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ラクエンプロジェクトをもう一度  作者: カラフルジャックは死にました
第一章 赤ずきんは夢を見ない
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ハゲタカ共が新鮮な肉は

 


 底冷えする寒さに目を覚ます。窓からちらりと見える午前四時の朝の空はまだ、黒を湛えたままだった。

 部屋の中を寒さが支配している。もう三月だというのに一向に空模様は寒気の派遣を止めてはくれなくて、その寒気の唯一の抵抗源は被っている毛布と布団の中だけだが、いつまでたっても布団から出てこないわけにもいかない。薄暗い部屋に目が慣れてきたタイミングで、意を決して体を起こす。


 寒さに体を震わせる。寒いのは、まぁまぁ好き。なんというか、心が張る。ピンと一本張った細い糸が私の中に通っていく感覚を呼び起こす。

 部屋を支配する黒と寒気に馴染むように、ゆっくりと体を動かしていく。パキパキと、薄く凍った体が砕けていく幻聴を聞いた。

 手をゆっくり、開いて、戻す。手のひらの中心から静かに熱が湧き上がってくる錯覚を握りしめる。

 窓に視線をやれば、黒を染めるようにぽつりぽつりと白が落ちていた。

 雪だ。

 落ちる雪は軽いようで、屋根に当たっては溶けていく。積もることもなさそうだ。この辺りは雪が降るイメージなんてなかったのに、蓋を開けてみれば連日連夜雪が夜を支配している。昨日だって午後からはずっと雪だった。

 昔の人はこの寒さと雪に情緒を感じ、歌でも残しているのだろうか。きっと、そうだろうと思う。だけど現代ではそんな感嘆も受験やテストに必要ないなら諳んじられることもない。

 

 世界を侵食する白は、けれど地面を染め上げてはくれない。雪が降りしきる夜と早朝の狭間、一体どれだけの人が、この冷たく、凛と張った心を言葉にして残しているのだろう? 現実世界はこうも美しく……どこか物悲しい景色を湛えているのに、私達はエイリアンを被って作り物の美の中を邁進している。

 現実世界に目を向けなくなった私たちは、雪が降る中で今日も頭を齧られながら仮想を夢見ている。

 それが、悲しいことなのか嬉しいことなのか、判断なんてつかないけれど。

 …………ま、昔の人間だって、仮想現実があったらそっちで遊んでると思うのよね。娯楽が少ないから歌なんて詠んでたわけだし。



 * * *



 一日開けて、自室で眠っていた。勿論あいるさんの家の自室じゃなくて、仮想現実。エストに建てられた魔法学院の寮の一室だ。

 時刻は午前と午後の間くらい。つまり真昼間からログインしていることになる。なんともまぁ、一時期社会問題になっていた廃人みたいだな、と思うが、しかしARゲームだって私は酷い時はスタジアムが開館してから閉館するまで遊んでいたわけで。それと比べると、節度を持って遊んでいるほうだと思うのよね。だけどゲームを遊んでいるというのにARは推奨されてVRは苦い顔をされる。体を動かすことに対する健全さは、易々とゲームへの忌避勘を乗り越えるようだ。


 体を起こして椅子に座る。チカチカと光る机の上を物色すれば何か手紙のようなものが山のように積み重なっている。

 これはフレンドメッセージやフレンド申請、運営からのお知らせを告げる通知だ。手紙一つにつき一案件。つまり山になった手紙は、それだけ私へのメッセージということになる。それをいくつか開いて見てみれば……


 アレェリスタ:どこにいる

 ヘレン・ベルナル・ディット二世:おまえどこ

 皇神宮御伽狂言:ヒイルドットは架空の大陸「ヒイルドット」を舞台に主人公を変えて見せていくオムニバス形式のシリーズでしてその中でも人気が高いのはやはり「クウルドットの夜」ですねこれはヒイルドットに一年に一度訪れる死者や霊魂が地上に現れる祭典クウルドットの日にカルミアという少年が妹と共に死者の王クウル・ロッドから祭典への招待状を貰いクウルドットを巡っていく、というストーリーとなっていますあぁヒイルドットの一年は四季を四回つまり十六季節で一巡りという区分になっていましてクウルドットもその季節にちなんだ死者たちがそれぞれ祭りを


「長い」


 一も二もなく消去した。確実に嫌がらせ目的でしょ、これ。

 どうやら反応がない私に反感を抱いたらしく、狂いはもとよりバカとアホ、それからファイからも大量の嫌がらせメッセージが届いていた。なんなんだこいつら、そんなだから晒されるのよ、バカ共。

 それを消去し続けて半分の手紙が消える。もう半分は緊急メンテナンスについてのお知らせと、フレンド申請だ。特にフレンド申請はそれなりの数が来ている。見れば……名前も知らないような奴ばかり。気味悪いわね。こちらも全て捨てた。

 手紙を全て捨てて綺麗になった机の上で頬杖を突いてメニューを開く。とりあえず狂いにボケと送って、バカとアホに何の用かと簡素な返信を送った。ついでエルにもメッセージを飛ばす。入る前にログインしてとは言ってあるので、入ってはきているはずだけど。

 すぐさま返信が届く。バカ共だ。狂いからの抗議を黙殺して、アレェリスタ達からはどこにいるかとどこで合流できるかの打診が届いた。あいつらこのゲームにしがみついてでもいるのかしら、私がログインした全ての時間にいるような気がするけど。

 エルからの返信もあった。部屋にいるらしい。なら、この自室たる個別フィールドを抜ければすぐに会えるか。一分後に部屋の外で合流、とだけ送る。バカ達は、まぁいつもの七階、かしら。

 七階に向かうとだけ向こうに送って、部屋の外に出た。


 寮室は個別フィールドだが寮は違う。自室から一歩外に出ればそこは誰もが利用するワールドとなる。つまり、他のプレイヤーも出歩いているわけ、だけど……。


 …………なんか、人多いわね。


 一昨日に比べると寮の廊下を歩く人が多い。それも、いくらか初心者が混じっていた一昨日とは違って、なんていうか強そうな装備に身を包んだプレイヤー達が所狭しと廊下を牛耳っている。というか歩いていない人さえいた。何が楽しいのか壁に体を預けて、じっと私のほうを……つまりいくつか存在する寮室の入り口、その一つを睨んでいる。

 待ち合わせか、何かのイベントかしら。それにしては鬼気迫っているけれど。

 なんにせよエルもすぐそばにいるはず、と思う間に隣の寮室が開かれて、現実世界の容姿を多少改変した程度のエルが現れる。


 途端、空気が変わる。


 じゃあ行きましょうか、と言おうとしたところでそれを遮られた。私とエルを引き離すように……じゃない、エルの周りの空間全てを埋め尽くす勢いでプレイヤーがエルに殺到する。人の波に押されそうになった私は、なんとかエルの手を掴んで引き寄せる。

 寮室の扉を背に、殆ど抱き合っているかの如く密着している私とエルと、それを取り囲むプレイヤーの群で廊下はごった返しになった。


「な、なによこれ……!」

「君がエル? 本人か? 別のエルじゃない?」

「『天魔装銃』を手に入れたって本当なのか!?」

「『遺物(アーティファクト)使い(ユーザー)』ってどんな職業(ジョブ)なの! ちょっと教えてくれてもいいんじゃない!?」

「なぁ五十万で銃売ってくれないか!?」

「おい! なに鮫トレしようとしてんだよ!」

「そんな奴ら放っておいて、俺らなら三百万は出せる!」


 人、ひと、ヒト。時々人外。群がる昆虫のように押し寄せるゴミどもの声が重なって騒音となる。耳に響く声は、酷く鬱陶しい。

 なんなんだこいつら……! 目的はエル?

 エルに何かしでかしたのか問いたいところであるが、身動きも取れないこの状況で動かせるのは僅かな指の先だけ。それはメニューを操作するのみだ。

 それでも何とか体を捩じってエルの耳に顔を寄せる。何をしたのか、問えば何もしてないと返ってきた。そう……じゃ、こいつら何でいるのよ。


 声は激しさを増していく。それは少し前に見た光景、同人誌の奪い合いをしていた狂信者共の熱狂と似ていた。少しだけ開いていた私たちと熱狂の距離が、後ろのゴミに急かされるようにじりじりと詰まっていく。

 これは、もう、どうしようもないわね……。

 大人しく今日は諦めて、時間を変えてログインし直すのが賢明かもしれない。しかし平日の昼間、基本的に一番人の少ない時間であることを考えれば……そして明後日からは休日に入ることを考えれば、今ここが一番人が少ない可能性だってことも十分にありえる。つまり何が言いたいのかというと……一週間くらい、ログインは諦めたほうがいいのかもしれない。


 ……それは何というか、癪だ。だって私たちは何もしていないのに、こいつらが詰めかけてきているせいでこの世界に入れなくなるというのは。

 自分の感情を優先する獣。いくら獣の王国だからとて、少しの節度も持たない獣相手に譲歩するのは…………ムカつく。

 頭に反感の熱が宿る。脳に血液が回る錯覚に任せて、つい浮かんだ言葉を叫んだ。


「聞こえてんでしょ、アドハ! さっさと助けなさいよ!」


 私の声は熱狂を切り裂いて、だけどすぐにまた熱狂の渦に飲まれてしまう。

 けれど、PMギアは思考を読み、助けを求めた相手はこの世界の神様だ。


 目の前のプレイヤーの顔が壊れた。

 いや、プレイヤーじゃない。空間そのものに罅が入っている。それは瞬く間に大きくなって、ガラスを割ったような音と共に空間の彩度を一つ落とした。私とエル以外のプレイヤーは、消え去っている。

 それは覚えがあった。アレェリスタとの喧嘩の時に使用した空間。

 個別フィールドだ。


「全く。人使いが荒いなぁ」

「どうせ最初っから見てたんでしょ」

「そんなストーカーみたいな。ま、その通りではあるんだけどね」


 人がいなくなった廊下の先から、カラフルポップなパーカーに濃紺のスキニー、いつものスタイルのアドハが現れた。その顔は、やはり人外じみて美しい。


「これ、なんなのよ」

「おや? ワールドアナウンスを見ていない? 動画や個人サイトとかSNSとかも?」

「ブログは見たわよ。クラスの基礎知識だけ」

「そういうの、普通はみんなプレイ動画とか説明書の最初だけでも読んで予習してるはずなんだけどなぁ」

「情報は自分の目と手で手に入れたいタイプなの」

「嘘つけ、絶対面倒くさかっただけだろ」

「ま、そうだけど。で? 何これ?」

「アルプロは今お祭りなんだぜぃ。新しい武器の銃が見つかって、欄外(エクストラ)(ジョブ)が一つ解放、三つが解放クエスト待ちなんだから。クラスⅣアプデの時くらいの人だかりだねぇ」

「ふーん。で、なんでエルが?」

「エルがこの世界で最初の銃所持者だからさ。アンドレイの遭遇報酬、『天魔装銃』ってね」

「…………お前」

「何もしてないって言っただろ。ほんと、僕はなーんにもしてない。エルの幸運だよ」

「エル、ほんと? 銃持ってるの?」

「うん。クラスも。欄外になった」

「新しく解放されたっていう?」

「うん」


 ……つまり、あの押し寄せてきたプレイヤーは、新規解放されたコンテンツを一人享受してるエルからおこぼれを貰おうとやってきたわけだ。ハゲタカね、どいつもこいつも。

 見せて、と言えば、エルは頷きで返した。エルが少し危なっかしい手つきでメニューを操作すると、その手の中に一丁の銃が現れる。それは、機械仕掛けの銃だった。

 金属製。長い銃身を覆う銀色の外装には蒼い植物が這う意匠が施されている。その優美さも相まって、美術品を思わせる一丁だ。銃の持ち手は黒い。それは現代的、というよりかは、昔の時代、単発的な銃の黎明を思わせる。とはいえいちいち銃口から弾を込めるような骨董品ではないと信じたいが……しかし弾倉が見当たらないわね、これ。

 銃については特段詳しくもなくて、せいぜいARゲームで専用の銃を使ってサバゲーをしたりゾンビを倒していただけだ。それも基本的にレンタル品を借りてやっていたから、大まかにARとかショットガンとかの区別はついても詳しい種類は、と言われると手をあげてしまう。

 くるりと手のひらで、トリガーガードに指をかけて銃を一回転させる。練習した曲芸はこの世界でも使えるらしい。ひとしきり触ったところでエルに返す。


「あれが、誰もが垂涎の銃ってわけ」

「新武器だもの。既存の武器でも結構無茶して銃っぽいのは作れたけど、やっぱり武装(タイプ)があるのとないのとじゃ雲泥の差だからね」

「…………で? お偉い神様兼最高運営スタッフ様は、ハゲタカに囲まれてまともにゲームもできない私たちに何をしてくれるのかしら」

「人数整理ぐらいはするさ。でも他人に話しかけるのは正当な権利だからねぇ。安易には制限したくないかな。まぁ、今日ここに集まったプレイヤーは一時的に君たちの世界から外すようにはしておくよ」

「世界から外す? ログイン制限とか?」

「違うちがう。この世界は色んなテクスチャが折り重なって出来ているって言ったよね? それは僕たちのメインテクスチャ以外にも小さなテクスチャが幾つもある。なんなら決闘の時に生成される個別フィールドや、寮室だって最小に近い単位のテクスチャなんだぜ」

「……つまり、今この状況も、私達がいるテクスチャとハゲタカ達がいるテクスチャが違うから、ってこと?」

「そうそう。呑み込みが早いね。テクスチャが違えば出会えなくなるプレイヤーもいる。それを利用して、ね。星の数ほどテクスチャはあるし、PMギアが思考を読んでるから待ち合わせしたけどテクスチャが違って出会えないなんてことはないんだけどね」

「ふーん。意思一つで誰もいない世界に行けるだなんて。未来の人間の必修単位になりそうね」

「まずは情報生命体になってからだね。遠い未来の話だなぁ」


 通知音が鳴って、メッセージが届いたことを私に知らせる。開けばバカ。絶対に七階に来るな、という旨が恐ろしく簡素に書かれていた。

 先ほどの情勢を……いつ入ってくるかもわからないエルを待ち構えるために廊下で待機していたプレイヤーがあんなにいたことを考えれば、エルの知り合いたる私やバカ達が普段屯している七階に張り込んでいるプレイヤーの数は推して知るべしだ。

 じゃあどうするのよ。送るメッセージにすぐさま、学院の外に出てこいという言葉を返してくる。

 外、ね。

 間違ってフィールドにでたらどうしましょう。益体もないことを考えながら歩き始める。アドハは隣に、エルは手を引いて。さっきと違ってプレイヤーが二人に情報生命体が一人歩いているだけの寮の廊下に、初期装備の革靴の音が響いた。



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