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『極限』談義


「やあ数時間ぶりだな」

「道中鬱陶しくて仕方ないんだけど。なに? 馴れ馴れしい奴らしかいないの? このゲーム」



 エルと一緒に七階に来ている。

 あの後結局落ちてしまった(ログアウトすることを落ちる、というらしい。そのくせログインは上がるとか言わずインするとか言う。所謂スラングというのは難しい)。アレェリスタとの戦いとは違った側面での精神的疲労が積もって、武器を買い直す気力もなく、仕方なく仮想現実から吐き出されたわけだ。とはいえ数時間後には戻ってきているので、何とも躾けられたユーザーねと思う。

 そして相変わらず絡まれる。今日は平日、昼より夜のほうが人が多いのが当たり前で、だからその分かけられる声も多くて非常に鬱陶しい。……しかしあいつら真昼間からインしてるのね。現実が少々心配だが(特に疑似ひきこもり)、それを言えば私だって現実を心配される部類に入ってしまうので、詮索はしないでおく。


 七階は見慣れ始めてきた「ヘレン・マジックギミック」の露店。「すめらぎじんぐうほんどう」の仮店舗は撤去されたようで、昨日と変わらずブルーシートに乱雑に武器が並べられている。


「よし、フィールドに出てないな。さぁ『極限(リミット)』会議だ! 今回こそは引き当てるさ!」

「テンションたっかいわね、お前……で? 『極限』って何?」

「ボスですよ。それも、とびっきりの」


 仮店舗は撤去されたが机と椅子は残されている。廊下の三分の一程度を占領しかねない迷惑行為だが、しかしこの辺りに真っ当な人が寄ってくる理由がなかった。それだけこいつらが近づき難い存在なのでしょうけれど。



「最初に答えよう。『極限』は、運営に秘匿された高難易度ボスだ」

「運営に秘匿?」



「そうなの。運営は知らぬ存ぜぬで通しているボス、だから公式サイトや公式から認可受けてる企業サイト行っても情報がないの。流石に個人ブログあたりまで行くとちらほら載るけど」

「そうなのエル?」

「うん」

「結構あるのですよ、公式が情報を隠すボスというのは。そもそもが隠しボスでしたり、世界観を考慮して情報を規制している場合もあります。例えば太古の昔に滅んだので現代には情報が残っていない、という設定を考慮して最低限の情報だけを伝えるとかですね」

「『極限』もそういったボスの一つ……だと想定されている。運営が何も触れないから何故隠すかは知りようがないが」

「ふーん」


 猫足の小さな椅子に器用に大きな体を収めたアレェリスタが足を組み、やはり虚空から一つの本を出した。ヘレンはいつの間にか紅茶を淹れては配り(今度は全員分だ)、狂いがお茶請けになるクッキーを出した。無駄に凝ってるわね、この疑似御茶会。


「アルプロには様々なボスがいる。フィールドの主たるフィールドボス、エリア進出を阻むエリアボス、ランダムに特定のフィールド・エリアを徘徊する遭遇(エンカウント)ボス、フィールド関係なしにエスト中を駆け回っているらしい世界(ワールド)ボス、それぞれ一体しか存在しないと言われている、アルプロのエンドコンテンツ、 至天(ユニーク)ボス。そして情報の一切を隠されている隠しボス、極限(リミット)ボスだ」

「ちょ、ちょっと待って、おおい、情報量が多いってば」

 ええと、リミットユニークエンカウント……? 


「『極限』は高難易度ボス。フルレイドで挑んで敗北しただなんて話も聞く」

「フルレイド?」

「アルプロではパーティー参加人数の最大は八人。それを一組として、合計八組までが挑戦を許される、最大六十四人の大人数ボス戦なのです。ボクが言ったカルドルの先端のエリアボスはその四分の一、十六人で挑むクォーターレイドボスでして……」

「え? エリアボスでレイドあるの? ははぁ、攻略組がこぞってカルドルの先端に集うわけなの。やっぱりあそこがこの『六都市境界』から抜け出すフィールドっぽいの」


「そこ、今は関係ない話をしない……で、だ。単刀直入に言えば、俺はこれを攻略する」

「…………六十四人が負けたんでしょ?」

「誇張だよ、もしくは人数に応じて力が増すパターンのどちらかだ。少なくともこれまで戦ってきた『極限』にフルレイドを倒す力はなかった。どうせどっかの中級者が数だけ揃えただけだね」

「戦ったことあるのね」

「当然」


 アレェリスタが本を指さした。それはどうにも自作のようで、ボロボロの紙が拙い縫製で雑に本の形にまとめられている。中に目を通してみれば、おそらく『極限』ボスについてだろう情報がびっしりと書き込まれている


「これは俺が纏めた『極限』情報だ。俺自身が戦った時の情報。他の誰かが戦った情報。どこで何が出たか、勝敗は? 勝てたのならどんなパーティー構成で勝利したか、ドロップ品は何か……又聞き含めているから信頼性はないが、量だけはある」


 ぱらぱらページをめくれば、やがて折り目と開き癖がついたページで止まる。それはその折り目とくたびれ具合の数だけ、この持ち主がそのページを開いた証だ。


『極限』ボス、その種類は四体。


 『最後の狩人アンドレイ』

 『禁忌に辿り着きしミシェリア』

 『我らを守りし防壁カジム』

 『わが最愛の友、威王騎馬トルク・キッド』


「この四体が、現在判明している『極限』ボスだ。俺は全部と戦ったことがある。対処法もきちんと揃っている、はずだ」

「はずってどういうことよ」

「アンドレイはレアキャラで現状三回しか姿を現していない。よって情報が足りない」

「で、『極限』への勝敗は?」

「…………全敗だが?」

「ふぅん」


 一応聞いてみたけれどピンとこない。そもそもフィールドに出ていなく、この世界でのモンスター戦闘はチュートリアルだけだ。ボスだとか高難易度だとか言われてもしっくりこないのは仕方がない。


「別に俺が悪いわけじゃないぞ、『極限』を討伐できたと言われてるのは現状ランキングトップのクランだけで、それも片手で数える程度だからな」

「言い訳しなくていいの。お前の不甲斐なさはきっちり伝わってるの」

「ソロで挑もうとしている時点でバカですよ。いくらフルレイドに勝てる力はないからって、ソロで勝てる道理があるわけではありませんから」

「ねぇ、聞いてもいいかしら」

「なんだ?」

「どうして戦いたがっているの? それに私たちを誘う理由は何?」

 初心者が戦っていい相手じゃないでしょう?

 問いに、アレェリスタは軽薄に返した。



「簡単だよ。『極限』は、初めてフィールドに出たプレイヤーに対して確定で乱入してくる」

「…………はい?」



「所謂負けイベってやつなの。そこで負けてもデスペナルティは無し、装備も壊れない、ただ最初にこんな強い奴がいるんだぞって見せつけるだけのイベントなの」

「…………でも、ステータスは変わらないんですよね。『極限』そのものが襲ってくるだけで。だから、初心者と一緒に熟達した上級者が複数いると、戦えちゃうのですよ」

 そんな状況パワーレベリングくらいですけどね、と狂いが付け足した。確定で乱入……? そうか、つまり、


「私を餌にしようっていうわけね」

「そうだよ。戦わなくていい。ただ死なないように、俺が戦っている範囲から離れてくれればそれだけでいいんだ」


「…………そうね、それで乞食。他人のイベントを喰いモノにしているってわけ?」

「なんとでも。『極限』と戦うためなら何を言われてもいいね」

「そうまでして戦いたいの?」

「こいつは絵に描いた餅に焦がれてるだけなの」

「あっ、おい。勝手に話すなよ」

「今更なの。話すのが誠実の道だと私は思うの」

「…………まぁいいか。個人の話にしては、有名になりすぎた」


 アレェリスタが苦虫を嚙み潰したように顔を歪めて、溜息を吐いた。絵に描いた餅? 考える間に、アレェリスタがまたもや虚空から何かを取り出す。……今度は武器だ。


 それは大きな、あるいはアレェリスタの全長に匹敵しそうなほど大きい、恐ろしく精緻な意匠が凝らされた大剣だ。白と黒の二色で構成されたそれは、まるでその部分だけが世界から切り取られてしまったかのように周りの色彩から浮いてしまっている。



「『天魔大剣』。真名さえ判明していない、『極限』からのドロップ品……というか、アンドレイとの遭遇報酬だ。現状で世界に三種類しか確認されていない天魔シリーズ、その大剣」



「……なに? 貴重な武器? 売ったらどれくらいかしら?」

「値段はつかないでしょうね。恐らく言い値です。性能はともかく希少性だけで買い漁るコレクターもそこそこいますので」

 アレェリスタが天魔大剣の表面を撫でる。地面に突き刺さり直立するそれを、宝物でも扱うかのように大切に、けれどどこか不満げにアレェリスタは見つめる。


「…………現状で。誰もこれを扱えない」

「え?」

「要求STRとDEXが高すぎる。今のレベル上限、そして半年間でのレベル上限解放ペースから、凡そ後一年は立たないと振り回すことさえできないと言われるほど、こいつは重い」


 …………アルプロにおいて、要求ステータスは飾りであり目安だ。要求ステータスが足りなければ装備ができないなんてことはない。けれど、要求ステータスに大幅に足りていなければ武器は本来の力を発揮しない。一部ステータスが制限され、特殊効果は封印される、らしい。

 とはいえ装備はできる。現実で筋力だけに依存して重いものを振り回すことがないように、下手くそでも刀を振り回すだけならできてしまうように、要求ステータスに届かなくても装備はできる。そして装備者のセンス……あるいは、現実技能(リアルスキル)と呼ばれる才能を持ってさえすれば、要求ステータスより低いステータスであっても武器を十全に扱える、とはアレェリスタの談。つまりは殆どのプレイヤーにとっては装備のための目安であり、才能あるプレイヤーにとっては飾りとなるのが要求ステータス。


 けれどアレェリスタは誰にも扱えないといった。才能で覆すことができないほどのステータスが、その大剣には詰まっている。

 

「今これを扱おうとすれば、それこそパーティーを俺以外バッファーで固めて全員でSTR補助魔法を使ってどうにか、って感じだが、それはあまり現実的じゃない」

「だからバカは考えたの。……これは本来はセット装備なのでは? と」

「はぁ……?」


 どこからか取り出したホワイトボードに、狂いがセット装備とは? と意外に綺麗な字で書いた。黒マジックまであるのか、この世界。


「セット装備はその名の通り、防具、あるいは防具と武器にアクセサリーなど特定の組み合わせを要求する装備です。どれか欠けると本来の力を発揮しませんが、揃った場合には強力な効果を発揮する装備ですね」

「天魔大剣はアンドレイとの遭遇報酬。もしこれがセット装備なら、アンドレイの討伐報酬にこれを扱えるようになるだけの装備があると考えるのが普通だ」

「確証はないの。絵に描いた餅、ないものねだりを繰り返す小判を与えられた猫。最も希少で最も使えない武器を手に入れた、最高に幸運で最低に不運な『幸運野郎(アンラッキー)』ってわけなの」

「なるほどそれで……」


 それは確かに、顔を歪めるのもわかる。目の前の宝箱を鍵がなくて開けられないというわけだ。……でも、それなら。


「さっさと売って金に換えたらどうなの。どうせ使えない武器でしょ」

「わかってないな。装備更新はMMORPGの華だ、それが強ければ強いほど楽しいってものだろう?」

「全く楽しそうじゃないけどね、今のお前。それに生憎、私は初期装備に武器も壊された身、装備更新の楽しさよりは今の状況を何とかしたい危機感しかないわよ」

「うわぁ悲惨ですね。お駄賃でも上げましょうか……?」

「鬱絵本は燃やすわよ」

「何でですかぁ!」

 それは押し付けっていうのよ。


「ま、それはそれとしてだ。俺が言いたいことは全部言ったし、喧嘩の結果は俺の勝ちだった。お前たちの『極限』権は俺のものだ、そうだろ?」

「…………まぁ、異存はないわよ。エルは、それでいい?」

「うん」

「よし決まりだ! 行動は早いほうがいい! 何せ今は時期がいいからな」

「時期?」



「そうなの…………鶏狩りの季節なの!」

「ふふふ……親子丼の時間ですね……」

「はぁ?」



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