至天と獣 4 オーディエンスはもういない
ぽた、ぽた、ぽた。
* * *
「ふざっけんじゃねぇえええええええっ!」
「げっ、二桁!」
「何で連れてきたのマヌケぇ!」
「いやお前たちが悪いでしょ」
幽花が飛ぶ。足場は樹、高度は数メートル。私達の何倍も大きい漆黒の鬼へと、ステータスのまま跳ねた身体は軽やかに大鎌を振りかぶり鬼の首に一撃を見舞う。
「私の! イグゼキュートなんですけどぉ!」
「見つけてもないしタゲも取ってないだろ」
「先に戦闘に入ったのは僕たちだぞ、横槍はやめてもらえないか」
「ぐ、ぐぎぎ……! この、性格破綻者共……っ!」
「シャオレンさん! 一撃入れてください! 戦闘参加したとみなされませんよ!」
「りょーかいっと」
* * *
ぽた、ぽた、ぽた。
* * *
「星駆け三輪っ!」
「よし致命傷入れるぞ! 先生バフくれ!」
「人使いが荒いですねぇ。ま、いいですけど。ふふん。『致死を与えた錆びた牙。貴方の手の中宿る火花。轡を噛んだ獲物の燭台、なめずる貴方は贖罪を!』」
「みどりいろのゆめをはみ」
「ディアムリーアの判決っ! 『神禊』『筋力の克』、『天翔ける』!」
「全色、堕ちろ!」
「XエクスEXカリバーっ!」
色と光が混じり膨張する。絶大な威力の奔流が鬼の体表をなぞり、抉って焼き尽くす。
三つの光が身体を穿ち、緑色の閃光が皮膚を壊し、五色の宝石が空から脳天へと直撃し、剣から生まれた光が真横に薙ぐ。
轟音、そして静寂。
少しの空白の時間、鬼は立ち尽くし……膝を着く。断末魔にもならない小さなうめき声を漏らしながら、倒れた鬼の身体がポリゴンへと変わっていった。
「ま、人がいればこんなもんか」
「ドロ、いやディール! 断罪ありますようにありますように私が最初でありますように……!」
「わぁ一位ボクですね、断罪もちゃんと」
「貢献度順だから一撃入れただけの奴らは最後だろ」
「遠年先生! なにとぞ、なにとぞ……!」
「見境がなくなってますね……」
「うーん。ごめんなさい♪ 観賞用に欲しいんですよぇ真名解放武器」
「あっ、レベル上がったわ。凄いわね、一気に四つも」
「早く入ってたらもっと貰えたの、マヌケ。急がないから」
「流石に置いてくのはあんまりすぎたのよ」
「あ、ああああ私の断罪いいいいい!」
「君のだった時は一度たりとてないな」
* * *
ぽた、ぽた、ぽた。
ぽた、ぽた、ぽた、ぽたぽた。
* * *
「もはや……殺して奪うしか!」
「五連敗が何か言ってるの」
「シャオレンさんディール初めてですよね? ディールはドロップとは別に欲しいアイテムが貰えるんです。戦闘の貢献度順に指名権があって先着で欲しいアイテムを持っていくわけですけど」
「欲しいアイテムがないなら一番価値が高いやつを取れ。売ったら金になる。ならなくても後続の奴らに渡させないことが大事だ」
「こういう! マナーの悪い真似はしないように! いらないアイテムはパスして後ろに回してくださいね!」
「MMOの報酬配分はいつの時代でも揉め事の種ですからねぇ。MVP、ラストアタック、ギミック追加報酬を取るか取らないか。特に貢献度がダメージ量算出ゲームは火力職に溢れて盾役と後衛の肩身の狭いこと……」
「……ん? なんだ、雨?」
「うげぇ、視界悪くなって面倒なの」
「でも変ですね。……色がついてる?」
* * *
ぽた、ぽた、ぽた。
ぽた、ぽた、ぽた、ぽたぽた。
ぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽた。
* * *
「っ、ファイ!」
「起きろドレアム!」
「『露・結び』!」
「……雨、飴? なんなのこれ」
「うわっ、見てください地面がカラフルですねぇ……なんか粘度高くないで……ちょ、ちょっと、同じ色で集まってないですか?」
「動いてるんですか……?」
「ははっ、なんにせよ、異常事態だな!」
「ぜーったい、たらしのせいなの。こいつが変なフラグ踏んだに決まってるの!」
「おいおいそりゃ風評被害だぜ」
「拝領品と結界でその場しのぎの屋根にはしましたけど……どうしますか?」
「何が起きるかわからないことにはどうしようもないな」
「じゃあ実験だな。誰か人身御供にしよう」
「ちょっと! なんで私の背中押してんですか!」
「ほら頑張るの二桁。死の間際まで丁重なレポート頼むの」
「だーれがやるかってんですか!」
「……あ、色が固まった」
「…………スライム?」
テオラが結んだ結界と、ドレアムが作り出す影が生んだ暫定的な雨からの避難場所。幽花の背中を押し出して雨に晒させようとしているゴミ共の眼前で、地面に落ちた色はそれぞれ同色を求めて蠢き、集まり、一つの個となっていく。
やがて地面には色彩豊かな水まんじゅうが、幾つも幾つも現れる。……いや、雨は続き、止む気配はない。水まんじゅう……スライム? はさらに数を増やし続ける。
「……おい、ちょっと待て。こいつらどこまで増えるんだ?」
「手始めに殺してみる? このままだと放っておいてもここにいられなくなるの」
「倒したとしてそれで敵対、ここにいる全部がこっちに向かってというのが最悪のパターンでしょうか。未知の現象です、慎重に行くべきです」
「でもじっとしているわけにはいかないでしょ。方針は決めないと」
「よし、二桁。突撃しろ」
「やですよ! あんたがやればいいでしょ!?」
「ん……?」
ふるふる。
スライムたちが一斉に震えだす。何かのスイッチでも入ったかのように突然、全ての個体と、まだスライムに成っていない水滴さえ振動を始めた。
全員が武器を握り警戒を露に。テオラが結界を更新し、ドレアムは宙でとぐろを巻いてより広範囲の雨を私達の頭上から遮断する。
そして。
破砕音。
地面を砕く音が頭上から響く。咄嗟に反応した首が向いた直上では、ドレアムがその体を半壊させ、力を失い墜落を免れない。
「何で壊れ……!」
「ファイ!」
「頭から外れた部分は無理だ! ここに落ちるぞ!」
「迎撃してください!」
「どっちみちジリ貧だろ、出るしかねえな!」
ドレアムを構成していた大地がドレアム本体から剥がれ、雨を防ぐための身体は私達に降り注ぐ岩塊と化す。速度は並みで高度は高く。逃げるには十分な間があるが、それには止まないスライムの欠片の雨の下に出るしかない。
「モンスター判定で状態異常なしに一票」
「皮膚に触っただけで毒になるカエルとかいましたよねぇ。粘膜に毒あるパターンに一票です」
「色ごとにそれぞれの状態異常に罹るに一票なの」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「皇さん、こっちへ!」
「トリコロール、二人を守れ」
「……あんたたち何でそんなに人数いてなんで後衛が二人なんですかね」
唸り声、続いて咆哮。降る岩塊から響き、鳴る。
ペンキをぶちまけられたように、雨によって着色された岩塊の一つにモンスターの影がある。影はもう一度強く啼き、力を籠めて飛んだ。
それを視認したとたんに私達は散開する。テオラが素早く結界を解いて、数少ない後衛二人を守るようにファイとロアが付く。アレェリスタとヘレンがそれぞれ雨の中へ。私と幽花が同じ場所に逃げたのは偶然だった。
影が落ちる。
また、破砕音。
落ちた影がその質量を誇るように地面を叩き割り、雨によって煙った視界の中でさえその体躯を示す。
まず目についたのはカラフルだ。赤く青く黄色く緑。白と黒、オレンジに紫。色が独立しあるいは混じり、モンスターの形をした虹がある。
すらっと伸びた四肢は四足歩行の体を取っていた。オオカミに似た顔と身体。牙を剥きこちらへと威嚇するその身体はしかし歪に流体だ。まるでスライムをそのままオオカミという型紙に押し込めたような、間違いなく生物なのに間違いなく生物ではない。
大きく、全長は優に五メートルを超えるだろうそれは、それぞれ時間をかけて私達を睨みつけていった後、最後に睨んだ私と幽花から視線を外さない。
「……え、なんで私達がヘイト取ってんですか」
「知らないわよ」
「くっそぅあんたたちタンク積んでないから!」
唸り。
吠える。
同時にシステム音が強く響いた。
【警告】
【至天遭遇】
【無食透溟 ギルティロア】
【世界循環限定展開 真理溟森林ギルギルギル】
「……は?」
「来るわよ!」
オオカミ……至天ボスギルティロアが駆けだす。目標は視線上の私達だ。流体の身体がひと際強く撓み、跳ねるように飛び出す。
って……。
はやっ……!
瞬きの間にその大仰な体躯が目の前に。息を吐く暇に、ギルティロアの右足が振りかぶられて。
死……っ。
「やらせねぇですよぉおおおおお!」
ガキィンッ!
黒の鎌が虹色の爪を弾き、けれどSTRに差があったのか身体を弾き飛ばされたのはギルティロアではなく幽花だ。後ろに吹き飛び、樹に激突する。
「幽花!」
「テラー!」
「いなびかりを轟かせ!」
アレェリスタとヘレンが走りだす。雷を吐き出した槍がヘレンを加速させ、瞬く間にギルティロアの横原に激突した。ぐらりとギルティロアがのけぞる。
「幽花、シャオレン連れて下がれ!」
「それ普通逆じゃないですかぁ!?」
淡く光る幽花が樹の根元から立ち上がる。身体を包むのは回復の光だ。狂いかテオラか、あるいは自前か。追わされた傷をもう治し始めた少女が勢いよく走り私の腕を掴む。
「ほら、なにぼーっと突っ立ってんですか!」
「ちょっ」
力任せに引かれた腕につられて動く足先は、狂いたちが固まっている場所へと向かう。遠ざかる視界の中では、スライムを踏みつけながらアレェリスタとヘレンがオオカミ相手に近寄っては遠ざかりの大立ち回りだ。
「こいつっ……!」
「手ごたえはっ、あるのに! 削れてる感じがしない!」
双剣が腹を切り裂く。だが流体の身体は即座にその傷を塞いでしまう。ヘレンのAGIの激突によろめき、だけどそれまで。
仰け反りよろめく。大きな攻撃時には隙があり、どう考えても生物的な動きに縛られている。
けれど決定的に生物らしくない。
「よーしよく帰ってきた、チェンジだな!」
「え、ちょ」
「頼むぜ幽花!」
「あんたらこんな時だけ名前で呼んでぇ!」
テオラが新しく張り直した結界の中にいたロアが幽花と入れ替わりで前に飛び出す。剣を握りしめ、顔には笑みだ。
「ロア君も真っ当な戦闘狂です。戦うのが楽しいんですよ、男の子ですから」
「だとしたって大概ねぇ」
「それよりシャオレン、幽花。調子はどんな感じだ」
「調子? なんともねーですね」
「同じく。特に何か違和感はないわ」
雨の中を駆けた私達の身体は色に汚れていた。折角の白地衣装が台無しだ。でも、大きなデメリットはそれくらいで、雨の色が齎す弊害はHPにも状態異常にも、感覚にだって出ていない。
「……となると、雨はスライムの移動として? 少なくとも短時間被っただけでは害はなさそうですが」
「とはいえ、ああいうのに長時間晒されてたらデメリットがあるなんてのはボスギミックの常套句。あんまり当たらないほうがいいのは変わりませんねぇ」
「だな。どこか、雨を遮る場所まで引っ張っていく方法を考えてくれ。僕は出る」
「え、今当たらないほうがいいって話になってでしょ」
「皇神宮の言葉を借りれば……僕も男の子だからな」
「ああ、戦いたいのね……」
「え、ちょ、私だって至天ボスと戦いたいんですけど! え? 私一人で後衛のお守り? 何でぇ!」
「先着順だ! 行動の遅い自分を恨め!」
結界を飛び出し、ファイが走りだす。見据える先には一人増え、さらに苛烈が増す虹のオオカミとの戦闘。
「魔法職の癖によく前に行きますよ。そんなんだから最終手段が自爆なんですよー」
「……この近辺だと、雨を遮れるのは……毒妖羽? でもあそこも殆どは開けているし……」
「一番確実なのは末端に入れることじゃないですか?」
「エリア間はともかくフィールドを超えると考えるのは。遭遇ボスでもエリア移動程度ですからね」
「でもエンドコンテンツなんでしょ? じゃあ何でもありにしてるんじゃないの」
「そうとも考えられますが。うーん、どうしたものか……」
「あ、あれ? ちょっとお三方、あれどう思います?」
「どうしたのよ……ん? あいつこっち見てない?」
「見てますねぇ。カメラ目線を外さないエキストラみたいに器用に」
「後衛ヘイトですか? しかし皇さんもバフ焚いてないでしょう?」
「はい。回復だけ。結界に反応した? にしては過剰なヘイト値ですけど……」
「あ、来た」
「来たじゃねええええええええ!!」
幽花の叫びと同時にギルティロアが深く沈んで力を溜め、跳ねる。一歩で私達の距離の半分を埋め、もう一歩で目の前へ。
大きな右足の振りが容易く結界を引き裂いて。
「……狂い!」
「死んでないです! 他は!」
「生きてます!」
「し、死んでたまるもんですかぁ! ここまで来たらお前、イグゼキュートより強い武器落としてもらわないと困りますからね!」
追撃が来る。
それは簡単に私達の間に落とされた。一撃で私と幽花、狂いとテオラに分断され……。
「なっ!」
「な、なんで穴が開くんですかぁあ! 下に他のフィールドとかなんて……!」
まるで地面が元々、カーペットを敷いて偽物の大地を演出していたかのように。壊れた地面のすぐ下に、大きな空間があり、私と幽花の二人はそこに落ちていく。
落ちていく。落ちていく。
暗い穴へと二人して逆さに落ちていく中で、虹のオオカミの顔がニヤリと笑ったような気がした。
【至天遭遇戦・開始】
【限定フィールド〈真理溟森林ギルギルギル〉展開終了。〈遺骸断崖カルドル〉〈カルドルの末端〉〈カルドルの中央〉〈カルドルの先端〉が置換されます】
【参加者:置換されたフィールドのプレイヤー。置換完了時刻を持って参加人数を規定します】




