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ラクエンプロジェクトをもう一度  作者: カラフルジャックは死にました
第一章 赤ずきんは夢を見ない
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極限災禍、うつつに見るのは 1 集う

 

「ちょ、なんか暗いんだけど!」

「赤いね。あれだ、映画館みたい」

「こけるなよ~白!」

「誰が。そんなドジ桜花くらい……桜花?」

「あ、桜花ちゃんなに後ろでずっこけてるの!? ちょっと、急いでね!」

「足元見えないんですよしょうがないじゃないですかただでさえごつごつしてるしぃ! ていうかもっと心配とかないんですかぁ!?」

「今は桜花ちゃんより時間が大事! 走って走ってハリーアップ! なんせクラン初めての()()()()()()だからね!」

「数少ないヒーラーに対しての仕打ちじゃないですよ! もっと丁重に扱ってください!」

「私はいいの! リーダーだし、サポーターのまとめ役だし!」

「報酬、銃がいい。銃、拳銃……!」

「多分でねぇと思うけど」



 * * *



『ぎゃっはハはhaハはhahahaはハッ!』

『ガアランドォオオオオオッッ!』

「霊鎖魂繋、雪鎖『二連追走』!」

「……っ!」


 黒い大群が降り、カジムが蒼白の盾を上空へ構え、カノンが鎖を放つ。三つの動きが同時にあった。

 カジムの視線は空と『夜』、そして降り落ちてくる『夜』の眷属……細長いスライムに羽を付け足したかのような単眼の蝙蝠擬きに注がれる。エルのことなど見向きもせず、構えた盾が重力に引かれて落ちてくる蝙蝠擬きの突撃を受け止める。突撃の速度は簡単に向かってくる肉を叩き潰し、職人が丹精と精密を籠めて生みだしたような微細で美麗な文様を描く盾に、黒い肉と血がへばりつく。けれどそれらは掴む場所もないと言いたげに血、肉体、その一滴さえ残さずするりと盾から滑り落ちた。蒼白は汚れず、醜い獣の足元に死体が溜まる。

 蝙蝠擬きは怯みもしなかった。嗤いを絶やさず羽ばたき落ちて、そうしてそれらは群れだった。カジムに突撃し死んでいった一番槍の後を追うように無数の黒が空から落ちる。天を染める単眼の数はまさしく星の数ほど。数えようもないほどの眼が嗤いながら世界を滅ぼすために降り続ける。

極限(リミット)』、『神至災禍(ハザード)』。

 世界を滅ぼす二つの力が戦場で火花を散らす。

 混沌の様相を描いた世界の中、純白の鎖がカジムと蝙蝠擬きの合間を縫って走った。生き物のようにうねる鎖は地面すれすれを飛び、やがてその先が初期装備を纏う少女を貫く。お腹を金属が貫通したえいるが呆然とその様を見下ろした。

 カノンがえいるとつながる鎖を掴む。二人の身体が同時に淡く光った。

「『STRブースト』、『鬼腕』あああああああッ!」

 引く。

 スキルに肥大化されるSTRが少し撓んだ鎖をピンと伸ばし、えいるの身体が宙に浮く。鎖が引いた導線がそのまま軌跡となって戦場を少女が横切っていく。向かう先は鎖の根、燃え立つ髪の少女の元へ。

「こ、れは……」

 どう、動けばいい?

 カジムに向かう……いや、でも私の手元には剣だけ。盾を砕くには当たり前に火力が足りない。対人戦に特化している私は人間をはるか凌駕する存在への決定打を持たない。

 逡巡が僅か足を止めて。


『ぎゃGYAぎゃギャっはA!』


 その隙がまさしく致命傷と言わんばかりに、眷属が牙を剥く。

 声へ見上げる先には黒く、牙が並んだ奈落。眷属の口。

「っ!」

 咄嗟に振り上げた剣が牙と嚙み合った。私と同じくらいの体躯を誇る、天頂から落ちてきた眷属を弾く。衝撃に体は堪えきれずに私は背中から大地へ落ちる。

「い……ったいわね!」

 大地を叩くように起き上がれば、弾かれ落ちたばかりの蝙蝠擬きもまた態勢を立て直していた。手も足もない体、羽だけが生えた単眼スライムが器用に体をくねらせ蛇のように走る。眼の下が裂け、牙を生え揃う口内を覗かせる。

 眷属が羽ばたき、私は沈んだ。

 私めがけて飛び跳ねた眷属の真下をスライディングですり抜ける。刹那の交錯。立てた剣はお互いの速度を糧にして、柔らかく、しかし確かな肉の感触を持った眷属を切り裂いた。耳障りな悲鳴がつんざいて、確かな重さが大地に落ちる音がする。

 急襲に緊張した身体が息を上がらせ、鼓動がどくどくとうるさかった。荒い息のまま振り返れば剣葬によって真っ二つに切り裂かれた死体がある。光に消える兆候など微塵もない。

 システム外のイレギュラー、ラクエンプロジェクトさえ崩壊せしめる理外の存在。


 神様の手から外れた災禍の獣。


「はぁ……はっ」

 本体があれでしょ。倒すとか、そういう次元じゃないわよね。

 空は埋める単眼の群れ、その奥にはひときわ大きな紅い瞳。もはや大きすぎて空に落書きで眼を描いたみたいな、世界から浮いている違和感さえあった。

 アドハの言葉通りなら、惑星全てを覆っている蝙蝠。

 どうにかしようってのは無理か。素直にアドハを待つしかない。なら、やることは……ひたすらの耐え忍ぶこと、なのかしら。この獣と災禍が暴れまわる戦場で。

 ……どのみち時間稼ぎは必要だ。切り札足りうる『夜殺し天明』を使うためにも。

 だったらまずは、カノンと合流!

『ギャgっぎゃggyyyあっ!』

 思考の出鼻を挫くように嗤い声が響く。

 ずっと響き続ける声の一部が近づいてくる。私に迫るさらなる蝙蝠擬き。

「カノン!」

 蝙蝠擬きの突進を剣でいなし、張り上げた声は届いたのかどうか。カノンはこちらを見向きもしなかった。大剣を振るい迫りくる眷属達を斬り伏せ続ける。

 向こうも手一杯……! じゃあこっちから……には、邪魔ねこいつら!

 時間とともに落ちる眼の数が増えていき、眷属の群れの密度が増す。いちいち斬っていては埒が明かないのだけれど、向かってくる数を減らさないことにはカノンのところへ行くことなんてできやしない。

 嗤いながら飛び掛かってくる眷属を斬る。血(のような液体)が飛び散り、でもそれだけだった。傷つきながら眷属は再度私に向かってくる。

 一太刀で仕留めきれない。

 絶対的に攻撃力が欠けていた。

「星纏いっ」

 いや、攻撃に転化するよりいざという時の防御に使った方が。でもこのままならジリ貧……。


 物量差で押され続ける戦況はあっという間に不利に傾いていく。

 蝙蝠擬き達の怒涛が世界を飲み込んでいく中、変化を齎したのは苛立ちに濡れた声と、一つの鎖だった。


「邪魔っ、するなぁああああッ!!」

 紅い……血のような深紅の鎖が薙ぐ。半透明の鎖は実体を持たず、けれど蝙蝠擬き達が触れた個所から新たに生えていく鎖は確かに身があった。触れ、飛び出し、身体を絡め拘束する鎖。その光景は赤外線センサーが戦場を隅から隅まで走っているようだ。

「血鎖……『火中心中』」

 ためらうことなくカノンは、左腕ごと鎖を斬った。赤い血を模したダメージエフェクトが散る。斬られた鎖が輝き、その光は蝙蝠擬きを拘束している鎖に伝播していく。強く、共鳴するかのように光を増し。

 爆ぜる。

 一瞬、音が消えるほどの爆発。

「ちょ、え、ひゃあああああああっ!」

 深紅の鎖は戦場を一舐めして私の近くにも通り過ぎ、となると当然そこには鎖に捕らわれた眷属がいるわけで。必然的に爆発に巻き込まれる。

 唯一幸いなのは個々の爆発があまり大きくなかったこと。蝙蝠擬きの数があんまりに多くて、だから爆破も増え積み重なった末の大爆発だが、局所的に見れば小さな爆破が数回起きるだけ。必死の逃げは爆風による微量の(それもいくつか積み重なって無視できるほどではないのだけれど)ダメージという形で現れる。

「し、死ぬかと……ちょっとカノン!」

「来い、紙月えいる!」

 爆発が均した世界は瞬間の空白を生んでいた。火は地上のみならず降ってくるはずの眷属まで飲み込んで、一時的に大多数を駆逐する。残っているのは僅かばかり、それとカジムだけ。

 それでも数分すれば元に戻るだろうことは想像に難くない戦場、カノンはえいるの腕を掴み、そのままカジムに背を向けるように後退していく。

 その後姿を、カジムが睨んだ。

「っ、まず!」

 思わず踏み出す。HPのことなんて頭から抜け落ちた。カノンがえいるを連れて離脱するっていうのなら、今ここでカジムに追わせるわけにはいかない!

 眷属が駆逐され死体だけが足場を邪魔する戦場は容易くカジムへの最短距離を歩ませた。カジムはゆっくりと身体をカノンたちの方へ向ける。


 そして、踏み鳴らす音が響いた。


「!?」

 急ブレーキを踏む。地震にも似た振動と音が鳴ったのは私の後ろ、カジムの視線の先。注意を分けるのは危険だとわかりながら、それでも後ろを向いたのは危機感だろうか。

 遠くにカノン、えいる。

 そうして、ひときわ大きく異様な……おそらく、眷属だろう、怪物の影。

 腕があった。足があった。けれど羽を生やさない。眼がない。顔である部分は大きく裂けて、鋭利な牙がずらりと並んでいる。目の前に落ち立ったそれに立ち竦むカノンを当たり前に見下ろす、蝙蝠擬きとは違う、大きすぎる体躯。

 獣の形に、どことなく見覚えがあった。

「逃げ」

 て、と言い切る前に、怪物が咆哮した。私の声は戦場の音もろともかき消される。離れている私の身体さえ揺るがすほどの震え。目の前に立っているカノン達は一歩も動けない。 

 怪物が大きく口を開く。ピンク色をした奈落。



 とん。

「…………え?」

 パクリ。



 えいるがカノンを突き飛ばして。怪物の口がえいるだけを飲み込んだ。大地ごと牙で抉りとり、ゴクンと聞こえてきそうなほどあっけなく、えいるを飲み込む。

 急な展開に頭が追いつかなかった。呆然と、映画でも見ているかのように目の前の光景に現実味が湧かない。

「……えいる?」

 また、怪物が啼く。

 無防備に音と振動受けるだけの私を無視し追い越していく二足歩行の獣の姿を見てようやく、思考に血が戻る。

「避けて!」

 私同様呆然と脱力していたカノンが、声にハッと飛び退く。転がるように逃げる彼を怪物は見えもしないのに顔だけ向けて、無視する。戻す顔は自身に迫るカジムの方へ。

『ガアアアアアアラァンドォオオッ!!』

『GYAOOOOOOOOOOOッ!!』

 二匹の咆哮がぶつかりあう。蒼白の盾が怪物に降りかかり、怪物の牙がカジムを捉えた。肉を抉って血が飛び出し、叩き潰して骨が砕ける。二匹の戦いは原始的で凄惨だ。お互いへの殺意だけが二匹を支配していた。

「……クソォ!」

 立ち上がったカノンが大剣を握る。瞳が怪物を強く睨んだ。

「カノン、待って!」

「緋鎖、六条連環!」

 飛び出したるは六つの赤い鎖。怪物を捉え、動きまでは抑えきれない。しかし、その鎖は巻きつくことに意があって。

「……イグゼキュートの!」

『GAAAAAAAAAA!!』

「っ!」

 怪物の()がカノンへ。カジムに向けていた注意が僅かに向けられて、瞬間、消えたのかと思えるほどの俊敏でカノンの前へ。

 爪が、薙ぐ。

 吹き飛んでいくカノンに再度の注視はなかった。怪物の目はやはり、カジムだけを見続ける。

「カノン!」

 握る大剣を落とし、大地に横たわるカノンの元へ。消えてない……HPが消えているわけではない。

「ちょっと、大丈夫!?」

「剣は!」

「あそこ。でも、考えなしに突っ込むのはやめてよね」

「知るか! それより紙月えいるは死んだのか!?」

「……わからないわ。同じパーティーじゃないもの」

「だったら! あれの腹を裂くだけだッ! こんなことで逃がすか、夏音の仇……!」

「…………ま、そうよね。腹を、裂かなくちゃいけないのよね」

 えいるが生きているか死んでいるか。確かめるには負けてログアウトするかあれの腹を裂いて中が空っぽかどうか見るしかない。

 普通に考えれば死んでいそうな気はするけど、『極限』戦はえいるが死んだ時点で終わる。それでもカジムが残りあの怪物と戦っている以上、まだ生きている可能性だって残っている。

「でも手立てがなければ無駄死によ。さっきの爆発みたいな切り札はないの?」

「っ……、ない。だけど!」


「うわ、なんか怪獣大決戦してますよ!!!」

「カジムじゃん実物初めて見たぜ俺!」

「緋鎖ついてる」

「カノ君? ……あ、いた! おーいカノく、シャオレン!!?? ど、どうして一緒に……?」


 響いたのは幾つかの声。黒く赤い世界の中のささやかな緑を踏み鳴らして群れが顔を出す。そこには見知った顔の、コーギー犬。その後ろには数人の影。

 私だけに聞こえるようにシステムが通知音を鳴らす。

「イルゼってことは後ろスターアフロか……遅いのよ、アドハ」

「……リーダー」

「人手、増えたわね。どう、やれそう?」

「当然だ!」

「よしそれじゃあ」

 と。

 現れたプレイヤーの影を飛び越えて、小さなシルエットが宙を舞った。それはくるくると回ったかと思うと争う二匹の頭上へと。途端、シルエットが変質する。長い棒状の影……槍が消え、持ち変えるのは、()()()()()()()()()



「みどりいろのゆめをはみ」


 振り下ろす。



 衝撃は破砕音を伴って、二匹の獣を同時に殴りつけた。緑色の雷に似た光が駆ける。怪物に巻きついた赤い鎖がやはり強く光って、衝撃の威力を引き上げる。結果としてまるで隕石が落ちたかのようなクレーターが生まれた。

 苦悶の声を上げる二匹を気にもせず、舞った土埃を突っ切って、小さな影が私の前に。


「ったく、なに勝手に『極限』戦始めてるの。お前はもうちょっと落ち着きを知れ、なの」

「不可抗力だったのよ、他のみんなは?」

「おっそいから置いてきたの。バカのところにでもいると思うの。……他に言うこととかないの?」

「助けてくれてありがとうね、ヘレン」

「ふふん、言ったでしょ。私が君を助けるよって」


 ヘレンはそう言ってふわりと笑う。


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