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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、新たな戦いの火蓋
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仮面の道化は紫百合と共に

「イブリス、様……」


「向こうでサラちゃんと一緒に休んでろ。俺がどうにか食い止める」


イブリスは銃を構えながら、フロワに逃げるよう促す。フロワはそれに従い、立ち上がって去っていった。


「追おうとしないんだな。余裕たっぷりか?」


「追ってたらあなたに攻撃されるでしょう? 敵に背を向けてまで獲物を追うほど馬鹿じゃないのよ」


「"blasT"!」


「"absorptioN"」


話を終わらせる前に、イブリスが魔法を放った。


左手を通して放たれた銃弾は、イーグル・アイの前に現れた霧に吸収される。同時に、低く、重厚で、不快な音が鳴り響いた。


共鳴反応。黒と黒の魔法がぶつかり合う。


「ふふふ、まあ余裕があるっていうのも否定はしないわ。あの二人はもう私の手に落ちた……抵抗する力なんてないわ。後でゆっくり追い詰めてあげればいいのよ」


イブリスの魔法を難なく吸収したイーグル・アイはそう語る。


サラとフロワ、あの二人はもうイーグル・アイに抵抗する精神力を持たない。例え戦おうとしても、イーグル・アイの前に立った瞬間、とてつもない恐怖が襲い掛かることになる。


あとはただ、弄ばれるだけ。イーグル・アイにとって、あの二人は最早敵ではないのだ。


「あとは貴方さえどうにかしてしまえば……あ、ちなみにそこ、私の射程内よ」


「――っ!」


数本のダーツが、イブリスを円形に囲んだ。どうやら射程内であれば、ダーツを好きなように生成して飛ばすことができるようだ。


「"chasE"!」


イブリスは身を屈めて飛来するダーツをやり過ごし、もう一度、魔法を放った。相手をどこまででも追い続ける、"chasE"の魔法だ。


「無駄よ、"absorptioN"」


だがそれも再び、イーグル・アイの魔法に吸収された。追跡機能があったとしても、吸収されてしまっては無意味だ。


「……あら?」


が、イブリスの狙いはそこではない。


"absorptioN"を繰り出すとき、イーグル・アイの目の前には黒い霧が現れる。その霧に魔法は吸収されてしまうわけだが……それは、黒い霧によってイーグル・アイの視界が制限されるということでもある。


イブリスの狙いは、そこだった。


「今度は……弾かせないぞっ!」


イーグル・アイがイブリスを見失ったのは一瞬。だが、その一瞬はイブリスには十分すぎた。


制限された視界を利用しての、イーグル・アイへの接近。イブリスはゼロ距離で銃を構え、放った。


イブリスが普段使っている銀の銃弾には、魔力の媒介としての力の他に、退魔の力が宿っている。その力が悪魔に有効なのは、先ほど証明済みだ。


放たれた弾丸はイーグル・アイの左肩を貫くと、そこに黒い、焦げ跡を残した。


「――っ! やるじゃない……っ!」


イーグル・アイは左肩の傷を抑えつつ、イブリスから距離を離した。傷からは黒い煙が上がっている。


人型でも悪魔……やはり、この弾丸は効くようだ。


「"blasT"!」


間髪入れずに、イブリスは次の魔法を放った。


「っ!」


イーグル・アイは今度は"absorptioN"による吸収は行わず、地面を蹴って回避した。同じ戦法はもう通用し無さそうだ。


だが、イブリスが放った魔法は爆破の魔法。地面に着弾した魔法は、小さな爆風を巻き起こす。


「きゃ……!?」


イーグル・アイは爆風に煽られ、バランスを崩して前に倒れこむ。


「止めだっ!」


「なんちゃって」


が、前のめりになったイーグル・アイの背後から、イブリスに向かって数本のダーツが飛来した。


「!!」


イブリスはマントで体を覆い、防御する。


数本のダーツはマントに突き刺さり、イブリスの目前で止まった。


「危ねぇ……」


先ほどのイーグル・アイ自身の発言から推測すると、恐らくイーグル・アイの能力発動のトリガーはこのダーツに刺されることだ。


サラとフロワが両方ともダーツのダメージを受けていることを考えると間違いないだろう。


自分もこのダーツに傷つけられたのなら、何らかの感情を増幅させられて……少なくとも、戦闘不能に陥ることになるのは確かだ。


「さっきの仕返しよ」


「! しまった!」


不意に、背後から声がした。


イブリスがマントで防御し、視界を自ら塞いだ隙に、イーグル・アイが背後に回っていたのだ。皮肉にも、自分がとった戦法と同じ方法で隙を晒した形になる。


イーグル・アイはダーツをイブリスに突き刺そうと構えていた。


「くっ!」


イブリスはマントでそれを振り払い、持っていたダーツを弾き飛ばす。咄嗟の防御ゆえに、その後の隙は避けられない。


「あら、やってくれる……わねっ!」


「ぐぅ……っ!」


がら空きの鳩尾に、イーグル・アイの膝蹴りが炸裂した。


フロワの盾を受け止めるほどの力を持つ悪魔だ。その蹴りの威力も非常に高い。蹴りをマトモ食らったイブリスの体は、派手に吹き飛んだ。


「く……そっ!」


イブリスは痛みに耐え、ふらつきつつも立ち上がる。鳩尾に打撃を食らったおかげで息ができず、とても苦しい。だが、ここで自分が倒れるわけにはいかない。


劣勢ではあるが、勝ち筋がないわけではない。攻撃を防ぐということは、攻撃の効果があるということ。


どこかの隙をついて一発でも魔法を当てられれば、希望はある。


「ン・ン・ン・ン……面白いことになっていますね?」


――だが、現実とはかくも非情なものである。


イーグル・アイの隣に、いつの間にか見知らぬ人物が立っていた。


道化師の服装に身を包み、顔にはピエロのメイクを施した……にやついた表情の仮面を被っている。素顔が見えないためにわかりにくいが、声と身長からしてどうやら男性のようである。


何よりも目に付くのは、仮面を突き抜けて生える、一本の角だった。


新手の悪魔だ。恐らく、『カルテット』の一人。


「あらクロウ、どうしてここにいるの……? 貴方の持ち場はこっちじゃないでしょう?」


「いえいえいえいえ、ボクの持ち場はもう片付きましたから。他の場所へ助力に向かおうかと、ええ、助力にネ。しかし、しかしまあ……大当たり(jackpot)! だったようデスねぇ……」


クロウ、と呼ばれた道化の悪魔はイブリスへ顔を向け、丁寧に、深々と、エンターテイナーのようなお辞儀を披露した。芝居がかった口調が鼻につく。


「ン・ン・ン・ン……Nice to meet you、ミュオソティス君。ボクは『カルテット』の一人、クロウ・ロ・フォビアと申します……どうぞ以後、よろしくお願いいたします。フフフ……」


クロウは自己紹介を終えると、不気味な声で笑い始めた。


「しかし、しかしまあ……ボロボロ、ですねぇ、ミュオソティス君? 見たところ、お連れ様も居ないようデスし。ン・ン・ン・ン……苦戦中、ですか?」


「大きなお世話だ」


悪魔二人が会話を交わしてくれたおかげで、体力はある程度回復できた。イブリスはクロウを見据え、銃口を向ける。


こいつもだ。こいつも、自分の事をミュオソティスと呼んでくる。一体、その名には、どんな意味があるというんだ。自分は……一体何者なんだ。


質問はしない。まともな返答は期待できないし、百歩譲ってちゃんとした回答が得られたとしても、恐らくそれは、イブリスが知りたくない事実だろうから。


「Grrrreat! 二人もの敵を前に決して諦めないとは!」


クロウはしつこい巻き舌とオーバーな拍手でイブリスにわざとらしい称賛を贈る。顔が仮面に包まれていても、イブリスを見下した表情を浮かべているのがまるわかりだ。


「ではではではでは! そんなミュオソティス君の無謀な……いえいえ勇気のある心に敬意を払って! このボクも加勢しようじゃあありませんかぁ!」


クロウが両手を広げると、周囲に植物のツタが這い……見覚えのある、紫色の百合の花が咲き乱れた。


「――!? この植物は……!」


「ン・ン・ン・ン……見覚え、ありますか? ありますよねぇ?」


植物は自分の意志を持つように範囲を広げていき、あたりが紫色の百合で包まれていく。


間違いない。この禍々しい色をした花、生きているようなツタ、そして花が放つ、不思議な香り……


これは、ノゼル・リケイドが操る機械に巻き付いていた、あの植物だ。


「ノゼルを操っていたのは、お前だったのか!」


「That's rrrrrrrRight! その通り!」


クロウがそう叫びながら両手を広げて天を仰ぐ。同時に周囲に這う植物も天に向かってそのツタを伸ばし、クロウと共に決めポーズを取った。


「ンン~最も? 操っていたわけでは、ありません……正確にはボク、いやボクたちはちょーっと背中を押してあげただけなんですよぉ」


クロウはツタと共に身振り手振りを交えながら話す。


「その通り。彼女はいつか他のギルドを倒して自分がトップになるって野望を抱いていたのよね……私がその"野心"を増幅して、そしてクロウがお花を貸してあげたの。それだけよ。元々人間にしては非情な性格だったみたいだし、利用するのはとっても簡単だったわ」


それにイーグル・アイが言葉を続けた。常に動き続けるクロウと、落ち着いた口調で話すイーグル・アイの対比が印象に残る。


この話を信じるのならば、この二人が機巧士(マシニスト)たちが起こした事件の黒幕という事になる。ノゼルを殺したのも、おそらくはこの二人のどちらかだ。


一体、目的はなんだ?


クロウはついさっき、イブリスを見て『大当たり』と口にした。


ヒュグロンの事件でも、アトミスの誘いが無かったとしてもイブリスが巻き込まれる形になっただろう。("野心"を増幅させられたのならアトミスギルドだけでなくイブリスも排除しようとしたはずだ)


だとすれば、目的はイブリスか……イブリスの身の回りの何か。


――!


「……サラ、ちゃん?」


イブリスの脳裏に走ったのは、自分と行動を共にする少女の顔だった。


あの少女の持つ、純粋な"白"。それは特別なものであると言えるだろう。


ノゼルは……悪魔の手にかかったノゼル・リケイドは、サラの持つ特別な白に、異常な執着を見せていた。


その"特別"は、人間にとっての"特別"……それだけなのか? もしも純白という属性が、悪魔たちにとっても特別な意味を持つとしたら、どうなる?


「……もう一度聞く。お前たちの目的はなんだ」


イブリスは二人の悪魔を睨み付け、もう一度質問をする。


ちゃんとした答えは期待していない。ただ、反応が見られればそれでいい。


「あら……? 貴方はもう、答えに(・・・)たどり着いて(・・・・・・)いるように(・・・・・)見えるのだけれど(・・・・・・・・)?」


「"miragE"!」


イーグル・アイが返答するや否や、イブリスは魔法で身を隠した。


間違いない、奴ら悪魔の目的はサラ、そして彼女に宿る純粋な白だ。


だとすればマズい。サラは先ほど逃がしてしまった。安全な場所に隠れている事を信じたいが、今、この街に安全な場所など存在するかどうかもわからない。


だから、イブリスは遁走を選んだ。イーグル・アイとクロウの相手をしている場合ではない、彼女の安全を確保しなければ。このままでは他の悪魔に襲われるか、イブリスが倒れてあの二人に攫われるかのどちらかだ。


早急にサラを助け出さなければ。イブリスはサラとフロワが逃げていった方向へ走り出す。


「フフフ、逃がさないわよ」


「追えるのですか? "miragE"で身を隠されてはボクらも簡単には見つけられないデスよ?」


「ミュオソティス君は追えなくても他の二人ならどっちの方向に逃げたかわかってるわ」


イーグル・アイもサラたちが逃げていった方向を見る。


「どっちが早くお仲間の元にたどり着けるか……競争ね?」


次の瞬間、イーグル・アイの背中に一対の翼が生えた。


見た目は鷹の翼の様にも見える。禍々しくもどこか美しさを感じさせる、黒い翼だ。


空からの捜索……イーグル・アイは翼を羽ばたかせ、クロウを置いて飛び立っていった。


「グッドラック……ですねぇ、フフフ……」


残されたクロウはイーグル・アイを見送ると、仮面の下で口を吊り上げ、不気味に笑う。


「さてさてボクは……フフフフフフ……」


そして、いかにも何かを企んでいる様子で……未だに悪魔と人間たちが争う街を歩み始めた。

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