狂気の花 その3
防壁はレーザーを受け止めると、そのまま崩れ去った。
セルテのものではない。セルテは銃口を向けられたまま動いていない。そして、セルテ以外で白属性魔法を使うのは、一人しかいない。
「ま……間に合った……」
サラ・ミディアムス。彼女の防壁が二人を守ったのだ。
その手には自分の杖が握られている。イブリスとラディスが瓦礫の山に突っ込んだことで、瓦礫に隠れていたサラの荷物が出てきたのだ。そのおかげで、『T.M.F』のレーザーに耐えうるだけの防壁を展開できたのである。
「イブリスさん、ラディスさん、大丈夫ですか!?」
「っつ……すまん、サラちゃん。助かった」
サラはすぐに二人に駆け寄り、回復の処置を施した。
イブリスもラディスも、それなりの怪我こそはしているがまだ戦闘不能のレベルではないようだ。回復すればまた戦うだけの力を取り戻せる。
「さて……やってくれましたね。今のは痛かったですよ」
「待ってください! 様子がおかしい……!」
ラディスが立ち上がり、攻撃をしようとしたが、リアスの叫び声がそれを止めた。様子がおかしい。その言葉に、皆の視線がノゼルに集まる。
「……どうして?」
ノゼルは、不思議な表情をしていた。
驚きと、怒りと、絶望と。様々な感情をごちゃ混ぜにしたような、ぐちゃぐちゃな表情。
そんなぐちゃぐちゃな表情をしつつ、目はしっかりとサラを見据えている。
「どうして? ねえ、サラちゃん。どうして邪魔するの? ねえ? ねえねえねえ!! ねえ、サラちゃん、サラちゃんサラちゃんサラちゃん! 何で? 私と一緒に居たくないの? 私はこんなに一緒に居たいと思ってるのに……あなたの"白"は私だけのものなのに!」
「ノ、ノゼルさん?」
サラが、いや、その場に居る全員が恐怖を覚えていた。このノゼルのサラに対する執着はいったい何なのか。
「悪い子……悪い子ね……悪い子にはお仕置き……お仕置きしなきゃ!」
ノゼルの勢いに皆が圧倒されている中、一本の細いツタがサラに迫る。
「サラさん!」
「どけ!」
フロワがサラを守ろうと盾を持って割り込むが、大きなツタの攻撃を喰らい吹き飛ばされてしまった。ツタの威力が先ほどよりも桁違いに大きい。サラへの執着が威力をあげているのだろうか。
「フロワちゃん……!? きゃっ!」
吹き飛ばされたフロワに気を取られている間に、ツタは強い力でサラの体に巻きつき、彼女を捕らえた。
「サラちゃん!」
「イ、イブリスさん! 助けて……!」
サラは足をばたつかせて暴れるが拘束が解かれることはなく、『T.M.F』と同じ高度まで持ち上げられてゆく。
『T.M.F』の中心にある目玉がサラをぎょろりと見つめると、サラに巻き付いたツタに妖艶な紫色をした百合の花が数輪咲いた。
「あっ……」
その匂いを嗅いだサラの表情は虚ろになり、抵抗をやめて脱力した。
「ちぃ……!」
あの花が何かはわからないが、良くないものであることは確かだ。急いで彼女を助けなければ。
イブリスは魔法の狙いをサラを拘束するツタへと向ける。
「くそ、ダメだ! 俺の魔法じゃ危険すぎる!」
黒属性魔法は強力だが、少なくともサラを傷つけずにツタだけを攻撃する魔法をイブリスは持たない。どうあがいてもサラを巻き込んでしまう。
この中で遠距離攻撃ができて、なおかつ精密なコントロールが可能な人物は一人だけだ。
「ラディス!」
「すみませんが……! 力にはなれそうにありません……!」
イブリスはラディスへ助力を求める。しかしラディスには数本のツタが襲い掛かっており、その対処で精一杯のようだ。
今この場で、サラを助けるのにもっとも効果的なのは彼の時空斬だ。相手もそれをよくわかっているらしい。簡単にサラを渡す気はないということだろう。
「なら俺が……!」
こうなったら本体を叩くしかない。リアスがナイフに麻痺の魔法を施し、ノゼルに斬りかかる。
「妨害系か……厄介ね。お前もさっさと潰すことにしよう」
「っ!」
『T.M.F』から機銃が発射され、リアスの進路を妨害した。続いてノゼル自身から火球が放たれる。
リアスは咄嗟に後退するが、機銃で足をとられていたこともあり、火球をかわすのに十分な距離は確保できない。
……だが、誰かが割り込むだけの距離は確保できた。
「大丈夫ですか?」
すぐにフロワが割り込み、盾で火球を防ぐ。
「フロワちゃん……!? 君、傷は?」
「問題ありません」
「おねーさんにかかればあれくらいの傷すぐに塞がるよ」
フロワは先ほど壁に突っ込んでいたはずだが、衣服こそぼろぼろになっていても目立った傷はない。セルテの回復のおかげだろう。
「いやーしかしタフだねこの子。もっと重症だと思ってたんだけど……うちのマスター並じゃないかい?」
どうやらフロワ自身のポテンシャルもあったようだが。
「手を緩めるな! "chasE"!」
イブリスが魔法を放った。黒いオーラがノゼルへと向かう。
相手を追いかけ続ける、ホーミングの魔法。攻撃力はそこまで高くはないが、攻撃の隙が中々無いこの状況では確実に当てられるこの魔法は効果的に働くはずだ。
「っ……!」
ノゼルは不機嫌そうに苦虫を噛み潰したような顔を見せ、イブリスの魔法を回避する。だが、"chasE"の追跡能力は非常に高い。魔法はすぐにUターンし、再びノゼルへと向かった。
「小賢しい……!」
ノゼルは回避をやめた。諦めたわけではない。このまま回避し続けてもただいたずらに体力を消費するだけだ。ならばここは回避ではなく、防御するのが良い。
魔法が直撃する直前に、ノゼルの目の前にツタの壁が現れた。ツタそのものも普通のツタよりも丈夫にできているのか、"chasE"には壁を破る力がなく、壁にぶつかって消滅した。
イブリスの攻撃はあえなく失敗に終わってしまった。だが、決して功績を残さなかったわけではない。
「捉えたぞ!」
イブリスの魔法は、相手に隙を作るという、大きな仕事をしていったのだ。
ノゼルが魔法の処理に気を取られている間に、レオがノゼルの背後に拳を構えて控えていた。
「歯を食いしばれ! 俺の拳は……かなり痛いぞ!!」
防御が間に合う様子はない。ようやくだ、ようやく攻撃が届いた。
……と、思われたその瞬間。
「"Saint Defender"」
透明な防壁が、ノゼルを守った。
「な……に……!?」
防壁はレオの拳を受け止めると、すぐに崩れ去る。
レオたちは混乱していた。今のは白属性魔法、それは確実だ。だが、ノゼルの属性は赤……あえて言うならばそれに加えて黒だ。あの防壁を展開できるはずがない。
ならば新たな敵か? いや、違う。
拳一発で崩れてしまうあの脆さ。皆には、大きな心当たりがあった。普通ならばありえない、しかし、唯一の可能性。
「サラちゃん……!?」
囚われのサラが、ノゼルを守ったのだ。





