「さ迷い歩き」
綺麗な海だ。
水平線でゆらゆらと揺れる虚ろな太陽が、夕暮れであることを知らせている。
砂浜には人っ子一人見あたらず、あたりに聞こえるのは波と風の二重唱のみである。
どうやら僕は夢を見ているらしかった。
それに気づいた時、僕の前には大きな畳が立ちふさがっていた。
畳が話しかけてくる。
「いつまでまどろんでいるのか。そろそろ覚醒せんか」
「はい」
僕はそう答えると同時に徐々に意識が遠のいていくのを感じた。
現実に引き戻される。僕は目を覚ました。
「鈍器を持って来る必要はなさそうね」
声の主を見やると、そこにははたして妹が立っていた。
起こしに来たようだ。
僕が何か言う前に彼女は、辟易するというふうに部屋を出て行ってしまった。
おそらく、朝食ができたから呼んでこい、とでも言われたのだろう。
僕は一抹の申し訳なさと共に、のっそりと身を起こした。
脇腹あたりが痛い。蹴り起こされたようだ。
朝食を終えて一服する。
僕は昨日の出来事をぼんやりとしか覚えていなかった。
昨日の女の子の姿も、その周りの景色や空気の匂い、地面から発せられる夏特有の熱気まで。
全てを曇りガラス越しに見ているかのようだ。
そんな状態で唯一鮮明なのは、あの約束だった。
そこまで考えると僕は家を出ていた。しかし、何をすればいいのかがわからない。
考えてみれば変な話だ。海に行くとは言ったものの待ち合わせるだったりとか、そういう具体的なことは何一つとして決めていないのである。
僕はあてもなく、気の向くままに1時間ほど歩いた。
なぜそんなことをしたのかはわからない。でも僕はそうしたのだ。
気がつくと知らない場所に出ていた。周りの景色こそ田んぼばかりなのだが、一つ違いがあった。
それは僕の視線の先にあった。大きな家、いや屋敷だ。
頑丈な木製らしき門で固く閉ざされた、ドラマなどでしか見たことのない大きな屋敷だった。
僕は不思議と引き寄せられるようにそれに近づいていった。近くで見るとなお大きい。
すると不思議なことが起こった。
大きな音を立てながら、ゆっくりとその門が開いたのだ。間も無く全開になると、僕の視界には長い石畳と、それを囲むように立派な和風庭園が広がっていた。
人の姿はない。自動式なのだろうか。
奇怪なことが起こっているのは誰の目にも明らかなのだが、僕は落ち着いていた。
そうして、僕はそうすることが当然であるかのように、義務であるかのように、
何の疑いも持たずに、あるいは何の感情も持たずに、一人、門の中へと足を踏み入れたのだった。
読んでくださりありがとうございます。
サブタイトルが思いつかず、思わぬところで苦戦を強いられました。
話は変わりますが、梅雨は明けたと思い込んでいたところ、どうやら九州だけのようです。
こんなに雨の降らない梅雨は記憶にありませんね。閑話休題。
もしかすると次話投稿の前に短編を挟むかもしれません。見てくだされば幸甚です。
ではまた。