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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、新たな戦いの火蓋
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-Quartet- Eagle Eye

「イーグル・アイ……人型の悪魔、か」


イブリスが銃をイーグル・アイに向けながら呟いた。サラはイブリスの後ろに隠れ、フロワは盾を持って警戒している。


「あら、まさか悪魔があんな醜い怪物ばかりだと思っていたのかしら? 私たちはあんな下級悪魔どもとは違うのよ」


イーグル・アイは両手をあげ、首を横に振ってやれやれという仕草を見せた。


「私たち……か。つまりお前みたいな人型の悪魔が他にも居るって事だな。『カルテット』っつーのはその集まりか? 名前からして……4人ってとこか。この襲撃はお前らの指揮だな?」


「あら、お見事ね、ぜーんぶその通りよ」


恐らく、イーグル・アイを含む『カルテット』と呼ばれる4人が、悪魔たちのまとめ役なのだろう。悪魔たちがチームを組んで動いていたのも、恐らく『カルテット』の指示。


さしずめ下級悪魔を統率する、上級悪魔といったところか。


「……目的はなんだ」


「ふふふ、さあ? それも当ててみたらどうかしら?」


銃口を向けられているというのに、イーグル・アイは全く動じていない。


動じる必要がないのだ。銃弾ごとき簡単にいなせるということは、つい先ほど証明されている。イブリスからしてみても、当てられる気がしない。


やはり、黒属性魔法で勝負をかけるしかないらしい。


「それにしても面白いメンバーね、貴方達」


イーグル・アイはイブリスたち3人の顔を順番に見ていきながら、興味深そうに話す。


「"アレ"を見つけたと聞いた時には、まさか悪魔まで一緒に居る(・・・・・・・・・)なんて思っていなかったわ」


「っ!?」


イブリスの、銃を持つ手が震えた。


「まあ、どうやら本人にその自覚はないようだけれど……ねえ、ミュオソティス君?」


イーグル・アイは意地悪な笑みを浮かべながら、イブリスに――ミュオソティスという名で、だが――そう問いかけた。イブリスの中を、様々な思いが駆け巡る。


自分たちの中に、悪魔が混ざっているだと? 悪魔は……黒属性魔法を使う。そんな特徴、当てはまるのは一人しかいない。


「動揺が隠せてないわよ、ミュオソティス君」


「くっ!」


イブリスが銃の引き金を引いた。


銃声と共に銀の銃弾が撃ちだされる。だが、弾丸は明後日の方向へ。


イーグル・アイは動いていない。迎撃や防御にあたる行為は一切行っていない。ただ、イブリスの狙いが動揺によって大幅にそれたのだ。


「どうしたのかしら? 私を撃つんじゃないの?」


イーグル・アイはイブリスを煽るように見つめている。


余裕を失う様子はないが、隙はない。常に攻撃に対応できるように備えているようだ。動揺しているイブリスはもちろん、フロワも中々手を出せない。


「イブリス様、落ち着いてください。動揺していては相手の思う壺です」


「……ああ」


フロワがイブリスを宥めた。


相手の思う壺、それはわかっている。だが、自分の知らない自分を、敵が知っている。この事実に、心を揺さぶられてしまったのだ。


イブリスは息を大きく吸い込んで、吐き出した。落ち着け、イーグル・アイが何を知っていようと、自分が何者であろうと……目の前の存在は敵だ。


やらなければ、やられる。ならばやるだけ。簡単なことだ。


「もう大丈夫だ……さっさと終わらせよう」


イブリスは銃を構えなおした。イーグル・アイを、真っ直ぐと見つめて。


「敵の武器の破壊力はあまり高くありません。被害を最小限に抑えながら、サラさんの回復を受けていれば、問題なく撃退できます」


フロワも盾を構えなおす。


敵の武器は所詮ダーツだ。深く突き刺されば痛みは大きいが、それでもサラの回復が十分追いつくレベル。ひとつひとつの攻撃が軽いため、フロワの防御がかなり効果的に働く。


話術によって揺さぶりをかけられはしたが、冷静に考えればそこまで恐ろしい相手ではない。


「本当にそううまくいくかしらね?」


「……何?」


だが、それはイーグル・アイの戦略がこれだけなら、の話だ。


「確かに私の武器じゃあ急所でも狙わなきゃ致命傷は難しいわ。攻撃力が少ないのは確かだもの。でも……大抵そういうものには別の恐ろしさがあるものなのよ」


イーグル・アイはダーツを掲げて見せた。妖艶な笑みは今まで通りだが、その目は獲物を狙う鷹のように鋭いものになっている。


「何だと……まさか、毒かなにかを……!?」


「残念、不正解ね。ふふふ、ところでその子、一体どうしたのかしら?」


イーグル・アイがサラを指差した。


そういえば、ダーツに刺されたあたりからサラがやけにおとなしい。あれ以来喋っていないし、ずっとイブリスの影に隠れたまま出てきていない。


イブリスは、自分の後ろに隠れたサラに目を向ける。


「な――さ、サラちゃん!?」


サラは……イブリスの腕にしがみつき、恐怖に怯えた表情でガタガタと震えていた。


先ほどまでは動揺で気がつかなかったが、イブリスの腕にも伝わるほどの勢いの震えだ。


「こ……怖いんです。なんだか分からないけど……あの人が、怖くてたまらないんです……! 助けて下さい……イブリスさん、助けて……!」


サラは震えながら、怯えて、涙に潤んだ瞳でイブリスに助けを求める。


演技や何かではない。本当に、心の底から恐怖を感じている目。震えと合わせて、尋常ではない恐怖をこれでもかと感じさせる。


突然こうなった理由は、どうやらサラ自身にも分かっていないようだ。先ほどまでは何ともなかったのに、突然イーグル・アイに対するとても大きな恐怖が心を支配したのだ。


「奴の仕業か……!」


イブリスはイーグル・アイを睨みつけた。イーグル・アイは相変わらず不敵な笑みを浮かべている。


「ふふ、折角だから教えてあげるわ。私たち『カルテット』はね、皆、人の精神的な部分に干渉できる力を持っているのよ」


イーグル・アイはそう言って得意げに手に持ったダーツを構える。今度はしっかりとしたフォームだ。


「私が干渉するのは感情。私は人の感情を増幅させることが出来るの……その子の中には私に対する"恐怖"が少しだけあったから、それをちょっと膨らませてもらったわ」


イーグル・アイはフロワに向かって構えたダーツを放り投げる。フロワは問題なくそれを盾で防いだ。


「感情の、増幅……だと?」


イブリスはもう一度、自分にしがみつくサラを見る。


最早イーグル・アイを視界に入れることすら恐ろしいらしい。完全にイブリスの後ろに回り込んで、その背中に顔をうずめている。多分、イーグル・アイを一目見るだけで気絶してしまうだろう。


相手が未知の悪魔なのだから、少しくらいの恐怖が生まれるのは当然だ。イブリスも、恐怖がないかと言われるとあまり自信はない。サラは特殊な魔力を持つとはいえ一般人なのだから、恐怖を抱いたって仕方はない。


だがサラが抱いていた恐怖は決して大きなものではなかったはずだ。少なくとも、イーグル・アイを前にしても普段どおり戦おうと振舞えるくらいには。


つまり……イーグル・アイの手にかかればたった少しの感情でも、心と行動を支配するほどに大きなものに出来るということ。


"恐怖"、"嫉妬"、"不安"、"悲しみ"、"怒り"。


「――! まさか、あのヒュグロンの連中もお前の手に!?」


そして、"憎しみ"。


「あはっ、鋭いわね? ええ、その通りよ」


先ほど自分たちを襲ってきた冒険者たち。あれはどこか様子がおかしかった。


それもイーグル・アイの仕業だったのだ。彼らは、イブリスに対する"憎しみ"を増幅されていたのである。我を失わない程度に。


「さっきから私のこと、次々見抜かれちゃってるわね。そういうところ、素敵だと思うわ、ミュオソティス君」


イーグル・アイは妖艶な表情でイブリスを誘惑するように見つめる。


「黙れ! ……何者なんだ、そのミュオソティスってのは……!」


一方、イブリスは苦い顔で容赦なく発砲した。銃弾はイーグル・アイのダーツに容易く弾かれる。


ミュオソティス。『カルテット』の目的も気になるが、イブリスが一番気にしているのはこの名だ。


これは自分(・・・・・)の名前なのか?(・・・・・・・) そして、奴は本当に(・・・・・)自分の正体(・・・・・)を知っているのか?(・・・・・・・・・)


ミュオソティスという名を聞くたびに、イブリスの中にそんな思考が渦巻く。


「あら……本当に記憶が消えちゃってるのね。ま、いいわ、どうせあなたたちはここまでなんだから」


イーグル・アイは再び何本ものダーツを手に持って、攻撃の態勢に入る。黒い魔力で具現化しているのだろうか、どこからか取り出しているような様子はない。


「そんな様子じゃあ、回復役は動けそうにないものね? 一撃でも深い傷を負わせられれば……あなたたちに勝ち目はなくなるわ」


「……」


イブリスは後ろで震えるサラを庇う様にしながら、銃口を自分の頭へ向ける。


「させないわよ?」


「っ!」


その瞬間、イーグル・アイがダーツを一本、投げた。


どうやらイブリスの事は向こうも良く知っているらしい。魔法の発動条件も、既に知られているようだ。


イブリスは銃撃でダーツを撃ち落そうとするが、その前にフロワが割り込んで、ダーツからイブリスを守った。


「――! すまんフロワ! 助かった!」


イブリスが礼の言葉を述べると、フロワはゆっくりとイブリスの方を見た。


否。その視線はイブリスに向けられたものではない。フロワの目に映るのは、イブリスの後ろに隠れるサラだ。


「……? フロワ、どうした?」


返事はなかった。


どこかフロワの様子がおかしい。隠れるサラを見たまま瞬きもせず、何も言わずにただただ立っている。


その瞳の奥には、静かな、怒りの炎が燃えているように見えた。


「サラさん……」


フロワは静かにサラの名前を呼ぶ。


サラからの返答は無い。ただただ、イブリスの背中で震えるのみだ。


「……っ!」


フロワはイーグル・アイを怒りをこめた目で睨み付けた。


「サラさんを……元に戻しなさい」


「え? 嫌よ、どうして私に不利になるようなことをしなくちゃいけないの?」


「無理やりにでも戻してもらいます!」


フロワは跳躍した。


低い姿勢で力を溜めてからの、思い切った跳躍。そのスピードは凄まじく、瞬きする間にイーグル・アイの元へと辿りつく。


フロワは空中で盾を二つに分け、片方の盾に落下の勢いを乗せてイーグル・アイを押しつぶそうとした。しかし、イーグル・アイはバックステップで軽々とそれを回避する。


「駄目だフロワッ! 感情に身を任せるんじゃあない!」


「ご心配なく、イブリス様……このまま押し切ります!」


フロワはもう片手の盾を、イーグル・アイに追撃を仕掛けるべく構えた。


盾の分離は、この為に。押しつぶしを回避された時のことを考えて、追撃の余地を残していたのだ。


「捉えた……今度はかわさせません」


構えた盾を思いきり振るい、イーグル・アイに殴りかかる。


十二分に距離を詰めながらの攻撃で、後ろには回避させない。同時に、反対側の盾を構えることで、横方向への回避も封じる。


これなら、間違いなく当てられる。たった一発だけのダメージ。たった一発だけだが、とても大きなダメージだ。


「安心しなさい、かわす気なんてないわ」


だが、攻撃を受ける側の選択肢を全て封じたわけではない。防御(・・)という選択肢を、フロワは失念していたのだ。


「――!?」


イーグル・アイは、フロワの攻撃をあろうことか真正面から防御したのである。両手を使い、盾を受け止めている。


「あら……女の子だからって、非力だと思ったのかしら……?」


流石に少々苦しいようだが、それでも、フロワの力と競り合っている。


「ふふ、あなたも……凄い力じゃない。元からこうなのかしら、それとも……お友達をおかしくされた、"怒り"からかしら?」


イーグル・アイは多少表情を歪めながらも、妖艶な笑みを崩さない。フロワは何も言わず、競り合いを続けている。


見たところ、戦況はフロワに有利。だが……


「でも……その"怒り"も、私に操られたものだとは思わないのかしら?」


それがひっくり返るのは、一瞬であった。


「っ!?」


「"恐怖"したわね?」


「上だ、フロワっ!」


突如、フロワの頭上から何本ものダーツが降り注いだ。


あまりにも数が多い。突然の攻撃だったこともあり、防御も間に合わず、突き刺さりこそしなかったが、数本のダーツがフロワの体を掠めた。


「あなたは"恐怖"したわ。ほんの少しでも、私に"恐怖"という感情を抱いた。そして私のダーツを受けた。これであなたもおしまいよ」


「あっ……!?」


その時、フロワの心を黒い何かが支配した。


イーグル・アイに対する恐怖が、この場から逃げ出したいという気持ちが、心の奥底から無尽蔵に湧き出してくる。


湧き水のように染み出してきたその感情は、あっという間にフロワの心を恐怖で満たした。


「あ……あぁ……」


二つの盾がフロワの手から離れる。


怖い、怖い、怖い。一刻も早く、この悪魔から離れなければ。フロワは後ずさりしながらバランスを崩し、しりもちをつく。


「あらあら、さっきまではあんなに勇ましかったのに、情けないわねぇ。あ、そうそう。あなたの"怒り"、私何も弄ってないわよ。あれはあなた自身が抱いた感情。良かったわね」


イーグル・アイは先程と打って変わって冷たい表情でしりもちをついたフロワに迫る。


「あ、あぁ……こ、こないで……」


「ダーメ。さっきの盾、受け止める時にも結構痛かったし……あなた、生かしておくと厄介そうだわ」


フロワは今にも泣き出しそうな表情で、そう訴えた。


勿論、イーグル・アイがそれを聞き入れることは無い。戦闘不能となったフロワに、ゆっくりと、確実に近づいていく。


「普通の女の子みたいな声出しやがって。らしくないぞ、フロワ……」


だが、イーグル・アイの目の前に、イブリスが立ちはだかった。

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