極限災禍、うつつに見るのは 2 過熱
なぜだか、わからなかった。
めのまえであばれるかいぶつたちのすがたが。かけまわるふたりのかげが。
とっさにのびたうでのわけが。
……こえが、はん響している。鼓まくを通ってのうの中をたゆたっている。意味をとらえられないまま、音だけがある。
わたしを見捨てるよるのこえ、のんちゃんの顔をしただれかの声。怪物の声、獣の喚声。
こえ、声、声、声、音、音。
知らない声と知らない音。
知りたくなかった音、知っているはずの声。
「クルル?」
…………これはいったい、誰の声?
* * *
「じょーきょー説明ぷりーず。あれなんなのなの?」
「さあ? よくわかんない。多分倒せるけど、すぐ新しいの出るかもだから無視が一番よ」
「こいつ、味方?」
「そう。それと向こうのイルゼ達も、多分そう」
「犬……巻き込まれてなかったの? ま、戦力は多い方がいいの。話は通ってるの?」
「全然。だから話に行きたいわね」
「あとは何かある?」
「えい……エルがあいつに食べられちゃったの」
「……はぁ!?」
「カジムがいなくなってないから死んでないんじゃないかしら。多分」
「お前っ! おーまーえー! もうちょっと、慎重に動け、なの!」
「悪かったわよごめんなさい。でも、もう食べられちゃったのよ、反省よりも先に行動しましょう?」
「……ふん、ギミック、なの? だったら手順踏めば吐き出される……でも検証している暇も……」
「ぶん殴れば吐くわよ、それか裂くか、ね。じゃあ私、イルゼと話してくるから囮よろしくね」
「こんの、まぬけ!」
そこで会話は途切れて、ヘレンが雷を纏い二匹の元へ走り出す。対して私はカノンを掴んだ。戦場は爆発で一掃されて、二匹の注目さえないのなら私たちを邪魔するのは蝙蝠擬きの死体だけしかない。数分前の過密が嘘のようなスムーズで、私たちはイルゼの元へたどり着く。
「桜花、回復頼む。血鎖を使って一割しかない。悠、白、火力よりヘイト優先だ。二体が戦ってる状態じゃ手出しができない。今、シャオレンの仲間が戦ってるから、機を見て片方引き剥がす。大事なのはカジムじゃない方だ。それとすぐに上から大量の取り巻きが出てくる、注意してくれ。リーダー、戦闘再開するのでバフお願いします」
「お前そんな瀕死だったの……」
「りょーかいだよっ! でも血鎖使うほど追い詰められてたんだね?」
「疑似タンクか、気乗りしない」
「でもよぉ、その言い方だとカジムはこっちで受け持っていいんだよな?」
「ちょちょちょーっと、すとっぷすとーっぷ! え、カノ君ペナ明けはいいとしてなんでシャオレンといるの? なんで戦ってるの? なんでみんなそんな順応力高いの!? ついていけないの私だけ!?」
「緊急クエストって張り切ってたのリーダーじゃないですかぁ。ええと、このシャオレンさん? はリーダーの知り合いなんですか?」
「しまった、そうだ説明してなかったな。シャオレンがついてくるなんて聞いてないし……」
「説明しても話がこんがらがるだけでしょ。そうよ、私シャオレン。で、あっちがヘレン。イルゼの知り合いよ。わけあってカノンと共闘してるの。『極限』を倒したいのよ私たちは」
「ヘレンって、後から合流するはずの人」
「皇さんのクラン仲間だっけ。じゃあ皇さんも来るのか?」
「さあね。もう一人私の仲間が別の場所で『極限』受け持ってる。そっちのサポートに回ったかも」
「げげー、ストちゃんさんいないと後衛の圧足りなくないですか? ただでさえ前衛過多ですし……シャオレンさん後ろ火力?」
「? えっと、前か後ろかで言ったら前でて殴るタイプよ」
「リーダー、緊急クエストとは?」
「え、あ、うん。皇さんたち待ってたらね、なんか急に出てきたんだよ、『極限』に挑もうって。皇さん達全然来ないし、時間制限あったし、何よりせっかくのまたとないチャンスだったし。連絡だけ入れて『極限』戦で合流しようかなって思って走ってきたの」
「緊急クエスト……」
……アドハかしら。システムに干渉している以上運営か情報生命体かだろうけれど、イルゼたちを呼び寄せる意味を持つのはアドハくらいしかない。ま、なんにせよ一刻も早くえいるを助け出さなければならない今、増える人手は歓迎しなければならない。
「……来るぞっ」
尖った声がカノンの口から。忠告の意はその場に集った全員の耳を揺らした。カノンの視線につられるように空を見上げれば、黒と同化しながらそれでも落ちてくる黒と眼が合う。それぞれ、蜘蛛の子を散らすように方々へ駆けだした。
カノンの言葉通りカジムと盲目の獣を分断しなきゃならない。超越的な二匹の闘争に、蝙蝠擬きにちょっかいかけられながら割り込むのはどう考えても現実的じゃないからだ。二匹を分け、一匹ずつ対処する。となればどちらかをぶん殴ってどちらかを足止めするわけだけど。
「顔なしを狙え! あいつはヘイトが取れる!」
私の考えを読んだかのようにカノンがその答えを叫ぶ。声が戦場を走り抜けて、イメージが全員で共有される。
脳内に蘇るのはさっきまでの戦場。私たちを無視して『神至災禍』を狙い続けるカジムと、カジムと戦っている最中でさえカノンに爪を向けた顔なし。
カジムにとって『神至災禍』は不俱戴天の仇だ。だけど感情は伝播せず、関係性は共鳴しない。災禍の獣にとってカジムはこの中で一番強い敵でしかない。
「ヘレン!」
「わかってるの!」
雷の速度で駆け巡り、時にカジムの顔を殴り、時に顔なしの脚をけたぐっていたヘレンが一歩、二匹から距離をとる。一歩と言っても肥大化された速度は優に数メートルの距離を彼女に開けさせた。散々小突かれて苛立っていた顔なしが強くヘレンに吠える。その脚を彼女へと向けた。
ばっと、ヘレンが右手をパーの字にして掲げた。
「五秒! シャオレン!」
「了解!」
私の近くに降り立ったヘレンを抱きかかえる。小さな体は簡単に腕の中に納まって、喰い殺そうと向かってくる顔なしから逃げるためにスキルを閃かせる。
「碧鎖、雪鎖! 六条連環ッ!」
私に並んだカノンが大剣をしまう。空いた両碗から放たれるのは六本ずつの鎖。碧の六本がカジムに巻きつき、白の六本がカジムのさらに奥、金色の鎧を纏うモデル体型な(とはいえキャラが全て美形なこの世界においてはやや標準的な)男性へと。
「よっしゃいくぜぇ、『ガルマーキン・プライド』ォ!」
白の鎖が光り、男に宿るスキルを表すエフェクトが増大する。悠と呼ばれた男がカジムに巻きつく碧鎖を掴み、引く。
『ガアッ!?』
それはほんの一瞬、瞬きほどの時間。けれど先ほどまであらゆる障害を意にも介していなかったカジムの身体が、純粋な力に引かれるまま、止まる。
「ここから先は通行禁止、『レクイエム』」
さらにカジムの前へ走りこんだ少女が直剣を振るう。輝く夜空のようなエフェクトが舞った。鎖に巻き取られ足を止めたカジムへと的確に叩き込まれ、前へ進むことをよしとしない。
「ええーい、仕方ないなぁ! 『輝ケル血潮』!『走ってワンワン』!」
「『キュア・ル・キュアリラ』! カノ君リジェネは?」
「必要ない!」
イルゼのスキル、桜花と呼ばれた少女の魔法。幾つもの光が辺りに飛び散る。
「……よし準備できた、シャオレン裏とって!」
「簡単に言ってくれるわね!」
逃げる足で前へ飛ぶ。空中で反転、着地と同時に深く沈んで急ブレーキ。追われる身が一転して向かってくる獣と相対する。
立ち止まった獲物に向かって駆ける顔なし。その体躯は巨大で、四足歩行は容易く人の速度を超越する。ただでさえ縮まっていた距離が瞬時に埋まって。
だからこそ、生まれる死角を潰す時間はなかった。口を開いて牙を見せる顔なしの腹の下は四足歩行ゆえの空白がある。
交錯は刹那、ヘレンを空白へ投げ入れ、空いたと同時に瞬時に動いた腕は反射の速度でメニューを弄った。掌に星の触媒が落ちる。
牙が私の頭を嚙み砕く瞬間、血と脳髄が地面を汚すよりも早く手の中の結晶を握り潰す。
トランスパーレンシー。
顔なしがその速度のまま私を透過する。
槍……『雷音轟叫』をメニューに片づけて、代わりに身に着けるのは、ヘレンの腕よりも何倍も大きく太い、鋭利な爪を持つ深紅の籠手。私を通過し、けれど即座に態勢を整え反転した顔なしに突きつける。
弓を引き絞るように構えた。
駆動。空気を呑み、熱し、炎と化して排出する。顔なしがおぞましい叫び声をあげてヘレンへ走る。その無い鼻面をヘレンは見据える。
「……ほむらがこがすげきじょうのはて」
「『焔灼暴業』ッ!」
振るう拳は音さえ置き去りにして。
顔なしが宙を飛んだ。
巨大な体がおもちゃの様に吹き飛ばされ、十数メートル先へ。体格に見合った質量にふさわしい音を立てながら大地へ落ちる。
一拍遅れて、轟音と熱量、衝撃。まるで顔なしがいる空間ごと殴りつけたような一撃は当たり前に、集ってきていた蝙蝠擬きさえ巻き込んで粉砕していく。