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ラクエンプロジェクトをもう一度  作者: カラフルジャックは死にました
第一章 赤ずきんは夢を見ない
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至天と獣 6 色とりどりの命の中で

 

 空中であれやこれやとスキルに魔法にアイテムまで持ち出し、全力で減速を図った私達(私は減速できるようなものを何も持ってなかったので幽花だけなのだが)は、だけど完全に勢いを殺すことは叶わなかった。致死に至るか至らないかという速度で大地へ向かって、最後は万事休すと運に全てを任せて身を投げ出す他なかった。

 地面に激突して死ぬか、眼下に見える森林の大樹がうまい具合にクッションになって受け止めてくれるか。私は人事を尽くしていなかったので死を覚悟したのだけど、幽花は違う。奮闘をきちんと見ていたのだろう天は私達のバランスを考慮して悪趣味にチャンスを与える。


 落ちた私達は広がる森林の大樹へと突入した。


 私達を受け止めるには絶妙な大きさの樹であり、私達を殺すのにも絶妙な枝の太さを持った樹だった。大きすぎれば太い枝が地面の代わりを果たしてすぐさま私達はポリゴンに変わっただろうし、小さすぎれば枝が私達を受け止めきれずに減速が足りない。そして枝に当たる度、私達のHPは端から削れていく。

 ジャングルジムの中で脚を滑らせてしまったようだった。

 折り重なる枝の硬さは確かな打撃の痛みを与え、ガンガンと身体を痛めつける。だが同時に落下速度は減少を辿っていく。このまま死んでしまうのだと、そう思えたギリギリ。私達はひと際大きい枝に腹をぶつけ、強い痛みと共に、止まった。

 圧迫された腹が内臓を押し上げて吐き気を催させた。おえっと口を開けば、出てくるのは胃液の臭いがする空気だけ。枝にしがみつく力もなくするすると落下した私は背中から地面に強打し、システムが介入した視界には見慣れた赤が躍った。

 でも、死んでない。

「…………奇跡だわ」

「やっぱりツイて、いやそれならバカ達と会ったこともツイてることになっちゃうな……やだな……」

 隣に着地した幽花が空を見上げ、呆然と呟く。寝転がったままの彼女はメニューを開き、ポンポンとアイテムを出しては口に放り込んだ。

「はぁ……いきなり回復アイテムが悲惨……」

「死んでないだけマシでしょ」

「そりゃそうですがね、ただでさえ世界初の至天(ユニーク)戦だってのに、最初っからこれじゃあね」

「回復は狂いに頼みましょ、あいつなんでも出来るから」

「いいなぁクラス至天……どうやって取ったんだろ……」

 幽花に倣い飴を取り出して噛み砕く。一つで赤が黄色に、間もなく緑。二つ、三つ目でHPの全てを取り戻す。

 上半身だけを起こして大樹に寄り掛かった。真上を向いた視界が水平へと直角に折れる。青い空を描いた瞼の裏は、落下前とそう変わらない大森林の緑を捉えた。

「代り映えしないわね」

「飛んだ時、地形見てました?」

「一応。ここ、盆地よね」

 決死のダイブは俯瞰の視点をもたらした。見下ろす大地は飛ぶ前と変わらない緑のまま、ただ高度だけが違っている。

 特徴的だったのは円形に窪んでいることだ。私達が飛んだ崖が円の端、そこから中心までぽっかりと丸く落ち込んでいた。盆地、というよりかはカルデラというのが近いかもしれない。円の形をして、周りを崖で囲まれた地形。そんな閉ざされた世界に私達はわざわざ飛び降りて入ってきた。

「…………やっぱついてねーっ! ぜーったい選択ミスった!」

「まあ、そうね。盆地……カルデラなら、外側に向かうにはもう一度崖を昇るしかない」

「中心に行けば至天がいると思いますか?」

「さあ? 崖を昇って進んだ先にいるって考え方もあるんじゃない?」

 考察するには情報が足りない。その結論は一度中心に向かってからだ。

 幽花が大きくため息を吐いて立ち上がる。視線は大樹たちで遮られ続ける森林へと。

「こーなりゃちゃっちゃとあの狼にあってやりますよ! ほら起きる! 中心に向かいますよ!」

「はいはい。アレェリスタとヘレンが手こずる相手と戦えるのかしらね」

「いいチャンスってもんです! 私が! 勝って! あいつら散々バカにしてやる!」

 せかせかと幽花は歩を進めた。上から見た地形と落ちた場所の大体を覚えているのだろうか、中心に向かうという彼女の足取りに迷いはない。分かれる理由もなくて、私も腰を上げた。


 樹を追い越せばまた樹が行く手を阻む。樹齢何千年だと問いただしたくなる、現実では保全という体で死の間際を無理やり引き延ばす処置がされていそうな大樹がここでは路傍の石と同じだ。吐いて捨てるほど存在する。

 静謐を絵に描いたような、風に揺れる葉音以外は幽花と私の話し声しか聞こえないような自然がどこまでも続いていた。


「いつまで続くんですかね……」

「大まかな距離とかわからないの?」

「そんなスキルもないし現実技能もねーですよ」

「それは残念。じゃあいつ着くかわからないままずっと歩くだけね」

「えぇー……モンスターとかでないかな。いや、あのスライムの波みたいなのは勘弁ですけど」

「そういえば、モンスター。全然いないわね」

「……確かに。ていうか他のプレイヤーもいませんね、どうなってんですか?」

 怪訝そうに幽花が辺りを見渡した。だがあるのは緑色だけだ。そこには色とりどりのスライムの影も、他のプレイヤーの輪郭もない。

 それは少し、妙だ。

「五万人がいるのよね」

「多分。いくら広いってったって、少しくらい誰かに会ってもよさそうなものを……」

「……そうよ。大人しすぎるわ」

 風が葉を揺らし、葉同士の囁き声だけが鼓膜を揺らす。

 そんなことありえない。

「アレェリスタとヘレンなら……合流の為に間違いなく放火するわ」

「……うわやりそーですね」

「ファイと狂いも同じ。あいつらに環境保全なんて殊勝な心掛けないし、どんなモンスターが寄ってきても倒せばいいって考える、はず。そうじゃなくたって、他のプレイヤーの戦闘音とか聞こえてきたってよさそうなのに」

「それが一切聞こえない。ってなると」

「……ここが、私達が上から見たのよりもずっと広いのか、もしくは」

 この世界は無数のテクスチャが組み合わさって出来ている。幾つもの世界が折り重なって、五百万人を超える数を同時に収容することを許可している。

 同じ時間、同じ場所に立っていても。

 テクスチャが異なれば会うことは叶わない。

「……隔離されている」

「はぁ? どういうことですか?」

「……いや、突飛すぎたわ。忘れて」


 ……テクスチャはこの世界の設計なのだとアドハは言った。プレイヤーは知らなくても問題はないと。事実PMギアが思考の表層を読みリアルタイムでテクスチャを振り分けるのなら、テクスチャが違うせいで会いたい人に会えないということは発生しない。テクスチャに関して気づいている人もいるのだろうけれど、これはこのゲームに関与しない。

 この設計を知っているのは紙月と情報生命体。テクスチャの振り分けによって隔離されていると考えるなら至天ボスはこの世界の構造を弄んでいることになる。

 運営がたかだかモンスターにそこまでの権限を与えるだろうか?


「隔離ねぇ。ギミックをクリアしなきゃ合流できないなんてギミックボスは、まああるほうですけどぉ」

「……ああ、そういう線もあるわね」

「でも五万人から一人二人の規模でやりますかね。まあどっちにせよ、影も形もないんじゃ合流もクソもねーですよ。進むしかねー」

「そうよね」

 少しだけ、脳に嫌な予感がこびりついていた。炭が噴いて落ちなくなってしまったような、黒い予感が頭蓋骨の裏と脳の表層を染め上げる感覚。

 恐らくモンスターにそんな権限なんて与えない。どころか、多分、紙月社員さえリアルタイムで変動するテクスチャを自由に操れることなんてことはできないだろう。リロフトのイベントのような大規模で一時的なテクスチャならともかく、瞬きの間に人数が変動していく世界に正しく介入できるのはこの世界を演算しているものだけだ。

 だから、私達がテクスチャによって隔離されているのなら……。

 …………私の、せいなの?


 不意に、悲鳴が上がった。


「なにっ!?」

「声!」

 耳に感覚を向ける。先ほどまでの想像は瞬時に脳に仕舞われて、滲み出した自己嫌悪が少しずつ心を侵食した。

 聞こえてくるのはキャー! とかワー! とかそんな声。間違いなく悲鳴だけど、危機感を感じないどこか抜けた声だ。 

 追われているらしい声はどんどんとこちらに近づいてくる。発信は正面、樹々が視界を邪魔する緑の奥に、ちらりとプレイヤーの影と色とりどりの水まんじゅうの姿があった。

 ってか。


「茉莉花!」

「あっ、シャオレン! ちょっーっとてぇ貸して!」

「またスライムですかぁ!?」

「波じゃないだけマシでしょ!」


 走る茉莉花と、入れ替わるように前に出る。左手の星の触媒を握り壊した。光が私を包む。

 追手のスライムの数は五匹。赤いの三匹、緑が一匹、青が一匹。赤いスライムが先行し、数歩(歩?)離れた後ろを青、さらに一歩後ろを緑が追従する。

「『星駆け三輪』っ!」

 赤いスライムの内一匹が飛び出した。体当たりか、私の正中線を正しく狙い、スキルの光を纏った剣が三度閃いて迎撃する。

「えっ」

 ぱしゃんと音を立てて、スライムが三度刻まれた。四つに分かれた身体は勢いを無くして地面に落ちる。

「よ、よわ?」

「あれ!? そんな弱いの!?」

「所詮数だけってことですねぇ!」

 幽花が駆ける。私の前へ、赤いスライムの内一匹を蹴り飛ばし、もう一匹を大鎌で切り刻んで液体に帰した。そのまま進めば目の前には青いスライム。

「先手ひっしょ、おおおおおおおお!?」

「幽花!」

 青と緑のスライムがふるふると震え、光る。幽花の大鎌の一撃が青スライムを分かたんとした瞬間、青スライムから発せられたのは水の弾だった。

 魔法……!

 水弾はまさしく弾丸の形を取り幽花を迎撃する。圧縮されたのだろう水が驚くほどの速さで放たれ、幽花を吹き飛ばした。

「い、いったぁ……って! は、半分削れる!?」

「まだよ、足元!」

「え?」

 吹き飛ばされた幽花は大樹の幹に受け止められた。衝撃が全身を巡る。その足元に、幽花に蹴り飛ばされたばかりのスライムがやはりふるふると震えていた。その身体は緑色の光に覆われている。

「ば、バフか回復……?」

「逃げなさい!」

 赤スライムが跳ねる。狙いは追撃、幽花の身体目掛けて、こちらも弾丸のような勢いで飛ぶ。幽花は瞬時に反応するけれど態勢が悪い。逃げ切れない……!

「『星斬り・凪』!」

 瞬間、私の背後から光が伸びる。上から下へと、その光は寸分たがわず赤スライムの身体を切り裂き、真っ二つに。

「ふふん間に合った!」

「あの目の前だったんですけどぉ! 手元狂ってたら私巻き添えでしたからね!?」

「結果論で語りなさい!」

 幽花の無事を確認して、走る。狙いは青スライムだ。緑は恐らくバフか回復。なら青は……魔法職ってところ!

 私の接近を確認して震える身体。もっともスライムらしい青が数度振動し、突如として水弾が形成、私を捉えて発射され……。

「遅いのよ!」

 飛ぶ。真横だ。

 来るとわかっているのなら避けるのは容易い。何よりアレェリスタの矢よりも遅いのだから。

 私の隣を通過した弾丸が空気を呑む音と共に尋常じゃない破砕音を響かせた。振り返っている余裕はないけれど何が起きたかは想像がつく。着弾した大樹を叩き割ったのだ。

「当たらなければどれだけ火力が高くたって!」

 ステップ、前へ。蹴り飛ばせば、存外軽い体重が軽やかに宙に舞う。

 斬る、斬る、斬る。リキャストが切れて使えない攻撃スキルを真似るように三度。次いで、「光剣追撃」の状態が纏う光を小剣に変容させ傷口をさらに抉る。

 だが死なない。

「弱くないじゃない!」

「あんたの攻撃が低いだけでしょ!」

「スキル使ってようやく、ってこと?」

 青の身体を緑色の光が包む。死なないにしてもそれなりのダメージを受けていたはずのスライムがまた、身体を震え始めた。

 まずっ……!

 ぐさり。

 青の中心に、ナイフが刺さる。

 それがとどめになった。

「消耗品なんですよこれ……!」

 声は幽花の色で。投げナイフを振るった幽花がたん、たん、たんとステップを踏み、跳ねるように進む。もはや残るのは緑色のスライムだけ。宙で回りながら大鎌を振るう幽花の手からスライムは逃げようもなく、為す術もないまま真っ二つとなった。

「……はぁ。あーあ勿体ない」

「幽花の攻撃なら一撃なのね。レベル差かしら」

「あー助かったぁ。ありがとシャオレン、見知らぬお人!」

 全員して一息つく。急な戦闘は予想外の連続を引き連れて、精神への疲労を強く押しつけてきた。

「茉莉花、一人?」

「うん。あのクソ毒鳥とやってたら急に真っ暗になっちゃって、気づいたら森の中。だーれもいないしさぁ。何やっていいかわかんないし、だから会えてよかったよ」

「シャオレン知り合いですか……バカ関係?」

「ヘレン曰くたらしの方」

「あっちかぁ……あっちはあっちで面倒なのがいるからなぁ……」

「ええと、見知らぬお人はシャオレンの知り合いで?」

「二桁って名前よ」

「ち!が!い!ま!す! 幽花です火亡幽花ですっ!」

「……あ! ロアが読んでるラノベのキャラだ」

 声に紛れて、がさりという音がする。緑を掻き分ける音、それは、何かが移動していることの証明となる音だ。

 三人して顔を見合わせた。ぎこちなく、音の出どころの方へと顔を向ければ。

 赤。

 青。

 緑。

 黄色紫、その他多数の色、色、色。


「……連戦?」

「全然助かってなかったわね」

「アイテム、無いって言ってるんですけどぉ!」


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