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ラクエンプロジェクトをもう一度  作者: カラフルジャックは死にました
第一章 赤ずきんは夢を見ない
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スイレイ湖底アンコール 5 火電一閃

 

 両手に金属の感触。熱い。さっきまで地面を焦がしていた炎に炙られていたせいだ。熱が解けて、私の中に落ちていく。

 少しだけ深く息をした。

 熱気と湿気、夏の雨上がりのような生温いじめじめとした空気がアバターの肺を満たしていく。不快感があって、相反するように脳は明瞭さを持った。


「……わたしのやりたいこと」

 ずっと逃げて、目を背けて、何もしてこなかった私に、それでもあったちっぽけな願い。


 やりたいことがあるんだねと、ヘレンは言った。

 本当にそんな人間じゃないのよ、私。


 ずっと、自分の手で誰かを害することへの言い訳が欲しかった。私が何かをするから誰かが傷ついて離れてしまう、そんなことが嫌だから、私は悪くないんだって言うための免罪符が欲しいと喚いていた。

 戦うための理由が欲しかった。

 でも、それはきっと間違いだ。

 戦うために理由が必要なんじゃなくて、理由があるから戦うんだ。

 アイス・ピックを強く握る。

 脳の奥ではもう、どあがしまる音は響いていない。


「……ようやく始めるわ。私の挑戦、私の願い……私と貴方の、救済探求」


 重心を落として槍を構える。酸性雨が濡らした盤面を踏みしめれば小さく音が鳴った。

 視界の先には狂いの姿。突然消えた夕に対して、困惑と警戒が同時に押し寄せたのか左右を見渡して夕の影を探している。

 切っ先を向け、持ち手を右に捻って、引く。

 スライド機構が柄の内側にある二つのボタンを露出させる。射出用ではないもう一つのボタンは変形用だ。

 それを強く押し込む。


 槍の先端部から刃を二分する線が走り、勢いよく上下に開いた。

 鈍い金属の色をした、くちばしを思わせる形へと刃は変化する。その口内には無数の小さな穴があった。

 間髪入れずに射出ボタンを押す。一瞬の空白の後、反動の衝撃をアバターに響かせながら、くちばしが空気を切り裂きながら弾け、飛ぶ。

「魔法の感覚……」

 射出音に気付いたのかワンテンポ遅れて狂いがこちらに顔を向ける。

 遅い。

 放たれた刃は矢の速度で、狂いの半身に直撃し喰らいついた。


「今度はシャオレン……っ!」

 血液に魔力を乗せるイメージ!

「『点火(イグニッション)』ッ!」

「なっ!?」


 くちばしが爆ぜる。金属粉と氷片が混ざった白い煙を撒き散らしながら、金属の刃を内側から喰い破った氷の釘が飛び出した。狂いの全身を襲い、視界を白で覆う。

 くそっ、一度で……! わかってたとはいえやっぱり上手く使えない。

 でも、魔法を使う感覚は、なんとなく!


 世界補正を切ったプレイヤーはスキルと魔法を使うのが困難になる。それはスキルと魔法の使用には、現実世界に存在しない感覚に頼るからだ。現実で魔法やスキルを使える人間はいない。この仮想現実特有の感覚に脳が馴染むまでにはある程度の慣れが必要だった。

 しかし。逆に言えば、補正を切って使えなくなるのは完全にプレイヤー側の問題だということ。

 システム上で経験値やアイテムが必要なわけじゃない。この問題は、プレイヤーの感覚一つで解決できる。そして感覚は一度のきっかけさえあれば大体の輪郭を掴むことができるものだ。

 私の手の中に魔法の感触。ぐっと開いて握りこむ。この感覚を失わないようにと深く刻み込むように。

 魔法が僅かでも使えるならほんの少しだけ手数が増える。そして私には、その小さな魔法を絶大な威力に改造する武器があった。

 ……けれど魔法改造武器(マジックギミック)は繊細な(武器)。正しい出力じゃない魔法に武器がどんな影響を与えるのかは全くの未知数だ。アイス・ピックが一度の使用で粉々に壊れたように、他の武器も、使えて一度、不発もありえるだろう。

 ……自分の感覚を信じるしかない。


 失ってしまった武器に思いを馳せている暇もなくて、壊れたアイス・ピックを捨て走りだす。空いた手でメニューを開き、略式MPポーションを二つ口の中に。噛み砕けば全損したMpゲージが緩やかに回復を始めていく。

 足先は狂いの方へ。右足に重心を落として踏みこみ、


「『ラスティ・ネイルは蛇冠(へびかんむり)、血潮に濡れた大地が嗤う』」


 声が響き、盤面から生えた赤い錆鉄の釘が右足の甲を貫いた。

「くっ!」

 声に世界は一変して、私の足を貫いた釘を筆頭に幾つもの釘が生える。錆びた釘が赤いカーペットのように、私と狂いの間を埋め尽くした。

 右足からダメージエフェクトが漏れる。損傷が少ないからかダメージは致命的と言えるほどではないが、しかし……

 足が動かないっ、()()()()()


「『戴く(しもべ)を丸のみに、ひとりぼっちの共食い蛇は、空っぽ冠それでも探す』」


 狂いの背後に一つの気配が落ちる。何もないはずの空間に、原色だけで着色したかのような極彩色を持った蛇が現れた。

 成人男性程度丸呑みにしそうな程の大きさを持つ大蛇はその目を私に向け、シャアアと啼いて威嚇する。

 じんわり痛む足に顔を顰めながらメニューを開く。手元に残っている武器は一つだけ、だから大事に……いや、迷ってられない!

 大蛇が弾丸のように飛び出し、メニューを弄った私の掌に武器が落ちる。

 大蛇が釘のカーペットを物ともせず迫り、こちらに届くまで三、二、一、

 ここっ!


「『点火(イグニッション)』ッ!」

「ゴギャアアアアアア!?」


 炎の斧が文字通りに火を噴いて、目の前で大口を開けた大蛇を、目を疑うような速度のスイングで殴り飛ばすと同時に爆ぜ壊れる。大仰な鳴き声をあげた蛇の首が刎ね飛んで、予期せぬ爆発が斧を、原型を留めない程バラバラに粉砕した。爆風と衝撃、次いでバラバラに壊れた斧の金属。全て混ざった一撃が全身を打つ。

 爆風に吹き飛ばされるまま何度か後ろに跳ね、ごろごろと転がっていく。残った酸性雨が纏わり濡らして、HPは当然のように危険地帯に突入した。

「……そう簡単には、いかないわね」

「自殺行為ですね」

 素早く起き上がれば、煙を吹き飛ばし視界を確保した狂いが悠然と立っていた。

 冷たい眼差しで私を見つめる。

「SGAを解くなんて……いくら魔法改造武器しか決定打が無いとしても、それは最悪手ですよ。『童話作家(メルヘンメーカー)』を自由にする。その意味がまだ、理解できていませんか?」

 釘と大蛇を迎え撃った爆発によって開いた距離は魔法職の世界だ。私の手元に武器はなく、狂いは再び使えるようになった魔法がある。

「距離は開いて。補正を切ったお前は上手く魔法を使えないまま武器を二つ壊した……詰みですね」

「さあ、ね!」

 また二つ取り出した飴を噛み砕きながら、もう一度走りだす。目の前の釘のカーペットを迂回するように、向かう先は真横だ。


「『手に取る裁きはテールドットの不変分銅。真実の重さを持つ銅は、何故だか彼の思い通り』」


 頭上に気配が生まれる。僅かに首を上げて見上げれば、毒々しい緑に濡れた石の巨人が、右手に幾つもの分銅を乗せ、私を見下ろしている。

『有罪! 有罪! 有罪!』

 無表情な巨人が、表情と相反した過熱する声で叫んだ。

 右手を翻す。

「……っ!」

 押し潰さんと放たれた分銅に、危機を覚えた脳が研ぎ澄まさていく。

「み、ぎ!」

 飛ぶ。瞬間、私が立っていた場所に正確に分銅が落ち、衝撃でもって盤面を叩き割った。

 息を吐く。

 左、左、右、左!

 視線は前に、集中は頭上に。落ちてくる分銅に目もくれず、気配だけを察して避ける。


「『赤と白のナイト。生まれて』」


 小さなステップで速度を落とさず、走り進む先に赤と白、同じ装備をした一対の色違い騎士が立ちはだかる。私の三倍はありそうな巨体は、見合うだけの大剣を振りかぶった。


「『殺せ』」

「『床、滑りなさい』!」


 声が重なり、SGAを通しての命令は同時に受理される。騎士の剣は正確な狙いで頭を狙い、私は腰を落とした。

 革靴が滑る。摩擦を失った床をスライディングする私の真上を二つの剣が薙ぎ、騎士と騎士の間を滑って抜ける。

 そして、


「っ、『弾いて飛んで』!」

「『返ってきなさい』っ!!」


 叫び、手を伸ばす。

 果たしてどちらの命令が受理されたのか、私の進行方向に転がっていた特徴のない片手剣はその場で飛び跳ねた。スライディングから体を起こし、私も飛んで片手剣……『電光石火』を捕まえる。

 着地、勢いのままくるりと回れば、ちょうど私の身体は狂いの方へ。

 そのまま切っ先を彼女に突きつける。

「……決着をつけましょう」

 泣いても笑っても、これで最後。


「…………『遠い、空の果て。終わった世界、凍てつく時の果ての果て』」

 呟くように、狂いが紡ぐ。

「『蒼い、生の糧。嘆く鳳、笑わぬ屍を運ぶ真似』」

「……『起動(スタート)』」

 魔力を、血液に乗せる。

 私の声に反応して電光石火が変化を起こす。機械的に刀身が開き、全長を伸ばしながら中に仕込まれた宝玉を露に、そしてその宝玉から、魔力で編まれた雷が生まれ始めた。雷は刀身と私の身体を這い、剣は解放を歓喜するように鳴動する。

 その在り方は、ヘレンの『雷音轟叫(レオン・ハウル)』のようで。

「『脆い、夢の骨。死者の心、(おおとり)つまんで燃やす夜』」

 熱が生まれた。さっきまでの熱気とはまるで違う、立っているだけで皮膚を焼き尽くすと思ってしまうほどの熱だ。

 狂いの背後に炎が一つ灯る。手のひら程の小さな火、それが幾つも、幾つも狂いの周りに灯り、他の灯火を飲み込みながら大きな炎となっていく。

「惨い、愛の声。あの人の場所、叫び飛び乗る翼の火』」

 やがて、炎は鳥となった。火が模した鳥は大きく、翼を羽ばたかせて火の粉を撒く。


「『死者を運んだ鳳は、いつしか魂乗せて空を飛ぶ。だあれもいない夜の中、火の粉だけが道しるべ』


 火の鳥が私を睨んだ。奇跡的に正しい挙動を続け、いつ爆発するかわからない剣をそれでも握りしめて、私も構える。




「『空、生、夢、愛。全部を乗せて、彼岸の果てへっ、飛び去って』ッ!」

()()()()()()……()()()()()



 呟いた言葉にシステム上の意味なんてなかった。

 低空飛行で火の鳥が飛び、雷光を纏った私が駆ける。

『電光石火』は『雷音轟叫』と全く同じコンセプト……すなわち雷魔法を改造した身体能力活性、それをAGIに振り切って莫大な速度を得る。


 視界が歪む。感じたことない速度域が私を包む。


 一歩踏み出す度に驚くほど景色が変わる。瞬きの間に火の鳥が大きくなって、あと数歩、踏み出せば激突するタイミング。

「ドライブ、セカンド……っ」

 魔法を使うのと同じ感覚を、僅かに捻るイメージ。すると足に淡いスキルの光が宿る。ぶっつけ本番のスキル使用が成功したのは、集中が極限まで研ぎ澄まされているからだろうか。

 強く、身体を沈めて。

 飛ぶ。

「こ、え、ろぉ!」

 アバターは前進の勢いのまま弧を描く。地面を舐めるように飛行した火の鳥が飛んだ私を見て、止まる。急ブレーキで速度を殺し、身体を持ち上げた。

 全身炎の鳳は片翼だけで夕に五メートルはありそうなほど。その巨体が迎え撃つために翼を広げて待ち構えれば、それは炎の津波とでも言うべき壁と化す。

 触れれば焼け死ぬ死の壁。

 ……高さが足りない。

 鳳は、私を焼き尽くさんと抱きしめるように翼を閉じていく。


 ……アレェリスタは解釈が全てだと言った。

 この世界は機械が見せる夢を繋げて出来ているから、誰かの認識が、世界の一部を歪めることが出来てしまう。思考入力はPMギアのスペックが許容した柔軟さで、夢見ている人物の望みを提供する。

 解釈、イメージ……世界の捉え方。

 でも私には破片一つを地面と認識できるほどの解釈がない。

 だから存分に、システムに頼ろう。


 右足を強く、空中で踏みつけた。

 ガラスが割れるような音がして、右足の下には空間に亀裂が走る。

 それはただ一歩だけ空を駆けることを許すスキル。言い換えれば……一度だけ、空に足場を作るスキル。

 破片、塵、そういったものを地面と認識できなくても、スキルが作る足場ならば。

 右足にドライブ・セカンドと異なるスキルの光。私の持つ数少ないスキルの中で、たった一つだけの急加速。



「『加速術、壱式』っ! 飛っべええええええええええ!!」



 スキルの足場を踏み砕いて、上に跳ねた。

 魔法改造武器、スキル、私が用いる全てを使ったただ一度だけの超加速。炎の壁となった鳳の翼が迫る。


 一秒にも満たない時間が酷く長く感じられて。


 鳳が閉じる。火の壁は檻となり、中に閉じ込めたモノを空気ごと焼き尽くす。


 その光景を()()()()()私の身体が止まった。上昇エネルギーが重力に相殺され、負ける。空へと昇ったアバターは、今度は星に引かれるまま大地への加速を得る。

 下へ、下へ。真下の盤面には立ち竦む狂いの姿。

 ぴきりと音がして電光石火に罅が入った。雷光が包む中、罅の入った剣は空気を滑るように切り裂いて。


「…………あ」



 一閃。



 皇神宮御伽狂言(ストーリーテラー)、その体を薙いだ。


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