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ヒヨコ狩人行進曲を



「まって、まて、待ちなさいってば、こらあっ!」


 思考を捻る。リキャスト中のドライブ・ファーストを置いて入力したのはファーストダッシュ。地面に押し付けられた体重と勢いが、それを何倍にもしながら私の推進力となる。それはもはや放たれた矢のように、体の制御が全くできないままの私を押し出した。

 駆ける。流れていく世界の中で、私は、地面に両手を向けて、


「ゲットッ!」

「コケェァアーッ!」


 水色の体毛をしたヒヨコを捕まえた。


 手のひらに柔らかな感触が伝わって、けれどファーストダッシュの過剰速度は着地ができない。肩から地面に着地する私はヒヨコを抱き抱えてダメージが入らないように体を固くする。

 激突。

 運動エネルギーと摩擦のダメージが容赦なくHPの半分を消し飛ばした。

 ……自滅技じゃないこれ!

 うすうす感づいていたがはっきりと確信に変わった。あまりに使い辛すぎる……!

 起き上がれば、周りは似たような光景だ。黒のローブを被った初心者達がヒヨコ相手に四苦八苦追いかけまわしている。

 少し遠くには七階トリオ(バカアホボケ)。元気よく叫びながら、成鳥たる鶏を武器を使って追い立てていた。



極限(リミット)』談義より十数分後。サントレアス魔法学院特別飼育フィールド「モジュの生庭」で、私はヒヨコ狩りに明け暮れていた。


* * *


「イベント?」

「そうなの! 今やっているイベント、『コックドゥルの大脱走!』は、サントレアス魔法学院で開催しているイベントなの!」

「鶏型モンスター『コックドゥル』、またその幼体たる『コックル』はサントレアスで飼育・観察されているのですが、今回それらが大脱走した、というわけで生徒、それも旅人の資格持ちに是非捕まえてほしい、という流れです」

「今回のイベントはサントレアス魔法学院内のエリアだ。六都市内部での『極限』乱入の前例はない。そして、こいつらは捕まえるごとに報酬と経験値が出る。『極限』前のレベル上げにピッタリだろう?」

「武器がないのよ、私」

「安心していいの。コックルの方は戦闘力皆無だからひたすら追い駆け回すだけなの」

「お米の準備をしておいてくださいね」

「捕まえるだけだよボケ」


 そうして連れてこられたのは学院の外れ、広い庭だった。ギリギリ外の遺跡森判定にならないという絶妙な場所にあるそれは、庭と呼ぶにはあまりに広い、殆ど手つかずの自然が残る青々とした草原だ。

 そしてその草原を、様々な体色をした鶏とヒヨコが跳ね回っている。

 その鶏は、普通の鶏と比較するとものすごく大きい。人間大、大きいものは二メートルを超えるのではないかと言う全長を持ち、ヒヨコの方もそれにちなんで……流石に人間大ではなかったけれど、それでも腕で抱きかかえなければならないほどには大きかった。


「じゃ、俺たちはスコアアタックしてくるから」

「頑張って捕まえるの。目標はクラスⅠに上がれるレベル十なの」

「未熟なヒヨコ狩人ですね、ダブルミーニング。題材が面白いので、ネタにしても?」

「理不尽に死にそうだからダメ」


* * *


「こ、こいつら、はやっ、早いわね……!」

 ゴールたるサントレアス魔法学院生物部謹製特別捕獲檻にコックルを放り込む。捕まえられたヒヨコ達は哀れ籠の鳥……と思われたが、牢に入って数秒もせずに眠りについた。遊び疲れたようだ、なんとも図々しい。


 システムに介入された視界にはスコア結果F評価の文字が躍っている。これがいいのか悪いのか、いや良くはない。何せ最高ランクはAを超えてSなのだから。

 F評価の報酬結果がシステム画面として開くと同時に、耳元でファンファーレが鳴った。なんだ、何事かしら? 見ればシステム画面が二つ開いていた。報酬を表すものと、レベルアップを告げるものだ。

 ……ヒヨコ一匹捕まえただけで何のレベルが上がるのよ。

 思うが口にはしない。何せヒヨコを追いかけまわすだけでレベルが上がる。これほど楽なレベル上げもない。

 とはいえ……、

「見た目ほど簡単じゃないわね、これ」

「そう。だね」


 ヒヨコが早い。見た目は体毛の塊、ヒヨコというかシマエナガチックなのだが、どこにそんな敏捷性を隠し持っていたと問いただしたいほど短い足をよく動かして逃げる。それはもう、ドライブ・ファーストを使用した私でさえ追いつけないほどだ。

 ……レベル差ね、これ。流石にレベル一、完全体初心者を対象にしたイベントではないらしい。

 

 レベルが上がればステータスポイントがいくらか貰える。レベル二に上がって貰えたのはなけなしの三ポイント。これを何に振るかでキャラクターの方向性が決定する。

 ま、けどAGIよね。軽戦士ビルドだし。ステータス画面を開いてポイントを振ろうとして……手を止める。

 …………何か、嫌な予感がした。経験則だ。思い込みで何かをやって、それで結局取り返しがつかなくなる。拝領品しかりアレェリスタの戦闘しかり。苦い経験が私の指を止める。でも、振らないわけにはいかなくて……?

 

 …………めんどうくさくなってステータス画面を閉じた。一体捕まえられたわけだし、わざわざAGIに振らなくたって大丈夫だろう。それに、今はエルもいる。

「エル、二人で狩るわよ。追い立てる役と捕まえる役、どっちがいい?」

「どっちでも」

「じゃあ私が捕まえ……いや、やっぱり私が追うわ」

「うん」

 エルに敏捷性を求めるのは流石に違うだろう。あの調子だと走るのかどうかも危うい。

「というか、職業なによ?」

「魔法使い。火の」

「……まぁ、立派な魔法学院生徒ってことね」


 別に凝りはしないけれど、なんとなくの習慣で背筋を伸ばす。アバターには不調も好調も存在せず、必ず同じパフォーマンスを発揮できる。現実との明確な相違点は現実の不便を嫌ってのことだ。プログラムで制御されるからこその一定のパフォーマンス。現実ではあり得ない明確な電子の利点だ。

 とはいえ精神的不調からは逃れられない。脳まで現実から切り離せるわけではなく、もし切り離せるならそれはもう別人と呼んでも差支えがないのだし。


 体を動かせばどうでもいいことばかりが脳内に湧いてくる。嫌な癖だ。もっと何か一つに集中して雑念を弾き飛ばしたいが、しかし脳のつくりを選択して成長していくには人類の科学の歩みは遅すぎる。たとえ私が寿命で死んだとてそんな未来など当分来ないだろう。



「さぁ? それはどうかな、人類の進歩は案外、君が思うものよりずっと早いよ」

「ナンパはお断りよ」

「おや人間不信かな? とはいえ、ナンパには違いないんだけどさ」



 右隣りから降って湧いてきた声に振り向けば、そこには一人の少年がいた。デジャヴだ、バカとアホに出会った時もこんな出会い方だった。


 少年、そう少年だ。珍しい。私が見たことあるのは七階の初心者たちと声をかけてくる鬱陶しい奴らだけなのだけど、それでも少女のアバターはそれなりに見るが少年のアバターはあまり見ない。

 癖がある白金の髪、整った顔はまぁ他のプレイヤーも大体がそうだけど、服装が違った。少年はカラフルなパーカーを着用している。白地に原色の絵の具を撒いたような、絵の具を垂らしたキャンバスをそのままパーカーにしたかのようなポップなデザイン。サイズが大きいのか袖をかなり余らせて、下は濃紺のスキニーを履いている。

 その姿は凡そこの世界に似つかわしくない、現実味が溢れる服装だった。ただ人間離れした美貌だけが、彼が仮想現実の住人であることを証明している。


「誰よお前……いや、いいわ。ヘレン曰くの乞食以下のハイエナってやつね、多分。残念だけど、『極限』権はアレェリスタにやるから」

「他の奴らとは違うんだけどなぁ、僕は。ま、『極限』に噛ませてほしいのは事実なんだけどね」

「はいはい、さっさと帰りなさい。私は今からヒヨコ狩りなのよ」

「手伝おうか? 三人ならさらに効率的だよ」

「結構…………いや、手伝ったから『極限』戦に参加させろとか言わないって誓えるなら、エルと一緒に待ち構えてなさい。一切動かなくてもヒヨコを献上してあげる」

「わぁそりゃ楽しみ、動物愛護団体が騒いで廃れちゃったヒヨコ釣り文化かな?」

「お前、名前は?」

「名前、名前か……長いしなぁ、ハル……いや、アウル、オーレ……アドハ、うん、アドハだね」

「そ。私の名前は必要?」

「もう知ってるよ、シャオレン?」

「それなら結構」


 ピコンっと軽快な音が鳴って、パーティーにアドハが合流することをシステム画面が告げる。それを横目に、脚に力を入れた。

 構える。我流の待機状態で効果があるかは知らないが、しかし慣れていないのにクラウチングスタートを取るほうが走りづらいだろう。

 アバターの視界はシステムに介入されている。現実ではARゴーグルあるいはコンタクトをつけなければ表示されないような、プログラムで制御されたカウントダウンの数字が宙に浮かんだ。

 機械的な秒針の音がカウントダウンに合わせて鳴る。数字がゼロを告げると同時に、駆けだした。



『コックドゥルの大脱走!』の基本的な内容は、制限時間内にどれだけのコックドゥルかコックルを捕まえられるのかを競うミニゲーム。一羽檻に放り込むごとにスコアが増え、そのスコア総数で結果が決まる。

 スタート前に参加人数を確認し、ステージを選ぶ。初級・中級・上級・最上級ステージはそれぞれコックドゥルが出現しない・一羽だけ出現する・出てくる半分がコックドゥル・コックドゥルしか出現しないと分かれていて、当然、コックドゥルのほうがコックルよりスコアが大きく、大量のスコアを狙うなら最上級ステージ一択というわけだ。とはいえコックドゥルはきっちりと反撃してくるようであるし、その分上級者向け、ということなのだろう。

 


 走る。初級ステージはコックルしか出現しない安全地帯だが、しかし範囲は広く、あのヒヨコ達は足が速い。闇雲に追いかけていても一羽二羽程度の捕獲で終わってしまうことはさっき経験した。

 風を切って走れば目の前にコックルの群れ。その中で、青い体毛をした固体に目をつける。迫る私を確認した群れは喚声を上げて散り散りに離散した。

 私から見て右に逃げる青コックルに合わせて足の舵を右に切る。方向転換には多少の速度が犠牲となるが、けれど物理法則は現実の領域。ARゲームで散々他人を追撃した経験が、できる限り速さを捨てない曲がりを実現してみせる。


「キュイッ! コッ、キュエェ!」

 

 コックルの甲高い鳴き声が耳に障る。歯を食いしばって不快感に耐え、青いヒヨコを追いかける。

 大きく右に追い込むような走りは、途中いくつかジグザグに動きながらやがて、コックルをゴール付近へと誘導していく。そしてゴールには私のパーティーたるエルとアドハが待ち構えて……いやちょっと待て、あいつら棒立ちだけど!?

 私の速度を超えて走るコックルは弾丸のようにエルとアドハに向かっていく。プレイヤーから逃げる思考なのであの二人を視認すれば速度を落として横に逃げるかと思うがどうにも違うらしい。脚を動かす速度を変えないまま、ヒヨコは走る。


「ちゃんと捕まえなさいよ、アドハ!」

「献上してくれるんじゃなかったのかなぁ!?」

「捕まえられるかはお前次第よ!」

「ちっくしょうそれは詐欺でしょ!」


 飛び込んでくるヒヨコ相手に、アドハは手を広げた。そのまま捕まえる気? それは無茶でしょう! わかっているのかアドハも顔を青ざめさせた。フルダイブ下、強い感情はそれだけ表情に現れる。

 コックルが走る! アドハにぶつかるまで後、数秒で……!


「クルグル」

「クルルッ!」

 四足歩行の液体生物が動いた。


 バシャリと音を立てて、クルグルが形を崩した。それは空中に撒けられて、即座に別の形に再構成される。細い糸を縦と横で交差させた……網?

「持って」

「あ、うん」

 クルグルによって作られた網の両端を、エルとアドハがそれぞれ持つ。二人によって広げられた網の中心に、コックルが頭から突っ込んだ。

 液体生物によって作られた黒い網はどこか頼りないが、しかしそれはコックルの突入によって破られはしなかった。ただ持ち手の二人にはかなりの衝撃が入ったようで、エルとアドハは勢いが殺しきれず、踏ん張りが効かない。網に絡まったコックルと一緒に一塊になって後ろにゴロゴロと転がっていく。

 ガン! と強い音がして、見ればアドハが後頭部を檻にぶつけている。同じパーティーに表示されるステータスから露骨に体力を大幅に減らした二人が、檻にぶつかってようやく止まった。


「…………」


 とりあえず、絡まった網を解こうとして……網が形を変える。四足歩行に戻ったクルグルは目を回しているコックルの頭の上に乗っかって現れた。それを地面に突っ伏しているエルに押し付けて、コックルを檻の中に入れる。目を回したヒヨコはそのまま目覚めることはなく、檻の中ですやすやと寝息を立て始めた。


「…………よし! 次行くわよ!」

「ちょっと何か言うことはないかなぁ!」

「お前、余裕持った態度出すならちょっとは役に立ちなさいよ」

「理不尽だなぁ! こちとらレベル一なんだぜ!?」

「なんだお前も初心者なの、よく手伝うとか言えたわね」

「さらには生産特化ステータスのおまけつきだよ、未来の大生産者に媚び売ってもいいんじゃないかい? いやある意味もうトップクラスの生産者なんだけどさ!」

「つまり現時点でゴミってわけね」

「君だってレベル二だろ!」

「お前の二倍よ、に・ば・い」


 システムにカスタマイズされた視界の左上には小さく制限時間が表示される。それは限界時間の四分の一も消費されていないことを私に教えてくれた。……効率、いいわね。


「エル、魔法使いだっけ。捕まえる前にコックルの足元に魔法撃って減速させるとかできない?」

 問いに、エルはふるふると首を横に振った。わからないらしい。

「そ。じゃあ試してみて。それと横に逸れそうになったらそっちに魔法撃って、まっすぐにルート矯正して」

「うん」

「アドハ」

「なにかな?」

「今度踏ん張れなかったらエルのクッション代わりになって死になさい」

「役割がおかしい!」

 仕方ないでしょ、エルには魔法撃つって大事な役目があるんだから。


 戻ってきたスタート兼ゴール地点で、数十秒前と変わらず足に力を入れる。今度の目標は視界の端にちらちらと見えている緑色のコックル。そこそこ檻の場所に近く、また片側がフィールドの限界地点、つまりそれ以上いけないという最初からルートが制限されている好立地に鎮座したカモだ。ヒヨコだけど。そんなくだらないことを考えながら、足を一歩踏み出した。



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