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変奏曲で踊りましょう?

 

「…………いやいや。余計意味が分からなくなったんだが?」

「もっと戦う理由がなくなったの」

「ま、それもそうよねぇ……」

 辺りは静寂で包まれる。当然だ。まったく関係がない奴が急にしゃしゃり出てきたのだから。

「私も七階をゴミ溜まりって言っちゃったしね。責任くらいはとらないと」

「事実を言って責任取るのは子供の認知くらいだよ」

「お前はいちいち例えが生々しいの。黙ってろなの」

「ふーん……それじゃあ、戦う理由を与えましょうか。ヘレン」

「なの?」

「私が負けたらあんたのとこ贔屓してあげる。あんたのとこでしか武器買わないわ」

「…………それはそれは。罰ゲームみたいな扱いなのは癪だけど、顧客が増えるのは良い条件なの」

「アレェリスタ。私から何を取ろうとしているか知らないけれど、いいわよ。くれてあげる。そっちが勝ったらね」

「…………一応聞こうか。初めて何日かな、フィールドには何度出た? ……いや回りくどいな。『極限(リミット)』に遭遇したか?」

「? 何それ……今日始めたばっかよ。フィールドどころかサントレアスの、大広間以外はチュートリアルしかやってないけど」


 言葉に二人が顔を見合わせる。ついでエルのほうを見た。同じ問いかけをエルに返し、またエルも同じ返答を返す。……初期装備のままだったけど、まさか起動さえしていなかったとは。


「「『極限』確定なの!」」

「うわっ。なによ、急に」


「いやなんでもない。さぁやろうか! ああ、今日はいい日だ。『極限』権が二つも転がってくる!」

「まさか負けても無視なんてことはないの? 信じていいの?」

「こんなギャラリーの前で言っておいてそれはないわよ。ログインだってきちんとしてあげる。約束はそれなりに守る主義だし、それに……」

「それに?」

「喧嘩の取り決めでしょ。たかだか口約束くらいで酸っぱく言うんじゃないわよ」

「…………それもそうなの。そうなの、たかだか喧嘩なの」

「いーや俺にとっては大事だね! 焦がれ続けた『極限』だ!」


 一転して感情を表したアレェリスタは胡散臭い笑みを捨てさった。顔にあるのは獣のような、獲物を狙う狩人の笑み。

 ヘレンも笑う。美少女の笑みは天使のようだが、生憎この世界は美男美女だらけ。そんなことでいちいち気を取られていても仕方ない。


「エル、先に帰っていいわよ。もう私の喧嘩だもの」

「わかった」

「待て待て待て。エル、お前も『極限』を俺に渡してもらう。それでいいな?」

「私たちの喧嘩にエルを巻き込まないでよ」

「二対一なの。そっちが一人足りていないんだから、エルを勘定するのは当然なの。安心するといいの、残念だけど、魔法改造武器はエルのほうは見送ってあげるの。せいぜい一週間バカに付き合うだけなの」

「そういうことだ。いいだろ? 最大限のバックアップで最高のスタートダッシュを演出してやる。なんならシャオレンの魔法改造武器も含めて最前線装備を全部見繕ってもいい」

「気前がいいのね。それだけその『極限』ってやつに価値があるってことなんでしょうけど」

「さよなら」

 余韻もなくエルが消える。サントレアス魔法学院内ではどこでもログアウトできる仕様で、ログインすれば再度自室から始まる。便利なんだか不便なんだかよくわからない設定だ。


 思考を操作してメニューを開き、手元に旅人の剣を呼び出す。一度、二度。振ってみて重さや感覚がチュートリアルと変わっていないことを確認する。

 しかしこいつも不憫なやつ。仮想の狼の次はいきなり人間だ。エストの開拓を目指すのが旅人のはずなのに、初日からいきなり旅人同士で戦いあう。ヒューイが聞いたら講義の裏で胃を痛めてそうね。


「初期剣……へぇ、ここで剣士スタートか。珍しいな」

「そうなの?」

「MPとBUR補正がかかる初期装備なんだから魔法職志望ばっか集まるのがこの学院なの。近接ならルドクルグ辺りから始めるのが普通なの」

「ふぅん。なら私も、お前らの言う情弱か捻くれ者ってやつね」


 機械音が鳴った。何事かと思えばメニューだ。アレェリスタとヘレンからフレンド申請と、決闘申請が届いている。とりあえずフレンド申請に答えてっと。

「結局どっちとやるのよ。両方同時は無理よ?」


「「わかってる(の)。勿論俺(私)が」」

「「…………」」


「はいはい。お好きに決めて。……ねぇ。場所とかルールとか、私が決めてもいいのよね」

「いいの。ハンデにもならないの、その程度」

「じゃ、お言葉に甘えて」


 二人からの決闘申請を却下して、自分のメニューから決闘申請を開く。私が決められるのはルール・場所・制限時間・参加人数などなど。

 ふーん。人数が多い場所での決闘は個別フィールドに入るんだ。個別フィールドの特徴はっと……。

 勝てない喧嘩なんかしない。だからこの設定が私の命運を決める。……そして、その目星はつけてある。

 辺りを見渡す。集まったギャラリー、七階分の高さから見下ろす、大広間を埋め尽くすプレイヤー達。

 ……チュートリアルで大丈夫だったことを思い出し、そしてチュートリアルからずっと頭の片隅で考えていたことを引っ張り出す。できたこと、できなかったこと。軽戦士ビルドが何故このステ振りとスキルなのか。全てを考慮して、ある一点に向けて意識を集中させる。


「「最初はグー(なの)! じゃんけんぽん!」」


 脳の奥からじんわりと甘い痺れがやってくる。鼓動が高まり、熱の錯覚が体を呼び起こしていく。集中しているときの証拠だ。

 過剰に反応する指先を震わせながら、ルールを決めていく。それは他人から見れば怯えであり、好意的に見るなら武者震いであり、実際にはエンジンを温めるための熱の震えだ。

 そうして、いつの間にかまばらに歓声が戻り始めていた。野次馬共は戦いに飢えているだけで、誰が相手だろうと関係ないらしい。ソウルのことなんてもうすっかりと頭の中から抜け落ちてしまっているだろう。


「よし決まった、俺だ!」

「こっちもオッケーよ。それじゃあ、はい」


 決闘申請をアレェリスタに送る。ざっと一読した後、一も二もなく承認されたそれに、まず第一関門の突破を確信する。

 キャラクターの強さは時間と結びつく。向こうからすれば絶対的な実力差がある以上、無茶苦茶なルール以外なら多少不利でも受けると思っていた。


「制限時間十分・体力均等・装備制限なし・ダメージ制限最低貫通・参加者は私とお前。場所は……」


 振り返る。有象無象が虫のように、水晶にたかっている。


「ここ。サントレアス魔法学院大広間」

 ギャラリーにどよめきが走る。決闘場所指定された場所を覆うように、光が走った。水晶にたかったプレイヤーもまたどよめいていく。


「俺も全部を使うのは初めてだよ」

「それならよかった。イーブンってやつね」

「そうかな? 七階や六階での戦闘経験はきっちり積んでいるつもりだよ」

「さてね」


 少し間が空き、私とアレェリスタの二人が個別フィールドへ移動させられる。歓声が掻き消え、カウントダウンが、いつか聞いた中性的な機械音声によって刻まれる。

 私が剣を静かに構えた。アレェリスタが両手に双剣を握る。


「勝っても負けても恨みっこなしだ」

「勝つ気しかないくせによく言うわよ」


 音声がゼロを告げて。

 私たちは駆けだした。


 * * *


 このルールは私に絶対的に有利だ。体力均等は二人の体力の平均がそのまま私たちの体力として計算される。装備制限はない。しかしダメージ最低保証がある。つまり攻撃を通せばどれだけVITや装備が強かろうとも一はダメージが通るわけだ。

 初期値の私の体力などアレェリスタにすれば無いに等しい。つまりアレェリスタは純粋に体力が半減し、私はその分増えている。装備については、いちゃもんつけられるのが嫌だったのでそのままにした。変なとこでごねられて根幹が弄られても仕方ない。

 それに、


「逃げるなよっ!」

「どうせ一発でも喰らったら死ぬのよ!」


 全力で逃げる。思考操作でドライブ・ファーストはもうとっくに使っていて、私の体が淡く光る。


 装備差は如何ともしがたい! アレェリスタのレベルがどれだけかは知らないが、初期装備を一撃で葬り去るなどお茶の子さいさいだろう。

 私が初期装備でなくまともな防具をつけているなら装備制限も考えたが、そう都合よくはなく私を守るのは黒色ローブと制服だけ。それなら過剰な制限を加えない限りは私は一撃で死ぬ。そして過剰な制限を加えれば今度は他のルールを妥協せざるを得ない。……そしてそれは敗北に直結する。

 一番重要なルール、妥協してはいけないのは、体力と。

 走りながら辺りを見る。大広間七階、暗く幻想的な雰囲気の学園の最上階層。


 場所だ。


「ちょこまかとッ!」

「逃げは得意なほうなのよ!」


 走る、走る。店の商品棚を踵で蹴って後ろへ弾き、廊下に侵食する形で飛び出している薬屋の机を踏み抜いて前へ!


 円形を時計回りに追いかけっこしている。純粋なAGIの差で負けている以上いずれは追い抜かれる鬼ごっこだが、さりとてスタート位置に距離があり、相手に油断があった。スキルも使ってこない相手なら三十秒くらいは逃げていられる。

 個別フィールドに入った以上、ここにあるのは全てが幻。どれだけ壊しても影響はなく、けれど私たちの影が暴れ回っているらしいさまを向こうで見ている店主たちは嫌な思いをしていることだろう。


 そろそろ三十秒……!

 後ろを見る余裕もない。ドライブ・ファーストの効果時間もまた三十秒。体から淡い光が消えたのを合図に、私は中央へ。


「ええいっ!」

「なっ!」


 飛び降りた。


 落ちざまに体の前後を入れ替えながら七階の廊下に指をかけ、飛び降りた勢いのまま一階へと向かう体を膂力と慣性で無理やり内側へと軌道修正する。体が軋む……! 大丈夫、錯覚よ!

 上手く着地できずに六階にあった店に突っ込んだ。人間一人の体重分の衝撃を受けた木材でできた屋台が轟音を上げて半壊する。

 体力が減る音がして、横目で確認する。よし、許容範囲内!

 邪魔な木材を蹴り飛ばして勢いよく通路に飛び出す。六階だ。七階とそう大差がなく、個人店の屋台がずらっと並んでいる。

「第二関門突破ってね!」

 また円形の廊下を走り出す。目的地は対岸、真向かいだ。とにかく少しでも距離を離す。今度は後ろを振り向く余裕があった。

「どうしたのよ! 追ってきなさい『幸運野郎(アンラッキー)』!」

 アレェリスタは未だ七階だ。落ちた私の様子を観察していたのか、私が飛び降りた手すり付近に立ち尽くしていた。


 ......しかしこれで第二勝利目的はバレたわね。それもまあ仕方ないことであり、最初から望み薄でもあるのだけど。


 第二勝利目的、それは、時間制限いっぱいまで逃げ切る手だ。

 制限が来て決着がつかなければドロー、勝者無しの引き分けとなる。それは初心者が上級者に挑むなら真っ先に考えるべき一矢報いる方法だ。


 ......遠く、一階分上の高さから、アレェリスタがにやりと笑う。狩人の笑みだ。生きのいい獲物を見つけた、本気の目。

 彼が手に持っていた双剣が瞬時に消え、その手の中には銀色で構成された弓が現れる。

 ちっ。心の中で舌打ちをした。遠距離攻撃手段があるのね、ちゃんと。それなら結局、第二勝利目的は危うい。


 静寂を破って少し低い声が届いた。私たち以外が音を発さない世界で、アレェリスタの声は静かに、けれど確かに耳を打つ。



「さあ、逃げられるかな」

 本気で逃げられるだなんて、思ってないのよ。



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