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ラクエンプロジェクトをもう一度  作者: カラフルジャックは死にました
第一章 赤ずきんは夢を見ない
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至天と獣 22 ルート

八獄、ビジュがいい

 

「な……にそれ……?」

「これが私のルート。神様に下賜された力が私達の心と結びついて、未知の地平を暴く道標になる」


 私自身も詳しく知らないことを、アドハの受け売りで知った口で話す。

 ルートシステム、「無形」の世界に秘匿されていた拝領品の最奥。拝領品を司る情報生命(アドハ)体が言うその真髄は、拝領品をさらに次のステージへと進ませること。つまり。

 拝領品の進化の解禁。


 拝領品は『無形』サーバーのシステムが理不尽にランダムで決定する。アバターの影響を受けるけれど本質的には抽選、くじ引きと同じだ。ただ当たり外れが個人によって変わるだけ。当然、本人の資質や好みと嚙み合わない拝領品が現れる。

 それはあまりに理不尽で横暴だった。剣を使いたいプレイヤーに魔法用の杖を渡して不満が出ないわけがない。拝領品は批判を浴び、それに対しての紙月の回答が深化だった。

 プレイヤーの行動と思考のログを洗ったPMギアが拝領品をよりそのプレイヤーのスタイルに合致した形へ変化させる。拝領品を使い続ければいつかは使いたい形になりますよと素知らぬ顔で言う。

 だけど深化は、あくまで変化だ。強くも弱くもならず、一長一短の長と短だけが変わっていく。


 神様(システム)が下賜する力は個を顧みないから、アレェリスタのようにプレイスタイルの軸にするか、ファイのように合わないと死蔵するか、狂いのように自分に合うまで深化させ続けるかの三択を選ばざるをえない。


 でもそれは弱さだよ。与えられた力は、想像よりもずっと低いところに限界がある。

 ルートは可能性。拝領品がプレイヤーの根源(root)に根付き、交わり、未知を暴いて困難を退ける道標(route)になる。


「既存の拝領品をさらに上書きし積み重ねる新しい力……! 拝領したものでも深化でもなく、真にプレイヤーとシステムが融和して生まれる唯一特権(オンリーワン)! 『空白ノート(はくしだいほん)』第一章、『夜殺し天明』!」


 紅い刀身を誇る剣に纏う白は遂に剣を覆い尽くした。純白、剣の形に固定された白の光が私の手元で暴れる時を待っている。

「シオン、私にはやりたいことがあるのよ。そのために今、こうしてる」

「……うるさい。私はお前の願いなんて聞いてやらないのに、まだ言葉を交わそうとする意味があるの?」

「あるわよ。だって私もお前も生きてるもの。生きてる限り私達は話し続けるの。私は貴女の絶望をわかってあげられなくて、貴女も私の心がわからなくて、だから、私達は言葉を尽くすしかないのよ」

「……それで。今更、何を言おうというの?」

「貴女を斬るわ。私達の願いの為に」

 白の切っ先を向ける。シオンが息を呑むのを遠く見る。

 鍵を開くため、私達に残されたたった一つの手段。最低なこと。

 シオンにはステータスがない。それは同時にシステムに守られていないことを指している。

 そう、神様(システム)は絶大で理不尽だ。拝領品なんて力を一方的に貸与してきたかと思えば、プレイヤーの身体能力をステータスとレベルで縛る。職、クラス、装備アイテムフィールド諸々、システムによる縛りが存在しないものはプレイヤーにはありえない。

 そしてそれは、生命さえも。

 プレイヤーは死なない。死してもまた蘇る。世界観的には大陸エストの祝福、あるいは呪いと称される死の否定(リスポーン)。だけど、それが働くのはシステムが支配する表層に足を踏み入れた者だけ。

 だから。


「貴女を斬る。斬って、血を流させて、リーリに鍵を開けさせる(死を否定させる)


 表層と融合した情報生命体の世界はシステムの縛りと加護を受ける。不自由と引き換えに、死さえ超越する理不尽を手に入れる。


「……あはは、死の否定? なにそれ……さっきからずっと、私達をバカにすることばかり話して、それで言葉を尽くすって正気なの?」

「本気よ。正気かどうか貴女が確かめなさい」

「……世界弾に呑まれない。死さえ否定する。まさしく神のよう。私達さえ災禍の断片を手に入れたというのに、まるで、まるで……私達にはまだ抵抗の余地があったのだと思い知らせているよう」

「…………」

「……ねぇ、私達も頑張れば世界弾に抵抗する力を見つけられたのかな、生き残れたのかしら? 私達はただ……努力が、足りていなかったのかな?」


 泣いて掠れた声に付随するのは唐突に向けられた銃口だった。即座に溜まる蒼が不意に撃たれる。

 流石にそう何度も当たらないのよ! 

 脳を気合で回し、下した命令は下半身を動かしていく。いい加減見慣れた軌道と速度を容易く、とはいかないけれど危なげなく右に回避。

「ここに来たのが間違いだったね」

 シオンは落ち着いていた。慌てるそぶりもなく、淡々と銃口をずらして私を狙い続ける。

 まずい、ここは高層ビルの屋上。避け続けるには足場に限界がある……!

 二射。またしても右に避ける。最初の立ち位置が中央だったから、これで世界弾二つ分右にずらされる。屋上の縁はもうすぐそこ。


「飛べ!」


 声が鮮明に脳を貫いた。瞬間、私は思考を放棄する。足を縁に、身体を沈めて夕景の摩天楼の宙へ踊り飛ぶ。

 瞬時に私のお腹を銀の鎖が何重にも掴み、引く。隣のビルから伸びる鎖は長く、私はお腹を絞められて内臓が飛び出す錯覚を味わいながら宙を滑っていく。

「よっ、と! おい、聞きたいことが山ほどあるが!」

「何から聞きたい?」

「妙に落ち着いて慌ててないってことはこのステージ変更もお前の仕業かい?」

「ご明察」

「先に言え」

「時間が無かったのよ」

 着地、そして二人して走る。私を追いかけるように追撃の世界弾が摩天楼に橋を架ける。……これ、リソース不干渉を利用して本当に橋に出来ないかしら? 今更か。もう時間切れだ。

「無形」の階層はもう解放された。それはつまり表層と融合し、リソースの全てをマナ世界と同期させたことに等しい。いいえ、勿論蓄えている分だってあるでしょうけれど……要するに今の私は再構成される前の私と同じ。世界弾にも置換にも無力な状態だ。

 当然、剣葬もまた向こうの防御を貫けない。でも……。

「アレェリスタ、状況が更新されたわ。それ、役立たずよ」

「なんだ、じゃあ返すよ」

「あら女性からのプレゼントを受け取れないのかしら? 器量が小さいって嫌われちゃうわよ?」

「君のなけなしの懐事情を慮って返してあげるのさ。それともなんだい? 最高級品(クラスⅣ)の熨斗でも付けたほうが良かったかな?」

「どんな宝石も状況次第じゃゴミなのよ!」

 軽口の間にも世界弾は私達を追い立てる。遮蔽物など意に介さない銃弾は距離を詰めるのが困難なこの状況ではあまりに強力だ。そもそも向こうだけ遠距離攻撃があるのがいけないのよ! こっちは遠距離だろうが近距離だろうが通らないので同じことだけど。

「色々俺より知ってるんだろう! 切り札は!?」

「ある。これよ」

「ルート、ね。よくわからんが、そのフラグも君が踏んだのか。まったく……やっぱりお前は「特別」でこの世界は不平等だな!」

「これは通るわ。ううん、通らせる。だからアレェリスタ、お願いが一つ」

「気を引けって?」

「そう、それと……殺さないようにね」

 遂に移ったビルさえ縁に追いこまれる。世界弾は消えない弾丸、逆走を許さず、だから私達は次に向かって飛び続けるしかない。

「スキル、使えるのかい?」

「一応はね。でも、空駆けだけじゃ一回が限界ね。辿り着くには二回は飛び移らないと無理よ」

「なんだ補正切りの真価が発揮できてないじゃないか」

「言っとくけどね、あれ相当無茶よ」

「体験学習だ! 存分に学べ」

「え、ちょ」

 ふわりと腰から抱えられる。現在最高峰のレベルの近接アタッカーが持つSTRのまま、宙に向かって投げられる。

「飛んだ方がマシだけど!?」

「こっちのが飛距離が出るだろ!」

 離れていく距離でお互い、そうしないと言葉が届かないので怒鳴り合いながら言葉を交わす。

 構えられない態勢はあまりに無防備で、文句を籠めた視線をアレェリスタに向けたなら、そこには弓を構えた男と、的確にそれを抉る軌道で迫る蒼の弾丸がある。

「ほら足場だ! 上手く使え!」

 射る。同時に、その姿が蒼に呑まれる。

「南無……じゃなくて!」

 向かってくる矢に意識を集中する。遅く、矢じりは平たい。スタンプのようだ。まるでそれを踏みつけろと言わんばかりに。

 ええい、やるしかない!

 なんとか前を向く態勢を確保して、後方から迫る矢の軌道を頭の中で確かめる。確かこの辺りだと、半分勘で伸ばした足裏は見事矢を踏みつけた。

 同時にスキルが閃く。

「『壱式』っ」

 加速。

 傍から見れば空中、ビルとビルの中ごろで急加速しているように見えただろう。宙での加速は空気抵抗だけを残して、危なっかしく私を向かいのビルに飛ばす。

 着地は不格好に、ごろごろと転がりまわって衝撃を殺す。追撃の為に勢いよく身を起こし、そうして隣を見れば。

 こちらに銃口を向けるシオンの影。ここはシオンが坐するビルのちょうど右隣り。何度目かになるかわからない、私を殺すための蒼が銃の口に溜まっていく光景。

 シオンと視線がぶつかって。

 発射と同時に駆ける。

 今度は世界弾に向かうように、それでも自殺志願ではないので小さなステップだけで最低限の回避。残しておいたスキルが頭の中で閃く。ドライブ・セカンド。これも、システムによって与えられる不自由の対価。

 AGIの上昇は当然飛距離に影響し、だから、屋上の縁から飛ぶ私の勢いと速さは応じて増加する。空気が壁のように立ち塞がり、室外機の前に立っているのかと思えるほど髪が後ろにたなびく。

 世界弾を撃ち終えたシオンが、無感情に私を見る。そしてやはり銃口を宙の私へと向ける。基本的に空中は身動きが取れない。だからシオンの放つ迎撃は必殺の一撃だった。

「『空……っ、駆けぇ』!」

 基本的には。

 神様の力で空を踏む。一歩だけの足場、狂いの時のようにここからさらにスキルを重ねることもできるけれど、急加速は切ったのでもう手持ちはない。

 足場は宙での跳躍を可能にし、跳ねる力は私一人分を優に飛び越える。私の真下を通過した蒼を尻目に、シオンの待つ屋上へと。

「クライマックスよ!」

「…………見えてるものに、対策をこらさないほどバカじゃないよ」

 着地。同時に。

 蕾が生える。

「『青火花』」

「っ!」

 足に力を入れた時には半分遅かった。身体は前に、爆発は背後でけれど至近距離。背中を焼き焦がして、爆風が私を前へと吹き飛ばす。眼前には溜まっていく蒼の影。

 これは……、()は無理ね! だったら!

「堕ちて、死ね」

「死ねないのよっ!」

 地面につかない足に見切りをつけて、振りかぶって、投げる。純白が夕焼けを白く切り裂いて、蒼の元へと空気を滑る。それはほんの僅かな抵抗。

 けれど悪あがきは成就しない。小さな足取りで一人分の空間へと避けたシオンの残像を、純白は虚しく貫いて飛んでいく。


「当たるものですか」

「当てるのさ!」


 背後からの声にシオンが目を剥いた。反射神経が過剰に反応し、驚くほどの機敏さで背後を向く。

 そこには、世界弾に呑まれたはずの青年の影。通り過ぎていく純白を受け止める。

「なぜ……っ!?」

「空を踏めるんだから()()()()()()()()()()()()()だろう?」

「くッ!」

「遅い」

 瞬時に向けられた銃口は、けれどアレェリスタを捉えなかった。スキル、センス。瞬間で距離を詰め伸ばす手が銃身を掴み、物理的に上へと向ける。放たれた世界弾は銃の構造に従うまま、真っ青の塔を描く。


「お前たちがどれだけ「特別」で、俺の知らないことを知っていたとしても」

「……ああ、やっと」

「アレェリスタっ!」




「やっと、私も、そこへ」

「勝つのは俺だッ!!」




 純白が、一閃する。


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