変わる、環境
「えっ……!? わ、私たちをですか!?」
「無論だ!! 他に誰が居ると言うのだね?」
レオさんはドヤ顔で机の上から私たちを指差す。
「以前からそんな話は進んでいたんだ。事がひと段落したら是非迎え入れようとね」
「君たちのような戦力が我がギルドに加入してくれると我々としても嬉しい。君たちにも悪い話ではないだろう? どうだ、我々の一員になってくれはしないか?」
これは願ってもない提案だ。ギルドに入ればここに寝泊りできるから、今までのように必死になって宿泊費や食費を稼ぐ必要がなくなる。
クエストに関してもフリークエストよりもギルドに委託されるクエストのほうが圧倒的に多いというから、きっと稼ぎにも困らなくなるはず。
そもそもイブリスさんがギルドに入っていなかった理由は、黒属性が受け入れられなかったからだと本人から聞いたことがある。なら、イブリスさんからしてもこの提案は断る理由の無いものだろう。
「はい! 是非是非、お願いします!」
「よぉし! そうこなくてはっ!!」
「レオ、いい加減に降りないか」
私は大きく頷き、続いて深くお辞儀をした。
昨日まではとても大変だったけれど、こうなれば儲けもの。冒険者として今までよりも圧倒的に安定した生活が手に入るだけでもかなり大きな収穫じゃないのかな。
「イブリスさんっ! いいですよね?」
「……ああ……そうだな」
……あれ? イブリスさん、どうしてこんなにテンションの低い声なんだろう。
まあ、イブリスさんもかなり疲れているだろうから、それであまり元気がないだけかもしれない。この提案には賛成なようだし、きっと大丈夫。
「フロワちゃんは?」
「私は……元々冒険者ではないので。お二人がギルドに所属するのなら、主様の元へ戻ろうかと思います」
「あ……そうか……」
ずっと一緒に行動していたから忘れかけていたけれど、フロワちゃんはあくまで同行者。つまり私たちとは違って正式な冒険者じゃない。(なので彼女はクエストの報酬も受け取らず、ラディスさんからのお小遣いを使って生活していた)
パーティが簡単に組めるギルドに入ってしまえば助っ人も必要なくなるのだから、フロワちゃんが私たちについてくることもなくなってしまうのだ。
「そうか……寂しくなっちゃうね……」
折角仲良くなれたのに、これでお別れだなんて思いたくない。思わず少し気分が落ち込んでしまう。
「何も会えなくなるわけではありません。主様はこれからもイブリス様を呼びつけることはあるでしょうし……私も、お呼びとあらば助っ人として駆けつけるつもりです」
「そっか……あ、そうだ! だったら今度、二人で一緒に遊びに行こうよ! クエストとかじゃなくて!」
「さ、サラさんが、お望みなら……」
そうだ。同じパーティでなくなるからといって、フロワちゃんとの関係が消え去るわけじゃない。
これまでよりは会う頻度が少なくなるとしても、今まで通り友達として関わることだって出来るんだ。
「というか、わざわざ剣聖様の所に戻る必要はあるのかい? 君も冒険者登録をしてうちに入ればいいじゃん?」
「私はあくまで主様の従者ですので」
「ふぇー、それはまた意識の高いことで……」
どうにもフロワちゃんは冒険者になるつもりはないようだ。
私もセルテさんの言うことは一瞬、考えはしたんだけれど、元々私たちの所へやってきたのもラディスさんの指示があったからこそ。彼女の根幹にはラディスさんが居るんだ。
それを考えると、私から提案するのは気が引けた。
「しかし勿体ないねぇ、フロワちゃんのスペックなら冒険者として十分やっていけるだろうに」
「まあ、良いだろう。大事なのは本人の意思だ! その気が無いと言うならば無理に冒険者になる必要も無い! そんなわけで……めでたく我がギルドに入団となる二人に関しては、早速"機関"へと申請を出すことにしよう!!」
リアスさんによりデスクから引きずり降ろされたレオさん。その手には、いつの間にか書類が二枚、握られていた。
『ギルド加入申請書』と題されたその紙二枚には、既に私たちの名前がはっきりと記されている。
「うわわ、なんか凄い準備良い!?」
「後は君たちが個人情報をちょちょいと書き足すだけだ!」
レオさんは私とイブリスさんにその書類とペンを渡してくる。
書類には名前のほかに希望ギルドや自分の属性をはじめとした、様々なものを書く欄があった。私は受けとってから、早速足りない箇所を書きはじめる。
「……悪いがレオ。アトミスに入るのはサラちゃんだけだ」
一方……イブリスさんは、書類を受け取ろうとしなかった。
「な、なにぃ!?」
レオさんがオーバーなアクションをとりながら驚く。
でも、大げさな反応とは言えない。私も、まさかイブリスさんがこの提案を断るなんて思ってなかったから。
イブリスさんはいつも、お金に困っていた。だからこそ、ギルドに入ることが出来るのはとても大きなチャンスのはずなのに。
「なぜだ!? う、うちのギルドに何か気に入らないところでもあるのかぁ!?」
「いや、何も。あえて言うならあんたの五月蝿さかな」
「何ぃぃぃ!? 俺が五月蝿いだとぉぉぉ!?」
「冗談だ、別に気に入らないところがあるわけじゃない」
あ、これ、五月蝿いと思ってるのに関しては本音だ……
「あんたらも俺の悪評は知ってるはずだ。そんな俺を仲間に引き入れたところで、ギルド側には大したメリットは無い……それどころか、アトミスまで世間から冷たい目で見られるようになるぞ?」
「今更何を言ってるんだ! ここまで協力してくれたってのに! どっちにしろ俺たちはあんたとの関わりを持ったんだ、だったら入ったって変わらないさ!」
「そ、そうですよイブリスさん! 折角こんな良いお話を提案してくれたのに……」
リアスさんが必死にイブリスさんを説得する。
実際、イブリスさんとレオさんたちが一緒に行動していたことはもうアヴェントの中で噂になっているはず。
だったら、リアスさんの言うとおり別にこのままアトミスに入ってしまったって構わないと思うんだけれど……
「ああ、とても良い話だと思う。だからサラちゃん、お前だけアトミスに加入するといい。俺はこれまで通りフリーターでやっていくだけだ」
「も……もうっ!」
イブリスさんは私たちの話に耳を貸そうとしない。
「いいか、これはアトミスのためでもあるんだ……リアス、今更入ったって変わらないっつったな? だが世間の目ってのは変わるもんなんだよ。一時行動を共にしたのと、それがギルドに入ったってのとではな」
「で、でも……」
「心配するな、俺は一人でもやっていける……元々一人だったんだからな。こっちにゃセルテもいるから魔法の修行にゃこまらねぇ」
言葉が浮かばない私に対して、イブリスさんは一人でどんどん話を進めていってしまう。
確かに、イブリスさんの言うことは正しいのかもしれないけど、でも正しくなくて……けれど、私には言い返す言葉が思い浮かばなくて……うう……
「そう……かもしれないですね……」
結局、私にはこれ以上イブリスさんを引き止めることは出来なかった。
というのも、私がイブリスさんと出会ったときの、とある約束が脳裏に浮かんでしまったからだ。
「元々、イブリスさんが教えてくれるのは基礎だけって……そういう約束でしたもんね……」
『……基礎だけだ。基礎だけ教えてやる。それ以降はちゃんとしたギルドに入ってちゃんとした師匠を作ってもらうし、俺は一切世話をしない。それでいいか?』
イブリスさんと出会った日。一緒に話したあのカフェ。その時、イブリスさんが師匠になってくれると言ってくれたときに交わした言葉。今でもはっきりと思い出せる。
どうしてこんな前の言葉が浮かんできたのかはわからない。イブリスさんと離れることについて、自分を納得させるための言い訳なのかもしれない。
私の発言を聞いたイブリスさんは、複雑な表情をしていた。少し驚いたような、そんな表情。
私が諦めの言葉を呟いたことが意外だったのかもしれない。
わかる。私自身も、私らしくないって思うから。
でも……いつかはイブリスさんから離れなきゃいけない時が来る。きっと今が、その時なんだ。
「……そういうことだ。サラちゃんをよろしくな、レオ、リアス……セルテ」
「ほんとにいいのかい?」
「構わない」
「……そうかい、ならもう止めやしない。達者でやるんだよ……サラちゃんはお姉さんが、ちゃーんと立派なプリーストに育ててあげるからさ」
「むぅ……そこまで言うなら仕方あるまい。だが! 困ったらいつでも頼るのだぞ!! というかたまには顔を見せるのだ!!」
「まさか、こんなことになるなんて……」
しんみりとした空気の中、イブリスさんは片手をひらひらと振って部屋を出て行ってしまう。
「……サラさん、本当に良かったのですか?」
フロワちゃんの問いに、私は答えられなかった。
答えを用意できなかったわけじゃない。
ただ……イブリスさんが最後に見せていた表情が、あまりにも心に強く残っていたからだ。強く残って、それしか考えられなかったからだ。
イブリスさんは……イブリスさんの表情は……
得体の知れない、とても大きな恐怖のようなもので歪んでいた。





