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ラクエンプロジェクトをもう一度  作者: カラフルジャックは死にました
第一章 赤ずきんは夢を見ない
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足を止めて、礼を一つ

 

 黒く染まって、白く明ける。



「ちょっと、慣れないわねっ」

 身体が消えてまた再構成される。現実に存在しえない感覚は酷く浮遊感に似たものを齎して、地に足のつかない不安定さを呼び起こした。

 湖底からリロフトまでわざわざ律義に登っていくのは大変に面倒だったので、最も簡単な手段……即ち死に戻りを敢行するためにお互いを殺し合った私と狂いを出迎えたのは、イベントによって、あるいはそんなもの関係なく混雑した人混みだった。

 自由商業領域リロフトメイン中層、積み木街ミルナ。四角い建造物が積み重なった塔を乱立しているおもちゃ箱を思わせる街、私がアレェリスタと殺し合いを繰り広げた場所に吐き出される。

 手に体温があった。狂いの熱だ。繋がれた手はいまだ離れず、仲の良い学友のような風体の私達は、というか狂いは、決戦に行くのかと思うほど重く口を閉ざして、俯きながら歩いていた。

「緊張しすぎよ」

「は、吐きそうです……」

「いっそ吐いちゃえばいいじゃない。吹っ切れるってものよ」

「……ここで吐いたら、現実のボクも吐くのでしょうか?」

「さあ? 試してみたら?」

「今日の服は高かったので、嫌です」

「寝るだけなのに高いの着てるのが悪いのよ」

 そもそも服が汚れるとか以前に衛生面で多大な影響がありそうだ。胃液と消化物の臭いがするPMギアなど被りたくもない。

 道行く人々とすれ違いながらたわいもない会話を重ねていく。そのうちゆっくりと、きつく結んだ紐が解けるように狂いの緊張は解けていって、私の手にかかる握力も、握りしめるものから手のひらに触る程度に落ち着いていった。


 歩く速度で景色が流れていく。


 思えばアルプロでこんな風に街を歩くのは初めてかもしれない。サントレアスは学校の方でも城下町の方でも息を潜めて目立たないように歩いていたし、リロフトと、その前に寄ったアム・ロックもグルカントもワープポイントの開通だけしていたから、景色を楽しむ暇もなかった。

 色んな店の看板が通り過ぎて、幾つか気になる店名や商品に後ろ髪を引かれながら進む先に、少し見慣れた場所に辿り着く。

 開けた場所は不自然に人が散っていた。というか……ライラックのプレイヤーが人の運航をせき止めている。人為的な通行止めに他のプレイヤーは小さな不満を漏らし、ライラックのメンバーも申し訳なさを隠そうともしていなかった。

「……ええと、どうしてかしら」

「ライラックの通行止めは、たまにありますね。大体甘南に群がる厄介ファンを遠ざけるための者ですけど」

「……そういえば人気女優なのよねあのブラコン」

「ブラコン?」

「アレェリスタの現実(リアル)妹らしいわよ」

「え」

 話しながらヘレンにメッセージを一つ。すぐに応えが返ってきて、さらに間髪入れずに金色の髪を持った女児の姿が、ライラックの封鎖の向こう側、人気が散った空間から飛び出してくる。

「シャオレン! 一方的に話して勝手に切るな!」

 ぷんすか怒りながらヘレンが私のすねを蹴る。HPが僅かに減って、地味に痛い。一回死んだから全快してるけど、死に戻りしないまま帰ってたら今のダメージで死んでたわよ。

「知ったこっちゃねぇーの! フィールドに出たとか勝手するな! 御伽、お前も何やってるの!」

「え、あの、その」

「結果的には大前進じゃない。あ、ごめん。武器全部壊しちゃった」

「はぁー!?」

 もう一度すねを蹴られる。低い耐久力は高レベルプレイヤーの身体能力を受け止められずに容赦なくHPを散らした。

「なんで! オールヴェン使った武器が! 壊れるの!」

「壊れちゃったんだから仕方ないわよ。諸行無常ってやつね」

「てきとー言うな!」

「ねぇアレェリスタは?」

「……はぁ、こっち」

 溜息を吐いて踵を返すヘレンについて、ライラックのメンバーの横を通り抜ける。途端に人の運航は消え、随分と道に余裕が出来た。

 ほんの少し進んだ先に、四つの影がある。アレェリスタ、甘南、ファイと、知らない女アバターのプレイヤーだ

「誰?」

「ブラコンのマネージャー、ライラックの幹部なの」

 気苦労が多そうな顔立ちをした彼女は甘南の傍に立ち、お小言を垂れているようだった。だけど甘南はあまき聞く耳を持っておらず、その集中の先はアレェリスタに向けられている。

 アレェリスタは、ファイと共に立ち、ヘレンと共に現れた私達に視線を向けた。

「……シャオレン」

「アレェリスタ。……貴方に、ううん皆に言わなくちゃいけないことがあるのよ。私」

「……なんだ?」

「アレェリスタ、ヘレン、ファイ、狂い。改めて、言うわ」

 ほんの少し、息を吐く。僅かに心臓の鼓動が早鳴った。狂いのことを言えた義理ではなくて、小さく緊張している自分を自覚する。

 私達は他人のことなんて何もわからないから、知りたいなら向き合わなくちゃいけなくて。

 何を思っているのか伝えたいなら、言葉を尽くすしかない。



「一緒に『極限(リミット)』、戦ってくれる?」



「言われるまでもないの」

「最初からそのつもりだ。ここまで手伝ったんだから、戦えないとなると逆に困る」

「……ボクも、いいですよ」

「……俺は」

 アレェリスタは顔を強張らせて、歯を噛みしめた。胸の内から出る何かが、口を閉じていないと今にも飛び出してしまいそうなのを必死で押しとどめているようだった。

「俺で、いいのか」

「貴方がいいのよ。……そして、決めるのは貴方」

 声に、アレェリスタは黙る。

 沈黙の時間が幾分か流れた。時計の針があるのなら、それが聞こえてきそうなほど痛い沈黙だった。

 やがて、アレェリスタが重く口を開く。

「俺は、アンドレイにも……シャオレン達にも負けた。勝てなかった。ああ、ファイ、お前の言う通りだよ。リオンやライラックのせいじゃない、俺が、負けたんだ」

 きっと、鋭く前を睨む。言葉に反して、彼の瞳は確かな力強さが宿っている。

「……けど、それでもっ!」

 ぎゅっと、強く拳を握りしめる。声は強く、アレェリスタの意思を形作る。


「次に勝つのは、俺だ」

「……決まりね。じゃあはい、狂い」


 まだ繋がれている手を引けば、か細い彼女の身体がふわりと前に引っ張られる。力に流されるまま私達の眼前に出た狂いに、みんなの注目が集まった。

「言いたいこと、あるんでしょ」

「……あ、あの、やっぱりまた今度、でも」

「いつになったら言えるようになるのよ、それ。ねぇファイ、こっち来なさい」

「なんだ?」

 狂いの背中を押して二人の方へと押しつけていく。入れ違いにやってきたファイと変われば、立ち位置の構図は私とファイの二人と、ヘレンとアレェリスタに狂いの三人に分かれることになる。

 ちらちらと心細げに狂いがこちらを見た。会釈だけで答えを返す。

 いったいなんなの、とヘレンがせっつけば、狂いの口からは言葉にならない声が漏れた。

「……大丈夫よ」

 この世界はゲームの為に作られていて、入ってくる人はみんな遊びに来ている。仮想現実は軽やかに現実と乖離し、この世界では人は本性を暴き立てられて獣に成り下がる。

 だけどそれは、欲望や快楽……願いの証拠だ。楽しいことをしに来たのだから、楽しくないことはしない。ゲームマナーに反しないなら人間関係だって、現実より気軽に構築できる。

 今までヘレンとアレェリスタは、狂いの傍にいた。それは仕方なくでも、理由があってのことでもない。

 ただ楽しいから。一緒にゲームをしたいと思えたから。あるいは、居心地がよかったから。

 だから彼らはただ一緒にいることを、狂いの傍にいることを選んだんだ。

 たどたどしく、胸の内で考え続けた言葉をゆっくりとなぞるように、狂いが言葉を連ねていく。固く緊張した体を細い腕が抱きしめて、真っ赤になった顔をうつぶせた。

 二言、三言。音が声に、声が言葉になり、言葉の意味が二人に伝わる。

 聞いて、ヘレンとアレェリスタは僅かに硬直した。お互いにぎこちなく顔を見合わせる。

 そして。

 彼らが口を開く。

 発した言葉に、狂いは顔を上げた。目に涙を滲ませる。

 その顔は戸惑いと、驚きが走って……やがて、笑みに変わっていった。


「……だから大丈夫って言ったでしょ」

「クランか。君は混ざらなくていいのか?」

「いいわよ。お前こそ、全員に面識あるんだから入れてもらえば?」

「冗談はよしてくれ。誰が好き好んであんな問題児たちのクランに入りたがるんだ」

「結構いそうなものだけど。ファンも多そうだし」

「……確かにな。まぁ、僕には関係ない」

「そう。じゃあ、私落ちるわね。後で連絡とりましょ」

「わかった。次いつ入るんだ」

「夕方……いや夜ね。もし入らなくても通話には出るわ」

 メニューを操作して、ログアウトを選べば、さっき体験した死と似たような感覚が身体の髄からやってくる。

 瞬く間に私の身体を光が覆って。

 私の長い長い戦いの日、その前半は、こうして終わりを告げたのだ。


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