従者、休暇を取る
「ほい、クエスト達成してきたぞ」
「はい、お疲れ様です。今報酬を用意しますね」
イブリスさんとセレナさんがリズミカルに言葉を交わす。
ここは"機関"の本部のフリークエスト窓口。いつものようにクエストを終えて帰ってきたところだ。
「んんっと、今日も順調ですね」
「順調でなにより。何もないのが一番だ」
私は背伸びをして、イブリスさんと他愛も無い話をする。報酬金の用意を待つ間はこうしてクエストの反省をしたり、雑談をしたりするのが日課だ。
あれから五日。今のところ悪魔の襲撃なんて様子もなく……"機関"のほうはノゼルさんを殺害した犯人の捜索に苦労しているみたいで、ラディスさんからも何の連絡もない。
そんなわけで、私たちは日常生活に戻っていた。アトミスからも離れて、フリーター生活の再開。大変ではあるけれど、私はこっちのほうが好きかもしれない。
「よいしょ……お待たせしました」
しばらく待つと、セレナさんが重量のありそうな麻袋を持って戻ってくる。
「よーし、確かに」
イブリスさんは中身を確認して、その麻袋を受け取った。この流れも見慣れた光景だ。
「サラさん、怪我はないですか?」
「はい、大丈夫です!」
セレナさんはこうしてちょくちょく私のことを気にかけてくれる。これも珍しいことではないけれど……なんだか最近は、いつにも増してこう聞かれることが多くなった気がする。その理由はわかっているんだけれど。
「相変わらず心配性だな……」
「心配するに決まってるじゃないですか! あんなことがあった後なんですよ?」
まあ、こういうこと。私がヒュグロンに誘拐されたことを聞いてから、ずっとこんな調子らしい。
「悪かったと思ってるから、過ぎたことをいちいち蒸し返すなって。それにちゃんとサラちゃんも取り返したろ?」
「そういう問題じゃありません! そもそも誘拐されなければ取り返す必要なんて……」
「ああもうわかった! わかったから、もう勘弁してくれ! 言われなくてもちゃんと気をつけてるって!」
「うわわ、ちょっと二人とも、やめてくださいよ!?」
"機関"本部の一角で突然口喧嘩が始まってしまった。
しかもそれが冒険者と"機関"職員によるものということで、自然と周りの冒険者から視線が集まる。もっと言うと冒険者はある意味有名人の黒の魔術師なんだから、周りもどよめいている。
「ほ、ほら! 皆心配してるじゃないですか!」
「っと、すまんすまん……」「あっ、ごめんなさい……」
私がちょっと強めに声を出すと、なんとか二人とも言い争いをやめてくれた。
「というかセレナさん! 私がさらわれちゃったのは、私が無理して動こうとしたからで……イブリスさんは悪くないですからね!」
「で、でも……」
「でもじゃないです! って何で私がこんな説教してるの!?」
……なんだか変な空気になってしまった気がするけれど、とりあえず野次馬は居なくなったみたい。言い争いも収まったし、結果オーライだよね。
「……あれ? そういえば今日はあのメイドの子……えっと、フロワさんはどうしたんですか?」
そこで、セレナさんが違和感に気づいたらしい。
そう、実は今日はフロワちゃんが同行してない。私とイブリスさん、二人だけでクエストに行っているのだ。
「ああ、あいつなら昨日の晩に、急に休暇を取りたいって言い出してな……『可能であれば、明日お暇を頂きたいのですが』つってな」
「はぁ……それで今日、お二人だけなんですか」
「そういうことだ。悪魔からの襲撃があるかもってこの時期に許可するのもどうかと思ったんだが、まあ、フロワが意味も無く休暇を申請するなんて思えなかったんでな」
「イブリスさん」
「……あとはサラちゃんの後押しがあったからだ」
私が冷たく睨みつけると、イブリスさんは目を逸らしながら付け足した。全くもう、最初は反対するつもりだったのに、うまい事言うなぁ。
でも、意味も無く休むとは思えない……っていうのはきっと本心だと思う。だって、私もそう思うから。私が後押ししたのは単純にフロワちゃんの希望を尊重したからだけれど。
フロワちゃんが居ないとやっぱりちょっと大変だけれど、こうして初心に帰って二人だけでクエストを攻略するのも中々楽しい。出会って間もない頃を思い出す。
……出会って間もない頃、か。
私が覚えていても、イブリスさんがそれを忘れていってしまうと思うと、なんだかとても切なくなる。
「さて、そろそろいい時間だし、昼飯にするか」
「そうですね!」
「いきなり目が輝きだしたなおい……んじゃ、後でまた来るぜ」
「はい、お待ちしてますよ」
私たちはセレナさんに軽く挨拶をして、"機関"本部を後にする。
変にナイーブになっても仕方ないよね。今はとりあえず、午後に向けてのエネルギーを蓄えなきゃ!
***
「ごちそうさまですっ!」
アヴェントの街の一角にあるレストランで、空っぽのお皿を前に私は言った。
「ごっそさん」
続いて、イブリスさんが軽めに言う。
「サラちゃんはほんと……美味そうに食うよなぁ」
「美味しいですからね。美味しいものは美味しく食べるのが礼儀です」
「そりゃわかるがね」
このレストランは私のお気に入りで、よくご飯を食べに来る。元はといえばイブリスさんがこのお店によく来ていたからなんだけれど、それに私も見事に嵌ってしまったというわけだ。
なので、食事に迷ったらとりあえずこのお店に来る事が多い。
この間までは食事もアトミスで頂いていたので、しばらくここには来ていなかったけれど……やっぱり、何度も来ているお店は安心する。
「おい……黒の魔術師だぜ……」
「こないだ、またなんかやらかしたんだって?」
「ヒュグロンの事件に関わってるって噂だよ……」
「マジかよ、ホントあいつが居ると安心してこの街で暮らせないぜ……」
……周りの目は、かなり厳しいようだけれど。
「気にするなサラちゃん、慣れっこだ」
「えっ、あっ……」
良い気分はしていなかったけれど、どうやら無意識に表情に出てしまっていたらしい。
「あの女の子も見る目がねぇなぁ。あんな奴を師匠に選ぶなんて」
「……ちっ」
隣の机から不意に聞こえた言葉に、イブリスさんが舌打ちをする。その発言をした冒険者にも舌打ちは聞こえたみたいで、肩を震わせて驚いていた。
その冒険者はチラリとこちらに視線を送り、様子を見てくる。イブリスさんも視線だけでそちらを睨み返した。
「な、なんだよ」
「……いや、何も。そろそろ行くぞサラちゃん。全く、俺だけならまだしもサラちゃんにまで陰口叩くなんてな……」
そう言って――全く……からは誰にも聞こえないよう、小さな声だった――イブリスさんは席を立ち上がる。
周りから色々と噂をされるのはイブリスさんにとっていつものことらしいけれど、ここまで怒るのは珍しい。悪魔の襲撃に対する警戒で、気が立ってるのかな……
「あれ?」
イブリスさんが支払いを済ませ、ずんずんと店の出口へと向かっていく中、私は足を止めた。窓の外に気になるものが見えたからだ。
「ん? どうしたサラちゃん……何やってんだ、あいつ?」
どうやらイブリスさんも気がついたらしい。
レストランの窓から、街を歩くフロワちゃんが見えたのだ。
盾は背負っていない。服装もいつものメイド服ではなく、以前イブリスさんに買ってもらった私服……あのゴスロリのドレスを着ている。何から何まで普段のフロワちゃんとは違った格好だ。
「休暇って……まさか本当にただの休みなのか? だとしても商業区に居るとはな、ショッピングってガラじゃあるまいに」
イブリスさんが呟いて、フロワちゃんの様子を見ながらレストランを出る。
その一方で、フロワちゃんはしばらく離れたところにあるお店の前で少し立ち止まり、そのまま中へ入って行った。
「あ、前行った服屋さんですね、あそこ」
「おいおい、マジで一人でショッピングかよ……似つかわしくないと言うか、意外だな。前買い物に来た時ぁ、『買い物なんてせいぜい食品や日用品の調達に過ぎない』だとか言ってたのに」
イブリスさんが驚いた顔で言う。
でも、フロワちゃんには悪いけれど、イブリスさんの言うこともわかる。あの子が洋服を選ぶところなんて、とてもじゃないけどあまり想像できない。
フロワちゃんがお買い物をするときはもっとこう……食材とか、そういうものを買いに行っているイメージだ。
そんなあの子が、服屋さんに?
「……イブリスさん、貯え、どのくらいありますか?」
「貯え? ああ、金のことか? 一応、数日間食っていけるくらいは残してあるが……」
「じゃあ、今日の午後くらい休んでも大丈夫ですよね?」
「は? どうしてそんな――おいサラちゃんお前まさか!?」
「そのまさかです。イブリスさん、気になりませんか? フロワちゃんのプライベート」
私にとって彼女は大切な友達だけれど、思えばフロワちゃんが普段どんな生活をしているのか、ほとんど知らない気がする。
ここ最近はずっと私たちと一緒に居る、その前はラディスさんと暮らしてた……けれど、それ以外は? ラディスさんからも、休みを言い渡される日がきっとあったはず。
なにより今回は自分から休暇を申し出ているんだから……フロワちゃんなりに、やりたいことがあるに違いない。私は、それがとても気になる。
ならば……やることは一つだけ!
「尾行です、尾行するんです。フロワちゃんを!」
「び……尾行だと!? フロワを!?」
イブリスさんが目を大きく見開いて私の言葉を復唱する。
「はい、こういう時、フロワちゃんはどういう行動を取るのか……どんなお店に行って、どんな商品を見るのか。それをこっそり後をつけて観察するんです」
「あ、あのなぁ……そんなことして一体どうするってんだ」
「どうもしません」
「じゃあ意味ないだろ!?」
「意味ならありますよ。一緒にクエストに行く仲間なんです。そんな仲間の事を知るのって、大事だと思いません?」
「普通にどこ行くんだって話しかけに行くのはダメなのか?」
「こういうのは一人で行動してると思わせるから意味があるんです!」
「……」
反論が止まった。イブリスさんは苦虫を噛み潰したような顔をして私を見下ろしている。また面倒くさいとか思われちゃってるかな?
でも、今回は流石に本気じゃない。フロワちゃんのことが気になるのは確かだけれど、一人でゆっくりしたいからこそ休暇を申請したんだろうから、このまま一人にしてあげたいって気持ちもある。
だから、イブリスさんがまだ止めるなら、私もこのまま引き下がろう。
「なあ、いいかサラちゃん、わかってると思うが俺はフリーターだ。そしてそれにくっついてくるお前もフリーターだ」
「は、はぁ……」
「フリーターってのは貧乏なんだ。数日間の貯えがあるとはいえ、予想外の出費もあり得る。油断したらすぐにすっからかんなんだぞ。休んでる暇なんてそうそうないんだ」
「あはは、そうですよね」
うーん、やっぱり駄目か。イブリスさんは真面目な人だし、仲間を尾行だなんて、あんまり気乗りしないのかな。言っているみたいに、お金にもあまり余裕が――
「だが! あいつの行動が気になるのは確かだ……」
「へ?」
「いいかサラちゃん、やるなら――絶対に悟られないようにやるぞ」
前言撤回! イブリスさん……案外ノリノリだ!
「ふ……ふふふ、イブリスさん、そ、そんな真面目な顔で言わないで下さいよ……!」
「こら、人の顔を笑うんじゃあない……ま、ここ最近大変だったしな。たまには息抜きも大事だろ? 俺たちも、あいつもな」
イブリスさんは、フロワちゃんの入った服屋さんの方向を見て、そう言った。
「それじゃ、始めるとするか」
「はい! フロワちゃん尾行作戦……クエスト開始です!」