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ラクエンプロジェクトをもう一度  作者: カラフルジャックは死にました
第一章 赤ずきんは夢を見ない
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スイレイ湖底アンコール 2 遠年読

今回は「Gone Angels」聴きながら書きました

 

 遠年(とおとせ)(よみ)は孤独だった。



 遠年家は名の知れた書評一族だ。本を読み、評価を下し、感想をしたためる。そうして出来た文章を欲しがっている出版社へと()()で提供するのが彼らのライフワークだ。

 そう、無償で。そこには遠年家の家訓と信念がある。

『書評に不純は必要ない』

 書評は純粋でなくてはならないと、遠年家は考える。どこまでも客観的に文章に向き合い湧き出る言葉が、素晴らしいと褒め称えるものでも劣悪だと貶めるものでも素直に書き記すべきなのだ。

 もし出版社から書評を書く本を提供されたなら、あまつさえ書評で報酬を貰おうものなら、その書評は出版社の意向に沿って褒め称えるものばかりになってしまう。

 それはビジネスだ。純粋ではない。

 だから遠年家は書評で報酬を貰わない。ただ読み、思い、書く。そのサイクルに不純と思えるものが……純粋な書評の邪魔をするものが介入するのを許さない。

 書評は遠年家にとってのライフワークであり……他者から見れば趣味なのだ。見返りなど最初から求めていなかった。

 それでもそれなりの歴史があり、歯に衣着せず、読み手のことを考慮せずにただ純粋な感想と評価によって綴られる遠年家の書評は『遠年家に認められれば良著である』という一つのブランドとなった。


 遠年読は、そんな遠年家の次女として生まれた。


 両親に、兄が一人に姉が一人、妹が一人。六人家族の真ん中として生まれた読は、文字の意味さえ分からなかった頃から本を読んでいた。

 それはさして珍しくもない。絵本ではなく活字本に目を通していたのは異常に思えるが、兄も姉も、妹だってそうだった。遠年家の血筋としてはありふれたことだ。


 しかし、読には決定的に他の家族と違うところがあった。

 読は物語を空想していた。彼女は本を読みながら、自分だけの物語を考えていた。


 そうしてそれは、遠年家では禁忌だった。自分で物語を考えることは不純なことだと遠年家は考えるからだ。

 読んだ内容を自分の物語に使えるかで考えてしまう。自分が思いつかなかった展開を褒め称え、自分が思いついた内容を陳腐と捨て置いてしまう可能性があった。逆に、思いつかなかった内容に嫉妬して不必要に貶めてしまうかもしれない。

 本の内容をネタ取りとしての視点で見てしまう。それは遠年家には許しがたいことだった。


 遠年読は忘れない。自分が初めてペンを取り、絵と文字を書いた初めての作品を見た両親の顔を。それがいけないことだと言外に示された表情と、それを受けて読の初めての作品を破いた姉を。書いてはいけないと言わなかったけれど止めもしなかった兄を。

 読は憤慨した。姉を憎み、両親を嫌い、兄を罵倒した。

 そして彼女は油性マーカーを握りしめ、破られた物語の続きを家中の壁と床に可能な限り書いてやった。


 こうして読は遠年家の敵になり、遠年読は孤独になった。



 * * *



 それから幾分か過ぎた頃、遠年読は勘当された。

 年がら年中物語を書き続ける読を姉と妹は嫌い、両親は失望し、親族は見下した。唯一兄だけは普通に接してくれたけれど、兄も遠年家の一員で、遠年家の言い分も分かってしまうので完全な読の味方というわけでもなかった。それでも小学校の間は家に居られたのだが、読の中学入学と同時期に社会人になり独り立ちする兄に押し付けられる形で遂に家から放り出されてしまった。

「すまない。僕が君のことを、もう少しきちんと、あの人たちに伝えられたなら……」

「別にいいです。あんな家こっちから願い下げです」

 その夏、三つの応募作が別々の出版社の新人賞に輝き、三作品分の賞金と単行本の発売決定とともに読はライトノベル作家になった。

 そこからはまさしく世界が一変した。

 物語を書いて反響があった。面白かったと感想があって、つまらなかったと酷評があった。原稿から排除したショートストーリーをSNSに上げれば万単位の反応があり、最後まで書ききった物語の後日譚を同人誌にしてイベントで販売すれば、購入者が織りなす列は地平線の向こうにまで届いたのではないかと思えるほどになった。

 そこまで人気が出た原因の一部には年齢や容姿もあっただろう。けれど、それを差し引いてなお、読には物語を綴る才能があった。

 もはや彼女が綴る物語は無視されたり、捨て置かれるものではなくなった。

 読は書評を書かれる側に回ったのだ。

 だから彼女は自分の作品を実家に送ってやった。書評を書けと命令するように。

 そして、結果。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………………ふぅん」

 これが、読が遠年家を本当に見限った瞬間だった。


 ……書評が純粋なものならば、ボクの本だって書かれなきゃおかしいはずです。

 ……今は書かれないとしても、わざわざ突き返す意味もない。積んでおいて書評の種にすればいいだけなのですから。

 ……それでも、返した、ということは。

 ……あの人たちは読みたくないと思った、ということです。


 何が純粋だと吐き捨てた。

 書評は純粋でなければならない。だけどそれはありえないと、読はこれではっきりと理解した。

 だって主観には感情が混じるから。好き嫌いがあって善悪があって倫理感があるから。

 主観を不純と捉えるなら純粋は客観視にだけしか宿らないが、完璧な客観なんてありえない。まして遠年家は純粋なんてほど遠い。読の本を突き返した彼らは義務で本を読んでいるわけではなく、趣味で読みたい本を読み書きたい本の書評を書いているだけなのだから。

 裏返せば、読みたくない本は読まずに書きたくない本の書評は書かない。出版社の意向に沿った書評を書くのとなんら変わらない、沿う意向が自分の主観と好みに寄っているかどうかだけだった。


 ……本当は。

 嫌いだけれど認めようとも思ったのだ。

 遠年家が信念によって読を突き放したのなら。読だって自分の心に従って遠年家に歯向かったのだから。

 嫌いだけど、憎いけれど、唾棄するものだけど……作家としての地位を確立した今、在り方は認めようと、思っていた。


 でも違った。遠年家は信念も何もない、自分に都合のいいことしか見ない集団だった。

 そして、彼らは読を見なかった。



 遠年読はまた孤独になった。

 作家としての立場からでさえ、彼女は遠年家から追放されたのだ。


 

 * * *



 人の気配とは到底無縁なサントレアス魔法学院大広間七階はその日、普通ではありえない熱気に包まれていた。

 人、人、人。人の波がけっして広いとは言えない通路を埋め尽くしている。気まずそうに出店していた黒ローブ姿の初心者たちは稼ぎ時と見るよりも熱量に恐怖を感じて殆どが店を畳んで退散していた。

 その日サントレアスにログインしたプレイヤーは皆一様に七階を見上げ、イベントか何かなのかとフレンドに、道行くプレイヤーに、SNSに問うた。

 返ってくる答えは一つだ。

(すめらぎ)神宮(じんぐう)御伽狂言(ストーリーテラー)の同人誌即売会』


 皇神宮(すめらぎじんぐう)御伽狂言(ストーリーテラー)。その名は色んな意味があった。最近見つかったばかりの、そして現時点で唯一のクラス至天(ユニーク)童話作家(メルヘンメーカー)』の(ジョブ)に就いたプレイヤーを指す名前であり、現実でアニメ化作品を連発させている大人気ライトノベル作家『遠年(とおとせ)(よみ)』を指す名前であり、つい先日、アム・ロックでの大量私闘の誘発を見咎められてペナルティを受けたプレイヤーの名でもある。

 この世界で最もセンセーショナルな名前。聞いて納得し、さらに続く反応は様々だ。

 ある者は興味がないとフィールドに赴き、ある者は自分も欲しいと待機列の最後尾を指し、ある者は並んでいるプレイヤーに暇つぶしの魔本でも売れないかと商機を伺っていた。これを機に読と仲良くなろうと画策するプレイヤーがいて、それはマナー違反だと義憤を燃やしているプレイヤーがいる。あらゆる感情を内包した待機列は最後尾に近づくほど散らばりながら、七階を目指すべく静かに待っていた。


 いつもとは勝手が違うサントレアス。

 人がひしめく七階の、その一部がぽっかりと円状に空いていた。

 中にあるのは、中央に鎮座する移動式の屋台と、その両端を埋めるブルーシートの上に金属武器が投げ売られた店と、机と椅子が置かれているだけの店だ。

 三つの店の内、屋台の中で、漆黒のゴシックロリータに身を包み、極限まで露出を抑えた少女がダンボール箱を抱えていた。

「お、重い……!」

 STRに振っておけばよかったとの後悔が巣くう脳を持ちながら、遠年読はダンボール箱を持ち上げ、机の上に置いた。中には上等な素材で印刷された本が五十部眠っている。それは遠年読が書いたライトノベルの同人誌だ。

 ダンボールの蓋を開けた途端に、表紙でも見えたのか待機列の最前線から歓声が上がった。

 今回の同人誌は現在アニメ放送中、来月には最終巻が発売する『タイム・クロック・リベンジャー』の人気キャラ、誕生日に送られてきたプレゼントの数が他のキャラの誕生日プレゼントの合計数三倍を記録したぶっちぎりの人気キャラクター『火亡(ひなき)幽勝(ゆうしょう)』の前日譚だと事前に予告してある。アニメもちょうど彼のメイン回が放送されたばかりだし、そのエンディング後には彼が主人公を張っているスピンオフ作品の劇場版制作決定が発表された。タイムリーな題材に、期待を膨らませていた人も多いのだろう。

 湧き上がる歓声に少し体を強張らせながら、読は忙しなく準備をしていた。


(ええと、まずは机に並べて、絵本も置きたいですからスペース確保して、あ、お釣り、お釣り取り出しやすい場所に置きませんと……あれ、千マノ硬貨は?)


 お世辞にも手際がいいとは言えない手つきで慌ただしく準備をする。けれど読の頑張りとは裏腹に(読が細かな雑用がとても苦手だという事実も手伝って)スペースの散らかり具合は増していくばかりであった。

 それに。


(待機列……見た感じだけで用意分より多い気がしますけど)


 読がいる場所からでも七階をぐるっと埋め尽くし、六階、五階さらには下へと伸びていく待機列が目に入る。どれだけのプレイヤーが並んでいるのか、大まかな数さえ出すのは難しいだろう。

 ずっと並んで、何階分も階段を昇り、狩りや生産に費やす時間まで消費して――望んだ本が手に入らない。

 そんな事態が発生したなら、まず間違いなく暴動が起きる。

 それはまずい。

 アム・ロックで自分が整理できない列を作るなと散々お怒りをいただいたばかりであるし、これ以上騒ぎを起こせば世界職(ワールドジョブ)の会議で即売会の中止を検討に入れると明言までされてしまっている。

 そうなったらもう、アルプロでは同人誌が売れなくなる可能性があった。

 読は即売会が好きだ。直接感想を言われるのが好きだったし、言われないにしても、自分の本を、欲しがっている人間が買ってくれるという場が好きだった。何より自分の物語が求められるという実感が読にとっては必要だった。

 自分がどれだけ孤独でも、選んだ道に間違いはなかったと、そう強がるために。

 けれど現実では色んな理由で読は即売会には行けない。だから読が自分で本を、即売会の形式で売るならアルプロしかないのだ。これを奪われたら、もう、実感を得る場所は消えるだろう。通帳に記された数字の多寡だけが、これだけ買われたという事実として残るだけだ。

 暴動を避けるためには、整理券を配らなければならない。


(でも、どうやって配ればいいんでしょう。それに在庫、合計で幾つ刷ったのでしたっけ?)


 数えるのも億劫な人数を整理させて、下がっていくほど散らばっていく列相手に何枚になるかわからない整理券を配るというのは読には不可能だった。

 そもそも列整理が無理な話だった。

 何せ売り子は読一人しかいない。

 読が離れれば同人誌を売る人がいなくなる。離れなければ、列は規律を無くしていくだけだろう。規律を無くした列に対してやがて他のプレイヤーから注意が飛んで、反抗したプレイヤーから乱闘の連鎖が発生する。あるいは運営へのご意見(愚痴)を通して読に直接警告を送ってくるか。


(…………どうしましょう。何か、何か考えないと……あっ、時間、そろそろ開始時間……っ!)


 時計の針は読の苦悩も知らない軽やかさで、読が定めた販売開始時間に辿り着こうとしている。

 勿論、読の準備は何一つとして終わっていない。

 ……準備不足、というのは、間違いなくそうだった。

 けれど最初から、『遠年読』の同人誌即売会がもたらす作業量は、読の範疇に収まるものでもないのだ。どれだけ読が頑張ろうとも、どれだけ読が慣れない作業に苦しもうとも、また、もし読がそれらに抜群に強かったとしても、結果は変わらない。


 だって遠年読は孤独だから。

 一人で出来る作業量ではないのだから。


 慌てて読はダンボールから本を取り出そうとして……落とした。内容を屋台の中に散乱させながら空になった箱がインベントリに仕舞われる。

 拾おうとすれば、身体を屋台にぶつけてしまう。衝撃で机の上に置いていたお釣りまでもが地面に散乱した。影が差した暗闇に、硬貨は忍んでその身を隠す。

「…………う、うぅ」

 そして読は、心の奥で()()()

 もう、無理だ。

 自分の不器用さを憎み、時間設定の甘さを憎み……けれどやれることはもう、どれだけ急いだってお釣りと本を拾うくらいだろう。

 整理券を配布なんて到底無理だ。

 ……暴動が起きる。そんなこと、ボクにどうしろって言うのですか。

 虚無感が胸を埋めた。恐らくこれで最後になるだろう即売会の開始直前にして、それでも地面を這いながら準備一つ終えられない自分が惨めで仕方なかった。

 気づけば涙が溢れていた。



「う、ううううううぅぅぅぅっ」

「おいおいなんだなんだ、カモがいっぱいだな」

「全く見てられないの」



 不意に声が、読の耳をくすぐった。

「…………?」

「いや……ダメだなこいつら。見るからに中級者、『極限(リミット)』権を持ってるとは思えないな」

「おい、そこの。明らかに準備不足のボケ。お前なのお前。さっさと起きろなの」

 屋台から読を覗く影が二つあった。

 一つは青年、もう一つは少女。

 そこから少女の手が伸びて、読の腕を掴んで引っ張り上げる。

「何泣いてるの、ていうか無駄なことしてるの。一端全部インベントリに収納するの。いちいち拾うより全部回収して再展開した方が断然早いの。ポーチサイズの、容量小さい奴なら全回収でも本だけ仕舞えるからほら、さっさとするの」

「……ぐすっ、で、でもマノ硬貨は、いんっ、インベントリには入れられないじゃないですか」

「安心するの。バカがいるから」

「バカ?」

「おいおい俺に何させようって? ていうかこの列なんだ? 俺は今しがた来たばっかで状況がわからないんだけどね」

「私だって全部知ってるわけじゃないの。このボケが本売ろうとしてることと、ボケの待機列のせいで私のお店の集客が完全に死んでるってことだけなの」

「最初から売れてないのを他人のせいにするのはみっともないと思わないかい? いつだって閑古鳥が鳴いてるだろ」

「うっせぇーのバーカ。黙ってさっさと列整理に行くの」

「……あ、あの、あなたたち」

「列整理? 面倒だな」

「このままじゃお前も商売あがったりなの。どーせ最初から来ないだろうけど、0より1だけ可能性があるほうがマシだと思わないの? それにほら、マノ硬貨ってどうせお釣り使うやつなの。そんなの用意してるってことは、この本買うのはマノ硬貨支払いにしてるってことなの」

「…………ふぅん。つまり、並んでいる奴らもマノ硬貨を持ってるってことだな」

「理解したならさっさと行くの。落としたのチマチマ拾うより、()()()()()()()()()()ほうが確実なの」

「まあいい訓練になるか。そろそろランキングも上げたいしね」

「あのっ!」

 身を翻して待機列へと向かっていく青年と、いつの間にか屋台の中に入って諸々の準備を整え始めた少女に向かって、読は叫んだ。



「だ、誰なんですか、あなたたち!」

「俺かい? 俺はアレェリスタ。ところで君、『極限』権が余ってたりしてないか?」

「ヘレン・ベルナル・ディット二世。そんなことより、ボケ、さっさと在庫吐き出して列消化するの。今日こそはクラスⅢの魔法改造武器(マジックギミック)が作れそうな気がしてるの」



 こうして、遠年読の孤独は変わらずに。

 皇神宮御伽狂言に、二人の友達ができた。



 * * *



 遠年読は知っている。

 遠年読の歴史は物語と喪失だ。


 物語の為に家族を失った。物語を書くために文章ソフトに向き合い続ける日々は容易く学校での日々を奪った。物語を綴るために引き籠る歳月は読の身体を酷く虚弱にした。

 失って、喪って、失って、喪った。

 それでも物語が残ればいいと、そう、思った。


 でも、皇神宮御伽狂言には……友達が残った。

 物語以外に自分の心に残るものがあった。


 遠年読と、皇神宮御伽狂言は知っている。

 失って、辛くて、悲しくて……それでも自分は、前を向いて歩いて行ける。物語を書くという光があれば、嵐の中を進んでいけることを。

 なら、突然現れた二つの光は、どっちなんだろう。

 失っても歩いていけるものか、それとも、喪ってしまってはいけないものか。

 初めてできた友達がどちらなのか。

 遠年読も、皇神宮御伽狂言も知らなかった。


アレェリスタ:列乱した奴を処刑して釣銭用の硬貨回収

ヘレン:狂いにがっついてきた奴に魔法改造武器かましながら接客

狂い:絵とか描いたりファンサしてたりしてた

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