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ご注文は本ですか?


「御伽狂言、と書いてストーリーテラーと読むのです。あ、御伽は全部漢字に、狂言回しの狂言です。是非フルネームで呼んでくださいね」

「そうね『狂い』。で、何が必要なの?」

「…………どうしてみな、ボクを略称で呼ぶのでしょうね」

「長いからよ」


 気落ちする狂いを尻目に店に入る。目に飛び込んできたのは本の山だ。

「…………これ、なに?」

「新刊です。こっちが「ヒイルドット」の新刊、そっちが「ゆめのみやのおうこく」で、これが「オイルとグリズリーの大冒険」の新刊です……あと、ええと、まぁ、これが「俺幼」の同人誌ですね……」

「はぁ。在庫確認って言われてきたけど。在庫表とかないの? どれが何部ずつあるとかまとめは」

「ないのです」

「は?」

「ありません。気の向くまま刷りました。まあ、でもだいたい絵本がそれぞれ二百部くらいなのです」

「同人誌は?」

「五十です」

「すっくな。いや多いの? よくわからないわね……」


 まさかの在庫確認なしだった。なんという計画性のなさ……少し恐ろしくなって釣銭について聞くと、そちらも準備はしているけどどれがどれだけあるかはわからないとの返答が返ってきた。……こいつあれだ、詳細な準備ができない奴だ。やりたいことだけやって満足してる……!

 これから始まる販売に戦々恐々としている私のことなど構わないようで、狂いは取り出したスケッチブックにさらさらと絵を描いていく。上手い……けれど、絵本のタッチではない。アニメ調の、そう五十部しか用意していない同人誌のタッチだ。

 いやそんなことに構っていられない。とにかく在庫と釣銭だ。特に釣銭は最優先で準備しておかないと面倒くさいことになる。

 

 アルプロはリアリティを内包する。つまり金銭の支払いに硬貨が用いられる……場合がある。

 多くの場合は自動支払いだ。旅人が使える奇跡、つまりメニューは金銭取引を代替してくれている。というよりは金銭取引代替の奇跡が旅人には組み込まれている。要するにお金は自動で計算され持ち運ぶ必要もないわけだ。これは取引のどちらかが旅人であればいいので、NPCとの商売でも問題なく発生する。

 ……しかしこの例外から外れるパターンがある、とは目の前のボケの言い分だ。それはあまりに大量の金銭の移動。そして販売者側がそれを望まない場合の二パターン。


「世界観上ではエストでの金銭たるマノは元々魔力変換物質なのです。エストが拓かれた当時、魔力を別の魔力に変換するそれは開拓にあまりに便利でした。マノは数多くの物々交換に使用され、ついにはマノ自体が硬貨となったのです。魔力内燃炉を持った旅人、プレイヤーが増えたためにマノの利用価値は下がり、金銭としての意味が残ったというわけですね」

「ふーん」

「大量の金銭の移動をメニュー上で行えないのもこれが原因です。魔力を別の魔力に変えてしまうマノは大量に集まった場合に魔力に非常に敏感になる性質を持ってしまうのです。個人で所有する場合は、いわゆる格納庫とでも言うべきマノだけが納められる空間に貯まっていくわけですが、それをメニュー移動しようとすると他者の魔力に触れてしまい、マノが変質してしまうのです」

「ようするに。運営がダメって言ってんでしょ」

「ええ。そうですね、例えば金銭の移動を簡素に済ませてしまえば制限されるプレイもありますから……商人をやっておられる方はシミュレーションゲームの出身者も多く、この方たちはお金の移動さえリスクを負い、自分で管理してやりたいという変態たちが多いわけでして」

「あんたは何で?」

「即売会は現金が基本でしょう?」

「それは金銭管理できる人間のセリフよね」

「しかし自動支払いは風情がありませんから」

「…………はぁ。どこもかしこも、バカとアホとボケにゴミに変態。まったくどうしようもないわね」

「貴女もそこの住人なのですよ、シャオレン?」

 そうだった。こいつらと同列視されるのはやるせないが、傍から見れば手伝いをしている以上同レベルに見られてしまう。


 溜息を吐いて釣銭に目を向けた。店の内側、受付からギリギリ見えない角度に作られた机には大きさがバラバラの硬貨を収めた百枚入りケースが散っている。一つ開ければ中にマノがぎっしりと詰まっていた。

「マノ硬貨、見るのは初めてですか? わりと経験ある方でも見たことない人が多いのですよ。上から大きい順に五万、一万、五千、千、五百、百、五十に十と一です」

「ああ、紙幣がないから硬貨の種類が多いのね」

「察しが良くて助かります。今回は一冊五百マノ、同人誌は千マノですので、おつりは千マノ以下を重点的に補充してください。あとこれを」

「なにこれ」

「自動支払いと言った奴と五万マノ出してきた奴の処刑用です」

「物騒すぎる……」

 

 狂いが軽く言って手渡してきたのは、その姿から到底似合わない武骨なクロスボウだ。銀色の金属矢が光沢を放っている。

 机の下には釣銭の在庫だ。五万はともかく、一万マノから順にケースに収められた金銭が山のように積まれている。……それも、種類とか関係なくバラバラに。正気あるの? あのボケ。

 悪態を思いながらケースを整理する。というか釣銭を店内とはいえ床に置くな。とりあえず全てのケースを空いていた机の上に放りだし、種類ごとに分けていく。これは千、こっちは五百、こっちは十で……。

 分けても分けても山は減らない。もはや五万マノケースは見た瞬間に背後に投げている。最高額の扱いではないが仕方ない。……というか五万マノ、絶対におつりに使わないでしょ。なんで用意してんのよ。

 ボケは未だせっせと絵を描いていた。描きあがった絵は順次ポスターに変換され店の外装へと変わっていく。そんなことしているなら在庫確認して売るものを並べろと言いたいが、このボケに手伝わさせたほうがややこしくなるのが一時間も経たない交流でも透けて見えた。黙っているならそれに越したこともない。


 ケースを数え、まあ大丈夫だろうと思えたところで本に目を移す。自動支払いを使わないということは商品の受け渡しさえ自動でしないということだ。つまり手渡し、仮想の電子世界とはいえ物理的にこれを捌かなければならないらしい。

 ええと、こっちにヒイルドットで、こっちにゆめのみやを置いて、オイルとグリズリーはどっちに……ああ、同人誌も置かなくちゃ。

 絵本が本当に絵本のサイズのため机の場所を取る。同人誌もそれなりに大きく分厚いため机のスペースはカツカツだ。…………なにしているんだろ、私

 アルプロをやる意味を見失いかけたあたりで、狂いが立ち上がった。最後に描きあげた主人公らしい少年と熊のポスター(これは絵本のタッチだ。恐らくオイルとグリズリーなのだろう)を外に張り付けると、いつの間にやら手に持っていた小さな鐘をがらんごろんと鳴らした。不思議な金属音が列で待機しているプレイヤーに届く。



「ただいまより、サークル『すめらぎじんぐうほんどう』の販売を開始します。列の先頭からどうぞ前へ」

 まってまだ整理が終わってないのよ!?

 


* * *


「俺幼の同人誌を」

「千マノです」

「俺幼一つ!」

「千マノです」

「ヒイルドットとゆめのみや、オイグリ二冊ずつ」

「三千マノです。五千ですね、おつりが二千です」

「全部一冊ずつ、あ、同人誌だけ三冊!」

「俺幼の同人誌は一冊だけの購入制限があります。全部で二千五百マノになります。はい、三千マノ、五百のお返しです」

「俺幼一冊! あ、動画の子じゃん! これ終わったら一緒に狩りに行かない?」

「千マノです。店員のナンパは禁止です」

「いやいやそんなこと言わずにさ。え、硬貨? そんなのあるの? 自動じゃダメ?」

「アレェリスタ」

「よし任せろ」

 アレェリスタが持つクロスボウから放たれた矢が的確にプレイヤーを撃ちぬいた。ちゃらい茶髪の男性プレイヤーはクロスボウの金属矢を脳天に直撃され光となって消えていく。この店を中心にしたごく小さいエリアは特殊なPvP仕様となっているそうで、ボケと、ボケの認可を受けたプレイヤーは一方的にエリア内の人間を攻撃(射殺)することができるようだった。

 店から見える範囲で列待機しているプレイヤーの三分の一程度が信じられないものを見たかのようなまなざしでアレェリスタと私を見た。残りは皆どこ吹く風だ。案外よくあることなのかもしれない。

 視線を受け流しなら、粛々と私は告げる。


「次、どうぞ」

「すめらぎじんぐうほんどう」の購入列は、熱気と恐怖で支配されていた。


* * *


 売り上げから言って同人誌が一番よく売れている。絵本なぞ同人誌の売り上げの半分以下だ。基本的に全て一冊ずつ買っていく人か、同人誌単体。あとは時々絵本だけ数冊も買っていく客に購買層は分かれている。


「追加、お待ちなの! 同人誌二百部! リスタ次はお前の番なの!」

「おいおい俺のSTRがないと迅速な処刑ができないだろ?」

「大丈夫なの。私には自前の魔法改造武器(マジックギミック)があるの。それよりさっさと行かないとボケが直接刷ってくるの」

「……そりゃまずい。いらない絵本の在庫増やされてもな!」


 アレェリスタが急いで駆けていく。同人誌の数は五十部などでは到底足りないので、こうして二人が順次在庫を追加発注しに行っている。販売中の追加などそうとうギリギリの証拠だが二人は焦りを見せない。これもまたよくあることなのだろうか。

 ちなみに狂いことボケは店の中にいる。先ほどのアレェリスタとヘレンの会話を直接聞いているわけだ。目の前で殆ど余計なことをするなと間接的に言われた気分はどうだろう。見ればわかりやすく肩を落としているけれど。

「……なぜ、何故いつも絵本が売れないのですか……!」

「売れるわけないの、あんな陰鬱」

「はい俺幼一冊、千マノです。五千ですね、おつりが四千マノです。……ちょっと千マノ切らしてきたわね。ヘレン、アレェリスタについでに千マノ補充するように言っといて」

「りょーかいなの。その前に……千マノ切らしてきたのー! 購入者は千マノきっちり出すか、五千マノ以上での支払いを控えてほしいのー! つまりここから処刑ラインが五万マノから五千マノに下げるってことなの!」

「いきなり十分の一になるのやばいわね」


 告げたヘレンはいそいそとフレンド通話でアレェリスタに連絡を取り始める。実際には二つ下のグレードなわけだが、数値で見ればかなりの足きりに見える。やはり三分の一が戦々恐々としているが、残りは慣れているのかペースを乱さない。こんなのがいつも通りの即売会、ほんとうに嫌ね……。


「絵本、陰鬱なの? ……はい同人誌一冊、千マノです」

「そうなの。めっちゃ暗いの。子供に読ませるとトラウマになるの」

「喪失こそ人類の目指すテーマです! 失うからこその美……!」

「だからって毎度絵本の終わりが主人公の大事なものがなくなるエンドなのやべえの。あのグリズリー何代目なの?」

「五十三代目です。今回の子は実はきかいのくにの出身グリズリーでして……」

「ああー。それはダメなの。多分脳内のチップが書き換わって別のグリズリーになったことにオイルが気づいて終わりのエンドなの」

「あれ? もしかして先に読みました?」

「マジなの……?」


 てきぱきと客を捌くが終わりが見えない。最後尾は未だ遠いかなた、釣銭のケースなんて目じゃないくらいの仕事量だ。時々狂いと話したがって居座る客もいて、それにたいして狂いが幾ばくか話を許可するものだから微妙に列の進みが悪い時がある。ま、主催なのだからいいのだけど。

 

「で? この同人誌って何?」

 客と会話する狂いを見ながら小声でヘレンに問う。売り子は時々、狂いが直接出張るので暇になる。その狂いはと言うと客のリクエストに応えてすぐスケッチブックにかかりきりになってしまうのでそう休憩時間にはならないけれど。

「『俺が告白したのは幼馴染でゴーストじゃない!』ってラノベなの。主人公が幼馴染に告白した瞬間、幼馴染がゴーストに体を乗っ取られちゃって、ゴーストがそれを真に受けて主人公を好きになっちゃうどたばたラブコメなの。アニメも二期やったそれなりの人気作なの」

「ふーん。で、そんな作品の同人誌がなんでこんなに求められてるのよ」

「そこのボケが原作と挿絵なの」

「えぇ……」

「他には江戸時代にタイムスリップした時間犯罪者との戦いを書いた『タイム・クロック・リベンジャー』とかも、歴史改編でスチームパンクになった江戸時代の世界観が人気あるの。『禁止封鎖の獣王素体(イルミルナ)』も、四文字熟語にカタカナルビ振るのが頻出する典型的なボーイミーツガールで厨二病患者から受けがいいの。全部アニメ化とか映画化されたボケの作品なの」

「作風、広いんだか狭いんだかよくわからないわね」

「つまり同人誌って言うけど、出版社通してないだけで実質続編とか番外編みたいなものなの。ファンが買いにくるの。あとボケに会いに来るの。あいつ美少女すぎる高校生ラノベ作家みたいに騒がれてるから」

「……学生なの、あいつ」

「夢見た奴は大体処刑シーンで夢が砕かれるか狂信者になるかのどっちかなの。やばいやつしかこないのがこの即売会なの」

「絵本を買いに来る奴は?」

「バッドエンドマニアとかいう簡単に性癖を語れない異端者共なの」

「辛辣ね」


 別にいいと思うけどバッドエンドマニア。しかしハッピーエンドマニアよりかは表に出して語れないが現実だ。それは確かに、私は登場人物が惨たらしく死んだり尊厳を失うのが好きで……なんて語る人間に近づく奴はいない。そしてそれを笑顔で語るボケは、狂信者に囲われて作品を書き続けている。


「名前の通り狂ってるわね」

「違いますー! これは狂言回しから取られているのですー!」

「どうでもいいわよ。それよりバカはまだ? そろそろ同人誌の在庫切れるわよ」

「え? もうそんななのですか? 絵本はどれくらい……」

「よかったわね。そろそろそれぞれ三十部は売れるわよ」

「全然じゃないですかぁ!」


 絵本が五十部刷りのほうが良かったわねこれ。思うが言わない。けれども伝わってしまうのは、どうにもボケの察する力が異様に高いせいらしい。勝手に人の心を読んで勝手に傷つくのは見ていて面白いが、主催者にダウンさせられてはこっちのやる気もなくなってしまう。それにこのボケに会いに来る人もそれなりにいるようだし……。


「ほうらお待ちだ三百部! それとレジーナ商会から追加で三百先に発注だ! もう少しで届くから合計六百だな。あとボケ、レジーナ含めて印刷関係問わず商会連中が通販交渉の確認に来てるから終わったら対応しろよ!」

 アレェリスタが大きな箱を鉄の鎖で引きずって運んでくる。キャラクターのSTRに裏打ちされた力は難なく三百もの本が納められた箱を運べるらしい。


 大量に増えた在庫は、けれどすぐさまハケてしまうだろう。それは狂いの作品の人気の高さを表している。仮想の世界に持ち込まれた現実の人気。仮想現実であろうとも現実の人間がしっかりと存在し回していることの証左。どれだけかけ離れた非日常であったとしてもそこは確かに日常の延長線上であることを、この同人誌が示しているようだった。



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