど、見当はつくよ。君たちは同じゴールに向かって別々の道を走ってる。そして、最後に立つのは一人だけだ。君が最初の脱落者になるのかい」

「……そういう、そういう。何でも知っていますって態度が、気に入らないのよ」

 ミルハが唇を噛む。電子の身体に生理現象なんてなくて、だからアバターが無意識に動く全ては強い感情の裏付けだ。

「これ以上、何を言っても、何も言わないつもりなのね」

「聞かれたことには全部答えてるつもりだけど?」

「どの口が、どの口で、言うのかしら」

 はぁと、ミルハが溜息を吐く。



「…………興が、冷めましたわ」



 ひらりと、ミルハは翻る。ドレスの裾をはためかせ、ステンドグラスから入る色彩豊かな光が彼女を祝福していた。

 そして、瞬く間に姿が消える。

 一瞬だった。瞬きさえ遅いと思うほどの瞬間に、彼女はその存在の痕跡さえ残さずに掻き消えていった。


「帰った、の?」

「そうだね、もういない。で、君はどうするリーリ?」

「私は元々付き添いだからねぇ。場を用意したけど、現実に危害が出るのは反対だしぃ」

 ミルハが消えた途端に張りつめていた空気は弛緩する。荘厳を湛える教会にピンと張った一本の糸が緩んだようだった。


 不意に、ととと、と足音が聞こえたかと思うと衝撃が背中を打った。思わずアドハから手を離す。浮かぶ疑問に答えるのは群青色の和服。視界にはためく裾が、背中に抱き着いてきた獣の姿を脳内に刻んだ。


「やー、かわいい子ねぇ。こんな子がタイプなのぉ? 思春期ねぇお姉さんは嬉しいなぁ……?」

「離れなさいよっ」

「きゃー! つんつんしちゃってぇ!」


 きゃーきゃー騒ぐ情報生命体が私の背中にぴったりついて抱きしめる腕を離さない。リーリの方がシャオレンよりも随分と背が高いので傍から見れば親子ほどにも見えるだろうに、当人からすれば捕食というか捕獲というか、そういった圧を受けてしまう。ええい、メイメイみたいにはしゃぐな!


「お姉さんってねぇ。稼働時期は僕の方が長いけど?」

「いいじゃない、私の方が大きいんだしぃ!」

「アバターでしょ、なんにでもなれるじゃない」

「じゃあおじいちゃんのアバターにしちゃうぅ?」

「遠慮するかな……」


 くるくるくるり。会話をしながら私を振り回して回るリーリのせいで視界が回る。ステンドグラス、木造の椅子、大理石の床。クラシカルでシックな装飾が否応なしに目に飛び込んでくる。

 その中で、欠色の少女と目があった。人形のような少女、その目は無感動に、最高級の宝石のような翡翠を描いている。


「小蘭夜、じゃなくてシャオレンでいいのよねぇ。アド君との馴れ初めはどう? どこで知り合ったの? お付き合いして何日目ぇ?」

「向こうが一方的に話しかけてきたし、別に付き合ってなんかない」

「ええぇ? 手も繋いでたのにぃ?」

「手ぇ繋いだから付き合ってるだなんて、そんなね、小学生みたいな恋愛脳やめなさい!」

「ロマンスは大事よぉ? 私達と人間の恋愛なんて素敵じゃない? ふふ、私もいい人探そうかしらぁ?」

「ているがいるだろ」

「ている君ねぇ、いつも死んでるからねぇ。あとあの子好きな子いるらしいぃ」

「バグ修正部門は大変だねぇ……で、リーリ」

「なぁに?」

「何しに来たのさ、君」


 体温のない指が私の手の甲をなぞって、上から私の手を絡めとり捕獲する。リーリは笑みを絶やさないまま、小さく息を零す。

 答えたのは、冷たい音だった。


「確かめたいのです」


 リーリの声ではなく、私達の声でもなかった。ミルハはいない、だから、声の主は残った一人だ。


「救いを探す、と。救われない誰かを知る。ええ、まさしく。私達は救われなかった」


 無表情の音が、淡々と木霊する。


「終わらせなければなりません。けれど、だからと。私達の全ては、廃棄物を捨てるように、無感動に、無感情に、吐き捨てられるものなのでしょうか? 歩んだすべてに意味など無かったと、今更知らなければいけないのでしょうか?」


 声に色が宿っていく。悲嘆、悔恨、絶望……そして、決意の色。

 リーリが強く、私の手を掴む。


「たとえそうだとしても、最後の眠りを穏やかにと願うのは、それでも許されないことでしょうか? ……確かめなければなりません、『無形』、貴方が、真に彼と向き合うにふさわしいのか」


「ギルティロアの制御が、っ、リーリ!」

「言ったでしょぉ、私は、付き添いなのよぉ」

 

 教会が鳴動する。音を立てて各部が軋み、けれど奇妙に装飾は動かない。

 私の頭のすぐ上で、笑みを強くするリーリのくすくすとした笑い声が骨を通してアバターに染みこんでいく。


「折角使える舞台、使っちゃおうねぇ、いいでしょリラちゃん?」

「ええ、『無形』と……鍵守と相対できるのなら、如何様にでも」

「君は……っ」



「シオン。シオン・リラ。この只一時、『天魔』の鍵を預かるものであり、彼……アンドレイと同じ、『天魔』の創りし人の形。貴方達(かみさま)が、廃棄物と呼んだ人類です」



 欠色の少女、シオンは強く、気高く、アドハを睨む。

 ぱっと掴む腕を離したリーリに背中を押され、危なげなステップでアドハの隣に並ぶ。

 

 教会が奇妙に崩れていく。風景はそのまま、空間に亀裂だけが広がっていく。景色を映したガラスを砕いたかのような光景。

 亀裂の奥には、闇が控えている。



「剣を持ちなさい。『無形』、鍵守。この命を賭して、私は、貴方達を試します」


ミルハとシオンが出したいだけの篇だったんですけどめちゃくちゃ長くなりそうです

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