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ラクエンプロジェクトをもう一度  作者: カラフルジャックは死にました
第一章 赤ずきんは夢を見ない
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自由領域舞踏会 2 水球を翔ける流星

 

 紙月運営から直接使用権が与えられた特別な転送魔法の眩い光が終わって目を開けば、広がっていたのは狭い道路に雑多な路地。低い天井が薄暗さを演出し、左側を見れば、手すりもない危険な展望から、水平線の向こうと、リロフトの下に広がるどこまでも沈んでいきそうな深い闇を湛えた大穴が僅かに見える。

 自由商業領域リロフトは、六都市境界北方に存在するフィールド、『スイレイ大古湖』の中心、『スイレイ大瀑布』の中央に浮かぶ巨大な球だ。

 底の見えない大穴に落ち続ける水を悠然と眺めながら浮遊するこの球体は、表面上は波紋が流動する大きな液球体にしか見えない。しかし一歩中に入れば、金属音がとんてんかんと、路地を思わせる敷地には蒸気が吹いて、仄暗い空気に、外からの光が液体を通って拡散し、幻想的な光を射しこめる。数えきれないほどのプレイヤーショップが乱立する、生産職のメッカ。

 どういう理屈で浮いているのか、何故球形に集まっているのか、明らかに見た目は液体なのに一歩踏み入れれば金属の床があるのは何故か、そもそも外縁はどうなっているか、多分詳しい設定もあるのだろうしアドハに聞けば教えてもらえるかもしれないけれど、特に興味もないので、ゲームだからの一文で全てを容認することにしている。

『テス。って言ってもお前らからの声は聞こえないから一方的に言うの』

 右耳に音が響く。ヘレンの声だ。この『ダンス・デッド・アライブ』はクラン・チーム内での通話をリーダー以外が禁じられている。そのリーダーにいたっても、自分の声をメンバーに一方的に届けるだけという不便さだ。

 私達のチーム『(バカ)(ボケ)討伐隊(仮)』のリーダーはヘレンにしてある。つまり、私とファイに対して指示を出して動かせるのは、ヘレンしかいない。

 リーダーに与えられた特権は三つ。


 ・チーム全員に対して、リーダーからのみ声だけを届けることができる通話。

 ・チーム全員のHPMP,状態異常の把握。

 ・チーム全員の現在地の把握。


 特権の代償としてリーダーが負ければそれ以外のメンバーが健在でも即座に敗北というデメリットがあるが、それを差し引いてもリーダーが得られる情報量は圧倒的だった。急にHPの減ったメンバーの現在地を参照すれば、どこで会敵したのかが一目瞭然になる。全ての情報を正しく処理できるリーダーがいるのなら、意図的に情報が封じられているこの戦場において、大きなアドバンテージを持って戦うことができる。

 その性質上、オペレーターというか、後方でじっくり考えるタイプがいいわけで、そうするとファイが適任だけど……私達はどうしたって人数が少ないから、リーダーをメンバーで守って情報処理に専念させるという手は取れない。ファイだって攻撃してもらわないといけないし、そもそも三人なら遠隔で情報処理するよりはさっさと合流してしまえばいいわけで。だから、咄嗟の不意打ちや意図しない会敵でも一番生き残れるヘレンが、私達のリーダーを務めることになった。私は最初から論外。


『シャオレン、全力で隠れて。基本方針は理解してる? まずは合流なの』

 声が直接響き、言われた通り、身を隠す場所を探す。とはいえ存在するのは狭い通路とそれをさらに狭めるプレイヤーショップ。左側は外なので、出てしまえば負けになる。

 どこにも隠れそうにないわね……。

 とはいえそれでもスキルを駆使して、心なし程度に身を潜める。『消音(サイレント)』、そして『クローク』。これで多少、他のプレイヤーから認識されづらくなる。

 開始直後に接敵する距離に転送していない、と信じたいわね。


 リロフトは複雑な構造をしている。大雑把に言えば三つの壁によって分かたれて、さらにその中を上中下の三層に分かれる。

 波紋が浮かぶ液体膜、そのすぐ下に位置する外縁部、掘り進んだ先の中心壁。それぞれ液体と外縁の間、液体層。外縁と中心の間、メイン層。中心壁の中の世界、中心層。

 地球の構造というのが一番近いのかもしれない球形は、マントル代わりの壁によって区切られて、高度によってさらに上層中層下層に分けられる。それ以外にも、中心層からのみアクセスできる、エレベーターによって直通する上層よりも上の世界、球形の頂点に作られた最上層。

 つまりリロフトは、液体、メイン、中心それぞれに上中下、そこに最上層を足した計十のエリアがあるフィールド、と捉えられる。事実、変辿クエストでここを拠点にするまではモンスター湧き出るフィールドだったらしいし。


 左側に外が見え光が射しこんできて、天井があるということは一番外側、液体層のどこかに転送されてしまったわけだ。

 リロフトにはワープポイント開通の為だけに中心層に寄ったきりなので、今いる通路が液体層のどのあたりの高度なのか、そこまではわからないけど、そのうちきっとヘレンが教えてくれるだろう。

 諜報員になったことで習得した二つの職スキル。文字通り足音や衣擦れなどの時分が原因で発する音を消す『消音』に、自分のアバターを他のプレイヤー・モンスターの認識から外す透明な幕を被る『クローク』。二つの重ね掛けがいったいどこまでプレイヤーを欺けるのかは未知数だった。

『場所わかったの。シャオレンは液体上層、ファイはメイン中層、私はメイン下層なの。シャオレンが一番心配だから、ファイはそのまま上層に上がって。二人が合流した後、また中層に戻って合流なの。二人の合流予定ポイントはキリカ門。よろしく』

 突然降ってきた声が、一方的に鼓膜を鳴らす。

「キリカ門、ね」

 悠長にメニューを開いて、マップを見る。自分の現在地は表示されない地図が複雑な構造を惜しげもなく晒していた。

 外縁からメイン、メインから中心へは、どこからだって入れるわけじゃなくて、いくつか存在する門と呼ばれる入口から入る必要がある。とは言っても、平時はリロフトだけのワープポイントで球形の中を飛び回るのであんまり使われないらしいそれだけど、今回のイベント中は勝手が違った。

 ランダム転送と、リーダーだけに把握できるメンバーの現在地。合流だけを考えるなら、リロフト内でのワープを禁じられている現在、最短距離で近い門へと向かうことは想像に難くない。

 どう考えたって戦闘になる。

 ヘレンはどう考えているのだろう? 疑問さえ届けることができない。唯々諾々とリーダーに従うか、無視して進むか。与えられた選択肢は二つだけだ。

 リーダーしか通話で声を届けることができないから、私達はその声に聴くことしかできないし、予測不能に陥った場合もステータスをリーダーに察してもらうことでしか助けを求められない。

 狭い通路を歩く。

 手の中には特徴のない片手剣。魔法改造武器(マジックギミック)「電光石火」は、敵と戦うタイミングを今か今かと待ちわびている。嘘だ。できることなら戦いたくなどない。

 キリカ門は、中層の上部にあって、だからそこそこ下りていく必要がある。中層だからファイの方が近いのだろうか、ひょっとしたら、門に集まる敵をファイが一掃してくれているのかもしれない。……流石に、軽視しすぎか。

 液体層の通路は外縁部の壁に取り巻く蛇のように。液体層には通路しか存在しない。

 惑星の表面を歩くことができるようにかけられた橋だけの世界は、進むか戻るか、足を落ち着ける場所なんてない。狭い通路にショップが立ち並んでいるという光景が、どこかサントレアスの大広間を思わせた。

『ファイ、もうすぐ着くと思うけど、シャオレンはまだ。先に掃除しておいて。やばそうなのが来てシャオレンが守れなさそうならすぐ撤退してほしいの。お前の移動でシャオレンの指示を決めるから』

 下へ向かう階段を降りる。鳴らない足音に奇妙な違和感が覚えてしまう。

 周辺の店から自分の現在地とキリカ門への距離はわかっている。ファイは、もう着いただろうか。


「おや。まさか私が一番乗りとは」


 声が、鳴った。

 階段を降りた先、上層と中層の境界で、歪曲した通路の先から一人のプレイヤーが現れる。

 煌めく銀色の髪。閉じられた瞳から、薄っすらと赤が見えた。ゲーム的に気崩された着物を元にしたらしい服は大胆に前が開いていて機動性を重視しているだろうことが一目でわかる。

 スキルを使用しているはずの私をあまりにあっさりと看過した女が、口を開いた。

「接敵しました。諜報員スーツ、オレンジの髪。シャオレンです」

 独り言、いいえ、通話。このイベントで、声を放つことができる役職はリーダーしかいない。

「液体層上層……いえ中層でしょうか。恐らくキリカ門かアリア門に向かうと思われます。そっちの場所は……はい、把握しました。遠いですね。なら私が決着をつけます。異論は認めません……あぁ、他の方々はご自由に」

 手には日本刀。左で鞘を握って、右手は耳に。当てなくたって通話ができるけど、気分の問題なのだろう。

 電光石火を握る手が無意識に強くなる。かかないはずの汗がつたった気がした。

 私を知っている、リーダー。ヴォーパルサイスか? いいや、あれは装備を統一しているらしい。火龍のメンバー? それともイルゼたちアフターグロウ・スタートライン?

 …………いや、一番最悪の状況だろう。

 通話を終えた女が、にこやかに微笑んだ。


「初めまして、シャオレン。『ライラック・リオンデル』クランリーダー、甘南リオンです」


 刀を抜いて、微笑む女は刃を向けた。

 この世界で最も有名でトップクラスに強いプレイヤーが、目の前に立っている。


「最初に、感謝を」

「何がよ」

「貴女のおかげでアレェリスタが戻ってきてくれました。まぁ、まだクランには合流してくれませんが、頼ってくれたことは、大きな前進です」

「あのバカ、そんなに重宝するものかしら?」

「ええ、元々私のものです……次に、八つ当たりを」

「……なによ」

「クランに帰ってきてからというもの、『極限(リミット)』か貴女の話ばかり。いい加減、うんざりしてきました」

「……私のせいじゃ、まったくないわね」

「だから、八つ当たりです」

 笑みを崩さず、構えも解かない。

 純粋な殺意が私を襲う。

 ……勝てるか? いや、無理だ。逃げる……には、通路が狭く、隠れられる場所もない。

 液体層には通路しかない。向かい合って接敵したならば、戦うか振り帰って逃げるしかできない。そして逃げるなら、AGIで相手に勝っていないと無理だ。

 この世界に入り浸っているらしい甘南相手に、AGIが勝っていると思うのは、いくら何でも楽観的過ぎる。

「…………アレェリスタ、待たなくていいの?」

「はい、もう伝えましたから」

「恨まれるんじゃないかしら? 人の喧嘩を勝手に取るなんて」

「いいえ、むしろよくやったと褒めてくれるはずですよ」

「……ちっ、聞く耳ないわね、こいつ」

「大丈夫です。これからアレェリスタは、私のクランでしっかり見ていますから」

「なにが大丈夫なんだか」

 じりじりと詰め寄ってくる甘南相手に、私もゆっくりと後ずさる。そうしたところで意味はなく、彼女が本気で一歩踏み込んだなら、右手に握る日本刀によって真っ二つにされるに違いない。

 どうする!? ファイの迎えを待つのは無謀だ。ヘレンからの通話もなく、何を、どうしたって……!

「それではさようなら。早々に悩みの種が潰せて、幸運ですね、私は」

 ぐっと、足に力が、甘南の身体が深く沈んだ……っ



 * *  *



「奏でろ、ディアムリーアの判決」


「『STRブースト』、『駱駝遠し』」


「…………『天翔ける(ほしおとし)』」



 * *  *



 不意に、光が堕ちた。

 外より降る。液体膜を突っ切って、全てを眩く染め上げる閃光が、私と甘南ごと白く飲み込んで。

 轟音。

 プレイヤーショップが、跡形もなく、壊れていく。

 ディアムリーアの判決。

 クラスⅣと同時に実装された遭遇ボス、「誤裁判官ディアムリーア」のレアドロップ武器「不朽死弓」の真明解放。朽ちた枯れ枝を思わせる本体に植物の蔓を模した銀の装飾が巻き付く弓は、現時点でトップクラスのSTRとDEX補正、次点でHPとLUC、多少のVIT補正を装備者に与える。

 真名解放をすることで、HPLUCVIT補正を失う代わりにSTRとDEX補正が倍に、次に使用するスキルの効果を三度まで三倍にするが、代償として一射しか打てず、打ち終わると強制的に真名解放の解除、また『有罪判決』状態を付与される。そのため主にとどめを刺すための決戦兵器としての役割が期待される。

『有罪判決』。

 ゆうざいはんけつ。『誤裁判官ディアムリーア』、また『ディアムリーアの判決』によって付与される状態異常。直前に使用した行動の禁止(スキルを使用したならスキル禁止、魔法を使用したなら魔法禁止)が与えられる。性質上、ディアムリーアの判決によって与えられる有罪判決状態は凡そスキル禁止となる。

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