大広間、有象無象にバカとアホ
「わっ」
がやがやと。
会話する人の声、床を打ち鳴らす靴の音、鈴を鳴らしたようなどこか耳心地がいい金属音が鳴って、全てが混ざって一つの音を奏でている。
それは人が集まらなければ発せられない音だ。人気、あるいは熱気。
人だ。扉の先、大広間はとにかく人がいた。私と同じ初期装備の男女、鎧を着こんだ大男、魔法使いらしいローブを羽織った女性。奇術師の格好をした人が広場の真ん中、大きな水晶の塊の下でジャグリングをして、夜番狼とは似ても似つかない白の体毛をした狼が、機械的なマシンガン? のような武器を背負った男と歩いている。
「…………凄い」
思わず、声に出た
大広間はその名の通り円形の大きい広間だった。最上階までの吹き抜けた天井で、この大広間を上階からでも見下ろすことが可能になっている。そこでは旅人のための施設がまとめられており……とは言っても、各種実験室など魔法学院としても使用する施設はこの広い学院内を駆け回って探さなければいけないが……利便性を保っている。
中心には水晶の塊が鎮座し、円形に沿って露天商のように簡易な店が並んでいた。店は客足を途絶えさせることがなく、客もまた店に寄ってはすぐに別の場所へと歩いていく。黒を基調とした内装でまとめられ、仄かな光を携えた内灯が淡く室内を照らしている大広間はそのままでは光量が足りず、陰鬱な雰囲気から逃れられそうにもない。薄暗い世界はけれど私たちの視界を邪魔しないように設定されているのか、どこか物語的な雰囲気を作ることに一役買うばかりで、暗くて見えづらいなんてことにはなっていなかった。
何といっても六都市、プレイヤーの拠点の一つ。少しばかりどれだけ派手か期待していたのだけど。
想像以上ってやつね。
流石は歴史に名を残す(らしい)ゲーム。人が少なくてマッチングが揃わないなんて苦労がなさそうでいいわね。
頭を振って人数が揃わず最大二人のチームでガンシューティングの対人戦(要はサバゲー)をした苦い思い出を追い出す。よく勝てたわねあの試合。……じゃなくて、
「……エルを探さないと」
視界を左右に振る。人、人、人だ。人しかいない。時々人外。この様子でここから探し人を見つけるのは、砂漠から一粒の砂を見つける……よりかは簡単だろうけど、きっと大変な労力がかかることは否めない。
溜息を吐いてメニューを呼び出す。頭にメニューと思いながら力を入れるそれはスキルの思考入力とは違った独特の感覚で、気持ち悪い。
フレンドなら通話が使えるはず。フレンドの項目をタッチすると、エルと名のついたプレイヤーがいた。ステータスはアルカディア・プロジェクト。えいるもとっくにこの世界にいるらしい。通話をしようとしたところで、肩を叩かれる。
「おまたせ」
「…………びっくりするから最初に声くらいかけなさいよ」
「ごめん」
えいるの声がして、振り返る。そこにいるのは今日出会ったばかりの美少女。生まれ持った白い髪を変えず、特徴的な碧眼もそのままだ。髪を短くしているだけの変更に留めているえいるのアバターは知っている人が見ればすぐさまえいると気づいてしまうのではないだろうか。ネットリテラシーの欠如を嫌でも感じてしまう。
そのえいる改めエルの装備は、白のシャツに赤と青のチェックネクタイ。ひざ丈程度の濃い緑のスカート。その全て覆い隠すように長い黒のローブが羽織られている。
「初期装備じゃない!」
「そう。だよ」
「やってるんじゃないの……」
「持ってただけ」
「案内も何もないじゃない」
……アバターがそのままなのは、さして興味がなかったからなのか? 家族運営だからアカウントを持っていただけ、みたいな。
「予習。したから」
「クルッ!」
「え? なに?」
「クルグル」
よく見ればエルは何かを抱えていた。黒い。初期装備のローブと同化して見えづらくなっていたそれは、一息のうちにエルの腕から脱出して私の足元に来ると、またクルッっと鳴いた。
奇妙な生き物だった。黒い体色は立体感を感じさせづらく、流線型のような、デフォルメされた幽霊というのが一番近いだろうか。落書きのようなのっぺりとした一つ目を持った、小型犬のサイズの四足歩行の生き物だった。
「これは?」
「拝領品」
「こんなのもあるの……」
エル曰くクルグル、というらしいそれを抱くと、指が体に沈んだ。うわ気持ち悪い。まるで生きている液体を掴んでいるかのようだ。そんな私の苦々しい視線に感づいたのかクルグルが抗議の鳴き声を上げる。クルグルの体がどろどろと溶けていき、私の手の間からすっかり地面に落ちてしまった黒の液体は瞬く間に四足歩行の獣の形態を取った。
どうにもこいつ、決まった形がないらしい。スライムみたなものかしら? 液体と固体の狭間を行ったり来たりしている。
「……で、これからどうするのよ」
「……どうしよう」
「ノープランなのね」
「案内。は、する」
「そ。ならついでにクエスト? 受けるわよ。ヒューイが何か言ってたでしょ?」
「うん。私は、マリアだった」
「……なんだ人によって講師違うのね……」
エルがクルグルを捕まえて腕の中に収める。エルの前では固体を崩さないクルグルは素直にエルの腕に従った。腕越しにこっちを見て、心なしか鼻で笑うかのように鳴いた。なんなんだこいつ。
* * *
クエストを受注する学内掲示板、杖ばかり置いている武器屋に金属製の鎧なんて欠片もない防具屋。ポーションの種類がやたら充実している道具屋、魔法が学べる屋内青空(?)教室、魔法使いギルドという魔法使い職業が集まる場所の簡易出張所、六都市に備えついている都市間ワープポイント(これは中央の水晶だった。そこでは人が消えたり現れたりと忙しない)。ヒューイからのお情けたるなけなしの駄賃と序盤で役に立ちそうな消耗品という餌を追って、大広間に出ている施設を、円形に時計回りに沿ってエルに連れられる。
「『マジック・ロック・コレクター』に行こう! クリアっと」
「これでおしまい」
魔法を覚えていなくても魔法が使える、魔法紙というアイテムを売る店を冷やかす。並んでいる商品はどれも初心者が買えそうもない値段をしていた。
「施設、案外少ないのね、もっとこう色んなものが充実してると思ったけど」
「まだ。大広間しか回ってない。魔法は色んな、授業で覚えるから。サントレアス魔法学院の、一番の利点は教室。と、実験室」
「でも必要ないんでしょ?」
「うん。専門的だから。魔法使い以外あんまり関係ない」
「じゃさっさと他の都市に行きましょう。軽戦士……いや剣士だとどこがいいのかしら?」
「戦士は。前線拠点ルドクルグ。か、序開揚陸地点アム・ロック。でも、ダメ」
「……なんで?」
「一回。自分で行かないと、ワープできない」
「……面倒ね」
魔法系列ギルド『サントレアス魔法学院』(都市と同じ名前だ。ギルドのサポート体制を見るに、六都市はすべてギルドから発展しているのかもしれない)に足を運んだ折、自分の職業と同系列のギルドでは様々なバックアップがされていることを聞き及んだ。つまりここでは魔法を専門に使う職業がバックアップされているということ。例えば授業を聞くだけで新しい魔法を覚えることができたり、だ。
しかし私は剣士(片手剣)。魔法を専門には使っていない職業だ。一応、魔法学院所属なので教室と授業も、ノーコストで聞くには聞くことができるらしいけど……。
「魔法はBURとMP参照で威力・速度・効率が決まる。それって、剣士に必要そうなAGIとかSTRとかにステータスが振れないってことよね」
「振れなくない。でも。中途半端」
「よねぇ……」
「列車。出てるから。それでも行けるよ」
「列車?」
「六都市間運航列車。乗れば、ルドクルグなら二時間くらい」
「ふーん……二時間か、ちょっと長いわね」
今の時間、そう遅くはないといっても夜であることには違いない。さらに二時間移動に費やし、そこから別の都市を見て回るとなると日付を超えるか否かという時刻まで差し迫ってしまうかもしれないことは想像に難くなかった。
……えいるを連れていきなり日付越えってのもね。そもそも私自身に夜更かしの習慣がない。これでも規則正しい生活を心がけている身だ。……夜に、することがないだけなのだけど。
「ま、それはいいわよ。てきとうにここ見て回って終わりましょう」
「わかった」
「で? 教室見て回るの? それとも外に出る?」
「お好きに」
「…………じゃあ、そうね」
* * *
シェイクを啜る音が鳴った。大広間七階、つまり最上階層は一階の喧騒が鳴りを静め、あれは幻だったのかと疑うほど人と音が少ない。
「大広間は、二階から個人販売、要するにプレイヤーショップが開かれるって言うから全部見てみたけど」
「どうだった?」
「玉石混交って感じ」
甘いバニラ味が口の中に広がるのを感じながら、落下防止の手すりに体重を預けて七階分の高さから水晶の塊を見下げる。わらわらとプレイヤーが虫のように水晶に群がっては消えて現れ、集合恐怖症持ちには辛いかもしれない様相が繰り広げられていた。
……甘すぎる。
四階のショップで買ったシェイクが過剰に甘い。どろどろに溶かしたバニラアイスを濃縮したそれは、過度な甘みが直接舌(あるいは脳そのもの)へ届けられて辟易する。
大広間の二階から上、吹き抜けとなっている部分以外の円形の壁に沿った廊下にプレイヤーショップが開かれる。それは、最初のほうは見目新しいものばかりであったけど。
「階を増すごとに質が下がって胡散臭さが増えてくのよねぇ」
「そういうもの」
いくらVR、いやこの場合はMMORPG? の素人であっても、二階で売っていた杖と同じ値段で明らかに性能が低いものが上層ではありふれていたくらいはわかる。それに売り子も、二階三階は陽気な呼び込みが数人いるのが当たり前だったが、上では殆ど個人商店なのか広げたシートに商品を並べたままじっと客を見ているだけの店主も少なくなかった。
さながらそれは大通りの商店と路地裏の怪しげな露天商のように。下層と上層でははっきりと店の質が分かたれている。
その分、上層には下層には見られない変な商品を売っている店もいくつかあったけど……。
水晶から目を外し振り返って七階を見る。私たちの目の前には店主がいない武器屋だ。この学院では珍しく金属製の剣や槍など、シートの上に並べられただけとはいえ武器らしい武器を売っている。掲げられたみずぼらしいボロボロの木板看板には『店主不在のため値段交渉受け付けられません、なの』の一文が記されていた。七階の店はどれも似たようなもので、安っぽいシートの上に商品を並べてその奥に店主が座っているという、文字通りの露天商の形態ばかりであった。
少し面白いのは、この階層利用者が皆初心者だということ。何故初心者かわかるのは、そう数は多くないけれど行き交う誰も彼もが黒のローブを身に纏っているからだ。それは店主も例外ではなく、シートの奥で言葉をどもりながら口早にポーションの説明をしている薬屋も、無言で客を見た後視線を逸らす素材屋もみな一様に黒のローブを纏っている。
見た感じでは七階利用者は殆どが初心者だ。目の前の武器屋の店主と、その横の何を売っているのかわからないシートの上が空の店の店主だけは違うのかもしれないけど。
「ま、初心者の溜まり場ってことかしらね、ここは」
「そうなの」
「そうだよ」
「うん」
「ならもう来ることはないでしょ。初心者が作った回復ポーションより二階三階のが効果もいいでしょうし」
「いや一概にはそうとは言えないなぁ。初めたてだとあんまり効果がいいポーションじゃ過剰回復になるからね。性能がいいとその分値段は上がるし、過剰に回復した分損するだけだ。まぁ、狩場は近いから死にかけたらさっさと帰ってくるのがベストなんだが」
「初心者の繋がりは大事にすべきなの。ここにいるのはまだ雛鳥、やがて大きな翼を持つかもしれないの。未来のトップ生産者にコネを作る意味でも利用するといいの。そんなの一握りだしそうならないやつばっかりなんだけど、なの」
「……誰よあんたら」
いつの間にか左右を挟まれていた。私の右隣りには金髪を短いポニーテールにして細部までこだわっているだろう金の刺繍が編み込まれた、白を基調とした制服(サントレアス魔法学院のものではない)に身を包んだ美少女。私の隣のエルの、さらに隣には高い身長に癖っ毛の明るい髪、こちらも初期装備ではない赤を基調とした軍服? に身を包み、くすんだ灰色の宝石アクセサリーを着けたイケメンだ。
「七階で買うのは正直言ってオススメしないけど、そうだな、五階のルドラってやつがやってる薬屋は値段の割には効果がいいよ。初心者でも買いやすい値段だし、そのうち四階に移動して中級者やベテラン相手の値段設定になる前に贔屓にしてコネを作っておくべきだと俺は思うね」
「バカなの。こいつバカだから無視していいの。ルドラのポーションは全部略式ポーション、戦闘中に使うことが大前提のポーションなの。初心者が戦闘中に回復アイテム頼ってる時点で向いてないかレベルが足りてないかだからさっさと狩場か装備か編成を変えるべきなの。初心者に必要なのは戦闘後の立て直しなの。それか戦闘前からでも使えるリジェネポーションなの。四階の佐藤川蝉ってやつはリジェネポーションも普通の回復ポーションも売ってるから利用するべきなの。でも、七階はオススメしないってのだけには同意しとくの」
「佐藤川蝉? あんな高級品初心者に勧めるなよ。あのリジェネ一つと回復三つで制服脱いで店売りの鉄橋シリーズで揃えられるんだ。それに窮地を脱する意味でも略式を使ってみるべきだろ。戦闘中の回復は慣れていないと難しい」
「戦闘狂はこれだからダメなの。頭の中でいつもバトってるから思考回路が戦闘で汚染されてるの。鉄橋シリーズはルドクルグに行かなきゃ買えないし、列車代含めればリジェネと回復三つより高いの。それにリジェネ使ってれば初心者でもまず死なないの。狩りでの素材売却で金銭面はオッケーなの」
「おやもしかしてオフゲー出身かな? 素材がいつも売れると思ってる。そこのトマスミトコンドリアの素材屋の売れ行き見てみろよ。魔法改造武器だなんて初心者どころか廃人でさえ遠慮するオモチャで遊んでるヘレン様には相場の把握は難しかったか? この辺りで誰でも狩れるモンスターの素材なんて売れたもんじゃない。公式の素材買取は足元見るぞ。さて何時間籠ればリジェネ分の値段が取り返せるんだろうな」
「…………喧嘩売ってんのかよ? 『幸運野郎』」
「先に売ったのはそっちだろ『出会い厨』」
「だから、誰なのよあんたたち!」
私たち越しにバチバチと視線と持論をぶつけ合う二人が、私の声に反応してこっちを見る。隣のエルは興味がないのか、中身がなくなったチョコシェイクのストローを咥えたまま店主のいない武器屋を見ていた。
「急に出てきて何なのよ。口喧嘩ならよそでやってくれない?」
「これは失礼を。そこのアホが君たちに絡むのが見えたので助けに来たんだ。俺はアレェリスタ。アホの隣で初心者のための傭兵をやってる。ところで君たちは戦力を必要としていないかい?」
「逆なの。そこの乞食が何も知らない初心者を喰いものにしようとしていたから助けに来たの。私はヘレン・ベルナル・ディット二世。貴女達の真向かい、『ヘレン・マジックギミック』の店主なの」
「二人で正反対のこと言わないでよ、混乱するでしょ」
無表情でアレェリスタを睨むヘレンと、胡散臭い笑顔のままこちらに笑いかけるアレェリスタ。どっちも不審者にしか見えないけれど……。
溜息を吐いた。まただ。二度目だったか、あと一回で幸せが逃げてしまう。それを探しに来たわけだから、最初から持ってなんていないのだけど。




