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ラクエンプロジェクトをもう一度  作者: カラフルジャックは死にました
第一章 赤ずきんは夢を見ない
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自由領域舞踏会 10 君に教科書を貸すよ

 

 魔法改造武器(マジックギミック)黒衣滔々(シャドウ・シー)』。ただ、影の中に入るための武器。

 武器が本来持つ攻撃力以上の威力はなく、追加される付加価値もない。ヘレンが用いる魔法改造武器の中では地味な部類に入る武器だ。

 だから、アレェリスタはその存在を頭の中からすっかりと排除してしまっていた。

 過熱した脳が時間を引き延ばす錯覚の中で、影から飛び出すヘレンの姿を、アレェリスタは見た。

 真剣な目。ウィリルス・アロアでさえ見たことのない、ヘレンの本気。それを引き出したのは。

 ……こんな、ところでも。

 けれど、それでも。

 引き延ばされた思考の中で、少しでも脳に追従する身体が微弱な反応を見せる。


「これで、終わりなの!」


 声と同時に、切っ先が肉を抉る。

 対抗が、反抗が、劣等感が脳に巣くう。そしてそれさえ、身体を動かす燃料となる。


「終われるかよ!」



 * * *



「終われるかよ!」

 声が響き、レイピアがアレェリスタへと突き刺さる。

 ヘレンが感じたのは違和感だった。

 ……手ごたえが少ない! 

 ダメージを与えた感触があって、けれどそれは命を削りきるには到底届かない感覚だ。

 完全に不意を突いた。シャオレンとファイが必死で作り上げた隙を的確に穿った自信がある。

 視界の先ではレイピアが肉を抉る。攻撃力が少ないとはいえ急所を狙えれば殺せるはずだった一撃。しかし、レイピアの着弾点は急所たる首ではなく、右肩だった。

 ……あの一瞬で反応を!?

 アレェリスタの肩から血を模したダメージエフェクトが散る。HPが確かに減って、だけどそれまでだ。

 アレェリスタが回転する。レイピアが弾かれ、反転し、正面を向くアレェリスタの手に銀と金の細工剣の姿があった。

「クソっ!」

 薙ぐ。

 衝撃に合わせて飛ぶのは高等技術だ。そもそも仮想現実のアバターを現実と同じ、あるいはそれ以上に動かせるプレイヤーは数少なく、そしてヘレンはその枠組みの中にいない。

 剣に吹き飛ばされる。ヘレンにだけ聞こえる音を立ててHPが減った。

 否応なく遠ざかる視界の中で、即座に逆の手に銀と金の細工剣を持ち換えたアレェリスタがシャオレンを狙う。

 意趣返しのような突き。流れるような一連の動作を、シャオレンは首の動きだけで回避する。

 銀と金の細工剣が消え、また、逆の手に現れる。避けたシャオレンを狙う剣。

 だが狙いは外れる。

 シャオレンがアレェリスタの剣を持つ手を蹴った。レベルとステータス差によってダメージを最小限に減少させた蹴りは、けれどシャオレンを迎え撃とうとする剣戟の出を弾く。

 スキルの光がシャオレンの足に宿り、弾かれていないアレェリスタの手に透明なガラスを模した片手剣が現れる。

 同時に、二人は動いた。

 シャオレンが地面を踏みしめ、アレェリスタがガラス剣を振るう。それはほんの僅かな差でシャオレンが勝った。彼女の残像をガラスの剣が切り裂く。

 けれどシャオレンの顔に浮かぶのは苦々しい顔だ。それは先ほどまでの攻防の再現。

 アレェリスタの手からガラス剣が消え、手に枯れ枝を象った弓が現れる。

「どうして……」

 思わず、呟いてしまう。

 普通じゃないと、そう、思う。

 視界の先で、アレェリスタが放つ矢をシャオレンがアバターの動きだけで避ける。それを見たアレェリスタが、今度は発射角を変更し、さらに緩急をつけた矢を放った。

 その行動は、指の先さえコントロールできるプレイヤーにしか許されない攻撃だった。


 異常だった。アバターを完全に制御下に置くシャオレンも、補正を切ってなお十全に動けるアレェリスタも。

 泣いて叫んで欲しがって、なお届かない才能同士が戦っている。


「どうして、そこまで動けるの……!」



 * * *



「さっさと降りてきなさいファイ!」

 矢が飛んできて、危なっかしく避ける。速度に角度、織り交ぜられた矢の弾幕が私を穿つのはすぐ近くだった。

「クソッ!」

 略式MPポーションを噛み砕く暇も、魔法改造武器を取り出す隙もない!

 飛んでくる矢が淡く光る。スキルの光だ。三連続で飛んできた矢の中で一つだけ、スキルの光を帯びた矢が飛んでくる。

 思考する間もなく、真横に飛び跳ねた。矢が地面に着弾点を中心に空気を吸い込み、爆ぜた。

 ……爆弾矢!

 爆風が頬を撫でた。黒煙が、ほんの少しだけ私とアレェリスタの間を隠す。

 まずい! 軌道が読めない……!

 だけどそれはアレェリスタも同じだ。態勢を立て直すには今しかない。

「ヘレン!」

 アレェリスタによって吹き飛ばされたヘレンがぴくりと反応した。動けない……いや、動けなくてもいい!

 メニューを開く。練習した指の動きは的確に装備インベントリを表示させる。炎の斧は戦場に転がっている、なら。

 手元に大仰な武器が現れた。それは名前に反して穂先が大きい、細かい持ち回りが苦手な槍。魔法改造武器『アイスピック』。

 そのままメニューをショートカットに移動する。手のひらに飴が二つ現れ、急いで口の中に放り込んだ。噛み砕き嚥下すれば、緩やかにMPの回復が始まる。

「AGIブースト、韋駄天、ルートライト」

 煙の先で、ぽつぽつと声が呟かれた。

「神禊、筋力の克、過ぎ去る明滅......」

 歌にも聞こえる文字の羅列が続く。

「見て見ぬ巫、加速術参式、ヒロイック•ストレンジ」

 歌が途切れる。

 最後の声が、煙を晴らした。



「『リガル・ルガルの簒奪』」



 煙が風によって晴れる。アレェリスタの手から弓が消えていて、銀と金の細工剣があった。

 その剣が、小さく鳴動する。光り、表面が剥がれた。二色で分かれていた銀と金が緩やかに混ざった複雑な色彩が、塗装が剥がれていく刀身に浮かび上がった。

 アレェリスタの首から光る杭が飛び出した……いいや逆だ、光の杭が突き刺さっている。光の源は銀と金の細工剣だ。

 剣が放つ光が杭となり、アレェリスタを穿っていく。

 やがて光はアレェリスタを包んだ。杭が消え、剣に返っていく。

 不思議な光に包まれたアレェリスタがニヤリと笑った。

「それじゃあな」

 振り向いて、駆けだした。


「逃げた!?」


 叫んで、気づく。まずい、合流される……!

 アレェリスタと言えど私達三人を同時に相手取って勝ち抜くのは難しい。だから彼はライラックの威光を借りる。

 ライラックに合流されたら勝てなくなる!

「ダメだ追うな!」

「何でよ!」

 走りだそうとした私を咎めるのは、ようやく上から降りてきたファイだ。彼の表情には焦りが見える。

「『リガル・ルガルの簒奪』は自身のHPを一にする代わりに状態を固定する! 今のあいつは真名解放終了まで、幾つものスキルを同時に重ね掛けした状態が続いているんだ! 君に追いつける速度じゃない!」

「はぁ!?」

「元よりAGIはあいつのが上だ! 僕と君じゃ追いつけない!」

「なら……ヘレン!」

「それもダメだ!」

「どうして!」

「一対一に持ち込まれるだけだ! ヘレンはリーダーだぞ!」

 今のアレェリスタに追いつけるのは『雷音轟叫(レオン・ハウル)』を使用したヘレンしかいない。けれど追いついてしまえば、私達には手出しできない速度での戦闘が始まる。

『雷音轟叫』はAGIしか補正しない。言い換えれば、使用してもAGIが同値、あるいは似た相手ならば、通常戦闘の延長が始まるだけだ。

 スキルを重ね掛けしているアレェリスタに、AGI補正だけのヘレン。強さが武器の性能に偏っているらしいヘレンにアレェリスタを抑え込めというのは……。

 そしてヘレンはリーダーだ。彼女が死ねば、私達全員の敗北が決まる。

「じゃあどうすんのよ!」

「考えてるんだ! ……どうする、ロアと連携を取るか? だけど大乱戦の中でクランでもチームでもないプレイヤーと即興で連携が?」

「…………クソッ!」

 こうしている間に、アレェリスタの影は小さくなっていく。ライラックと火龍の戦場はここと反対側だ。まだ、時間はあるけど……。

「……『いなびかりをとどろかせ』」

 声に振りむく。雷を吐き出す槍を携えたヘレンが、空気を震わせながら立ち上がる。


「………………ふざけんな、ふざけんな! 私があいつに負けるだなんて、そんな想定で話を組み立てるんじゃない!」


「無茶だ! 終わらせる気か!」

「黙って! シャオレン! もう一度言って!」

 真剣な目が、私を貫いた。決意を固めたような、今にも泣きだしそうな。どちらとも取れる瞳が強く私を見つめる。



「私が必要だって! 私に頼って、シャオレン!」



「ヘレン……」

 それは、賭けだ。

 唯一追いつけるのはヘレンしかいない。追いつけてもそのまま撃破されるかもしれない。……いや、むしろその可能性の方が高いだろう。だから、ファイもあんなに焦っている。


 息を、吐いた。


 ……そうじゃない。これは、賭けの話じゃない。

 これは信頼の話だ。

 ファイは『極限』に乗るという、打算ありきの協力だ。ロアや火龍の協力もそう。

 だけどヘレンだけは違う。彼女だけは、私だから助けてくれている。

 …………傲慢だ。最悪だった。信頼に付け込んで、無償で手伝わせている。そんな自覚を今更持つ。

 喉が痙攣する、錯覚があった。

 一度言った言葉の重さを、ようやく、自覚する。

 ……最低なことをするんだよ。アドハの声が脳に甦る。

 でも、それでも。

 言葉は痙攣なんて忘れてしまったみたいに、喉を突いて出た。あの時みたいに、自分の言葉とは思えない程、優しい声色だった。



「アレェリスタを止めて。ヘレン。貴女の為じゃなくて、私の為に、私を助けて」

「うん。私が君を助けるよ、シャオレン」

 彼女が、ふわりと笑った。



 そして、走りだす。雷光の化身は一瞬前の姿さえ置き去りにしていく。

 少しだけ間があった。その間にヘレンはすっかりアレェリスタの影を追って姿を小さくしていく。

「ファイ! プランB、行くわよ!」

「…………はぁ、仕方ないな!」

 ファイが手を地面に当てる。その甲に文様が浮かび、地面に溶け、やがて水面を大地の震動が揺るがした。

 にわかに盛り上がっていく地面の感触を足で感じながら、メニューを開く。アイテム、装備、それら全部をすっ飛ばして、一つのシステムメニューを開いた。


【世界補正を切り替えますか? ON/OFF】


 迷いなく、システムを操作する。

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