怪力メイドの新兵器
「どこに行った……」
裏路地に入った私たち。けれど、フロワちゃんの姿は見えない。
ここから見るだけでも曲がり角がいくつも見える。きっと相当入り組んでいるんだろう。
「これ、見つけるのかなり大変じゃないですか……?」
「そう遠くには行ってないはずだ。完全に見失う前に探すぞ」
イブリスさんは近くの角から順番に覗いて、フロワちゃんが居ないか確かめていく。
私もイブリスさんとは違う角を調べてみる……けれど、なかなかフロワちゃんの姿は見当たらない。
角を曲がった向こうにも分かれ道があったりするし、もしもあちこち曲がっていってしまっていたら、見つけるのにはかなりの労力が必要になりそうだ。
「サラちゃん、居たぞ」
なんて思っていたのだけれど、意外にも早く見つかったみたいだ。
イブリスさんが覗く角のほうへ行ってみると、フロワちゃんはちょうど、その更に向こうの角を曲がったところだった。姿は見えなかったけれど、ドレスのスカートがちらりと見えたのだ。
「間違いないですね。見失わなくて良かったです」
私たちはすぐに道を進み、フロワちゃんが曲がった角を覗く。
「……あれ?」
けれど、そこにフロワちゃんの姿は無かった。
「居ないだと……!? 一体どういうことだ?」
イブリスさんが思わず角を飛び出す。
この道はずっと直線が続いている道だ。見たところ、隠れられるような場所もない。少なくとも、曲がってからすぐに姿を消すことはできなさそうだ。
だけど、この先に行ったはずのフロワちゃんの姿は無い。まるで、神隠しにあったように、忽然と消えてしまっている。
「変ですね、確かにこっちに行ったはずなのに……」
「猛ダッシュで向こうまで行ったとかか?」
イブリスさんが道の奥のほうを見て言う。
確かに、隠れるとしたらこの向こうの角だけれど……軽く20メートルは距離がありそう。さっきこの道に入ってから、私たちが来るまでの間であそこまで走れるなんて……
「いくらフロワちゃんでも流石にそれは……できなくもないかもしれないですけど」
うん、ここでありえないとは言い切れないのがフロワちゃんの凄いところだ。同い年の女の子のはずなのにあの子の身体能力は本当によくわからない。
「どっちにしろ向こうに行くしかなさそうだな。サラちゃん、走って――っ!? なんだ!?」
その時突然、私たちの頭上から何かが降ってきた。
それはイブリスさんめがけて落ちてきたけれど、イブリスさんはすぐに移動したおかげで直撃を回避した。
相当重いものみたいだ。地面に落下した瞬間、石畳の道にひびが入る。あれが直撃していたら、重傷は免れなかっただろう。当たらなくてよかった……
イブリスさんは銃を取り出して身構えた。すぐに戦える体勢だ。
一体、何が降ってきたんだろう……? 私はそれを改めてよく見てみる。
それはどうやら、大きな盾のようだった。扉一枚の大きさはあろうかという盾が、私たちの目の前に佇んでいる。あまりにも大きすぎて、盾を持っている人はここからじゃ見えない。
……え? 盾!?
「イブリスさん、これもしかして……わわ!」
言い切る前に、その盾は猛スピードで迫ってきた。このまま突進で私たちを突き飛ばすつもりみたいだ。
「逃げるぞ!」
イブリスさんは迫り来る盾を背にして走り出した。私も一緒にダッシュする。
というかこれ、フロワちゃんだよね!? 絶対そうだよね!? きっと盾で姿が見えないから、私たちだって気づいてないんだ!
「なるほどな、屋根の上に隠れてたわけだ! そりゃあたりを探しても見つかるはずがない!」
「ど、どうにかして誤解を解かないと!」
フロワちゃんはどんどん私たちに近づいてくる。大盾を持っているフロワちゃんより私たちのほうが身軽なのに、それでもフロワちゃんのほうが速い。
あの短時間で屋根に上ったのも含めて、やっぱりこの子の身体能力は凄い。なんて、感心している場合じゃなくて!
「あそこで左右に分かれるぞ! それで俺たちだって気がつくだろう!」
「はい!」
しばらく走ると、道が左右に分かれていた。ここで左右別々に曲がれば、イブリスさんと私、どちらかの姿は見えるはず。そうなれば、フロワちゃんも私たちのことが分かるはずだ。
「よし、曲がれ!」
イブリスさんの合図で、私は左、イブリスさんは右に曲がった。
フロワちゃんはすぐに右に曲がり、イブリスさんの方向へ向かう。盾を持ったフロワちゃんの後ろ姿が、私から見えた。
「フロワちゃ――」
と、思ったその瞬間、私の視界は盾で遮られた。
イブリスさんに向けられていた盾がこちらに向けられた――わけじゃあない。
イブリスさんと私、両方に盾が向けられている。
「なん――だあ、こりゃあ!?」
盾の向こう側で、イブリスさんが驚きの声を上げた。
フロワちゃんの盾が、縦に真っ二つに分かれている。二つに分かれた盾を両手に持って、私とイブリスさんに向けているのだ。
イブリスさんが叫ぶのも分かる。というか、私だってびっくりして叫びそうになった。だってこんなの見たことが無かったから。
「! まずい! 避けろ!」
私たちは、驚いて怯んでいるけれど、フロワちゃんはそんなこと気にしてくれない。むしろこれは、向こうからすれば攻撃の絶好のチャンス。
私たちに向けられていた盾が、思いっきり投げつけられた。
「きゃっ!?」
「くっ!」
イブリスさんの警告があったおかげで、どうにか盾は避けられた。イブリスさんもうまくかわしたみたいだ。
投げられた盾は地面に落ちて、石と金属のぶつかる重厚な音を響かせた。音を聞くだけで、当たっていたらどれだけ強い衝撃が来たか想像できる。
「さ、サラさん……? イブリス様?」
盾を手放したことでようやく私たちだと分かってくれた。今度はフロワちゃんがびっくりした様子を見せている。
「やっとこさ気付きやがったな……はぁ、大怪我するところだったぜ。仲間の攻撃で重傷だなんて笑い話にもならん」
「これは……一体、どういうことですか?」
「え、えっとね」
フロワちゃんはまだ状況が掴めないようで、ずっと困惑した表情を浮かべている。
もうここまできたら尾行もなにもない。私たちは、フロワちゃんに事情を説明した。
「と、言うと……ずっと私を尾行していたのは、お二人だったと……」
「そういうこと。ごめんね、どうしても気になっちゃって」
「こちらこそ申し訳ありません、敵かと思い、罠にかけるような真似を……」
フロワちゃん曰く、この路地に入り込んだのは自分を尾行している人――つまりは私たちなのだけれど――をおびき出すためだったらしい。実際、それは見事に成功して、私たちが追われる形になったわけだ。
「しっかし、どこでバレたんだ?」
「魔石屋で買い物を済ませた時でしょうか」
「あ、やっぱりバレてたんだ、あれ……」
この子を尾行なんて、私たちには難易度がちょっと高すぎたかな……
「油断ができる時期ではありませんので、できる限りの警戒をしていました。まさか尾行しているのがお二人とは夢にも思っていませんでしたが」
フロワちゃんはそう言いながら地面に落ちた盾を拾い上げた。二つの盾はまたくっ付いて、一つの大きな盾に戻る。
「そうそう、なんなんだそいつは? 今までの盾とは違うよな」
「こちらですか。はい、新調した盾です。正確には今まで使用していた盾を改造したものですので、新調したというのは相応しくない言い方かもしれませんが……」
イブリスさんが質問すると、フロワちゃんは持っている盾を私たちが見やすいよう、こちらに向けてくれた。
「この盾の"機能"は……先ほど、ご覧になられた通りです。両手に盾を持てるので、今までよりも小回りの利いた防御が出来るようになります。攻撃の際の手数もこれで増やせるかと。勿論、今までどおり一枚の盾としての運用も可能です」
フロワちゃんは説明しながら、盾を二つに分けたり、それを戻したりしてくれる。
とてもスムーズな動きだ、合体と分離は簡単に行えるらしい。だからさっきも、あんなに素早く盾を分離できたんだろう。
「すごい! すごいね、新兵器じゃん! これ、フロワちゃんが考えたの?」
「構想は以前からありました。主様から頂ける駄賃を少しずつ貯めて、製作を依頼できるだけのお金がようやく貯まりましたので、本日朝一番であちらの工房に依頼を」
流石フロワちゃん。ラディスさんからのお小遣いもちゃんと計画的に使っている。
けれど、ここまで大掛かりな盾の改造なんだから、安くは済まなかったはず。そんなにお金を貯めるのはかなり大変だっただろう。
「これでクエストがまた少し楽になりますね、イブリスさん!」
「まあな……買った魔石はそいつのためか?」
イブリスさんが盾の一部分を指差しながら聞く。そこには、なにかをはめられそうなくぼみがあった。
「ご名答です。盾を二つに分ける以上、盾用の魔石も二つ必要になってしまいますから。一つは前から使っていたものを流用できますが、もう一つは購入する必要があったのです」
なるほど、あの魔石は自分で使うものじゃなく、この盾で補助を受けるための魔石だったんだ。
今までの盾にも"Saint Defender"の効果を増幅する機構は備わっていたけれど、それが左右両方の盾に必要になるってことだね。
「サラさんは、補助の手間が少々増える形になってしまいますが……」
「ううん、気にしないで。それで戦いやすくなるんだったら、そっちの方が良いに決まってるもんね。それに、たくさん魔法を使えた方が、私も役に立ってるって実感が湧くから!」
たかだか魔法一回分くらいの手間で心配することもないのに。フロワちゃんも中々神経質な子だ。
「それで、お二人は……これからどうするのですか?」
フロワちゃんが私たちに尋ねる。
「んんっと……どうするもこうするも、このまま宿をとるさ。無駄に疲れちまってクエストに行く気力もない」
イブリスさんは大きく背伸びをしてそう答えた。返答の後には、軽い欠伸もおまけでついてくる。
そこで私もかなりの体力を消耗していることに気が付いた。思いがけない追いかけっこが始まってしまったおかげで、さっきよりも疲れがたまってしまったみたいだ。
「そうですか。では、ご一緒致します」
「ん? いいのか?」
「はい、用事はもう済みましたので」
「なんだそうか。さっきみたいに洋服見に行ったりしたいんじゃねぇかなーと、少し思ったんだがな?」
イブリスさんはニヤニヤしながら、フロワちゃんを見下ろしている。
一方のフロワちゃんはしばらくキョトンとしてイブリスさんと目を合わせていたけれど、イブリスさんの言う意味を理解した途端、目を逸らした。
「あ、あれは、ですね、その……」
フロワちゃんが珍しく、あからさまに動揺している。
尾行に気づいたのは魔石屋だけど、その前に入っていた服屋さんに入っているところを見られているとは思っていなかったんだろう。洋服を見るのが自分らしくないという自覚はあるらしい。
加えて今の自分の服装がいつもと違うことも思い出したみたいで、盾を自分の体が隠れるように持ちなおした。
「ただ、少し興味が湧いただけでして……」
「もう、そんな恥ずかしがることないのに」
「はは、少し意地悪が過ぎたな。ほれ行くぞ。今日はもうゆっくり休むとしよう」
「あ、ま、待ってくださいよイブリスさん!」
笑って、大通りのほうへ向かっていくイブリスさんに、私は慌てて着いていく。フロワちゃんも盾を折りたたんで布にくるみ、私に続いた。
私たち三人はそうして、いつものルベイルさんの宿へと向かう。いつもよりも、少し早めの時間に。
「……へぇ」
路地の奥から私たちを見つめる視線に、気づくこともなく。
***
「来るなら……そろそろか」
"機関"本部。その中でも上層階に位置する部屋。
そこの窓からアヴェントの街を見下ろしながら、一人の青年――ラディス・フェイカーが呟いた。
その目は細く、かつ鋭く見開かれている。これから訪れる何かへの危惧なのか、それとも。
「止まっていた歴史が、ついに動き出す……か」
ラディスは窓から離れ、自分のデスクにゆっくりと、深く腰掛ける。
それからしばらく俯いて思慮にふけると、今度は部屋の隅に立てかけられた自分の得物に視線を運んだ。
「どうやら僕も……腹をくくる必要がありそうだ」
誰に語るわけでもない、ただ、一人で呟き続けるラディスの雰囲気は、いつもとは一線を画している。
もし、この場に他の誰かがいたのであれば、これから大きな出来事が起こるであろうことを嫌でも感じ取ることができたであろう。
「これから大変になるぞ、イブリス……サラちゃん」
ラディスは座ったまま、遠い目で窓の向こうの空を見つめた。





