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ラクエンプロジェクトをもう一度  作者: カラフルジャックは死にました
第一章 赤ずきんは夢を見ない
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いつか神に至るモノ

 

「『天魔』の世界が解放されたならどちらの世界の法も適用される。『天魔』の世界は永世未終教会だけの閉じられた世界。だけど『神至災禍(ハザード)』のリソースまで閉じ込められないからまあ、『神至災禍』以外の『外』を表層のリソースが補完するだろうね。君も見た水晶だけの大地と教会がカルドルの大地に現れる。それだけだと相互に齟齬が出てエラー吐くけどそこはまあなんとかするんだけど問題は」

「いや語られてもわからないのよ、結局私たちはどうなるの?」

「教会内の君とアレェリスタ、それとえいるとカノンだけが外に出される。教会の中はシオンだけっていうのが法だからね。で、ギルギルギルは安全装置つけたからなぁ、多分『天魔』の世界から切り離されて独立するからそのまま」

「ヘレン達が連れてくるのに時間がかかるってのがそれ?」

「そ。ま、そのままだとその内ギルギルギルまで表層に混じるからそれの応急措置も必要だし……何より問題なのは、えいるがそのままカルドルに落ちるってことだ」

「……『極限(リミット)』は、初めてフィールドに出たプレイヤーに対して現れる」

「そうだ。つまり『天魔』の世界が開いたなら『極限』達がやってくる」

「……大丈夫よ、アレェリスタを信じましょう」



 * * *



「シャオレン……!」

「カノン……出来るなら、ここで会いたくなかったわ」


 えいるを片腕で抱いたままもう片方に握った剣をカノンへと突きつける。炎のように燃えたつ赤髪を持つ少女が憎しみに顔を歪ませて、腕の中のえいるがびくりと身体を震わせた。


「お前こそ誰だ、夏音と何の関係がある……!」

「関係ないわよ。でも、えいるとは関係あるの」

「それが何だ!」

 吠える声に込められた力が私達のアバターを力強く揺るがす錯覚を与える。びりびりと、空気さえカノンの怒気に当てられているかのようだ。張りつめていく空気がゆっくりと息苦しさを満たしていく。

「どうして人殺しを庇うんだ……! 金か、紙月の威光か!?」

「いいえ、どちらでも。そもそもえいるが人を殺したなんて、お前が言ってるだけでしょ。志島夏音は自殺だった。そうよね?」

「信じられるかッ!」

 空気を裂いて、漆黒の大剣が振るわれる。今にも炎を吐き出しそうなそれは、幽花が求め、アレェリスタが握るこの世界最強の大剣。

「そいつは紙月で、通っていたのは六央水(ろくおうすい)学園だ! あの名声を欲するだけの学園と、日本でトップに近い力を持った企業の娘! 誰が、そいつの不祥事など欲するんだ……!」

「紙月と学園が真相を揉み消したと? そんなことするかしら」

「六央水だ、あり得ない話じゃない。……夏音の日記にも似たような話は書いてあったよ、クラスの人間が大きな交通事故を起こしたが、何事もなく登校してたってな」

「ふぅん、そう。えいる、心当たりは?」

「…………」

 腕の中で、えいるは震えながらゆっくりと首を縦に振った。どうにも、事実らしい。

 交通事故……言い方からそのクラスの人間が運転してたのね。車か自転車か、自動運転だと話がかみ合わないし、まあ、自分で運転してたってこと。無免許、事故。大きなって言うからには死者、もしくは一生に残るような傷を負わせた……それさえ、揉み消された。

「……示談になったってことでしょ」

「知るか。問題は、そいつが何食わぬ顔で登校してたってことだ。学園からの罰も、両親からの罰もなく、のうのうと青春を楽しんでいたという前例だ!」

「だから、えいるも同じだと?」

「同じことが起きたとしても、おかしくはないだろ」

「えいるはその六央水って学校を転校したのよ、学校が庇う意味もないでしょ」

「あそこが紙月を離すものか。ほとぼりが冷めたら呼び戻す予定だろう。……それが出来なくとも紙月を敵に回すような真似はしないさ」

「…………話にならないわね」


 厄介だ。もう、カノンの中ではえいるが志島夏音を殺したことが事実になっている。

 カノンの話はとても脆い。何せ情報源が死者が残した日記で、六央水という学園についてもカノン自身の印象だけで語っている。カノンがそこの関係者……生徒や教師という可能性は大いにあるけれど、それだって、一生徒や教師に全貌が捉えられるとは思えない。

 カノンの全ての論理は後付けだ。カノンの中でえいるが志島夏音を死に追いやったことが前提にあるから、それにくっつけるように論理が湧いて出てくる。だから薄氷のように脆く、そして、事件の全貌を知らないからこその未知が「ありえたかもしれない」という可能性になって論理を支えている。


 ……言葉で説き伏せられたなら、それが一番だったけれど。

 ……厄介だ。出来るならこんな状況は避けたかった。

 いや。本当は望んでいた。

 あぁ、全部、今更なのに。


 ちらりとえいるを見る。えいるも私を見ていた。合う目は怯えと恐怖に揺れている。

 現実と変わらない華奢な身体。美しい顔。アドハとも狂いとも違う、天から与えられたかのような美。

 私はゆっくりと、腕から力を抜く。

 選ばなくちゃいけない。そして、私はもう、選んでいる。


「カノン……取引を、しましょう」

「……取引? 今更何を」

「えいるに死なれたら困るの。今、『極限』戦をえいるが発生させてる。私達の『極限』攻略が終わるまで、えいるは死なせられない」

「だからそれが何だとっ!」

「お前が守りなさい」

「……なに?」


 

「お前がえいるを守りなさい。代わりに、えいるを渡してあげる」



「…………よ、る?」

 引き攣る声で、えいるが私の名前を呼ぶ。私は無視する。

「私はえいるが死ななければよくて、『極限』戦をやりたいの。えいるの今のレベルは十三、放っておいたら勝手に死なれるもの」

「……だから俺に守れと? どういうつもりだ!?」

「お前はえいるを殺さない。殺せば、リスポーンで逃げられる。だからお前が適任よ。私達がアンドレイに挑んでいる間に、聞きたいことでも聞けばいい」

「…………っ、な、お前は、えいるの味方じゃないのか!?」

「……な、んで」

「私はもう、傷つけた。シオンの願いを踏みにじって、自分勝手に、自分の為だけに利用した。……私は私の為に貴女の傷を抉るわ。膿んで溶けて、時間のかさぶたが固めていくはずだった傷口を抉って貴女の血潮でこの手を染める」

 アドハは言った。死は救いなのかと。死ぬことで本当に救われるのかと。

 えいるにとって死は救いにならなかった。ならば、志島夏音の自殺は彼女にとっての救いか絶望のどちらだったのか。

 知りたい。でも、どちらでも構わない。

「えいる。これは貴女の問題よ。私には私の願いがある。……選ばなくちゃいけない」

 腕を離す。力の入ってない弱弱しい足は体重を受け止めないまま、えいるは大地に転がった。

 『極限』戦が終わった後、えいるを見捨てた私はあいるさん達から嫌われてまたあの家に戻るのかもしれない。二度と戻りたくないと願ったあの家に、倦怠感と停滞感と閉塞感だけで編まれた空間に、また、居を構える。あるいは高校の関係で帰ることさえ許されないかもしれない。親にも見捨てられたまま、生きていくのかもしれない。

 それでもいい。

 もう道を選んで、私にはやりたいことがあるから。


「カノン、どうするの。取引する、しない?」

「……しないと言ったら?」

「別に。えいるを連れたまま『極限』戦をやるだけよ。私の手間が増えるだけだわ。……私は何としてもえいるを優先するわけじゃない。たとえそうあれと願われたとしても。私には私の願いがある」


 不意に、黒が差した。



 * * *



「『天魔』の世界が解放された時、『天魔』の世界の時間は進む。言い換えれば、表層に『天魔』の『神至災禍(ハザード)』が現れる。あの世界は『神至災禍』に滅ぼされたままで時間が止まってるからね」

「『夜』、だっけ。同じ名前なんてあんまりいい気分じゃないけど」

「通称だし。気になるなら好きな名前で呼べばいいよ」

「はぁ……で、それがどれだけ問題があるの?」

「大問題だねぇ。放っておけば、表層ごと終わるな。二度とアルプロが出来なくなるかもしれない」

「ダメじゃない」

「対策はするよ。流石に他の情報生命体もちょっとくらいは手伝ってくれるだろうし……とはいえ、何とかするまで時間がかかるから。気にしておいてね」

「気にするだけで何とかなるのかしらね。それ、どんな奴なのよ、生き物?」

「ま、生き物って言えば生き物だよ。信じたくはないけど、あれはねぇ」



 * * *



 黒く、暗く。

 世界が闇に沈む。目の前に見えていたはずの景色が一瞬で黒に塗りつぶされる。まるで、太陽そのものを飲み込んだかのような、一寸先も見えない闇。

 アドハによって伝えられた情報が、私の首を上に向けさせた。

 真黒を裂くように一筋の線が走った。何も見えないはずなのに、そう見える。ゆっくりと線は左右へと楕円に開かれていく。

 その中心が赤く光り。


 

 そして、()が、合った。



 赤く、紅く、朱く。鮮血のような鮮烈な色が飛び込んでくる。黒の中にぽかんと浮かぶそれは不吉な赤月を思わせた。けれどそれの正体を私は知っている。

 それは、瞳。

 自身が覆い隠した世界を見下げる、神に至る災害の瞳。

 もう一つの線が真一文字に引かれ、今度は上下の楕円形に歪んでいく。その円の中も、絵に描いたように赤い。



『ギャハハハハハhahahahahahahahahahaハハハッハハハッハハハはははははっッはッははハハハハハハハハハハハハハハハはっはハハハハハはhahahahaは母はhahahaははhaははははははッッッ!!!!!』



 身の毛もよだつ、おぞましい笑い声。

「…………『夜』」


「蝙蝠だよ。でーっかいコウモリ。……惑星を覆い尽くすほどの、ね」


 アドハの声が、淡く、脳に蘇る。


『神至災禍:天魔』

『天魔』の世界に保管される災禍、惑星全てを覆いつくす『夜』。

 その正体は、蝙蝠。標的にした惑星を自身の体躯と翼で完全に覆い隠し、内側から『消化』を始める。一つ目。■■■■が見出した個体機能は『消化器官』。

『消化』

 覆った内側から世界を侵食・崩壊する。『夜』に侵食された物質は無機物、有機物の区別なく水晶となる。惑星全てが水晶となり果てた後、『夜』はゆっくりと食事を始める。



 銀河サイズ(可変式)一つ目コウモリ。

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