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『極限』遭遇戦 6 オールヴェンの執政

 

「遅いですよバカ! 重役出勤するような歳じゃないでしょう!?」

「ネトゲやってる奴の年齢推測ほど無意味なものはないぞボケ」


 鼓動を早まり、目に見えて息を切らしているモーションをアレェリスタのアバターは取った。

 『極限』乱入によってすっかり様変わりしてしまったこの飼育庭では『極限(リミット)』以外のモンスターが暴れており、それらを鎮圧する緊急クエストとして新たに発注されている。暴走モンスターはクエストを受注したプレイヤーだけを優先して狙う、という気遣いはなく、ただ目につく全てのプレイヤーに見境なしに攻撃を仕掛ける狂乱状態になっており……さらには。クラス差を無視した。それはつまり、昨日今日始めたばかりのプレイヤーを、歴戦の猛者が狩るような凶悪なモンスターが襲うというわかりやすい地獄絵図だ。

『極限』の戦場とはまた違った狂乱、ある種のスタンピードとも言えるモンスターの暴動を乗り越えてアレェリスタはミシェリアの元へ辿り着く。


「…………なんだ、お前ら」

「皇神宮御伽狂言(ストーリーテラー)モードエル、です!」

「です」


 目に入ってきたのは皇神宮御伽狂言もといボケと……それに後ろから抱き着いているエル。シャオレンより少し小さいエルは、けれどボケよりは大きい。ボケの後ろから抱きついて胸の前で手を合わせているその姿は、小さな子が意地を張って大人をおんぶしようとしているようだ。


「実はボクの方がAGIとSTRが高いのですよ! というかエルがステ振ってないだけなのですけどね! だから攻撃が来たら、こう、抱えて逃げるのです!」

「いやお前BURとMPに極振りに近いだろ。いくら高いって言ってもそう変わらないんじゃないか?」

「それでもこれが合理的ですから……ヘレンは? シャオレンは?」

「戦いたがってたから置いてきた」

「はぁ!? 貴方、バカですか! バカでしたねバーカ!! 『極限』戦終わらせる気ですか?」

「わかってるさそんなこと! さっさとミシェリア封印したらアンドレイの元へ帰るつもりだ!」

「封印? どうやってやるのですか? そんな方法発見されていませんけれど……」

「これだよ」


 アレェリスタが両の掌を見せる。途端に双剣が現れた。赤と青の、ステンドグラスに似た意匠の一対。

 それでどうやって? 意図が理解できなくてボケがわざとらしく首をかしげる。後ろのエルもつられて揺れた。

 まぁ見てろと、そんな風にアレェリスタは双剣を手に持ったままミシェリアを見据えた。スキルが発動され、バカの体が発光する。


「状況は?」

「防壁は割れてます。今、自爆野郎が本体攻撃してますけど……ミシェリアって防壁割ったらあんなに苛烈になるものですか?」

「防壁だって魔法の一つ。防壁がないなら単純に手数が一つ増えるんだろうよ!」


 アレェリスタの視線の先、防壁が壊され本体が露になったミシェリアが、杖を自分の胸と同じ高さに構え、真横に振った。

 途端、ミシェリアの上に光球体が現れる。それはシャオレンやファイを攻撃していたミシェリアの武器。しかし、今度は光球体そのものが突撃しようとする様子はない。

 光球体が淡く発光し、そして破裂した。中から現れたのは光線だ。ミシェリアが振った杖と同じ軌道を辿るそれは単純な熱量かはたまた謎の粒子の塊か、光球体を食い破る光線は確かに実体を持ち地面を抉っていく。

 光線の向かう先は、ミシェリアの側面を狙って移動し続けている自称偉大な魔導士、ファイ・ルットだ。光の速度と見紛うそれを、ファイは先ほどまでの戦闘の経験を踏まえて着弾点と軌道を予測し、避ける。それは全身を宙に投げ出す不格好な方法だ。

 光が先ほどまでファイがいた草原の一部を吹き飛ばし、夜の闇を裂いて宙を駆けた。

 ファイは危なっかしく、けれどきっちりと避けたが……しかし体勢は整えられない。純粋な魔法職は基本的に動かず魔法による固定砲台を求められるスタイルだ。いくらファイが盤上決闘場、PvPの聖地たるウィリルス・アロア特別隔離エリアの常連であり、ソロ戦闘の経験があろうとも、近接職ばりに無限に避け続けることはできない。

 ファイが崩れた姿勢のままでミシェリアを見る。そこには、杖を振って新しい光球体を浮かべている魔女の姿。今までのどこかパターン化し、そのパターンさえ読めば簡単なボスではない、絶え間ない連射でプレイヤーを追い詰める『極限(高難易度)』の在り方。


 ちっ。

 ファイが心の中で舌打ちをする。避けることに全神経を集中している今、避けつつ攻撃なんて器用な真似は出来ない。唯一の反撃のチャンスはミシェリアの攻撃後の隙、そこを狙って攻撃を置くことだけだが、こうも次弾が早いのではそもそも反撃なんて考えている場合じゃない。

 ジリ貧だった。防壁を割ったはいいものの、これではどうしようもない。……そして時間が立てばミシェリアはまた防壁を張ってしまう。ミシェリアが防壁を数度割れば勝てるタイプのギミックボスなら話は早いが……しかしそうではない。ファイが知っている限りではミシェリアは単純にHPを削りきらなければ勝てはしない。

 防壁があれば攻撃が通らず、防壁を割れば密度を増した光球体と光線で反撃ができない。ファイではもう、この状況を打破できない。


 だが、それは一人の場合だ。この庭で、この『極限』と戦っているのは、ファイ一人だけではない。


 光球体が瞬き、追撃の光線がファイを襲う。それを全力(それはもう、PvPの為に本業ではなく普段使いしないと知りながらも取得したAGI補正スキルの全てをリキャスト時間を管理して繋げながら)で前転した後地面に突っ伏しながら回避したファイは、立ち上がろうとして、見た。

 ミシェリアに向かう一つの影。アレェリスタが、右手に赤、左手に青の双剣を携えて、ファイを攻撃した後の無防備なミシェリアへ走る。

 ミシェリアがそれを横目で見た。防壁が割れる前の緩慢な(とはいえそれでも十分早い)杖振りとはかけ離れた速度で亡者の手を折り重ねたかのような杖を横に振る。光球体が浮き、浮いたと思う時には破裂している。光線がアレェリスタを襲った。


 光が宙を焼き、大地に突き刺さる。だがそれがアレェリスタを捉えることはない。光線の速度はとてつもなく早く、破裂するまでどこを攻撃されるかわからない。予兆のない死の槍を、けれどアレェリスタはなんなく回避する。それもファイのように不格好ではなく、光を目に捉えた瞬間には右斜め前に深く沈んでステップしただけだ。走るスピードは落ちず、光線をかいくぐったアレェリスタは魔女の元へ。


「その程度! 当たらないさ! お前と戦った回数が一番多いんだからなミシェリア!」


 叫び、迫る。

 赤と青の剣閃がミシェリアを薙いだ。クスクスと笑い声を漏らしていたミシェリアが苦悶の声を上げる。

 アレェリスタはそれだけに止まらない。二つの剣を器用に振り回しミシェリアへのダメージを重ねていく。ミシェリアが杖を振ろうとして、青の剣がそれを弾いてキャンセルさせる。右手が跳ね上がったミシェリアの胴を赤の剣が斬った。


 単純な近接戦闘においてアレェリスタに勝てる者はそうはいない。それはプレイヤーでも、モンスターでも。積み上げたアレェリスタというキャラクターのレベルと経験があり、それを十全に扱えるだけのプレイヤースキルが、アレェリスタには存在するから。

 ファイが苦々しげに顔を歪めた。何故ならあのバカにPvPで負けるときは大抵、プレイヤースキルに物を言わせたゴリ押しで距離を詰められた時なのだから。言わば今のミシェリアはアレェリスタを相手にしているときの自分の再現なのだ。

 歪めた顔のままインベントリから宝石を三つ取り出し、魔力を込める。クラスⅢの石星魔法、今のファイが使える最大火力だ。それはアレェリスタも巻き込むだろうなと考えながら、けれど止めない。どうせ避けるだろうという雑な信頼があった。


「三……四……五! 溜まった!」


 ミシェリアに密着していたアレェリスタが一歩離れる。両手に握る双剣が、淡く輝いていた。

 ステンドグラスに似た意匠が施された双剣がそれぞれに対応した光を放っている。

 ファイは首をかしげた。…………なんだあれは。


 PvP戦でも見たことがない。いや、武器には見覚えはある……そう、昨日のシャオレンとの決闘で使っていた武器だ。だが、それが何か?

 疑問はすぐに解消される。ミシェリアを前に、アレェリスタが叫んだ。


「さぁ! お前の支配を見せてみろ! 『オールヴェンの執政』ッ!」


 声と同時にガラスが割れるような音がして。

 双剣が砕けた。

 いや、違う。砕けたかに見えた双剣は形を変えた。それぞれが両刃の剣だったそれが片刃の剣へと変貌を遂げている。ステンドグラスは消え、その刃には蜘蛛の巣のような、傷跡のような模様が浮かんでいた。


 …………オールヴェン? 聞き覚えがある、というか、一か月くらい前に追加されたような……

 思い当ってファイが叫ぶ。同じ考えに当たったのか、ボケも幾分離れたところから叫んだ。


「『偽執行官オールヴェン』の武器か!?」

「真名解放!? クラスⅣの武器ですか!?」


 アルカディア・プロジェクトにはクラスと呼ばれる格付けが存在する。レベルによって区切られるそれはある種の目安であり、またアルプロにおいてのあらゆる格差を生む境界でもある。

 基本的にレベル十でクラスⅠ、三十でⅡ、七十でⅢだ。そしてつい一か月前、レベル上限の解放と共に新しい最高レベル、九十で到達できるクラスⅣが解禁された。アレェリスタが握る双剣、それがクラスⅣだというのなら、それはこの世界において最も最先端で最高峰の武器であるということだ。

 だが、ファイとボケの関心はそんなところにはない。何故なら……。


「オールヴェンはクラスⅣ解禁と同時に実装されたクラスⅣ遭遇(エンカウント)ボスだぞ! いつ戦ったんだ!」

「ドロップですか、生産ですか!? ちょっとボクも真名解放武器欲しいのですけれど!」

「うるさいなお前ら!」


 クラスはプレイヤーにも、モンスターにも適応される。クラスⅣボスとはつまり、現時点で一番高いレベルを持つボスであることに他ならない。現在のエンドコンテンツとも言えるボスをファイも当然知っており、その内挑戦しようと思っていた。それをバカに先を越された挙句、ドロップ品か素材生産かはわからないが武器まで手に入れられている。こうも屈辱的なことがあるだろうか?


 そしてクラスⅣ解禁に伴うアップデートで実装されたのが「真名解放」システムである。

 それはクラスⅣ以上の武器の一部に設定できる、武器の性能を封印するギミック。付いている、あるいは自分が付けた真の名前を呼ぶことで武器の本当の力を解放させる。封印とは言っても真名解放は本来ならメリットとデメリットが激しい武器を普段使いできるようにマイルドにするためのギミックであり、それはここぞという時に武器の性質を変化させられる点と、何より思い切り武器の名前を叫ぶという一度はやってみたいランキング上位を譲らない行動ができることから人気を博している。当然、そんなものが大好きなボケとしては一本とは言わず何本も所有しておきたいところであった。使うかはともかくとして。


 ファイとボケの声を聞き流しながらアレェリスタは神経を集中させる。

 オールヴェンの執政、事前に攻撃を挟み真名解放ゲージを溜めなければ解放できない、面倒くさい武器。その真名解放は……解放中自分のHPを継続で消費させる代わりに、


「攻撃した対象の魔法行動を全てキャンセルする!」


 赤と青が閃き、ミシェリアに血を模した赤いダメージエフェクトを発生させる。そしてオールヴェンの執政を取り巻いていた光がミシェリアに移った。

 ミシェリアが杖を振り……光球体が発生しない。もはやミシェリアはオールヴェンの支配下に置かれている。アレェリスタが解除しない限り、魔法を使った行動すべてを取ることができない。


「なんだそれは! 僕殺し過ぎるだろう!」

「かっこいい! さいっこうですよリスタ! で? ボクも欲しいのですけど?」

「いいからさっさとダメージ入れろファイ! ボケ! 俺の体力はガンガン減るからヒール寄こせ! それとファイにBURバフ! ミシェリアへの攻撃も忘れるなよ」

「ボクだけ仕事多くありませんか?」

「期待の表れだよクラス至天(ユニーク)!」


 ファイの詠唱が完了し、空が鳴動した。夜空を裂いて隕石がやってくる。迎撃しようとするミシェリアは、しかし何もできはしない。

 アンドレイより小さいとはいえ普通のプレイヤーよりは大きいミシェリアの体を隕石からの盾としながら、アレェリスタはさらに攻撃を重ねる。オールヴェンの執政からのダメージは実はそう簡単に許容できるものではなく、息を吐く間にHPが目に見えて減っていく。とにかく一刻でも早くミシェリアの体力を削らなければならない。


 合わせてボケも口ずさんだ。おとぎ話の一ページを朗読しているかのような短い詠唱から放たれる魔法はファイに向かい、ファイのBURを上昇させる、

 状況は刻一刻と変わっていく。ファイのジリ貧状態から、オールヴェンの執政によってミシェリアは圧倒的な不利な状況に陥ってしまった。ミシェリアがオールヴェンの支配下にある限り、後はただひたすら火力を入れ続けるだけだ。


 ボケの後ろでそれをボーっと眺めていたエルにできることはない。だから、どこか引いた視界でミシェリアを襲う魔法を、剣閃を見て、ボケが詠うおとぎ話を聞いていた。


 一歩離れれば、戦場はよりはっきりと全体像が把握できる。

 そして、



(…………空が。歪んでる)



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