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七階の癌共



 都合三時間、ただひたすら本を売っていた。いくらMMORPGがかけた時間をキャラクターの強さに還元するとは言っても、この三時間はシャオレンのためになったかという問いに絶対に違うと断言できる自信がある。

 売れた本の総冊数は千を軽く超え、勿論殆どが同人誌だ。絵本は三作全てを合計したとしても百五十部程度しか売れなかった。実際の売上金はどれほどかだったかは……実は悩むまでもない。硬貨で支払いとは言っても全てボケの手持ち金なのでボケがそのままメニューに納めればどれだけだったのかをシステムが計算してくれる便利仕様なわけだ。一瞬でお金の動きを明白にしてくれるなんてなんとも便利なこと。

 

 七階は静寂を取り戻していた。店を開くのは列整理の邪魔になるからと、ほぼ強制のようなバカとアホのお願いを聞かされ退去していた住人たちがいそいそと露店を開き始めている。


「「「つ、疲れた(の)……」」」

「はいお疲れ様です」


「ヘレン・マジックギミック」を占領して建てられた「すめらぎじんぐうほんどう」仮店舗の前で、ボケを除いた私たち三人が地面に横たわっていた。


 なにが疲れたって終盤三十分よね。追加される同人誌も無限ではなく、いくら仮想世界とはいえアルプロがリアリティを内包するものだから制限があった。具体的には印刷時間があり材料が必要であり印刷代が必要だった。印刷代自体は事後支払いという大丈夫それ? と疑いたくなるような手段がとられ解決したわけだが、しかし時間と材料だけはどうしようもない。今回に限っては材料が尽きた形だ。なんでもボケが指定した本の材料、また印刷機を回す動力は攻略に使わないマイナー素材が多く流通が少ない、とは仰向けに倒れている私たちを尻目にボケと会話していたレジーナ商会会長のお言葉だった。それでも取り急ぎ千を超える数を用意できたのは、ボケの突発的行動に慣れていたレジーナ商会の手腕が良かったのだという。

 けれどどれだけあっても無くなるのが世の真理。終盤三十分、追加発注ができない旨が伝えられ同人誌は店舗にある在庫限りとなり、そして二時間半経っても列は半数程度捌けたのみだった。

 


 そう、終盤三十分、七階では列の先頭を奪い合う乱戦が始まった。

 というか、ボケが煽った。



 何を考えたのかボケが特殊PvP状態を列待機者全員に適用したものだからさあ大変。認可を受けたものはエリア内の認可を受けていないものを一方的に攻撃できるが、認可を受けた者同士は相互にダメージを与えあうことができる。何としてでも在庫がなくなるまでに列の先頭を、けれど攻撃してもダメージが入らないという状態で抑えつけられていた参加者達は、目の前のプレイヤーを殺せば前に進める世界を手に入れてしまった。


 それはまさしく地獄絵図。息をする間に人が死に、殺した奴も死んでいる。プレイヤーが死んだことを意味する光の粒子がひっきりなしに辺りに舞っていて、それが無駄に綺麗だったのが無性に嫌だった。


 そしてその地獄絵図の災難は私たちにも降りかかる。アレェリスタとヘレンは店に直接影響が出そうな直近の奴らを、また彼ら彼女らの理想たる美少女でラノベ作家の狂いにお近づきになっていることが許せないから襲撃するという嫉妬に狂った連中を処刑し続け、私はというと乱戦の勝者たる嫌に目が血走って息が荒いプレイヤーを相手に接客することを強制されていた。そうしてボケは戦うプレイヤーを見て高笑いを上げていた。く、狂ってる……!


 私たち三人の心は一つだ。

 あのボケ……! いらんことばっかりしやがって……! 

 ぽつりとヘレンがあのボケも晒しスレ常連なのと呟いた。現実で美少女で文才絵心に満ち溢れた若き天才を二人が、また晒しスレの住人がこき下ろし続ける理由を身に染みて理解してしまった。処刑用のクロスボウであのボケの頭撃ちぬけないかしら? 恐らく他の二人もそう考えていたのだろう、私たちの視線は言葉もなしに処刑用クロスボウへと向けられた。

「え、こわっ、怖いです。どうしてクロスボウとボクを見ているんですか……?」

 正確にはボケの脳天だ。ボケの綺麗な顔を血で染めあげる妄想でしかこのストレスは緩和されない。


 いつの間にかレジーナ商会の姿はない。取引は無事に終わったのだろうか? 七階は相変わらずの喧騒とは無縁の空気に溢れ、黒のローブを着た初心者たちがぼそぼそと小声で取引をする場と化している。

 

「…………っていうか、御伽。どうして帰ってきたの?」

「そうだ。どこぞのクランに誘われて最前線に潜ってるんじゃなかったのか?」

「…………えぇ、そのことで、お二人にお話が」

 狂いが神妙そうに顔を伏せる。突き抜けた美少女と言うのは仕草一つとっても絵になるようで、意味ありげな雰囲気をいとも簡単に作り出せてしまう。

 その狂いを見て、アレェリスタとヘレンは顔を見合わせた。何かを確かめ合うように視線を交錯させ、頷きあう。



「ルドクルグより続く最前線、死した大蛇の骸、カルドルの先端。そのエリアボ」

「「絶対に嫌(なの)」」

「まだ言い切っておりませんが!?」



「どーせ手伝ってって言うと思ってたの。ぜぇーったいにお断りなの。おまえはさっさとクランに合流しろなの」

「いいじゃないですか! 最前線! ゲーマーなら誰もが夢見る新要素新エリアの第一発見者になれますよぉ!? さぁボクと一緒に頑張り」

「逃げてきたの? お前」

「うっ」

「やっぱりか。人付き合い下手だしな、お前」

「おえっ」

「指摘されて吐きそうになるくらいなら最初から付き合うのはよしたほうがいい」

「に、逃げては、いないのですよ? 今お世話になってる『アフターグロウ・スタートライン』は、その、お若い方が多いクランでして、あの、期末テストがあるからここ数日は、その、お休み、という運びになりまして……」

「うわっ、学生クランなの。死んでもやなの。何が楽しくて分別もつかないガキに揉まれながらエリアボス倒すなんて苦行やらなきゃいけないの」

「う、ううぅぅぅ…………!」


 狂いはついに泣きべそをかき始めた。フルダイブは感情を抑制しない。喜怒哀楽全てがダイレクトに伝わる世界は酷く無常に平等に、強い感情を隠すことを許さない。


「ボ、ボクだって、学生クランなんてやですよぉ……後方部隊はいい人がいるんですけどぉ……合間合間に授業がどうとか来年のクラスはとか聞こえてきて泣きたくなるんですから……」

「こいつ高校生じゃなかったっけ、ひきこもり?」

「そうなの。このボケはリモート通学、体育過程もARゴーグル被って運動マシン使う疑似ひきこもりなの」

「じゃあお前、なんでそんなとこにお世話になってるのよ。社会復帰の練習?」

「だ、だってぇ、さ、三人で、なにかしたっ、したかったっていいますかぁ……そんな折にちょうど最前線攻略のお誘いがきたものですから……」

「そこで俺たちに確認も取らず突き進むかね、普通。というか呼ばれたのはお前だけだろ、俺たちはDPSにしかならないし」

「うっさいですよバカ! というかリスタはいいじゃないですか! バトル好きでしょう!? それに非難の視線浴びながらパーティーに混ざるの得意じゃないですかぁ!」

「エリアボス相手に他の、それも学生クランと組んで大縄跳びするくらいならソロで挑むね、俺は。それに、悪いが先客が詰まってる。待ちに待った『極限(リミット)』がな」

「どうせ外れるくせによくガチャ引きますよ。へーんだ、そのガチャが当たるよりゲームを進行させてステータス上限上げる手段見つけたほうが早いと、ボクは思いますよー」

「言ってろ。今回こそは当たる予感がする、そうなんとなくそう感じるんだ……!」

「うわぁこれはギャンブルで破滅する男なの。こういうやつが競馬場とかで場違いに大張りして破産してくの」

「流石おっさんはその手のジャンルに博識だな、もしかして実体験か?」

「あ?」

「あ?」

「うーんこの流れるような敵対! 実家に帰ってきた感じがありますね!」

「間違いなく学生クランに揉まれてたほうが情操教育にいいわよ、お前」

 まあ鬱絵本を量産しているような奴に、情操教育など今更無意味か。


「……っていうか、ルドクルグが最前線なの?」

 前線拠点ルドクルグ、六都市の一つだ。前線拠点というのは文字通りの意味であったらしいけど、それなら疑問に思うこともある。

「初期地点で格差が出るんじゃない? ……いや、初心者が最前線スタートした場合どうするのよ?」

「安心しろ、あくまでルドクルグから続くだけだ。カルドルの先端に行くにはエリア入場許可クエストをクリアしないといけないから初心者には無理だよ。ルドクルグって言ったって周辺エリアは初心者用の雑魚ばっかだしな。……まぁ、初期地点で格差ができるのは事実だが」

「今更アム・ロックスタートに意味はないですよねぇ。それならまだルドクルグの隣のリロフトからスタートした方がマシだと思いますよ」

「ボケは知らないと思うけどリロフトは結構スタート人気地点なの、生産職が集まるから、安い値段で店売りよりいい装備買えたりするの。それより可哀そうなのはグルカントなの」

「グルカント?」

「採掘坑道グルカント。やっすい石コロ求めてピッケル振り回す変態共の巣窟なの」

「あそこもサービス開始当初は人気あったんだがな。結局エリア入場許可証取って進んだ先のモンスター素材の方がいい装備作れるから一気に廃れた、廃坑だな。今はそれこそ、石を掘るのが好きな変態か未発見の鉱石見つけて一稼ぎしてやろうって連中しかいない。ま、そんな鉱石ないと思うがね。……ちょうどいい、マップの説明をするか。御伽、机」

「お安い御用ですよっと」


 狂いが虚空を操作すれば、空間を引き裂いて白い机が現れる。三脚猫足の小さな机、見ているこっちがバランスに不安になりそうな机だが、しかし奇妙なほどのバランス感覚で安定して七階の廊下に根差す。

 同様に椅子も現れた。セット品なのか、こちらも猫足、流石に四脚。背もたれの部分が猫を模していて、意味もなく猫耳部分がせり立っている。

 アレェリスタが小さな机に似つかわしくない大きな地図を広げた。それは白のレース生地で作られたテーブルクロスに覆われた机の大部分を隠す。私も持っているそれはチュートリアルで貰った地図だ。けれど、その地図はなんだか色んな書き込みがされている。


「サントレアス魔法学院が、ここ、最南端。真向かいが自由商業領域リロフトだ」

 地図には大きな大陸、そして相変わらず左下の部分以外は白で隠されている。その唯一開けている部分の、一番南を差してアレェリスタは告げた。その指が差す場所は、百八十度北側を森が、残り半分は海に面している。

「……ってことは、この学院の裏は海なのね?」

「崖ですね。追い詰めた犯人が飛び込むにぴったりなのです」

「サントレアス魔法学院は、後方を断崖絶壁が、それ以外がフィールド『遺跡森』になってるの。遺跡森の敵は、チュートリアルで戦った奴らなの、夜番狼、ウィルバット、なんかデカいナメクジとか」

「最後変じゃなかった?」

「名前忘れちゃったの。戦っても旨味がないし」

「で、左隣が序開揚陸拠点アム・ロック。サービス開始当初の拠点だ。最初はサントレアスとアム・ロックしか拠点がなかったんだ。変辿クエスト……あー、拠点作るクエストをやっていって他の四つの拠点ができた」


 アレェリスタの指が滑る。それは海に面した大陸の際を沿って動き、ある一点で止まる。アレェリスタの地図は六都市にわかりやすく書き込みがしてあるので、どこにどう、何があるのかがわかりやすい。


「それは……後続が有利そうね」

「さぁ? 後続の方はエリアボス初討伐や一日取得数量限定素材など、先駆者の有利に与れませんからね。どっちもどっち、と言ったところでしょうか」

「アム・ロックから時計回りに進んで採掘坑道グルカント、さらに進んで自由商業領域リロフトだ。リロフトがちょうどサントレアスの真北になるな」

「ってことは、まっすぐ北に進めばリロフトに着くの?」

「理屈ではそうなの。でも中央にはデカい山があって見た目以上に距離があるし、そこまでモンスターばっかりだし、素材も微妙なのばっかりだしで行く意味もないの」

「そういう点でアム・ロックは不利なんですよね。結局フィールドに出ようとすれば中央目指して進むしかありませんから。北上するにも南下するにも、結局グルカントかサントレアススタートした方が早いですし」

「そしてリロフトの右隣りが前線拠点ルドクルグ。今一番人が集まるホットスポットだ、ゴミのようにプレイヤーが群れてるぞ」

「うわ行きたくないわね」


 時計回りに、ちょうど六から十二を目指して北へ北へと滑っていた指が、十二の場所であるリロフトから折り返して今度は六へと向かい始める。最北端はリロフトらしく、そこからは南下していくわけだ、六都市は。


「ルドクルグを南に行って、最後の六都市、盤上決闘場ウィリルス・アロアだ。さらにそこを南下してサントレアスに帰ってくる」

 アレェリスタの指が丁寧に円を描き、スタート地点たる最南端へと返ってくる。綺麗な円形は、それが列車の線路になっているのだと狂いが付け加えた。


「ウィリルスは……ここは、まぁ……何というか、PvPの聖地だな」

「犯罪都市ですね」

「犯罪者ばっかりなの」

「なによそれ」

「ウィリルス・アロアは特定の条件を満たすと、永続的にPvP権が保証されているエリアに移動できる。そこはNPCが一切排除されていて……要するに街中でいつでもプレイヤーを襲える場所だ。好きなだけ対人戦が楽しめるし、実際そういう奴らで溢れてる。で、サービス開始から半年かけて出来上がったのが建物を爆破したり障害物勝手に作ったりとプレイヤーを殺すために手段を選ばない何でもあり(バーリトゥード)の殺戮都市ってわけだ」

「えげつないわね……」

「まさしく盤上決闘場。小さな箱庭の中でいつまでたっても殺し合いを止められないバカ達ばっかりです。そのせいでウィリルスで売られている生産職の装備は殆どが対人戦特化、戦場カメラマン気取りの連中がエリアを駆け回り、エリア外でそれを見ながら誰が勝つかの賭けまで存在するのです。PvPランキング、というのも主にこの都市でのキルレートやデスレート、生存時間を加味して作られていますね」

「さっさと終末に移動しろって思うの、ねぇアレェリスタ(大馬鹿さん)?」

「……まぁ、なんだ。迷惑はかけてないから。殺しあってるのはみんな望んできた奴らばかりだからな、うん」

「…………もしかして、お前」

「そうなの。このバカはウィリルスの常連なの。七階でカモが引っ掛からない時は大体ウィリルスでせっせと人を殺してストレス発散しているあたおかさんなの」

「お前だって新作作ったら試し斬りに来るだろ。同類だ同類」

「ボクはエリアには行ったことありませんよ! 全くボクだけが清廉潔白ですね!」

「「おっそうだな五百万爆死女」」

「……お二人が負けるのが悪いんですけど!?」

「だ、ダメだこいつら……」

 絶対に関わるべきではなかったと今更ながら思うが、今更後の祭りだ。晒しスレ、今度は人と関わるときはまず悪評が立っていないかきちんとチェックしよう。バカアホボケ眺めながら、そんな益体もないことを考えていた。



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