決戦翌日
「うん……?」
私が目を覚ますと、そこはどこかのベッドの上だった。掛け布団が綺麗にかけられていて、身体はしっかりと温まっている。
いつもの目覚めよりも身体が少し重い。まるでとても長い間眠っていたような感覚だ。
「目が覚めましたか?」
声を掛けられて初めて、ベッドの横に誰かが居ることに気がついた。姿勢よく椅子に座り、メイド服に身を包んだ茶髪のショートボブの少女だ。
「フロワちゃん?」
「意識はしっかりしていますね。一安心です」
「……ここは?」
「アトミスの本部ですよ」
改めて部屋を見回してみる。確かにアトミスの、私たちが借りている部屋のようだ。
「……あっ!」
そこでようやくボヤーとしていた意識が覚醒し、今までの事をはっきりと思い出した。
そうか、私、ヒュグロンの本部まで攫われて、それで……皆が、助けに。
「フロワちゃん! 皆は!?」
「だ、大丈夫です。皆様、集まって昼食を……」
「ほっ……そっか、じゃあ皆無事なんだね」
私が突然大声を出したからか、フロワちゃんが少しびっくりしつつ私を宥める。でも、良かった。皆、ちゃんと帰ってこれたんだ。
あの戦いの途中からどうにも記憶が曖昧でよく思い出せないけれど、ノゼルさんにはちゃんと勝つことができたらしい。
「お昼ごはん……てことは、もしかしてもうお昼過ぎ?」
「はい……あれから一日経っています。ずっと眠っていたので心配していたんですよ」
「もしかして、ずっと傍に居てくれてたの?」
フロワちゃんは返答せず、照れ臭そうに目をそらす。
その行為の意味は十分理解できた。私はそっとベッドから降りて、フロワちゃんに優しくハグをする。
「ありがとう、フロワちゃん」
「……いえ、私が好きでやったことですので」
なんのひねりも無い、シンプルな感謝の言葉。これが私に出来る精一杯のお礼だ。
ベッドの布団よりも暖かな、人肌の温度。一つの事件がようやく終わったんだと、私に安心を与えてくれる。
そんな時間が少し、続いた後、沈黙を破ったのは……
ぐぅ~!
「……」
「……あはは」
大きなお腹の音だった。発信源は私。
そういえば、昨日からずっと寝てたんだから何も食べられてないよね……
「……食事に合流しましょう。皆様もサラさんの元気な顔を見たがっているはずです」
「そ、そうだね……うん、そうする」
今度は私が、照れ臭そうに目をそらした。
着替えを済ませ、身だしなみを整えて部屋を出る。
皆が集まっている部屋までの道中、フロワちゃんが色々なことを教えてくれた。
私があの機械に捕らわれて、意識を操られ、ノゼルさんに加勢してしまっていたこと。ノゼルさんの様子がおかしくなったこと。そして、セルテさんが"Saint Region"を繰り出したこと。
「そっか……私、そんなことを……ごめんね……」
「謝る必要はありません。サラさんは何も悪くないのですから」
正直な話、操られている間の事は全く覚えていないのだけれど、それでも皆の邪魔をしてしまったことは事実だ。
フロワちゃんはこう言ってくれているけれど、皆にも後で顔を合わせたときにちゃんと謝っておかないと。
「此方です」
フロワちゃんがある部屋の前で足を止める。ここは確か、レオさんの……ギルドマスターの為の部屋だ。彼とはじめて出会った場所。
まだ聞きたいことはいくつかあるけれど、それは後回し。まずは皆に元気な顔を見せないと。
フロワちゃんが扉を開くと、まず目に入ってきたのは大皿に乗った色々な料理。そして……テーブルを囲い、談笑しながら食事を楽しんでいるイブリスさん、そしてレオさんとリアスさんの三人だった。
「! サラちゃん!」
私の姿に気がついたイブリスさんが、食事の手を止めてこっちに駆け寄ってくる。
「おお!! 目が覚めたのか!! 良かった良かった!!」
「こらレオ、食べながら喋るんじゃない……! でも、元気そうで本当に良かったよ」
続いてレオさんとリアスさんもこちらに笑顔を向けてくれた。
「サラちゃん、大丈夫か? どこか痛むところとか、体調が悪いとかないか?」
「あはは……大丈夫です。どこも痛まないし、元気一杯! です!」
「そうか、良かった……」
イブリスさんはちょっとオーバーなリアクションをとっている。まるで過保護なお父さんみたいだ。
でも、それは私のことを心配してくれていた証拠。なんだか嬉しくなって、自然と笑みがこぼれる。
「……あれ?」
と、そこで違和感に気がついた。そういえば、人数が足りない。
「ラディスさんと、セルテさんは……?」
「ラディスなら"機関"のほうに行ってる。今頃議会で質問攻めされてる所だろう……お偉いさんは大変なもんだ」
ああ、そっか。確かにラディスさんなら、今回の件で真っ先に呼び出しがかかってもおかしくない。立場を見れば、一番重要な人物と言ってもいいくらいの人なんだから。
「今回の事件は後処理が大変だろうな……なにせ規模の大きいギルドが二つもつぶれたんだ。しばらく顔を合わせることは出来ないかもしれねぇな」
「そうですか……」
ラディスさんにもちゃんと謝っておきたかったんだけれど、仕方ない。あの人は曲がりなりにも"機関"の人なのだ。
まあ、冒険者を続けていればまた会う機会もあるはず。そのときに改めて色々とお話をすることにしよう。
「んで、セルテは……」
「私ならここだよ~……ふあぁ……」
イブリスさんがセルテさんのことを話そうとしたちょうどその時、タイミングよくセルテさんが部屋に入ってきた。
どうやら今起きてきたみたいだ。とても眠そうな顔をしていて、服はパジャマのままだし、髪の毛も寝癖が直っていない……というか、直していない。
「セルテ……! せめて身だしなみを整えてから出て来いと何度も言っているだろう!!」
流石のレオさんもこれには呆れ顔だ。
というか、何度も……? もしかしてセルテさん、寝起きは結構だらしない人?
「まあまあ、気にしない気にしない」
「全く……」
セルテさんはレオさんの注意を聞き流しながら私の元へやってくる。
「おはよ、サラちゃん。無事でなにより」
「あ、お、おはようございます」
もう昼過ぎだけれど。
……でも、この人があの"Saint Region"を使ったんだ。
元々プリーストの先輩として尊敬はしていたけれど、なんだか今までよりもずっと大きな存在に見えてくる。
「ほらほら、二人とも、お腹が空いているだろう? 遠慮せずに食べなよ」
リアスさんが私とセルテさんに取り皿を差し出してくる。大皿から好きなものを取って食べるみたいだ。
「うわぁ……!」
大皿には様々な料理が盛り付けられていた。
揚げ物、サラダ、麺。不思議な形のお鍋(多分、熱を逃がさないための魔具)にはスープも作ってある。
種類だけじゃなく、量も多い。いくら食べても減らなさそうだ。
「これ、リアスさんが作ったんですか?」
「まあね。意外だったか? これでも料理はそれなりにできるほうなんだよ」
リアスさんが自慢げな顔で私の質問に答える。
一方、そんなリアスさんを微妙な目付きで見つめる人が私の傍に……
「……リアス様」
「ああ、わかってる。今回はフロワちゃんにも手伝ってもらったんだ。流石にこの量は俺一人じゃ無理だ……まあ、彼女は料理を作り終えたらすぐに君のところに戻っていったんだけれどね」
リアスさんが今度はたじろぎながら、けれども笑顔で話す。大きな戦いが終わったからか、リアスさんの表情がなんだか緩くなっているみたいだ。
話し方も、今まで私たちに対しては敬語だったけれど、砕けた口調に変わっている。
「リアスの料理は……んぐっ、味は確かだからね。おねーさんも気に入ってるよ。うん、美味い! 腕を上げたねリアス」
「それフロワちゃんが作ったやつ」
セルテさんは早くも美味しそうに料理を頬張っている。取り皿に乗っているのは……揚げ物にお肉……太りそうなものばかりだ。欲望には忠実な人らしい。
とと、見てばかりいてもお腹は膨れないよね。私も何か食べることにしよう。
そう思った私の手は……無意識に揚げ物のお皿に伸びていた。やっぱり、この誘惑には逆らえない。
「ん~! 美味しい!」
旨みたっぷりの揚げ物は空っぽの胃袋と飢えた舌によーく効く。冒険者を始めてから一番美味しいと思えるくらいの一口だ。
「さてと、だ!!」
そこでレオさんがパンと手を叩き、皆の注目を集めた。
「ゆっくりと食事をしながら、これからのことを話しあうとしようではないか!!」
「……これからのこと、ね」
イブリスさんがやるせなさそうに呟いた。
「確かに、これで終わりってわけにはいかないだろうな。"機関"からは色々と聞かれるだろうし……結局、どうしてノゼルが黒の魔力を持ってたのかも、どうしてサラちゃんにあそこまで執着したのかもわかってねぇ」
イブリスさんの言うとおりだ。ノゼルさんは倒せたし、こうして全員無事で居られたのはいい事だけれど、ノゼルさんの目的や黒の魔力の真実は一切判明していない。
「お前ら、ヒュグロンが悪魔の軍勢と何か関係があるって掴んでたんだろ? もっと何か知ってることは無いのか?」
「残念ながら、何も。俺たちはただ、そういう情報を掴んだからあんたの力を借りたまでだ」
「ヒュグロンが我々を潰そうと画策しているという噂も流れていたのでな。目には目を……ということでお前たちに声をかけたのだよ。そういう訳で俺たちは大した情報は持っていないっ!!」
「んな胸張って言うな」
レオさんの言葉にイブリスさんが突っ込みを入れる。この人はぶれないなぁ……
でも、本当にアトミスの人たちにもノゼルさんのことは何もわからないみたいだ。かといって私たちも何かがわかるわけじゃない。
手がかりがあるとすれば、私を狙ったことかな? 私……というよりも、私の持つ、純粋な白属性。あの人は明らかにそれを求めていた。
でも、私は純粋な白属性を持っているからといって魔法の力が強いわけでもない。
確かに口に出しただけで魔法が暴発してしまったりはするけれど、普通に魔法を繰り出しても、特別強力な魔法が撃てているような感覚はしない。今回の戦いでも、私の出した防壁はすぐに崩れてしまったわけなんだし。
「うーん……」
「どうかしたのですか、サラさん?」
「ううん、なんでもないの。ただ、本当に何もわからないなぁって、そう思っただけ。でも……黒い魔力を持っていたってことは、ノゼルさんもしかして、悪魔の軍勢の一員だったのかな……」
「……お言葉ですが、その可能性は薄いかと」
ふと浮かんだ私の考えは、すぐにフロワちゃんによって否定された。
「サラさん、冒険者登録をした時のことを覚えていますか?」
「あっ! 魔力の検査したかも!」
「そういうことです。もしもノゼル・リケイドが悪魔だったのなら、検出される属性は黒……しかし、実際に冒険者のデータベースに記録されていた属性は赤でした。それに、私たちが部屋に入ったときに撃ってきた火球は確かに赤属性の魔法です」
「そもそも黒属性が検出されたらその時点で大騒ぎってもんだな」
フロワちゃんに続いて、イブリスさんが発言する。
すると、皆(私を含めて)の視線がイブリスさんに集まった。「お前が言うな」という意味の視線が。
「……なんだよ?」
イブリスさんは戸惑ったような表情を浮かべる。この視線に含まれた意味は受け取れなかったみたいだ。
そういえばこの人、冒険者登録の時とかどうしたんだろう。ラディスさんとのコネがあったとは聞いたけど、それだけで"機関"の人がそう簡単に冒険者として登録させてくれるものなのかな……?
「と、とにかく……それを考えるとノゼルは後から黒の魔力を与えられたということ」
リアスさんの声がこの独特な雰囲気を打ち砕いた。皆、今度はイブリスさんから目線をそらす。イブリスさんはまだ何が何だかわからない様子だ。
「黒の魔力を与えられたって……いったい誰がそんなことを?」
「そんなの、決まってるだろう?」
私の呟きに、セルテさんが即答した。
部屋の空気が途端に張り詰める。
黒の魔力は、悪魔の魔力。そんなものを誰かに与えることができる存在なんて、たったひとつだけだ。
「この街には、すでに悪魔の手が伸びている」
イブリスさんが鋭い目つきで言った。
「ノゼル・リケイドは悪魔と手を組んでいた……ということですか。ありえないとは言い切れない話ですね」
「で、でも、何のためにそんなこと……? っていうか、この街の中に悪魔がいるかもしれないってことですか!?」
もしそうだとしたら大変だ。悪魔は私たち人類にとって最大の敵と言われる存在。そんな敵がもう、この街の中にいるとしたら……その結末は、簡単に想像できる。
思わず体が震えてきた。冒険者になったときは怖さをあまり実感していなかったけれど、ノゼルさんのあのツタ……あれを自らの体で感じてみて、よくわかった。
悪魔と戦うということは、今まで以上に命を危険に晒すということなんだ。
「皆、そう不安そうな顔をするな!」
レオさんがパンパンと手をたたいて皆に呼びかけた。
「確かに悪魔がすでにこの街に手をかけていたのならばそれは脅威だ!! だが、ここで悩んでも真実はわからん!! どうせノゼルは"機関"に捕らわれているのだから、そのあたりは向こうに任せておけばいいだろう!」
レオさんはこんな話をしている中でもただ一人だけ笑顔だった。いつもと変わらない大きな声で皆を元気づける。
確かに、レオさんの言うとおりかも。不安ではあるけれど、ここでくよくよしていても何も始まらない。ノゼルさんは"機関"に居るんだから、色々なことはきっとこれからわかってくるはず。
それに、この街にはたくさんの冒険者が居る。たとえ悪魔が攻めてきたって、皆で力を合わせて戦えば勝てるに違いない。
「ま、そうだな。その辺はラディスにでも任せとけばいい話か」
イブリスさんも一息ついて、煙草の箱を取り出す。どうやら空だったみたいで、すぐにしまったけれど。
「俺は別に、こんな雰囲気を作りたくて話を切り出したわけじゃあないのだよ! 実はある提案をしようと思ってな!」
「提案……? ですか?」
「その通り!!」
レオさんの目は私とイブリスさん、そしてフロワちゃんを見ている。その顔はさっきよりもずっといい笑顔。
……まるでこれから何かのサプライズでもやるつもりみたいな……
「イブリス! 確かお前はギルドに所属していないフリーター冒険者だったな!」
「はっきり言ってくれるなお前!?」
イブリスさんがレオさんに負けず劣らずの大声を返した。自分で分かっていても面と向かってフリーターと言われると流石にちょっとカチンとくるみたい。
「しかしだ、やはりフリーターのままではあまり安定した稼ぎは得られないだろう!?」
一方のレオさんはイブリスさんの言葉など意にも介さずに話を続ける。ポージングをしながら。
「そぉぉこでだぁあ!」
レオさんは部屋の奥にある、自分のデスクへとかけていき、そこに飛び乗って……
「君たちを是非っ!! 我がアトミスギルドへと迎え入れたいと!! そう思っているぅぅぅ!!」
今までで一番の大声と、渾身のポーズでとっておきの"提案"を叫んだ。





